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先日のシルバーウイークにやっと自分の事に気がまわる余裕ができたのか病院の予約ができたので今日は午後から横浜の病院へ行き帰りに少し時間ができたので横浜美術館で開催されいる「大開国展」へ足を運んでみた。横浜の開港150周年イベントの一環として幕末から明治にかけての美術品や工芸品の中に時代の変貌していく様を映し出すことを目的とした展示で思った以上に内容が幅広く見ごたえのあるものだった。しかも月曜日の閉館2時間前であったことからかものすご~~くすいていたのでほぼ貸切状態で周りを気にすることなく自分のペースでじっくり見ることができて大満足♪篤姫や和宮の美しく繊細な調度品や着物、掛軸は普通に見ごたえがあったしとくにナポレオンから慶喜に贈られたという銀色に鈍く光る騎兵用の胸甲と兜には魅せられた。ナポレオンと徳川慶喜の組み合わせに世界史と日本史がリアルにドッキング~(笑)そしてその後には最後の将軍の役割を終えた慶喜が蟄居している間に描いた絵画が複数並んでいた。何気なく描かれた風景や静物にはいったいどんな思いが込められていたのだろうか・・・?感情を押し殺すように淡々とした慶喜の絵筆遣いと暗めのトーンには抱えきれない虚しさの色がにじんでいるようだった・・・。後半には幕末から明治にかけての職人の手による工芸品や調度品の数々が収められていた。この頃の日本の職人の高い技術を注ぎ込んだ工芸品は海外への輸出品として日本の文化を世界に示すという重責を担っていた。それだけに本当にため息がでるほどに美しいものばかりで工芸品とは呼びたくない高い芸術性がほとばしっていた。とくに注目したのは横浜に窯を持っていた「宮川香山」という陶工。花器にのった精密な蟹の姿はまるで生きているようなリアル感!とても陶器には見えない!!そしてあまりに緻密に作るために効率が悪くなってしまったことと客のニーズに応えてまるで別人のような白磁器づくりに方向転換をしてその作品もまた内側から光が放出するような柔らかさ・・・。まったく真逆な作風を同人物がそれも「時代と客のニーズにあわせて」変化させたというところに芸術家とは異質の「職人魂」というものが感じられここまでの技術を持った陶工の「滅私の職人魂」に心を揺さぶられる思いがした。しかし第二次世界大戦の空襲で壊滅的被害を受けたことによりこの窯は閉鎖に追い込まれてしまったとのこと。本当に戦争はバカバカしい・・・。それ以外にも並べられたたくさんの工芸品はどれもうっとりするような完成度の高さで日本が本当に残すべきものはこういう日本人にしかできない職人技だったんだろうなとだんだん悲しくすらなってきてしまった・・・。時代の転換期に捨てたもの変化したもの新しく生まれたものそれが形になって見える展覧会だった。まさに今の時代にもリンクしている意図がしっかりと感じられた・・・。最後にモチロン図録を購入。この図録も読み物としてかなり読み応えがありお買い得感があった!特別展を出て常設展に足を運んでみると私の好きな松井冬子さんの絵があってまたまた感激!本物を目の前で見るとそれはそれは迫力が~~!おどろおどろしさと美しさ、はかなさが共鳴する独特の世界観・・・!やっぱり好きだわ~~♪誰もいない美術館を貸しきり気分で堪能できて超しあわせなひとときになった!大満足でひとりウキウキとランドマークを闊歩する私・・・。夫が帰ってくるまでに家に帰らないとと気がついて慌てて家路につくが家の前数十メートルのところで夫と遭遇。また偶然帰りが同じ時間になっていたのだ。たまにしか出かけない私なのにこの現象が何度も起こるのはナゼ・・・?(汗)
2009年09月28日
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休み2日め。昨日はずっとできなかった家の拭き掃除をあらかたできたのでだいぶ気持ちが楽になった。掃除できないって精神的にものすごく悪影響があると実感・・・なんかやっとまともな人間に戻れた感じが・・・(汗)3日連続で再放送を含めて放送された白洲次郎のドラマを観た。女上杉軍の隊長に呼ばれて訪れたNHKのスタジオで天地人の収録を観たときに隣のモニターに映っていたのを思い出す。モニター画面では音声が聴こえないので人の動きしか見えず白洲次郎を誰が演じているのかさえその時はわからなかった。しかし天地人のそれとは明らかに違う製作現場の雰囲気が無音のモニター画面から伺えNHKは天地人よりもこちらに力を入れたなと思った。白洲次郎に予算がかかりすぎて天地人にまわす分が減ってしまったという噂も聞いた。また、白洲次郎の妻の正子にも非常に興味があったので放映は必ず見ようと思っていた。暗い画面の中に浮かび上がるように描かれる抑え目にした全体の色のトーン。当時の時代の空気の重みを感じさせる良い演出だった。主役の伊勢谷友介さんも白洲次郎を憑依させていた。薩摩藩士の血を引く気高き伯爵令嬢正子を演じた中谷美紀も好演だった。他のキャスティングも映画レベルの贅沢さがあった。感情的になると英語で話し出す白洲夫妻。英語の方が気持ちがストレートに伝わるんだろうなということはたいして英語の話せない私にも理解できる気がした。妻の正子を「インスピレーションの泉であり究極の理想」と呼ぶプロポーズの言葉や「君ほどのライバルはいない」と言うセリフも英語でなければ絵空事のように浮き上がってしまっただろう。まったく相容れない世界に生きながら常に最高のライバルでありつづけた次郎と正子の絆。干渉しないということは相手を信頼しているということ。何をしてもこの人ならと思えるから何も言わずに自分は自分の世界に生きる。互いに「職業的な肩書き」というものを生涯持たなかったともいえる2人は自分自身が最高の「ブランド」であり「肩書き」であったのだろう。マッカーサーに昭和天皇からのクリスマスプレゼントを届けた時「その辺に置いておけ」といわれたことに対して「日本は戦争に負けただけで、アメリカの奴隷になったわけではない」毅然とした態度で元帥の非礼を叱責した次郎はすごかった。昭和になって次郎が通っていたゴルフクラブに一見さんで割り込んできた当時誰も逆らえない田中角栄を「ここは会員制。会員でないなら遠慮してもらいたい。」と一蹴したエピソードなどこの状況に比べたらカワイイもんだな~(苦笑)次郎のすごいところは農業というものを自分の大きな一部として捉えていたところだったと思う。農業の重要性と奥深さをこの時代にこのクラスの人間でこれだけ深く理解していた人はおそらくいなかっただろう。世間の目や評価などを気にしない自分自身の価値観とプリンシプルを貫いて生きた次郎。かっこよすぎてヤバかった・・・。白洲正子が愛した「能」もこれからまた注目される時代が来ると予測している。極限まで動きを抑制した能の世界は静寂の中に無限の激しさと官能性を秘めている。私もこれからもうすこし関わってみたい世界でもある。昨今の作りこみの浅いテレビドラマの中においては秀逸の出来ばえだった「白洲次郎」。映画化しても良いかもしれない。無計画に午後からダラダラとはじめみんなで盛り上がった村のバーベキューで今日もまたもや飲みすぎた夫は片付けも手伝わないままずっとソファにひっくりがえって死んでいた。ウチの次郎さんのプリンシプルは「なにもしない」(笑)これは相当イカれてないとたどり着けない境地でもある・・・。どっかの飲み会にいって帰ってくるたびに言われる「他の人はつまらない。キミほど面白い人はいない。」と言う言葉はウチの次郎さんにとっては最高のホメ言葉なんだろうと訳すしかない私だった・・・。
2009年09月23日
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今日からやっと連休に入ったがそれでもやり残した仕事があったため午前中は職場へ行き昼前に戻って家の掃除をざっと済ませて自転車に乗りたいと夫が言い出したため鎌倉へ行くことした。まずは頼朝の墓へ参拝者が次々と続いていた頼朝の墓孤独で淋しい印象を受ける頼朝の墓。墓へ続く階段の下には「よりとも児童公園」という小さな公園があり夫は中学時代に彼女とそこで待ち合わせをして帰っていたそうだ。今でも当時の遊具がそのままあるらしい。次に夫の言うままに「大塔宮」に向かうがどうもしっくりこない感覚の私・・・。何かが変だ・・・。「首塚へいこう」と夫が言うのでその後をついてく。「首塚って誰の~??」と聞いても夫は幼いころからそう呼んでいるだけで由緒などはまったくわかっていなかった。到着するとそこは後醍醐天皇の息子の護良親王の墓だった。護良親王の墓の入口夫の後について少し階段をあがってみたが途中でもうそれ以上先に入れなくなってしまった私は「あ~~やっぱりもうダメだ!ごめん、、私もうこれ以上行けないから戻る・・・」と降りてきてしまった・・・(汗)理由はわからないがとにかく猛烈な嫌悪感に襲われ怖くなりもう進めなくなってしまった。家に帰って少し調べてみると護良親王という人の壮絶な人生が浮かび上がってきた・・・。皇統の中では政治的に突出した動きをした人であった。最後は暗くて狭い洞窟に幽閉され足利の家臣に惨殺され首を藪中に捨てられてしまうという悲惨な末期。はねられた首が刀を咬み折ってなお睨んでいたという・・・。こりゃ~~入れないわけだよ~~(怖)大塔宮もこの護良親王を祭祀しているのだけれど創建が明治2年になっていたのも疑問だったがそれがなんだかこの墓に来てわかった気がした。「慌てて作ったんだな~~」とそう思った・・・。(単純すぎ?汗)もっと早く建てるべきだったのに遅すぎたんだと思う。明治天皇が維新の後同じような思いを持って非業の死を遂げた護良親王に思いを馳せたのだろうがたぶん護良親王は納得してない。それで大塔宮では奥行きを感じない妙な違和感を感じたんだろうと勝手に納得・・・。時代の転換期にはいろいろな怨念が渦巻くもの・・・もしかして今この時もその転換期なのかもしれない・・・(怖)護良親王の墓までスタスタと登っていた夫がフツーに帰ってきた・・・。夫の実家のあたりもかなりスゴイのだが夫はそういうものをすでに超越している何かを持っているのでたぶん気にならないのだ。それが何かはわからない・・・「亀だがら」かもしれない(汗)
2009年09月21日
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仕事はどうにかこうにか今日の締切日に間に合わせることができた。同僚は吐き気をもよおしてダウン。それくら限界が来ているわけで・・・(汗)パソコンやりすぎなのでもうブログも書きたくないが今日、夫から「ウメ子が死んじゃった」というメールが来た。ウメ子とは先月末に行った小田原城の敷地内に飼われていた日本で最高齢のおばあちゃんゾウ。小田原城とゾウのミスマッチは素晴しいものだった!ウメ子は美人で愛嬌がありとてもかわいかったのでたくさん写真を撮っていた。強固な小田原城をさらに最強にしていたウメ子の存在・・・。難攻不落の小田原城やるな北条・・・!(?)ウメ子と夫夫もウメ子のかわいさにハマっていた。かわいかったウメ子とてもやさしい顔をしていたウメ子。愛されて育ったんだなということがわかるゾウだった。前日まで元気だったのに急になくなったそうで直前に会えて本当に良かった・・・。新聞記事には国指定史跡に動物がいることに対して反対があるらしくウメ子の死とともに隣にあるサルの施設も撤去されることになったらしい。「本陣に動物園があるとは!」と敵ながらアッパレ(?)と評価していた私にとっては信じられない言葉だった・・・。なんで動物がいちゃいけないんだろうか???むしろ強みになると考えないんだろうか???夫の一言・・・「人間より長生きする動物って・・・ゾウとカメくらいだよなぁ・・・」だからゾウにもこれだけ魅かれる私たちだったのだ・・・。
2009年09月18日
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絶対終わらないであろう状況下の中今日も明日も休日返上で最速の編集作業・・・。しかし神輿のことだけは記録に残しておかねばという一念だけですべてを放り出してブログUP~~(汗)今年はさすがに葉山地区全域の撮影はしないことにしていたが昨年撮影できなかった部分を補うために結局1日バタバタになってしまった・・・。仕事は休みにしていたが指示だけしないとダメなことになり短時間だけ寄ってすぐ出るつもりが問いあわせと調整が入ってきて結局つかまってしまった。。。最低限の始末だけをつけてその後に取材でお世話になった隣町2つの神輿会へあいさつ回り。そして家に戻ってカメの世話と神輿の接待のための会場セッティングと漬け物づくりに突入。日頃から夫を虐待している?私なのでハタからは絶対にそうは見えないだろうが私は絶対的に「男尊女卑」が基本にあるため神輿のようなしきたりを重んじるものについては女は担ぎ手に入るべきではないという思いがある。(自分にだけだけど・・・)神輿を担ぐ男衆を支える裏方として働くのが祭りでの本来の女の役目。なのでこれまでも担ぎ手として入ったことはないしこれからもたぶんないだろう。祭りの日だけは「夫を立てる妻」?になるべく(怪しいモンだが)夫に昼飯をつくり食べさせ送り出し後から追いかけて自分の神輿の立ち上がりに立ち会いしばらく後をついて撮影。宮入に向かう他の地区の神輿会も時間が許す限り撮影して回った。無謀に高所へ這い登ったハイアングルからの撮影にこちらを向いているのは我が夫だけ。「夫をさがせ?」落っこちそうな私に気がついた夫?心配してるのかと思いきや怪しい行動に奔走する妻を笑ってる・・・(汗)その後他の地区の神輿の海上渡御の撮影に行き神輿と一緒に海へ突っ込みズブ濡れ&砂まみれになる(バカ)でもいい写真が撮れたので一安心。。。時間がないのでズブ濡れのままチャリで自分の神輿のお仮屋に戻り今度は自分の神輿会の子供神輿の撮影。(これも昨年できなかったので)途中で一度戻って着替えをして冷やしておいた漬け物を切り再度他の村メンバーと共に会場セッティング。そしていよいよ我が村に神輿が近づくがここで先にはいらねばならない給水車が神輿の後についてきてることが判明!!慌てるもなんとか先回りしてくれて滑り込みセーフ・・・。いつもと同じ段取りだからと今年は事前に確認していなかったことが招いたトラブルだった。前日に文書で念のため届け出ておこうかと一瞬頭をよぎったのに仕事があまりに忙しかったためにあきらめてしまっていたのだった・・・(悔)やはり次回はちゃんと文面で段取りの説明をしておかねばならないだろう。神輿が馬に納まり接待が始まると村は縁日のようになる。今年からメニューを変えることにした「そうめん」もそうめん部隊の絶妙のコンビネーションで予想を上回る大好評!!私道なので他の車が入ってこない安心感もありみなさんリラックスして楽しんでくれていたようだった。そしていよいよ平日の今年も開催することとなった「連合渡御」のスタート会場へ。昨年カメラの不調と雨で撮影ができなかったので私も片づけを他のメンバーにお願いしたまま撮影に走った。(みんなごめんね・・・)「今日、平日だったよね???」と疑いたくなるほどのものすごい人出!日曜日だった去年よりも多いかもしれなかった。とにかくすごい熱気!葉山の神輿の燃え上がるようなパワーが木の下通りに一気に注ぎ込まれていく。人波にもまれながら可能な限り撮影を行い夜8時すぎに一度家に戻ってからお仮屋の直会に参加。(去年までは遠慮して不参加)おいしいおにぎりやおかずにホッとするひと時・・・(感謝)どうなっているんだ??この盛り上がり??!!葉山の神輿はすごいことになってきた。仕事でも確かに仕掛けた側(仕掛けたってのはちょっと違うが、、、)だったわけだがこんなにすごいことになってくるとは・・・(汗)本当に良いもの本当に大切なもの変わらずに価値があるものの素晴しさを多くの方がわかってくれてきているのだと肌で実感する1日となった。夕方の撮影の途中で海に突っ込んだ後の私に声をかけてきてくれた大柄な男性がいた。海上渡御を行なった神輿の若手役員の方だったようで名刺交換を申し出てくださった。周りの音がすごくて声があまり聞き取れなかったが神輿と一緒に海に突っ込んでいった私にねぎらいの言葉を下さった。外から見ていたらほとんど不審者だったろうが(汗)熱意だけはわかってもらえてうれしかった・・・!取材でお世話になった隣町の副会長さんにご馳走になったコーヒーのお礼の気持ちとして挨拶まわりの時にお茶とポカリを皆さんの分として差し入れしてみたがいたく感謝され何度も握手を求められた!気持ちが通う嬉しさは本当にすがすがしい。すさんだ町の唯一の光となるのはこの神輿の絆なのかもしれない。そう信じて取り組んだ仕事がやっと花開いたと感じられた怒涛の1日だった。たくさんの仲間たちの熱い想いにも心から敬意を表してこの絆をこれからも共に守っていきたいと願う私だった・・・。
2009年09月11日
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仕事がもう発狂寸前の忙しさの中ピッコロが産卵!!最近産気づいている様子はあったが昨夜からいよいよと思われる落ち着きのなさが見られるようになったので産卵場所に適した庭の土の上(囲いをした一角)へ下ろしていたが今日の昼過ぎくらいから後ろ足で穴を掘り始めた。仕事のせいで産卵の瞬間はみることができなかったが帰ってみると何事もなかったように穴は埋め戻されていたのでゴム手袋をしてそっと掘り返してみると4つの卵が深く埋められていた。ピッコロの体の大きさからするとかなりの大きさの卵・・・。今まで産んだ中で一番大きさも大きいし殻にラメが入っているようなキラキラして卵もある~~♪こんなのをおなかのなかにかかえていたなんてすごいなぁ・・・と感動!!!写真も撮ったけれど疲れすぎてブログにアップする気力がないためまたいずれ・・・。プライベートではいろいろな人からメールやお誘いもたくさんもらって本当にありがたい。仕事で触れる世界とまったく正反対の自分の世界・・・。ギャップがありすぎるから余計ツライっす、、、(汗)仕事がデキるから集まってくると慰められても一応生身の人間なんで限界が、、、でも他に誰も責任をとってくれないので誰も頼れない・・・。いつになったら終わるのだろうかこの5人前くらいの仕事・・・(汗)
2009年09月03日
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