授業研究のあしあと

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2013.11.24
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カテゴリ: その他
先日のblogのつづき。

先日(11月14日)に参加した茅ヶ崎市立浜之郷小学校の月例授業研究会での学びを、このblogで次のように書いた。

・・・・・

授業後の研究会も、それぞれのグループでの学びについて、浜之郷小学校の先生方一人一人がみた子どもの事実を語られる中で、「分からない子どもといっしょに操作することで『立体を切るイメージ』をもつことができていた」「分かっている子ども同士では生まれてこない疑問があることを再確認した」などの学びを共有することに発展していった。

・・・・・

このことは、「子どもをみる」ことを授業研究の中心にしてきたつもりだった私にとって強い衝撃であった。浜之郷小学校の先生方の見とりと語りについていけないのである。授業中、子どもたちが「ボソボソ」っとつぶやく「ことば」をメモすることができない。

しかし、浜之郷小学校の先生方は、そんな子どものつぶやきを紡ぎストーリーとして語ることができるのである。

なぜ私にできないのか。おそらく、ある程度プロトコルとしておこすことができる子どもの発言ばかりをリフレクションの対象にしていたのだろう。さらには、論理的な説明を求めるばかり、子どもの発言の善し悪しを評価していたのではないか。特に、理由づけが表出した説明ばかり着目していたのではないか。

子どもたちのちょっとした表情やしぐさ、そして、文章として書き表すことのできない直感的・断片的な「ことば」。おそらく浜之郷小学校の先生方は、これらを論理的でしっかりとした発言よりも大切にされているのだろう。






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最終更新日  2013.11.24 12:02:07
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