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2013.10.22
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カテゴリ: その他
本校の研究は、子ども同士の「対話」がキーワードである。これまで、その「対話」を定義する(明確にする)ために、参考文献を読んだり「話し合い」「議論」「ディベート」とその意味を比べたりしたこともあった。しかし、その中で「『対話』は特別なものであり、他のコミュニケーションよりレベルが高い」と、勝手に思い込んではいなかったか。

先日、「論理科」カリキュラム開発をスタートさせたときに参考にした平田オリザさん(劇作家)の「てねいなのに伝わらない『話せばわかる』症候群」(北川達夫,平田オリザ 日本経済新聞出版社 2013.1)を読んだのだが、その中に次のように書かれていた。

・・・・

 ぼくはよく、コミュニケーション観の転換が必要だという話のときに、これからの社会のキーフレーズは「『協調性から社交性へ』です」って言うんですけども、社交性というのは「人間同士はわかり合えない、わかり合えない人間同士だけども、どうにか共有できる部分を見つけて、それを広げてなんとかうまくやっていけばいいんじゃないか」という考え方を基本的とするものだと思っています。
 でも、「社交性」という概念は、これまでの日本社会では、「うわべだけの付き合い」とか、「表面上の交際」と言われてマイナスのイメージだったんですね。大人の社会でも学校教育のなかでも、「心からわかり合おうとするものでなければほんとうのコミュニケーションとはいえない」「心からわかり合える人間関係をつくりなさい」と教え育てられている。それが実は、子どもたち、若い世代の人たちに相当なプレッシャーを与えてきているのではないか。

・・・・・

つまり、「対話」に必要なのは「協調性」ではなくて「社交性」であるということだろう。もしかしたら、「対話」とは高尚なものであり子どもたちの人間関係や人間性まで育てる必要があると(教師のまじめさから)考えていたのではないか。

以前、「学びの共同体」に取り組むある学校の校長先生から「グループ(席)はできるだけ短い期間で替えた方がいい」と話を聞いたことがある。おそらく「だれとでも心からわかり合える」ということをめざしているわけではないのであろう。

(つづく)





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最終更新日  2013.10.22 13:52:21
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