曹操閣下の食卓

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曹操閣下の食卓

曹操閣下の食卓

2007.09.20
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テーマ: お勧めの本(8163)
カテゴリ: 芸術
    □謹告□
 知る人ぞ知る連載【曹操言行録】が近日に単行本として出版される運びとなりました。
 内容はほとんど新説ばかりという、三国志ファン、特に魏ファンの皆さん待望の孟徳・曹操の少年時代から董卓の乱まで、波乱の前半生に焦点を当てた前代未聞の歴史論考です。
 ここでは正史記述から、今回の出版では活字にできない細かい時代考証や解釈論などを連載しています。


曹操5.jpg

作画・Ms.KANZAKI


■第9回■

    ★一世風靡した北部尉・曹操の指導力★

 曹操ファンにとって、最初に「曹操らしさ」を感じるのは、この北部尉に抜擢された時期の華麗なる指導力であろう。
 この時期の曹操の意気軒昂を表現するのは、あのナポレオンに匹敵する騎馬像がよいということで、ベネズエラの首都カラカスのボリバル広場の中心、サイモン・ボリバルの騎馬像など、解放者( The Liberator )のイメージを強く出すことにした。

simon_bolivar.jpg

Caracas_Plaza_Bolivar.jpg

Simon_Bolivar_Plaza_Bolivar_Caracas.jpg


 というのは、有名なダヴィッド画のアルプス越えのナポレオン騎馬像は、彼が権力者になってから描かれたものであるから、その目は野心と権力に向かっている印象があるから、敢えて、これを手本にはしなかったのである。

David_napoleon.jpg


さて、聞くだに鮮やかな北部尉の業績。。。
しかし、ほとんどの三国志関連の研究は、単なる正史の祖述と混乱した膨張になっていると断言しなければならない。

そもそも曹操が北部尉に就任して、さっそく首都洛陽の北門と、北部尉の監督署の施設、つまり勤務先の改修工事をはじめた、というが、その費用はどこから捻出したのだろうか。


 また北部尉の曹操が自腹で、首都の北門の改築費を調達できたと考えるのもトンマな話だ。
 曹操が神様や魔術師のように、呪文を唱えて、北門を改修したというのだろうか。

諸君。

 最大の疑問が何一つ追及されていないのだ。


 その後の経緯からすると、曹操は就任直後、北部署に巨額のウラ金が蓄積されていることを知って、これを思い切った改修工事のプランに投入したらしい。
 そのウラ金とは。
 富裕な階層が郊外に夜遊びに出て、時間外に北門の事務通用口を通過するときに支払う巨額のワイロ。
 そして日常の通行にも門番たちが支払いが強要するような通行税など。
 曹操は北部署のリニューアル後に、すべてこれらの腐敗行為を禁じて、門衛兵たちに新しい兵器類と、制服・備品・甲冑を支給している。

 最大の疑問。。。なぜ曹操はこんなことをしたのか。

 それはドロップアウトの時代に、庶民の生活にまじわり、騎馬ではなく徒歩で、このような門衛兵たちの卑劣な蛮行と腐敗行為を直視していたからであろう。
 官吏の服装をして、騎馬で通行する官位ある人物に、門衛兵たちは手出しをすることはない。

 そこで庶民をいじめ、富豪や高官にへつらって、ウラ金を蓄積していたのが、門衛兵たちの実態だったのである。
 曹操はそれがわかっていた。
 しかも、それが門衛兵たちの勤務形態、古くなった施設、古くなった備品、そして汚くても再支給されることのない制服などに由来する士気の低下によるものだということもわかっていた。
 だから、曹操は一過的に門衛兵たちを責めることより、このように構造的な改善に着手することによって、北部署という職場の大改革をやってのけたのである。

 そして、曹操はここで初めて洛陽の全市民、そして宮廷の官吏すべてに顔と姓名が知られるようになった。

 自衛隊のイラク派遣部隊の初代隊長が、国民的な有名人となり、参議院議員に当選したということも、最近の事実である。






お馬鹿ぞろいの三国志研究の愚連隊講演団やらダボハゼ大学文学部教授にゃ、そのあたりはわからんだろうが。 





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Last updated  2007.10.01 23:00:02


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