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産学共同研究が生む課題
山田 剛志
特許権者になれない発明者
研究者の権利保護と公益性を
経産相に求められた裁定
新聞報道によると、 iPS 細胞(人工多機能性幹細胞)由来の網膜細胞を世界で初めて患者に移植した理化学研究所のもとプロジェクトリーダー高橋政代氏がバイオベンチャー企業に対し、特許技術を使用するため経済産業相に裁定を求めた件では、本年 5 月 30 日、高橋氏側に特許使用を認めることで和解が成立した。高橋氏は iPS 細胞由来の網膜細胞を量産する技術の発明者であるが特許権者ではないため、「自分が発明した技術を使わせてほしい」という不思議な請求があった。そうした点からも、本件は共同研究の本質的問題を含んでいると言えるものだ。
和解により、高橋氏らは自由診療において患者本人の iPS 細胞由来の網膜細胞を作ることや使用することが 30 例まで無償で可能になった。一方、特許権を持つベンチャー企業は保険適用による患者の治療をめざすという。最低請求自体は特許法に基づく制度だが、これまで最低が出された前例はなかったことから、本件は注目されていたが、最低は取り下げられ和解に至っている。
技術の実用化に影響も
本件の背景には、大学に属する研究者が特許出題可能な発明をした場合、大学の職務発明規定が適用され、その発明等に係る権利は大学に帰属し、さらに企業と研究者の共同特許契約は通常、大学と企業間の契約になるため、発明者である研究者は特許権者になれないという根本的な問題点がある。
また、大学等の専門部署(技術移転機関 TLO )には、専門知識を有する職員が不足しており、契約はマニュアル通りに締結されることが多い。また、別ケースでは共同出願契約なしで独占ライセンスが企業に付与されるなど、発明者や大学側の特許の管理や実施に対する影響を失い、企業が有利な立場を得ることになる。
その結果、ライセンスを独占した企業が特許に関する優先交渉権を持つことで、治験が遅れるなどの事態が発生し、研究成果の実用化の遅延につながるケースもある。また、 TLO の判断だけで共同特許契約が締結される場合、契約条項に発明者の意志が反映されず、契約上の問題が発生しても改善策を提案できない状況も生じている。
このほか、共同研究契約を結ぶことで、研究費の大半が科研費等の公的資金であるにもかかわらず企業が過大な権利を持つことや、冒頭の高橋氏の様に発明者でありながら特許権に縛られ、研究や論文発表に制限がかかるという事態も起きている。
大学と企業の共同研究の場合、実際に発明をするのは大学の研究者であることが多きが、特許権は共同研究企業と大学が共有することとなり、発明者である研究者個人は特許権がないだけでなく、利用権もない。しかもその後、研究者が大学を移籍などなると、特許権は元の大学などに帰属し、その発明を使った研究も自由にできないというのは、発明の公共性に反するのではないだろうか。
法的拘束力付与し指針の義務化へ
学問の自由守る契約が必要
産学共同研究における研究者の権利保護、そして公平な契約を結ぶために、改善すべき点を指摘しておきたい。
まず、産学官連携による共同研究について取り決められた経産省・文科省のガイドラインに対し法的拘束力を付与することで、ガイドライン順守を義務化し、実効性を高める必要がある。加えて特許庁による共同研究契約の例示において、不平等な条項を指摘するなど、大学と企業の不平等契約の改善も必要だろう。
また、産学連携契約の透明性を確保し、公平な契約締結を促進する必要がある。特に研究者の権利保護のため、実効性のある公正な報酬や利益分配を確保することが不可避だ。大学等の職務発明規定において、発明者の権利を認めること、発明者個人が転籍しても、研究を継続できる権利を継続できる権利を認めることも重要である。
さらに教育と支援の強化が不可欠である。研究者や大学関係者に対する契約交渉や知財産管理に関する教育を強化し、適切なサポートを提供する体制を警備することで、より公平な産学連携を実現することが期待される。特に契約による共同研究の経済的な側面の保護だけでなく、研究継続という、いわば憲法上認められた学問の自由に反しない共同研究契約が望まれる。
もちろん研究者側にも問題がある。学会での地位を利用して不正な契約を強要する事例や研究者の不正利用は言語道断だが、近年、大学発ベンチャー企業に対し、税金から多額の補助を与え、ベンチャー企業を増やして、中には上場させようとする事例もある。しかし、会社法研究の観点からは、研究者自身が企業経営者として十分責任を果たすことができるか、自問する必要がある。
大型のプロジェクトでは、数十億円という多額の補助金を得て研究をしている以上。大学で発明された特許には公益性があり、特に気象疾患や難病の患者のための研究に尽力すべき責任があることは言うまでもない。
産学連携共同研究を実りあるものとして、国民全体にその果実を帰属させるためには、公平で透明な契約が必要様であり、関係者が全て報われるような仕組みが必要だと思われる。
(成城大学教授・弁護士)
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