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「夜の花」などというと酔っ払いが夜の盛り場をほっつき歩いた話のように思われるが、ただ単にわが家の庭に咲いた花を夜に撮ったというだけのことである。梅や桜の花を撮りに出かけ大量の写真の整理に追われていたが、わが家の小さな庭にも春は忘れずやって来ていくつか花が咲きだした。夕食を食べ終えた後、その庭の花のことを思い出して、写真を撮ろうと思い立った。 昨年からの熊の出没騒ぎは治まらず、4月に入ってからも市内の住宅街で麻酔銃を使って捕獲するというニュースもあった。春になれば山に入って、山草、野草の花の写真を撮っていたのだが、近郊の山こそ危険なように思えて山に入るのは避けようと思っていた。その山の写真を撮るためにLEDリングフラッシュを用意していた。小さな花のマクロ写真に必要な光量が不足するときや花だけを際立たせたいときにレンズに装着して使おうと思っていたのだが、じつはまだ一度見つかったことがない。花を撮りたいという気持ちもあったがリングフラッシュを使ってみたいという気持ちも強かった。 先ずは使用説明書を10分ほど読んでからマクロレンズに装着してから庭に出た。シャッターを押すと光る普通のフラッシュのようにも使えるが、LEDを付けっぱなしでも使える。その方が見たままでオートフォーカスが使えるので、明るい時に取るときと全く同じでなんの工夫も技術もいらない(それがいい写真のなるという保証はないが)。 はじめにシラネアオイとニホンサクラソウを撮った。どちらも山草で、思い出せないくらい昔に入手したものだ。一時期山野草に夢中になったことがあったが気難しいもの多く、枯れたものには二度と手を出さないと決めていたのであっという間に熱が冷めてしまった。このシラネアオイとサクラソウは延々と生き延びてきたのだ。 次に下草用にと購入した背丈5㎝ほどのベロニカ オックスフードブルー、日蔭に咲くプルモナリヤを撮った。 地べた付近の花の後は、生け垣の椿の花である。生け垣のほとんどはヤブツバキなのだが、なかに何本か40年近く前に購入した品種が混じっている。昔のことなので品種名はすっかり忘れてしまっている。花の名を忘れても、何の不都合なく楽しめるので特に調べる気にもならない。 写真をPCで整理していて気付いたのだが、何となく写真の色温度が低いように思えた。LEDが完全に昼色光を再現しているかどうか確かめようがない。色温度を上げるようにほんのわずか修正してみた。私が実際に見た色に近づくが、あまり修正するのもためらわれる。人工的な写真にしたくないのである。ネットで真っ赤な(ほんとに真紅の)太陽を見せられてうんざりするすることがある。朝陽や夕陽の写真を過剰修正(修正の域を出て)すれば可能なのだが、写真なんかやめて絵を描けばいいと思う(人それぞれと言えばそれまでだが………)。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫
2026.05.17
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西公園、榴岡公園、松音寺と続けて桜の写真を撮りに行った。もう一ヵ所、桜の季節ではなかったが松音寺と同じ日に訪ねた陸奥国分寺跡・薬師堂の庭にもたくさんの桜の古木があって気になっていた。仙台に10年ほど住んでいたという人に「仙台では薬師堂の桜が一番良かった」と聞かされていたこともあって、榴岡公園に行った翌日に出かけることにした。直通の地下鉄の6駅目に薬師堂駅があってアクセスはすごく容易なので、妻も行くということになった。 西公園や榴岡公園と違って人出は多くないし、もちろん朝からブルーシートをひいて花見の場所取りをするなんて人はまったくいない(もっとも、寺内の庭で花見宴会をするのはさすがに憚れるのかもしれないが)。桜の木はたくさんあるのだが、花見用宴会場向けの公園のようにやたらたくさん植えられているわけではない。庭園らしい配置で植えられているのでとても落ち着きがあっていい。それでもカメラの構図の中には必ず桜の木が入るので、ある意味、カメラマンの構図決めの才能が試されている感じがしないでもない。 私がカメラ位置を探してどんどん歩いて回っている間、妻はゆったりとしたぺースで桜を見て回っている。薬師堂は広い陸奥国分寺跡のほんの一部で、それ以外は公園になっていて、桜木は多くないがそれなりに桜の古木が配置されていて、かなり歩き回ることになった。 妻を探して薬師堂前まで来ると、ベンチに座っている妻を見つけたが隣で熱心に話しかけている人がいる。薬師堂の近くの人で、薬師堂についていろいろ説明してくれているのだった。山形城跡の霞城公園に行った時も懇切丁寧に解説してくれた人がいたが、若いころ山形を離れ、退職してから故郷に戻ってきたという人だった。こちらの人は転勤で仙台に来て退職後も住んでいるという人だった。どうも、生れついたところでずっと暮らしている人よりもそこの場所に強い愛着を持つためにはそこから離れて暮らした経験があるほうがよいのでないかと思えるのだった。 薬師堂の桜も撮り終えた。これで私の桜のシーズンは終った(と思う)。もっとも、遅咲きの山桜や八重咲の種類はまだ咲いていないのが気にはなるが………。 「来年は桜を追って北上する旅行をしようか」と妻に言ってみると笑いながら「いいわね」と返事をするが、たぶん実現しないと高をくくっていい加減に相槌を打っているのがありありと見えるのだった。読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬、そして猫
2026.05.06
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