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ウクライナ訪れ戦争犯罪を調査
東京大学大学院 遠藤 乾 教授
社会に広がる「分断」「復旧格差」
過酷な高速・拷問を証言
——ロシアの攻撃によって、ウクライナの東・南部をはじめ、多くの非戦闘員・文民が犠牲となりました。
遠藤乾教授 今回、ウクライナを訪問したのは、ロシアに一時占領された都市を中心にロシア軍の犯行行為を調査することが目的でした。長めの休暇を利用に、 1 週間、同国に滞在。首都キーウをはじめ、虐殺があった首都近郊の街プチャ、南部のへルソン州、ロシアに一時占領された南部ミコライウ……。車や電車で長時間をかけて移動しました。
滞在中、戦争犯罪の訴訟準備に取り組むイタリア人の国際人権弁護士や日本人ジャーナリストと協力し、占領下で高速・拷問されたウクライナの人びとに聞き取り調査を行いました。また、ワークショップ(研修会)では、安全保障の専門家、元知事らと意見を交わしました。
——交戦中の国への訪問です。危険を伴いましたか。
遠藤 はい。空襲警報が頻繁に鳴り響いていました。ミコライウでは、すでに出発した後でしたが、宿泊していたホテルがドローンの攻撃を受け、粉砕されました。ロシア側は「英語を話す傭兵を攻撃した」と表明しましたが、私たちや台湾の医療支援グループのみ。地元メディアでも報じられましたが、ぞっとする出来事でした。ロシアの蛮行に怒りを覚えます。
——聞き取り調査では、どのような成果がありましたか。
遠藤 へルソン州が占領されていた時期、 70 日間にわたってロシアに拘束され、毎日のように拷問を受けたという元州知事から話を聞きました。温厚な方で、彼の父はロシア人です。侵攻が始まった当初、悪いのはロシア政府だと考えていましたが、解放後にはロシア人への憎しみ日変化したことを吐露していたのが印象的でした。
男性被害者 6 人の会合に参加した際には、全員が務めて平静を装っていると感じました。青い目をした若い元兵士は、拷問について詳しく語りませんでしたが、自らが話している最中、ずっと目の辺りが痙攣していました。また、恰幅のいい中年は、ロシア人が自分に「性的暴行を加えようとした。自殺しようとまで考えた」と述べていました。
他に、父と兄が行方不明になり、家族が離散した中学生は話しているうち、立つこともままならない状態になりました。
尊厳を幾度も傷つけられたウクライナ人の心には、今も深い傷が刻まれていることを実感しました。
〝息の長い支援〟が必要
——日本のメディアは、選挙区や戦況の報道に傾きがちです。
遠藤 最前線の選挙区を伝えることは、もちろん重要ですが、それが戦争の全てではありません。戦地から戻った人たちが重い苦しみに丁面している。あるいは、戻ることすらできない人もいる。戦争の悲惨さを伝えるために、そうした点にもっと関心を払うべきでしょう。
——昨年 3 月、オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所( ICC )は、ロシアのプーチン大統領らに、子どもを不法に擦れ去った行為に対して、ウクライナでの戦争犯罪の責任を問う逮捕状を出しました。また、今年 3 月、ウクライナの電力インフラに大規模な攻撃を加えた容疑で、ロシア軍の司令官 2 人への逮捕状を発令しました。
遠藤 2002 年に設立された ICC は四つの中核犯罪、すなわち「ジェノサイド(大量虐殺)」「人道に対する罪」「侵略犯罪」「戦争犯罪」の裁判を行っていますが、 ICC のような公的機関が動いたことは大きいと言えます。
ウクライナから 2 万人の子どもが連れ出されたといわれますが、 ICC はプーチン大統領画指示した証拠を提示できるということでしょう。
戦争の渦中で、国際司法の正義を表現することは極めて困難だといえます。しかし、後からでも戦争犯罪を明らかにすることは重要です。容疑者が酷寒(政府)の命令のっ下で行為だとしても、その人物が裁かれることによって、将来の抑止効果をもたらしうると考えます。
——ウクライナ社会の現状については、どんな印象をもちましたか。
遠藤 首都キーウは、的からの攻撃に対する防空体制が整っており、破壊された建物も早急に復旧されています。首都では一見平穏な生活が見られる。しかし一方、へルソンをはじめ地方都市では、破壊された建物がそのまま再建されない場合が多い。いわば、復旧の「格差」が生まれているのです。
これは、地方に行かなければ分かりませんでした。
首都と地方、占領された地区と非占領地域、兵士を送り出した家族とそうでない家庭、男性と女性、世代の間など、多様な分断線がウクライナの社会に生まれています。
今は、圧倒的な軍事力を持つ大国に対し、ウクライナ国内のナショナリズム(民族主義)が高揚し、国民の団結を見ることができます。しかし喫茶五、社会の中には、さまざまな意識のすれ違いあるという複雑な状況です。社会の分断を修復するのは容易ではなく、相当な時間を要することが推測されます。
秋の大統領選に注目
——今月 7 日、ロシアのプーチン大統領の通算 6 期目となる就任式が行われましたが、大統領は演説の中で、侵攻終結の道筋を示しませんでした。
遠藤 昨年来、米下院で、¥共和党強硬派が反対し続けてきたウクライナへの追加支援法案が、ようやく通過しました。ウクライナの人びとの間には「これでなんとか今年は守れる:という安ど感が広がっています。ウクライナの社会学者らの調査によれば、ロシアを撃退できると考える人は 85 %だといいます。
とはいえ、それで「反転攻勢:が可能というわけではありません。黒海への出入り口であるオデッサを占領される可能性は少ないだろうが、奪われた国土全てをとりもどせるわけではない。しばらく膠着状態が続くのではないでしょうか。
—— 11 月には、米国大統領選挙が実施されます。
遠藤 米国の政治はもちろん、国際社会にとっても重要な意味を持つといえます。ウクライナ支援に否定的な立場をとる候補が当選すれば、ウクライナ侵攻の戦局を左右するだけでなく、ウクライナ国民の西側陣営への信用を貶める可能性がある。バルト三国(エストニア・等とぴあ、リトアニア)など近隣国に対するロシアの脅威が増大することになれば、国際情勢は一段と緊張することになります。
——今年 2 月、日本の官民によるウクライナ支援を協議する復興推進会議が都内で開催され、共同声明では「復興のあらゆるフェーズ(局面)における日本の継続的な支援」が約束されました。
遠藤 日本が貢献できることは多いと考えます。例えば、ロシアは発電所を攻撃し続けている。ウクライナの人々を疲弊させる狙いがあると想定されます。発電機の供与をはじめ民生支援は今後も重要でしょう。
また、地方に行くと、道路や橋、ダムなど教協インフラが破壊されたままになっています。インフラ復旧の支援は、日本の得意分野であり、ウクライナからの期待はとても大きいといえます。
ハード面の支援が重要である一方、今回の訪問であらためて気づいた点として、前線の兵士にも、銃後の市民にもメンタル(精神)面の問題を抱える人々が多いということ。メンタル・ヘルスケアの活動に取り組んでいる IOM (国際移住機関)、国際赤十字などとの連携を強化するのも一つの方法でしょう。
童謡に、教育への支援も大切です。未来にも夢を持てなければ、人は絶望に陥ります。ウクライナの社会に希望がなければ、特に若者たちが国外に出ていく可能性があります。
中長期的な支援活動ですが、こうした分野において、日本がリーダーシップを発揮する機会になることを期待します。
取材メモ
ウクライナでは、今年の秋以降、各国から識者を招き、大規模な国際会議を開催する予定だという。遠藤教授は「日本の学者らが参加することで、ウクライナの復興・再建を含め、議論を深めることに貢献したい」と。
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