曹操閣下の食卓

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曹操閣下の食卓

曹操閣下の食卓

2007.09.28
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テーマ: お勧めの本(8163)
カテゴリ: 芸術
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作画・Ms.KANZAKI



■第2回■・・・・横書きだから、漢数字はやめた(笑)

    ★イラストの時代考証★

まず目立つのは、曹操の「冠」。

だいたい三国志ファンが知っているゲームなどの服装は、京劇とか、南宋時代(鎌倉初期)に成立した舞台劇の衣装からイメージを引き継いでいる。

時代考証として利用したのは、後漢時代の絵が描かれた「画セン」というレンガ。

kanga1.jpg

kanga2.jpg


あるいは「画像刻石」という古墳の壁の画像。

kanga3.JPG


このことから、後漢時代の冠や頭巾が想像できる。

特に曹操の冠は、正史にも明確な記述があり、「曹操は古代風の革製の冠をつけていた」とされている。
これは【漢書】にも紹介されている「貢士(高氏)冠」というもので、もともとは前漢の初代皇帝、高祖・劉邦の冠だった。


「ほぼ」というのは、劉邦は秦帝国の政府から支給された普通の布製の冠では気に入らず、自分で部下を遠くの町に行かせて、竹の皮でできたオーダーメイドの冠をつけていたと【史記・高祖本紀】に書かれているからだ。

曹操は劉邦を非常に尊敬しており、指導者論として歴史記述を学習していたので、その真似をしたかったのである。
ただし、特別に革製にしたのは、竹よりもひとまわり大きなものにしたかったのだろう。

そこで、兵馬俑を参考にして、このような冠を描いてもらったわけだ。

袁紹がつけている頭巾は、このような冠をつけた頭にかぶせるものとして、皇帝もつかったので、公式に認められていたものだったが。
正史記述によると、「袁紹の仲間たちは、冠をつけずに頭巾をつけ、その派手なデザインを楽しんだ」と批判的に記述してある。

そこで袁紹が好んだ頭巾のデザインは、中東アラビアからシルクロードを経て、仏教とともに伝来したパルメット文様(唐草文様)であると推定した。
ところで、このパルメットの神聖模様を、もっと大きくすると、中世ヨーロッパの王冠になる。

武器類は、日本の後漢時代の遺跡からも出土する「広型銅矛」のデザインにした。

甲冑は前漢・武帝時代の騎馬陶俑も兵馬俑と基本的に同じだったので、後漢時代にも変化はなかったと思われる。
そのほかの画像では判別は困難。

三国志の時代になると、タイムカプセルとなる後漢の陵墓はみんな盗掘されてしまったから。

NHK人形劇・三国志の辻村ジュサブローさん製作の劉備・関羽・張飛はこの兵馬俑デザインの甲冑をつけている。

ryubi_p.jpg


ひとつ指摘しなければならないのは、頭に載せる「兜」は存在しなかったということ。

これが陶俑などにあらわれるのは、三国志より百年後の五胡十六国時代である。

騎馬民族王朝が持ち込んだものだ。



ひときわ目立つ旗。

これはデザイン的には清王朝のものなのだが、中国では始皇帝の映画にも登場する。
現物や画像があるわけではない。
そういう意味では、これは西安映画電影撮影所の考証にしたがったわけだ。

このように細部まで、すみずみ時代考証をして、この絵は完璧に仕上がっている。

カンザキさん、ご苦労さまです。





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Last updated  2007.10.01 22:57:30


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