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2025.03.09
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カテゴリ: 思い出話
このブログでも過去に何度か書いたことがあるがワタシの名字は母方のものであって父親は婿養子なのである。夫婦別姓選択制の話が近年話題になり世の中では夫婦の95%が夫の姓を選択することが知られているがワタシの両親はその例外的な5%に入る。理由はウチの祖母の家系がいわゆる女腹(メバラ)の家系で、生まれる子供が女ばかりなのである。稀に男が生まれてもあまり長生きしない。娘たちがみな嫁に出てしまうと家系が途絶えてしまうので、主に長女が婿養子を迎えて家系を絶やさないようにしているのである。ワタシはそんな家系に珍しくも長子で健康優良な男児として生まれ歓迎されたのだろうと思われるが、なにせ親戚は基本的に女だらけ、近所に住む子供は若干年上の女の子ばかりで、皆から珍しい弟分のように可愛がられた幼年時代だったのである。

まあ、戦後も平成の世になるまで男女別学を貫いた仙台という硬派な土地柄、そんなワタシも小学校、中学校と学年が上がるうちに女の子たちには興味もないような素振りで男子とばかり過ごすようになり、高校も当然のように男子校に進学した。
しかし、我が家はというと、あくまで祖母とその娘である母とそのまた娘である妹という女三世代が支配する環境であり、子供が起きているうちに帰宅することが稀だった高度経済成長期の営業マンの父の存在は実質的というよりはあくまで象徴的なものであり(笑)、要するに男性の影が薄い家庭なのであった。したがって男の子用のオモチャとかマンガは我が家には存在せず、ワタシはほかのクラスメートのようにミニカーにもピストルにも戦車にもドカベンにもトイレット博士にも興味を抱くこともなく、気がつくと男子校に通い応援団をしながら少女マンガを読むという、イカツイ外面と繊細な内面が共存する青年になっていたのであった。
やがて私立大学の文学部心理学科に進学すると、そこは女性比率65%の女の園、卒業論文の指導を受けた臨床心理学のゼミの教授も指導助手もみんな女性。
休学中に留学したイギリスの語学学校では先生の多くは女性、同級生はイタリア、スペイン、ドイツ、スイス、フランスなど西欧各国(とイスラム圏だとトルコ)の20歳前後の娘たち。アメリカの大学の視覚芸術学部では男女比はほぼ半々、黒一点となる経験はあまりなかったが、入学して間もない孤独な頃に優しくしてくれたのは常に女性だった。
卒業後現地就職してからも、肉体労働をしていた時期を除き同僚もボスも女性ばかりの世界、さらに日本に帰って通訳・翻訳の世界に入ってからは男性は「絶滅危惧種」と呼ばれ、特に通訳者養成学校では自分の声だけが1オクターブ低いのでいつも目立つのであった。
なので、今の職場のように、社員の8割、管理職の同僚の9割が男という環境は高校時代以来である。しかしどうも男性の論理には違和感を覚え、気がつくと、女性比率の高い「外国籍従業員」とか「グローバル」とかそっち方面の業務外活動に引き寄せられ、本業よりもそっちに熱心になっている自分に気づくのであった。
あいにくもう定年間際の年齢なので自分を弟分のように可愛がってくれるような立場の女性はもはやいないが(笑)、男同士の密かなプレッシャーから解放されなんとなく安心して自分らしく振る舞えるのであった。





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Last updated  2025.03.09 03:39:35
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放浪の達人 @ Re:椅子取りゲーム(04/02) う~ん、わかるなあ。 僕の場合はコロナ禍…
郡山ハルジ @ Re[1]:生まれ育ちについて感謝していることその1(03/07) 放浪の達人さんへ 母国が実家の延長線にあ…
郡山ハルジ @ Re[1]:生まれ育ちについて感謝していることその2(03/07) 放浪の達人さんへ いやあ〜、きっと万に1…
郡山ハルジ @ Re[1]:生まれ育ちについて感謝していることその2(03/07) エンジェル フェイスさんへ ワハハハ、笑…
郡山ハルジ @ Re[1]:生まれ育ちについて感謝していることその3(03/09) 放浪の達人さんへ ほうろうさんは少なくと…

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