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人道危機 —克服への課題
脆弱になった平和擁護の意思
日本国際平和構築協会 坂根 宏治 理事に聞く
さかね・こうじ 1967 年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、ブラッドフォード大学平和学修士(紛争解決専攻)。 JICA で 30 年以上、開発・平和構築分野に従事。スーダン事務所長などを歴任。 2020 年から現職。『衰退する民主主義、拡散する権威主義—中東・アフリカで民主主義は適合するのか?』(笹川平和財団 IINA 、 22 年 10 月)など論文多数。
普遍的価値
あらためて重要性増やす「人間の安全保障」
——人道危機に対応ができない現状の原因と解決策を示した論文『機能不全に陥るグローバルシステムー平和構築の利き、人道援助の危機をどう克服するか?』(4月)の執筆動機は。
坂根宏治理事 一番大きなきっかけは、イスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスとの武力紛争だ。一般市民が犠牲者となる様子が報道されているが誰も止まられない。
問題の一つは、やはり国連安保障理事会(安保理)だ。拒否権を持つ常任理事国間の対立で明確な判断ができない状況が続いている。そして国際司法裁判所( IJC )。イスラエルに人道支援物資のガザ地域への搬入を確保するよう1月に暫定命令を出したが守られない状況が発生している。「われわれは目の前の危機を止めることができない。なぜなのか」というのが一番強い動機になった。
——戦争違法化、人権と人道の擁護という国際社会を支える普遍的価値が揺らいでいるのではないか。
坂根 普遍的価値そのものは変わらないが、普遍的価値を擁護する意思を持つ国が少なくなっていると思う。強力な擁護者、守護者がいなくなった印象だ。「自己の地益を追求するためなら武力行使もいとわない」、「人道危機が発生しても自分の利益を追求する」という風潮が強まっている。しかも、国際社会がそれを抑え込むことができない。
——日本政府が実践している「人間の安全保障」は、生命を脅かす恐怖と、生活を困窮させる欠乏から個人を守り、人間の尊厳ある生き方を目指す理念だが、普遍的価値として国際社会で支持されていないのか。
坂根 「人間の安全保障」という言葉は、必ずしも多くの国で使われているわけではないが、その考え方に多くの国が反対しているわけではない。パレスチナなどを紛争下にいる人々は、この考え方を理解し、強く支持している。しかし、現実の政治が優先され、擁護されなくなっている。
国連では 2000 年ごろから「人間の安全保障」が大きく取り上げられてきた。テロなど暴力的過激主義が伸長する背景に貧困問題があり、「人間の安全保障」の実践は平和な社会の実現につながるのだが、 2000 年頃と比べ、事態はさらにひどくなっている。
いまこそ日本は率先して、「人間の安全保障」が世界全体で擁護すべき重要な考え方であることを訴えるべきであろう。
報道の責務
マスメディアは世論形成で存在感を示せ
——先の論文で、人道危機に対する私たりの無関心の解消が必要と強調されている。
坂根 以前から、日本のマスメディアに対し、もっと国際問題を取り上げてほしいと思ってきた。以前に比べると最近は国際報道は増えてきたが、それでもまだ少ない。
一方で、 SNS や動画共有サイトなどソーシャルメディアの持つインパクトが非常に大きくなる中で、マスメディアの存在感が低くなっていると思う。
ソーシャルメディアには自分の好きな分野や同じ考えを持つ人たちをまとめていく作用があり、また、より過激な発言が注目される傾向がある。そのため社会を分断していく作用も指摘されている。
これでは偏った情報で、間違った、あるいは過激な世論を構成してしまうのではないか。特に国際問題については、マスメディアが世界から客観的な事実を集め、伝え、それによって一般の人びとが適切な判断ができるよう、世論形成に貢献することが大事であると思う。
——日本ではどうしても欧米発の情報が多くなる。
坂根 欧米の報道を信頼し、それを信じる傾向があるが、それがすべてを伝えているわけではない。
今は、ロシア、中国、中東、アフリカの声、とくに一般の人たちの声も聞く必要がある。国家とそこで暮らしている人たちは必ずしも一枚岩ではない。
一方的な情報だけに基づき偏った考え方をしないように努力することが非常に大事だと思う。
国連の機能不全
信頼感の高い日本が安保理改革に貢献を
——人道危機に対処できない理由として、国連安保理の常任理事国間の対立による機能不全がある。以前から安保理改革の声もあるが実現しない。日本は国連改革に貢献できるか。
坂根 安保理改革には、拒否権を持つ常任理事国 5 カ国と非常任理事国 10 カ国、さらに、安保理メンバー国とそれ以外の国の双方の「橋渡し」訳が必要となる。日本は、双方を繋ぎ、コンセンサス・ビルディング(合意形成)をしていくリーダーシップが発揮できる非常に有利な立場にある。
その理由は、日本が多くの国々にから信頼され、高い評価を受けているからだ。しかし、日本自身がそのことに気がついていない。
坂根 これまでの日本の外交や途上国への ODA (政府開発援助)をはじめ、海外での民間企業の方々の活動、一般市民による NGO (非政府組織)活動の全てを通じた、総合的な評価だと思う。
日本は、力の行使ではなく、対話で信頼を勝ち得ていくソフトパワーをもっている。
日本は「非常にバランスの取れた判断をする国」、「隠された戦略のような魂胆がなく純粋に協力してくれる国」などと見られている。日本人は上から目線ではなく一緒に働く態度や、相手を励ます姿勢も崩さない。
こうした日本ブランドともいえる好感度は、先人たちの努力によってつくられた財産だ。
私たちはこの財産に依存する子ではなく、これから 20 ~ 30 年席に「どのような形で日本が世界中の中で生きていくのか」、「どうしたら世界の人達が満足できる社会をつくれるのか」を考え、そのための努力をすべきだ。
次世代に向けて
グローバルサウス十 30 年後の世界めざせ
——日本の将来の生き方について、グローバルサウス(南半球を中心として途上国)との関係強化が必要だと言われる。どのような姿勢で対話を進めるべきか。
坂根 グローバルサウスは漠然として概念だが、グローバルサウスと呼ばれる国々を、私は大人の仲間入りをした若者たちというイメージで見ている。
このような国々は、 30 ~ 50 年後に人口も増え経済的にも成長する。いまは紛争や貧困で苦しんでいても、将来の世界の中核を担うのは彼らである。
今は若さゆえにできないこともある。さまざまな課題もある。彼らが抱える紛争、貧困問題、環境問題などを一緒に計決していくこと、それは望ましい世界をつくるために日本が率先しているべきことだ。
将来のリーダーになる彼らと一緒に成長していく、そういう社会をつくっていく必要がある。
次世代の社会づくりを今の現役世代が実行することが重要だ。日本はいま、今後の世界を担う中東諸国、アフリカ諸国と強力なパートナーシップを築くべきである。
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