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医療小説を読む
作家 久間 十義
ニーズの変化にも対応
妙に相性のいい医者と文芸
医療小説と呼ばれるものは数多い。何を読むか迷ってしまうほどだ。そんなときはまず古典からが鉄則。
すぐに思い浮かぶのは山崎豊子の『白い巨塔』や、山本周五郎の『赤ひげ診療譚』だろう。『白い巨塔』は難波大学医学部の財前五郎助教授が権力の階梯を駆け上がろうとする物語。医局制度の問題などを赤裸に描く社会は小説だ。一方『赤ひげ診療譚』は江戸の時代物。長崎帰りの若い医者が、赤ひげと呼ばれる医長に導かれて一人前の医者へと成長していく姿が描かれている。
に咲く友映画やテレビで人気を博し、実際の小説を読まずとも、すでに内容が分かった気になりがちだ。だが、どっこい、直に小説に当たると、予想以上の深さ、面白さに驚く。山崎豊子の対立がさらなる対立を呼ぶストーリーテリング、戦後教育の生前主義的な傾向ときっぱり断絶した山本周五郎の人間洞察力など、読書の見返りは絶大なはずだ。
もっとも、こうした作品の功徳を述べ立てても、人によっては「古臭い」との反応があるのも事実。時代が下がると読書人のテイストや要求水準も変わり、どんなに素晴らしいものでも読み辛く感じられたりするものだ。
だからこそ、常に新しい医療小説が求められ、生産され、消化される。古典と現在の医療小説との距離については、テレビ・ドラマや漫画といってジャンルを介在させることで、多少はその隙間が埋まるかもしれない。
そう、たとえば医学の全線で苦悩する医者たちの姿を描いた『 ER 緊急救命室』や『シカゴ・ホープ』『シカゴメッド』『ドクター・ハウス』などなど。これら海外ドラマに加えて漫画では手塚治虫の『ブラックジャック』、さらには題名がそのオマージュになっている『ブラックジャックによろしく』などという人気漫画もあったはず。こうしただれもが知らず知らずに観たり読んだりして、記憶にとどめる物語イメージが、私たちをして新たな医療小説を求めさせるのだろう。
そんなふうに感じながら現在の医療小説を眺めてみると、お医者さん自身が書いている小説が吃驚するほど多いことに気づく。医師で小説家という人を思いつくままに挙げても、加賀乙彦、渡辺淳一、海堂尊、箒木蓬生、久坂部羊、夏川草介、知念実希人、南杏子……。純文派では南木佳士もいる。考えてみれば『 ER 緊急救命室』のマイケル・クラントンも医学部出身だし、手塚治虫も元医者だ。そもそも森鷗外に始まって、斎藤茂吉や茂吉の息子の北杜夫など、医者と文芸は妙に相性がいいという訳だろうか。
そういった医者が各医療小説で、最近目について三冊をあげれば、まず久坂部羊『生かさず、殺さず』。これは題名からして治療者側の本音が洩れ出た「認知症小説」だ。夏川草介『スピノザの診察室』は例によってトリビアな知的問答をちりばめて読者の心をくすぐる本屋大賞候補作。南杏子『いのちの十字路』は吉永小百合主演映画『いのちの停車場』の続編で、訪問診療所が舞台だ。
『白い巨塔』や『赤ひげ診療譚』カラずいぶん遠くまで医療小説が来たことが実感されるが、しかし「変われば変わるほど、ますます変わらない」という言葉もある。こうした小説が文芸の強力として、現在の私たちのニーズを満たしているのは確かなことのように思われる。
(ひさま・じゅうぎ)
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