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未来への贈り物 伝えていきたい世界遺産
林 菜央(ユネスコ世界遺産条約専門官)
日本では関心が高い
検定、テレビ番組、雑誌など、世界遺産に対する日本人の関心は、他国に比べると格段に高いように感じます。どうしてこれほど日本人を引き付けるのでしょうか。そこには、外から着るものを柔軟に受け止め、中に取り込んで、より優れたものとして磨いていく。そんな日本人の和を重んじる精神があるように思います。
現在、登録されている世界遺産は約 1200 件。日本人には、あまり知られていない世界遺産もたくさんあります。より多くの世界遺産について少しでも知って、どう向き合っていくかを考えてもらいたく、『日本人が知らない世界遺産』(朝日新書)を出しました。
条約ができたころは、世界遺産に登録するための町ベーションが、いまとは違っていました。また最初の頃はエジプトのピラミッドや、グレード・バリア・リーフ、インドのタージ・マハルなど、それこそ教科書に出てくるような眼が急の遺跡が登録されていたのです。これらは、その重要さが分かりやすい例といえるかもしれません。ただ最近では、当初は登録できなかった国、目覚ましい開発の続いている東南アジアや中東の湾岸諸国など、自国の文化アイデンティティーをアピールするための登録が増えています。それぞれの国が育んできた文化や歴史を主張したい。そういう国がこぞって登録を目指しているのです。
一方、これまで登録を続けてきた先進国も、目が急の遺跡ではなく、他方の特色をアピールしたり、観光客を誘致したりするためのユニークな遺跡を登録する傾向が増えています。
当初の、人類にとって普遍的な価値を持っているということが分かりやすい遺跡から、今は、より現代的な社会経済的モチベーションが、世界遺産登録に向けて働いていると言えるでしょう。
人と人の交流の拠点
観光資源ではない価値が
守るべき普遍的価値
世界遺産には、人類にとって守っていくべき「普遍的価値」が求められます。本来、遺産というものは過去の証言者であるとともに、現在と未来への貴重なインスピレーションを私たちにもたらしてくれるからです。
特に文化遺産の場合、その国だけでなく、世界の歴史を動かすような技術の発達に貢献したとか、その地域全体に、文化的、宗教的、美術的な影響を及ぼしているとか、私たちは、人の興隆や歴史の中で、さまざまな発展を遂げてきました。その中で中心的な役割を担ってきた場所として、普遍的な価値があるのです。人も民族も国も、孤立して生きてきたわけではありません。先史時代から、穂家の文化や考えかたとの折衝がありました。歴史というのは、そんな興隆によってできています。だから、他者を知り事故を知るという意味でも、遺跡を保全した、その意味を伝えていく必要があるのです。
例えば、古代ローマが世界帝国になっていく過程で、周辺地域を属州化し、その他の人々をさまざまな用途に動員していきます。技術者や兵隊たちが帝国内を動くうち、彼らの神々がローマにも取り込まれていく現象が起こります。この時代から人間は、さまざまなつながりをもって生きていて、そのことが宗教的考え方を変化させ、芸術表現や技術の発展などをもたらしたのです。
そんな歴史を象徴する世界遺産を、ただ美しいからではなく、歴史的にはこんな意味があって、自分にとってどうして大事なんだろうと、考えてほしい。さらに、そこに自分の物語が作れたら、なおいいと思います。
人と人とのつながりは、そこに住む人間が直接間接に共に生きた歴史です。まったく別の文化や考えかたであっても、影響しあってきたことに価値があるのです。そう感じられたら、ユネスコが推進している「人の心の中に平和の砦も築く」ことができるのではないかと思います。
物語を共有していく
たくさんの世界遺産がありますが、いけるのであれば、その場所に行って人と交流してほしい。私自身、バーミヤンやアンコールの遺産保全に 20 年以上携わってきました。
さまざまな仕事を通して、歴史の成り立ちについて深く考えさせられた場所でもあります。その国の人たちとともに仕事をして、いまでは私にとっての共同体のようになっています。
観光でここまで深く交流するのは難しいと思います。でも、そこに住む人をつうじて、地元の伝統産業や食べ物などに触れることで、その場所での生活を感じることができるはず。
そうやって物語を共有することが、自分とのつながりをつくり、長く続く近親感を見えていけると思います。
機会があれば、興味を持てる場所には一度行ってほしい。その場所に実際に行けないなら、世界遺産について調べたり、写真や動画で見たりするだけでも、十分いいと思います。
興味をもてば、エモーションが生まれます。自分とつながりをつくれた場所については、定期的に追いかけてもいいでしょう。興味が持てれば、保全への行動につながるはずです。=談
はやし・なお 日本人唯一のユネスコ世界遺産条約専門官。在フランス日本大使館の文化・プレス担当アタッシュを経て、 2002 年からユネスコに勤務。近著に『日本人が知らない世界遺産』(朝日新書)がある。
【文化】聖教新聞 2025.2.27
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