勝手気ままな一人旅と心のつぶやき

勝手気ままな一人旅と心のつぶやき

2004年09月07日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日途中で挫折したことを書いてみよう。今日は最後まで書けるかな?書けなくても途中で消すのはやめておこう。色々なことを書くけど一番言いたいことは最後にまとめとこう。なお本日の日記は読む方によっては不快に感じる方もいらっしゃいますので、お気をつけください。途中で読むのが嫌になった方は、最後だけ読んでください

正義と悪なんて簡単に画一化されてしまうけど、いったい誰が決めるんだろう。正義(正しいこと)悪(悪いこと)こんな風に考えられる。マスコミは正義と悪のように分けて物事を報道する。確かにそうすれば解りやすいし、理解も早い。でもそんなに簡単に決め付けていいの?そんなに物事は単純なの?そんなことない。正義と悪なんて移ろい行くものだし、立場が変われば簡単に入れ替わる。そんなことを書いてみよう。いくつか例を挙げて書いてみよう。(誤解のないようにあらかじめ言っておくが、私は過去に起きてしまったことをいまさらどうこう判断してあれは間違えているだの、正しいなど評論するつもりはない。起きてしまったことは起きてしまったことでそれを未来にどうつなげるかが重要だと思う)

なにから書こう。とりあえず頭に浮かんだ十字軍のことから書いてみよう。歴史の教科書に載っている十字軍のお話。一般的に日本の教科書では次のように教えられていると思う(私が習ったのはもうずいぶん前の話だけど・・・)
中世においてヨーロッパキリスト教文化圏の国々が軍隊を率いて、異教徒(イスラム教)に占領されていた聖地エルサレムを奪回するために起こした行動。このように教えられるとどのような印象を受けるだろう。悪いのは聖地を占領していたイスラム教徒だ。聖地を取り戻すために自らの命を省みず戦った人はすばらしい。このような印象を受けるだろう。だが良く考えてみて欲しい。これはキリスト教徒側から見た解釈に過ぎないのではないだろうか。十字軍はエルサレムに到達するまでに、そこに住む住民や戦った軍人を殺している。確かに聖地を取り戻すと言う目的から見れば、それは正義の行動となるだろう。しかしイスラム教徒の側から見れば、次のような解釈もできる。平和に暮らしていた自分たちの所にある日突然軍隊が攻めてきて、殺された。それに抵抗するために戦った。そして結局はエルサレムを守りきった。イスラム教徒の側から見ればある日突然攻め込んできたキリスト教徒は悪の象徴そのものである。
余談だが次の例を読んで欲しい。いかに宗教が自らを正義とし異教徒を敵視しているかわかるだろう。キリスト教に従事している西洋の騎士階級の持っている剣を見て欲しい。彼らも持つ剣は日本刀とは異なりつばが横に広がっている。そしてつばと刀身によって十字架が形成されている。これは自分たちは神と共に戦っている、と言う意識の表れである。「人を殺しておいて何が神だ、キリスト教では殺人は認められていないじゃないか。」このような指摘があるだろう。そうその通りである。彼らが殺したのは異教徒である。つまり彼らにとっては異教徒は人間ではないと言うことの現れである。

次はどんな例を書こう?現代の例を書いてみよう。イスラエルを中心とする中東問題である。この問題について簡単に述べると(本当に簡単に)第二次世界大戦後現在のイスラエルの地に突如それまで住んでいた民族を省みずに国が建国された。その国をめぐって周囲の国は良い感情を持たず何度か戦争が行われた。できるだけ感情を抜きにして事実を簡略化して述べるとこういうことになる。(彼らが戦うのにはもっと複雑な理由があるのだけれどね。例えば水問題等)

中東問題は複雑だけど何故これが発生したかについて簡単に。そもそもイギリスの2枚舌外交である。第二次世界大戦中この地域を植民地にしていたイギリスはユダヤ人を味方につけるためユダヤ教の聖地エルサレムに彼らの国を作ることを約束した。同時に彼らは周囲のイスラム教徒にも同じようなことを約束した。大戦後アメリカを中心とする西洋諸国はイスラエルを強権を持って樹立した。こんな風にまとめることができる。
イスラエル側にすればもともと彼らの聖地であるエルサレムを西洋諸国の後ろ盾の元で樹立したと言う事実が広がるのみである。彼らにしてみれば周囲のイスラム教国が攻め込んでくることは、なんら理由のない行為となるだろう。言ってみれば理不尽にも自分たちの生存権を認めずに侵略してくる「悪」と戦っていることになる。つまり彼らの理論からすればイスラエルこそ正義の象徴である。
一方周辺のアラブ諸国にしてみたらどうなるだろう。突然自分たちイスラム教の聖地のひとつであるエルサレムに異教徒が乗り込んできて勝手に国を作り上げた。そして自分たちは突然そこから追い出された。彼らにしてみれば理不尽な行為そのものである。それに対しそれを認めず取り返そうとする行為は、正当な行為そのものである。例えばあなたの家に強盗が入って、強盗が住み着いたとする。あなたはどうしますか?警察に頼むなど何らかの実力行使をしますよね。それと同じことをしたに過ぎません。つまりアラブ諸国から見ればイスラエルこそ「悪」以外の何者ではないと言う結論が生まれます。(繰り返し述べますが中東問題がこんなに簡単なものではないことは、卒論で中東問題を扱った私自身が一番良く知っているので、「これはちがう」なんて怒らないでください)


次はなんにしようかな?次は太平洋戦争について書きたいと思います。

太平洋戦争について色々書きますが別に日本の行動が正しかったと主張するわけではありません。
一般的に太平洋戦争の原因は以下のように考えられていると思います。当時中国や朝鮮半島を始めとするアジア各地に侵略する日本から各国を解放するために、アメリカを始めとする西洋諸国が立ち上がったと。つまりこの観点から見ると各地を侵略していた日本は「悪」でありそれを開放するために立ち上がった西洋諸国は「正義」であると。果たして問題はそう簡単なものだろうか?
まずは当時の日本の状況から考えていきたい当時の日本は人口が飽和状態でそのままでは国が崩壊する危機にあった。その為日本は新たなる資源、土地を手に入れるために侵出を始めた。この行為を「悪」と位置づけ西洋諸国は自らの行動は「正義」と称し戦った。
ここで疑問が出てくると思う。アメリカが戦争を決意したのは日本が真珠湾に奇襲をかけたからではないか?確かに奇襲はかけた。しかしこれとて、卑怯な奇襲と言い切れるのか。

日本がアメリカに攻撃を仕掛ける事を決定的にした要因それは「ハルノート」。当時のアメリカ国務長官「ハル」によって日本に提示された日本への輸入禁止を解除するための、日本への行動要求書である。このノートがいかなる類の物であったか。それは極東軍事裁判におけるインド出身の判事がこう証言している。「こんなものを突きつけられたら永世中立国とて戦線を布告するだろう」それほど日本にとっては飲むことができない条件であった。
当時日本はアメリカ政府と交渉するために大使館員に暗号で連絡を取っていた。どこまで譲歩して、どこが譲歩できないかである。しかしこの暗号はアメリカによってすでに解読されていて、筒抜けであった。その上でアメリカはこの条件を持ち出した。さらに空母による「ハワイ島への奇襲」これとてアメリカは情報を得ていて防ごうと思えば防ぐことはできた。では何故防がなかったのか?簡単である。第二次世界大戦への参加の口実作りである。当時アメリカはイギリスなどから大戦に参加することを要望されていた。(イギリスはドイツの侵略に対してすでに対応するのが難しくなっていた)しかし当時のアメリカ大統領は自国が戦争に参加しないと言うことを公約として掲げていた。その為日本が攻撃してきたことに対する対応手段として日本との戦争に踏み出した。日本とドイツは同盟関係である。その為結果的にイギリスの要望に応えることができた。いわば大義名分の為に日本を挑発していたのである。

日本の侵略を西洋諸国は「悪」と決め付けていたが、彼らにそれをいう資格はあったのだろうか?歴史を振り返ってもらいたい。大航海時代西洋は何を行ったか?そう彼らは太平洋や大西洋の島々アフリカ諸国、インドそれらに植民地を築いていたのである。彼らはそこで虐殺を行い征服し、あまつさえ、奴隷として彼らを売り飛ばした。またアメリカの歴史を見てみよう。彼らの繁栄の歴史はネイティブアメリカンの虐殺の歴史そのものである。そう彼らは自分たちが非難した日本の行為を、はるか前から行いそれを継続していた。泥棒が家に侵入して、物色中に後からその家に来た泥棒を非難する。こんなおかしな話はないだろう。だが太平洋戦争はまさしく、日本の侵出を防ぐために行われたのである。

極東軍事裁判を見てみよう。
戦勝国である西洋諸国によって日本人被告は裁かれた。戦争を犯した罪、無抵抗な人民を殺した罪etc。だが考えて欲しい。日本に原子爆弾を落としたことは罪ではないのか。「悪」ではないのか?無抵抗な人民を虐殺したことが罪であるならば、突然原子爆弾を落とし何万人の非戦闘民を殺すことは罪ではないのか?

太平洋戦争を通して言いたかったことは、正義と称して行う存在が、自分たちの行為を矛盾しているのにもかかわらず、正当化することがあると言うこと。決して日本がやったことは間違いではなかったと言いたいわけではない。




何が正義かとは結局勝者によって決められる。歴史は勝者によって作られる。それだけを伝えたいわけではない。そんなことは私がこんな長く書かなくても誰でもわかることだろう。
本当に伝えたいこと。それは、情報を入手する際の、それを正しいと信じ受け入れることの危うさである。物事が画一的に報道される、どの新聞、テレビ、雑誌を見ても同じように報道される。すると人間はそれがすべてだと思い込む傾向が強くなる。そんな大げさでもなく、隔離された集団が一定の意図に基づき情報を与えられる。それは危険なことである。確かに何も考えず流されるままの情報を受け入れることは楽だ。その結果何が生まれるか?自分の頭で判断せずにすべてを正しいものと受け入れ行動する。その結果マインドコントロールが簡単に生まれる。今日私がこんな延々と書いて言いたかったことは自らの頭で考えることの重要性である。

一生懸命書きすぎて疲れた・・・
こんな風に物事を考える自分は本当に嫌いだよ・・・





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最終更新日  2004年09月08日 16時56分52秒
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