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秋(76) 原発関連から離れて平和な住宅設計ばかりする様になってすっかり平和ボケしてしまい、かつての様に怒るという事が殆ど無くなってしまった。温和な中年親父になって、今では好々爺だ。だが、昨年の3月11日の東北大震災で福島原発が破壊、メルトダウンし、政府や東電の無策と責任逃れを観て怒り心頭に達した。阪神大震災で地方政府(兵庫県庁)に怒り、正義観から単独でボランティア活動として被災地へ駆けつけたものだった。が、今回は余りにも規模が大き過ぎ、年齢的な事もあって怒りをブログに書くだけだ。歯がゆい。当時の首相だったカンや取り巻き連中のセンゴク、エダノ、ホソノ等は万死に値する。彼等の仕切る政府は泥船で、馬脚を出し穴が開いて沈みかけている。今月になってやっと国会を解散したが、選挙で生き残れると甘い幻想を描いている。国民にソッポを向かれた政府の末路は、かつての社会党の様に消えてしまうだろう。沈没船から逃げ出すネズミの様に民主党からの脱党者がポロポロ出て議員の過半数を大きく割ってしまった。それでも生き残れると踏む連中は地獄に落ちるだけだ。いや、もう既に地獄の修羅場でもがいている。国民は原発で騙され、高い電気料金を払わされ、政府や東電の責任者はノウノウと高額所得者のまま生き伸びている。こんな理不尽がまかり通って良いものだろうか。今度の選挙で国民は審判を下すだろうが、国民は不信感に陥っている。誰を信じて良いか分からないのだ。口先だけで生きる政治屋は国民を騙すぐらい平気だから国民は今こそしっかりと見据えて正義の分かる人物を選ぶべき時だ。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/30
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秋(75) ボクは青年時代、関電の美浜原発第3号炉の関連施設の設計業務に従事していた事があって敦賀の美浜原発へ何度も出張した。その頃は原発事業は時代の先端を行く仕事で、単純に得意になっていたものだった。美浜原発の第2号炉まではアメリカのウエスチングハウス社製の原子炉だったのが第3号炉からは国産の三菱重工製のものに代った。ボクは建築家の卵として原子炉建屋ではなく事務所棟等の関連施設の設計に携わっていただけだったが、それでも原子力発電所内というだけで緊張したものだった。学生時代は京大の大学院でアルバイトをしていた頃、大阪熊取にある原子炉実験施設やクロヨン(黒部第4ダム)の実験にも関わった事があって社会人になってからも電力会社に関係して運命的なものを感じた。だが、様々な情報から原発の弊害を知るにつけ「こんな仕事は止めるべきだ」と決意して結婚前に辞め、大手の住宅産業に転職したのだった。それから「花博」までの20年間は原発からは離れ、住宅の設計ばかりしていた。それが今日の建築家としての土台になったのだった。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/29
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秋(74) 青森県六ケ所村核燃料処理場の人工衛星写真である。此処に核爆弾100個分以上の原料(プルトニウム)が在る。日本は核保有国では無い。それなのに核の原料があるという事で世界から「何時、核爆弾を製造するか分からない国」と警戒されている。日本の技術力をもってすれば直ぐにでも核保有する事が出来るからだ。此処が出来る迄はフランスのシェルブールで核燃料処理を依頼していた。フランスも余分な核燃料は保有したくないから処理済み燃料は日本へどんどん送り返していたのである。現在、六ケ所村ではプルサーマル計画として核燃料の再利用燃料製造が行われている。関電の大飯原発で使用される為のもので、つい過日、大飯原発の再稼動を政府は認めた。再処理工場の燃料が溜まって仕方が無いので処理を進める為に認めたのである。折からの脱原発運動を握りつぶす目的もあった様だ。この夏、原発が一基も稼働していないにも拘わらず一度も停電が無かったと言う事で原発が無ければ電力が不足するという弁が嘘であった事がバレて広く国民の知る処となった。更には、新たに原発の新設工事の許可もされた。30年後に脱原発を謳う政府の言葉は二枚舌で、矛盾を平気で行っている。「嘘つきはドロボーの始まり」は子供でも知っている。子供の純粋な目を観て、彼等は何を想っているのだろう。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/28
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秋(73)東北大震災の津波の余波図。 UFOとは無関係ながら、青春の悩みの延長として先の東北大震災でメルトダウンした福島原発をボクは憂う。勿論、人類を滅ぼす為に原発が発明された訳ではないが、そもそも原発の製造趣旨が先の大戦でマンハッタン計画によるプルトニウム抽出の為の発生炉の技術として開発されたものであった処に問題がある。その事は余り人々は知らない。発電の為に造られた炉では無く、プルトニウムを抽出させる為のもので、そのプロセスで発する熱を冷やす際の水が蒸気に変わるのを発電に使えるというだけの事で大変高価な蒸気なのである。プルトニウムは当然ながら核爆弾の種である。つまり水素をヘリウムに変える核爆発力を誘導させる為の種である。膨大な熱量と破壊力で発散する放射性物質(セシウムやストロンチウム90などの猛毒)が大量(一説に依ればヒロシマ型原発の百倍とも言われる)に東北・関東に飛散した。当然、死の灰を被ったり埃を吸った人々は被爆者となる。政府は其処で生産された農産物や酪農製品は放射能汚染されているにも拘らず、安全だとして流通させている。チェルノブイリ原発事故を知る我々は聴いただけでもゾッとする。余談ながら、ボクは東北の農産物は買わない事にしている。野菜は四国や九州のものを食べている。東北・関東の人々は内部被曝覚悟で食べている訳だ。何故東北・関東の人々は怒らないのだろうか。不思議でならない。そして使い捨てカイロの様に使用済み核燃料は福島や青森県の六ヶ所村に放置されたままなのである。何と日本は恐ろしい国である事か。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(つづく)
2012/11/27
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秋(72) かくして、ボクのUFO目撃譚は長かったサラリーマン生活を終え、一人の建築家として独立する事で終えるのだが、それは青春の苦悩を象徴する出来事の様に想える。というのは、科学万能と信じていた青年が科学では説明の付かない現象に遭遇して悩み、それでも科学を信じない事には実社会を渡って行けない現実に自分をどの様に合わせて行くかという具体策を模索する毎日だったからだ。例えば、今問題になっている福島原発の大震災に依るメルトダウンで放射能汚染された東北地方の事を考えると、制御不能(人工的核分裂)の原子力技術を用いて文明の利器にしたと勝手に解釈した人間が、その技術の甘さに気付いて驚愕し、右往左往したまま1年8カ月も放置したままで居る事。更に悪い事には放射能の人体に及ぼすレベルを勝手に改ざんし、放射能汚染された土地や農産物を安全基準内であると偽って国民を騙して住まわせ流通させている現実。政府は無責任であり、国民の大半は無知であり、それでも生きて行かなくては成らない現実に我々は如何に安全に暮らせば良いのか。安心して生活出来る為の科学技術を早急に見つけねばならない。そう言った苦悩を乗り越えて行かねばならない処に青春の苦悩とも言うべき人間の未熟さを観るのである。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(つづく)
2012/11/26
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秋(71) 「花と緑の博覧会(1990)」は「大阪万博(1970)」から20年目の博覧会で、日本のバブル景気が破綻しつつある頃だったが成功裏に終え、大阪は不景気風が東京よりも二年ほど遅れる事となったのはボクにとって幸いだった。パビリオン参加の表明が遅れ、半年ほどの後発建設で完成が危ぶまれたものの、他の大手ゼネコンをしり目にボクの企画通り推し進める事で無事完成に漕ぎつけ、心配していた建設省の役人連中もホッと安堵の胸をなで下ろしたのだった。我社のパビリオン完成式典の挨拶ではわざわざ建設省の審議官がボクを褒め、社長も大阪支店長も大層驚いていた。そして、それを機にボクは長かったサラリーマン生活を辞め、建築事務所を開設すべく独立準備を始めたのだった。支店長は信じられないという呆れた顔でボクをシゲシゲと眺めていた。それまで威張り散らして居た男が、まるでちっぽけな人間にしか観えなかったのは痛快だった。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/25
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秋(70) ボクの巨大UFO目撃を大勢の人々が信じてくれて大きな感動の拍手までくれた事は、ボクの長年の沈黙の苦労を払拭するに値する重大な出来事だった。「世の中は捨てたものではない、分かる人は分かるのだ」という自信が心の底から湧きあがり、それ以来、毎日が楽しく成り、単身赴任の味気ない生活もこの日の為に経験させられたのではないかと想わせたのだった。嫌々来た東京だったが、観る目が変わって、神様がこういう機会を与えてくれたからには折角のチャンスだからと休日毎に東京や近県の美術館や名所旧跡を観て廻る事で大いに単身赴任生活を楽しもうと考え直した。そして早いもので7年が建ち、二度目の大阪万博(花と緑の博覧会)が開催されるのを機に、この際大阪に戻ろうと決心し、万博のパビリオン建設の監督に就任する事を社長に願い出て単身赴任の生活を終えたのだった。同僚からは「折角、東京本社で出世ラインに乗っているのに、大阪に帰るなんて勿体ない」と言われたが、サラリーマンに何の未練も持って居なかったボクには新たな建築家のスタートの下準備が着々と進んで行く事に確かな手ごたえを感じていたのだった。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/24
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秋(69) 何と東京にはUFO研究会という組織があって大勢の会員が毎月、上野文化ホールで月例研修会を開いているのだった。それを仕事先のある人物から教えられ、ボクも半信半疑で参加してみると、会場ホールには250人ほどの会員が集まっていた。会報の小冊子まで発刊していてバックナンバーも相当数あった。ボクは最後列の席に座って会議の流れを興味深く見守っていた。すると暫くして新入会員の紹介が始まり、五番目ほどでボクに自己紹介の順が廻って来た。大勢の人前でマイクを持って先ず京都から来た単身赴任者である事から話し始めた。多分、言葉の訛りから誰もが直ぐに関西弁と分かり、ボクが未だ東京の生活に慣れていない事を人々は知っただろう。淡々と想い出しつつUFO目撃を説明したのだったが、余りにも巨大(一辺が500mほどもある四角いピラミッドの様なまっ黒な大きさ)で、それ故に目撃の恐怖心や興奮度を人々は聴き慣れない京都弁で聴かされ、会場はシーンと聴き入り、5分ほどで話し終えると大きな拍手が起きた。その時、初めてボクのUFO目撃を信じてくれる人々の居る事が分かって嬉しくなったのを覚えている。そして半年ほど毎月の様に参加したのだった。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/23
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秋(68) 数年間はUFO目撃の事は誰にも話さないで様子を観る生活だった。しかし5年ほどしてサラリーマン仲間との飲み会でつい酔った勢いで言ってしまった。時代はそろそろUFOについてテレビで取り上げる様になっていたから多分、半分冗談の様な顔をされただけだった。が、直ぐに話題は他に移ってしまった。未だ受け入れられるには早い時期だったのだ。それでもその頃からボチボチ機会があれば親しい仲間には話すように成っていたから今想えば少し変わり者に想われていた事だろう。しかし、その後10年ほどして東京本社へ単身赴任する事になってUFOに関してボクには劇的な事が起きたのだった。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/22
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秋(67) ふと、寒い庭に出てガーデン・チェアに座って空を見上げた。夕方の曇り空だから何時もよりも薄暗い。こんな晩秋の庭で何を好んで空を見上げるのか。それには理由があった。青年時代に京都で、丁度今頃の時刻に巨大なUFOを目撃した経験があったからだ。再度観てみたいという気が時々起きるのである。もう40年以上も昔の事だった。その頃は今と違ってUFOを目撃したと言う様な事を話せば馬鹿か相当軽薄な人間に思われる時代だった。だから目撃直後の興奮覚めやまらない内に一緒に暮らしていた妹に話をすると「UFO?アホか、何を寝ボケている」と一笑されてしまって現実社会を味わったのだった。肉親でさえ信じてくれないのだから他人に話せば馬鹿にされるのが落ちだと思い知らされたのだ。だから決して他人には口外出来ないと数年は黙っていた。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/21
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秋(66) ボクの膝に抱かれているココである。抱かれるのが嫌なココは早く逃れたくてチャンスを覗って居る。数分は我慢しているが、我慢が出来なくなると爪を立ててもがく。だから前脚の鋭い爪は手で覆って押さえている。こうすれば大丈夫なのである。是までに何度引っ掻かれた事か。この数年はそういう事は無いが、油断をすると引っ掻かれてしまう。ココもボクには少々遠慮気味に大人しいから5分程度は我慢しているが、家人が抱くと精々30秒程度しか持たない。妻なんか好物の煮出し雑魚を餌にココを手なずけて抱っこしている。それでも数分持てば良い方である。もがき出すと引っ掻かれては大変だからと放してしまう。妻も何度も引っ掻かれた経験があるのだ。直ぐにイソジンで消毒すれば爪跡も無く直ぐに治るが、放っておくとミミズ腫れになって痒くなる。裸足で其処ら中を歩いているのだから黴菌だらけの爪なのだ。小説「猫と女と」(23) 鈴の様な音で目が覚めた。部屋は未だ薄暗かった。ココがベッドから降りてカーペットで首を後足で掻いて首輪のベルが鳴っているのだった。その赤いベルはクリスマスツリーの小さな飾り用で黒革の首輪と共に白いココの身体とコントラストしてよく似合っている。アルミ製だけに軽く音色も微かで五月蝿くも無い。ココも気に入っている様で自分の存在を示すのにわざと鳴らす事もある。首を掻くのは蚤が居る証拠と毎月の様に蚤取りの薬液を首筋に掛けてやっているが、実際は蚤なぞ既に居ずその行為が癖になっているだけの事かも知れない。蚤避けの薬液は一カ月効くと効能書にはあるものの効き目がよく分からないまま使っている。多分、革製の首輪の内側が蒸れるのだろう。首輪式の蚤取りというのがあって使った事がある。それだと二カ月は持つらしい。しかし、革の首輪と蚤取りの首輪が二重になって首の周りが嵩張り、更にベルが付いているからココには煩雑で可哀想に想え止めてしまった。 照明を点け時計を見ると五時だった。ココを飼いだしてから早起きになって五時には起こされる。腹が減ったココは私を餌番と想っているらしく催促するのだ。階下に降りてトイレに行くと締め切っていないドアを爪でこじ開けてココも入って来る。用足しが終えるまで足元を行ったり来たりする。次に台所に行って先ず水をコップに一杯飲む。これが朝の日課に成っている。ココは今か今かと相変わらず足元に絡みつく。水を飲み終え、棚から缶を取り出しスプーン一杯分の乾燥食材を皿に入れて与える。待ってましたと餌に頭を突っ込んで食べ始めたココは、やっと目的を達成し満足そうにガツガツ音を立てて食べ続ける。書斎に入った私は椅子に座って大阪の事務所に出掛ける前に仕事の段取りをしなければならない。毎日、夕方には所員から電話で報告を受けているが、毎朝チェックをしないと予定の半分も進んでない時がある。気を抜いている訳では無いだろうが仕事が遅いのだ。 若い所員は彼らなりに頑張ってくれているのだろうが、私の若い頃に比べれば半分も消化出来ずに仕事をした気で居る。それを毎日の様に叱咤激励して使うのだが、彼等も慣れっ子になって私の言う事に程良い返事をするが聞き流している様だ。最近の若者は・・・と言う程、私も歳をとったものだ。それなのに孫の様な子が生まれるというので大騒ぎしている。平和と言うべきか、変わって居るとでも言うべきか私にも自分が分からなくなって来る。昨夜の事を想い返すと自分が滑稽に想えて来る。女二人に振り廻されている。振り廻されても不満も言わず雰囲気に酔って居るのでは無いか。しかし、麻薬のような舞子のセックスは忘れられない。女の身体にはそろそろ飽きたが舞子の身体には飽きない。歳の差の衰えは女自身が悟っている。だからこそ舞子にその座を譲ろうとしている。舞子は妊娠してもセックスを求めるだろうか。私は求めるだろう。 舞子の身体を気遣い女が代わりをするかも知れない。それに引き換え妻はもう老婆に近い。セックスなぞもう十年以上も無い。たまには冗談でこそ手を握る事もあるが、直ぐに手を払われてしまう。夫婦をもう二十五年もやっているとお互い空気の様な存在になってしまった。まさか私に隠し子が出来るなぞ信じられないだろう。そう言えば女がかつて言っていた。「私なんか別れる前から二十年以上も関係がないのヨ」話半分にしても離婚して十年ほどに成るから二十年以上も無かった事になる。私との事が焼け没杭に火を点けた様だ。だからこそ女は水を得た魚のように活き活きとし、今では線香花火の様に燃え尽き最後の火花を出す瞬間なのだろう。その間に舞子が女として成長した。猫を貰って早八年になろうとしている。ココも中年猫に成った。総てが歳をとる訳だ。世代交代が当然だ。私の周りが変わって行き私だけが若い積もりで居る。その内、私もくたばるだろう。 未だ何も起こらない内から杞憂したところで何もならず、産まれ出る子供の事を考えると未だくたばってなるものかと思い直し、台所へ行った。食卓に昨夜の内に妻が用意してくれている朝食のトースト・サンドイッチをオーブン・トースターに入れ、コーヒーを沸かし始めた。コーヒーは若い頃、散々飲み比べた結果これと決めた苦い目のマンデリンだ。その香ばしい香りが漂い始めるとサンドイッチも程良い噛みごたえのあるこんがりとした狐色になっている。それを皿に乗せ食卓でコーヒーメーカーのポッドからマグカップに注ぎ砂糖一杯とミルクを入れる。ブラックで飲むのは残りを帰宅した時に温め直した時だ。事務所でもブラックを飲むから一日に五杯は飲むだろう。それでようやく日常生活のリズムに成るのだ。晩酌は晩飯と同じで米はめったに食べない。酒が米の代わりだ。舞子との夕食でもワインと料理が晩飯だ。 事務所に着くと所員がパソコンに向かってキャド図面を描いていた。昨日の定例会議でゼネコン側が示した実施案が気に入らず、メールで事務所にそれを送らせ、所員に再考させてあった分だ。多分、昨日の内に一つや二つのディテール案が出来ている筈だ。それをプリント・アウトさせ私がチェックしオーケーを出せば現場は動く事になる。所員が示した案は意匠的には面白いものの施工が難しいものだった。現場経験が少ない所員は図面上だけの世界でしか分からないのだ。構造上の事なら構造担当が計算通りにディテールを作成する。構造のディテールは意匠の内側に隠れる部位だから形的に問題は無いが、意匠面でのディテールは仕上げ面だけに顔になる。外から観て分かる部位のデザインは全体のバランスと合うべきで施工が実際に可能なものにしなくては意味が無い。そこが建築家の腕の見せどころと成る。数回修正させ、やっとオーケーを出せた。(12月上旬へつづく)
2012/11/20
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秋(65) 蘭の花を咲かせるのは難しい。この蘭は貰い物だから残念ながら多分、来年は咲かせる事は出来ないだろう。胡蝶蘭もそうだ。貰った蘭で育ったのはシンビジュームだけだった。あれは栽培が簡単な蘭なのだそうだ。それでもボクは失敗してしまった。温室栽培すれば良いのは分かって居ても温室を作るまでには至っていない。若い頃、農業の専門家の為に温室を造った事はあるが自分のものは造った事が無い。その前にやる気が無いのである。場所や手入れの問題もある。矢張り好きでないと出来ないのだ。金だけの問題では無さそうだ。好きな人は温室が無くとも育てている。冬は押し入れに炬燵を入れて越冬させるというから大したものである。其処までしなくては育たないのだ。しかし、何の努力もせず窓辺に置いておくだけで毎年花を咲かせる人も居る。たまたま陽当たりの良い、冬場の冷気を遮断出来るマンションの様な建物なのだろう。アルミサッシの断熱効果はペア・ガラスの場合は充分効果があるが、単一ガラスの場合は保温効果は無くアルミ枠の熱伝導率も良過ぎるから冷気は伝わって来る。室温が摂氏8度以下になれば蘭は駄目に成る。元来が温帯・熱帯地方にある植物なのだから当然の事なのだ。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/19
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秋(64) 寒くなるとココは飾り棚の上に乗って空調機の温風を受ける様になる。この場所だと書斎が一望出来、ボクのデスクも見降ろせるから、ボクの動きに合わせて次なる行動が取り易いのもある様だ。ボクが隣室の居間食堂へ行けば、お八つが貰えると想って飛び降りて付いて来るし、庭へ出てゴルフの練習をすれば、自分も出て傍で観ていたいのだ。それに見上げる方よりも見降ろす方が楽だし安全なのだろう。何時もガレージの塀の上に乗って道路や外の景色を見降ろしているのもそうだ。高見の見物が好きなのだろう。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/18
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秋(63) 「友達の友達は、皆友達」というテレビ番組があるが、別の言いまわしで「友達の友達にアルカイダが居る」と言って物議を醸した政治家が居て馬鹿な事を言って目立ちたがる輩だと顰蹙を買ったものだが、考えてみれば間接的な人間の繋がりなぞ心の内は分かろう筈も無く、自分と同列に述べる危険性を孕んでいると言う事だろう。勿論、自分は正しいと誰もが想って居るから世の中複雑で、想い違いや誤解で成り立っている訳だが、もし仮に善の連鎖で友達の総てが自分と同じ気持なら戦争なぞ起きない。だが、現実は違う。学生時代の同窓生ひとつとってみても唯懐かしい旧友というだけでは心の内は分からないもので、暗闘まで行か行かずとも心がしっくり行かず肌が合わない事だってあるものだ。数十年ぶりの久々の同窓生との飲み会でそれを感じて、ボクは人間というものは難しいものだと感じた。多分、妻を蜘蛛膜下出血で亡くした友人とは永遠に理解し得ないままで終えるだろう。寂しい男だと想った。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(つづく)
2012/11/17
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秋(62) 蘭の枯れたのを観て、小説の続編の冒頭にしようと想いついた背景には、それを贈ってくれた友人との人間関係が「猫と女と」の中の人物描写に関連性があると想ったからだ。実は、シンビが数鉢にも増えた年から8年間は全く咲かなくなってしまっていた。株分けの時期を間違えたのかも知れなかった。しかしそれから8年目に全部の鉢に見事に花が咲き始め、以降は毎年咲く様になった。驚きであった。その驚きと感激を贈り主に手紙を書いて伝えるべきだと想い、迷わず出したのだった。細君が亡くなって13回忌の頃だったから天国からボクにメッセージを送って来たのかも知れないとも想えたのだった。しかし返事は無かった。改めて礼儀を知らぬ男だと再確認し、矢張り肌が合わなかったのが当然だと想った。当然ながら年賀状のやり取りも無くなった。そして数年前に飲み会を兼ねた小旅行を同窓生の仲間が企画し、参加するとその中に彼も入って居たのだった。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/16
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秋(61) つまり、ボクにとって彼等とは馬が合わなかっただけで単なる目ざわりな存在だったのかも知れない。それ以外に嫌うべき理由は無かったからだ。しかし、如何にも秀才面した彼がボクの親友の敵であるならボクも敵の立場で居なければならなかった。それが友情の証に想えたのだ。それに大学に進学した後も他大学に行ったバリトンの彼とは親友としての付き合いは続き、一回生の夏休みに二人して一ヶ月間の北海道旅行をする程だった。そうで在りながら大学卒業後も希薄ながら彼等恋人同士とも交友関係が続いたのは高校の音楽部のOBという立場であったからだ。尤も、ボクは彼等の結婚式には出て居ない。実は招待もされなかったし何時結婚したのかも知らなかったのだ。それが中年になって全く突然に彼の細君が逝ったという連絡を高校時代の仲間から受け、早すぎる死に衝撃を受け、急きょ通夜の席に駆け付けたという訳であった。義理的な出席ではあったが学生時代の余韻を感じていたのは事実だった。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/15
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秋(60) 小説「猫と女と」の続編では無いが、蘭を送って来た友人の事で少し補足説明をしておかなくてはボクが何故わざわざ決別の決意が必要だったのか読者には分からないだろう。ボクは高校時代、彼と同じ音楽部に入っていた。所謂、混声合唱団である。当然ながら彼の細君となった女性も入部していた。彼女とはボクは中学が一緒だった。が、彼は別の中学出身だった。如何にも秀才面したテノールの彼と、矢張り秀才面したソプラノの彼女とはその頃から親密な関係だった。ボクは中学時代、才女と謳われていた彼女とは全く付き合いは無く、寧ろボクは敬遠していたぐらいで、進学校と言われる高校に入っても彼女とは一線を画していた。何故なら多感な少年時代、恋人なぞ居なかったボクには彼等が疎ましく観えたのだった。それに、ボクの親友となった同じ部員のバリトンの男性と彼とが同じ中学出身で仲が良かったにも拘わらず何故か絶交状態に成っていて親友のよしみでボクが同調した事もあった。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/14
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秋(59) 「長年育てて来たシンビジュームが枯れてしまった。もう20年は育てていたろうか。高校時代の同級生同士が大学卒業直後に結婚し幸せな家庭を築いていたのだったが、40代後半になって細君が蜘蛛膜下出血で急死し、その葬儀の返礼として贈られて来たものだった。育て方が上手かったのか数年で数鉢にも増えていた。枯れた原因は水のやり過ぎだった様だ。が、長年栽培して来て見事な花を毎年の様に咲かせていたので水の適量は知っていた。だから他に原因があるだろうと想い返すと、数か月前にホームセンターで蘭の栄養剤アンプルの大売出しがあって、それを夫々の鉢に数本ずつ刺したままにしておいたのだった。可愛いがり過ぎて栄養過多状態だったのかも知れない。ふと、蘭が枯れて彼との付き合いも終えたと感じた。それは不吉な想いではあったが、数年前に同窓生同士で小旅行を兼ねた飲み会があった時、彼とは高校時代からお互いの気持ちがしっくりと行かないまま来て居ると肌で感じた。彼は、電鉄会社の役員を定年退職し、今では何処かの大学の非常勤講師をしていると自慢気に言った。そのくせ男女二人の子供が独立した今では独り寂しく毎晩アルコールに浸っているとも吐露して居た。蘭が枯れて決別の潮時だと想うのが自然な気持ちだった。」是の文章は、小説「猫と女と」の第2部の冒頭にする積もりである。この夏に小説の第1部(32回分)を書き上げてから第2部の構想を練っていたのだったが、シンビが枯れてふと頭に浮かんだ。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(つづく)
2012/11/13
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秋(58) 7年前に避妊手術を施したココの姿である。手術で縫合した部分を舐めない様にエリザベス・カラ―を付けている。以前の古いパソコンの上に乗っているのは其処が温かいからだろう。パソコンは、その後、ビスタに買い替えたが、直ぐにエキストラやウインドウズ7が出て大阪の仕事場ではそれを使っていた。今ではウインドウズ8が出て人気がある様だが、毎年の様に新機種が出て、これでもかこれでもかと押し付けられるのに嫌気が差して来る。パソコンなんて大して内容は変わらないから、オフィス用の様に無駄な装備が無い分、安くて故障の少ないもので充分である。但し、記憶装置が大容量でモニター画面も大きい方が遣い易いのは言うまでも無い。更には、ノ―ト型の方が持ち運びが出来て良いと想う。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/12
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秋(57) 隣家の方へ冒険しに行きかけるココだが、直ぐに戻って来て外の世界を眺めるのに精一杯という感じだった。未だまだ知らない世界の事ばかりで心に余裕が無いのだ。精々、我が家の庭で走り回るぐらいが関の山、二階の自分の部屋へ行くにも階段の昇り降りに苦労していた。その頃は家人も未だココに慣れずに、お互い様子を覗いながら一歩一歩近づいているという感じだった。頼りになるのはボクだけだったから、ボクが居る時は良いが、仕事で日中出掛けている時は自分の部屋から出たり入ったりの繰り返しで、たまに書斎に入れて貰ってボクの椅子の上で寝ているという事だった。やがて妻にも慣れて来ると、それまで妻に懐いていたモモが焼餅を焼いて来なくなったという。それでも時々、モモは我が家が気に成るのかココや妻の様子を覗いにやって来るそうで、ボクの姿を見るとサッと逃げるのだった。ココはモモの対抗馬として飼い始めたのだから、それまで親しそうにしてくれていた親分は怖い存在になってしまったのだ。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/11
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秋(56) 生後4カ月のココは外に出るのに用心しながら家の周りを徘徊するのが限度で、ガレージに行くのも旅をする気分なのか様子を覗うだけで精一杯だった。ガレージの隣は隣家の門があり、其処へは未だ知らない世界だから怖くて行けないのだ。隣家には満5歳(人間で言えば25歳ぐらい)の雌のアメリカン・ショートヘア、モモが居て、手ぐすね引いてココを待っている。垣根越しにココが見えるからその内に自分の子分にする積もりで眺めていたのだろう。案の定、ココが2歳(人間の10歳)に成るまでココはモモの子分の様に付いて廻っていた。しかし、ラグドール種のココはアメリカン・ショートヘア種よりも大きいので、既に大人の身体に成ってしまったココは直ぐに立場を逆転させてしまった。ボクの読みが当たった瞬間だった。それ以降、モモは我が家の庭では粗相をしなくなった。小説「猫と女と」(22) 遅くに帰宅し門柱のインタフォンを鳴らすと妻が出、私を確認すると驚いて玄関に出迎えた。ココは眠っているのか現れなかった。「てっきり、静岡で泊まりかと想っていたワ」「その積もりだったけど、明日の仕事の都合で今日中に戻っておく必要があったんだ」「大変ネ。何かトラブルでも?」「いや、トラブルという程の事じゃないが、不具合が見つかってネ、図面の手直しの手配だけでもしておこうと想って」私は戻った理由を適当に言って書斎に向かった。「お茶でも入れましょうか?」後ろで妻が声を掛けた。「要らない。もう遅いから先に寝てくれ」デスクにバッグを置き椅子に腰掛けると上着も脱がずに暫くジッと今日の女達との一連の出来事を想い返した。成る様に成れと先送りしていた問題が心配した通り起きてしまい、行く末に暗雲が立ち込めた気分だった。もう逃げる訳にも行かなくなった。愈々腹を据える時が来た様だ。 希望的に考えるなら、女も舞子も私を陥れようとは決して考えていないという事だ。私が彼女等に非道い事をした訳では無く彼女等の希望通りに事が進んだに過ぎないのだ。尤も、母と娘の両方とに関係した事は人道的に非道い事ながら、彼女等が同意した上での事だった。もしそういう親子関係を知らずに関係する事だってあったかも知れない。若い娘には必ず若い母親が居る限り、何処で出逢うか分からない。後で関係を知って慌てる事だって在るだろう。知らないまま終える事すら在り得る。世の中にはもっと異常な獣の様な関係さえ在るぐらいだ。知らなかったという事で済まされる場合も在れば、知っていて関係する事すら在るだろう。兄と妹という関係ほど男女関係の危うい関係は無く、倫理観で辛うじて保たれているだけの事だ。中には母親と息子の関係もあれば父親と娘の関係も在る。世の中には幾らでもそういう関係は存在するだろう。 唯、表には出せない事柄以上に結果的に生物学的遺伝子上の問題で奇形児が生まれて驚き隠す例が多いと言う。アメリカの上流社会なぞは相続の関係で同族同士の近親結婚が多く、多指や欠指の子供が生まれると聴いた事がある。妻の大学時代の親しかった同級生が名家といわれる家族と見合いをした処、偶然にも相手の兄弟に手の欠指を目撃してゾッとし、帰宅するや母親に即刻断ったという話を聴いた事があった。妻の通った大学は伝統ある女子大で相当裕福な家庭や名家の子女が通う名門校として有名だった関係で、女性側にもそういう家庭が多かった。見合いを断った同級生の家というのは広大な屋敷で、路面電車に乗って通学する際、停留所から停留所迄の間ずーっと塀が続いていたそうだ。こんな屋敷にどんな人が住むのか知らと思っていたら実は同じゼミの同級生の家だったと知って二度驚いたそうだ。それを私に笑いながら話してくれた事があった。 女にしろ舞子にしろ名家の出身で無くとも裕福な家庭であった事は想像出来、世間並みの教育を受け常識は持ち合わせている風に想える。元夫が事業に失敗しニューヨークのマンションを手放さねばならなかったにせよ女は忽ち生活に追われる立場では無い。舞子も母子家庭になったとは言え生活そのものは優雅に観える。だからこそ私との不倫を打算で割り切ったものではなく、母親の関係から私を知り興味を抱き母親を観察し、じっくりと私の事を考えたに違いないのだ。私と会う為に女と舞子がホテルに来た時、舞子にはひとつの私のイメージが出来上がっていたのだ。それだからこそ私との関係が呆気なく簡単に出来てしまったと想える。私は受け身ながら、それまでのぐうたら娘というイメージを打ち破って舞子を受け入れた。想って居たよりも良い印象を持ったのだった。女と共通するあの目で語れるタイプの女性である事が分かったのだ。 言葉数が多いとか知的な会話が出来るからと言って人間性が優れているとか人格が良く観える訳でも無い。無口でも目が語り掛ける事で充分人を納得させる事もあるのだ。沈黙は金、雄弁は銀と言うではないか。女と最初に出逢ってお互い惹かれるものを感じたのは雄弁では無く沈黙の中の彼女の目だった。舞子も同様、目に独特の雰囲気を感じ、私の心に訴え掛けるものがあった。まるで心の内を見透かされる様な目をしていて下手な事は考えられないと感じさせられたのだった。それは彼女等以外、実は私にも備わった能力だと自負していた。それだけに相手の目を観れば相手の心中が読み取れる代わりに相手に依ってはこちらも読み取られる場合もあって、まさしく彼女等の目にそれを感じたのだった。よくも似た者同士が集まったものだ。類は友を呼ぶと言うが、女も舞子も私という男を見事に見つけ出したものだ。そのきっかけが猫だったとは皮肉なものだ。 私が猫好きに観えたのだろうか。私にそんな雰囲気を感じたのかも知れない。猫の目の様にコロコロ変わると言うぐらい臨機応変に物事を観る例えは、時計の無かった時代の庶民の知恵だった。猫の目を見れば時刻が分かった時代の名残りが姿を変えて現代にも生きている様だ。ふと、ココが姿を現さないのが気に成って二階の寝室へ行く気になった。もう既に夜は更けているのだ。寝室に入るとベッド横の椅子にココが丸くなって眠っていた。天井照明が眩しいのかココは薄眼を開けて私を見た。「よしよし、寝ていたのか・・・」私はココの頭を指先で撫で、そのまま鼻頭と目にも持って行った。気持ち良さそうに目を閉じたままココが頭を持ち上げ喉をゴロゴロと鳴らした。同じ様に喉を撫でてやると半分身を起して私の手を舐め始める。私は服を脱いでパジャマに着替え、ココを抱きかかえたままベッドに入り横に成った。(11月中旬へつづく)
2012/11/10
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秋(55) 最近のココは食欲旺盛で、満7歳(猫の年齢は1年が5歳とすれば人間の35歳となる)の女盛りだけにエネルギー源として3時間おきに食べないとお腹が減って仕方が無い様だ。早朝は5時の朝飯から始まり、次は昼飯の前のお八つとして8時に、昼飯は11時頃に戻って来て、午後のおやつは2時から3時の間、夕方のお八つとして6時頃、晩飯として9時頃、寝る前のお八つに12時頃という訳だ。何れもスプーン1杯分のカリカリ(乾燥食材)だけだから7杯分お腹に入る勘定になる。量としては少し多い程度で、少量ずつ何回も食べるのが好きな様で、お蔭で丸まると肥って居る。我が家に仔猫で来た頃は実にスマートな真っ白の猫だった。その写真を今日はアップしてみた。庭の芝生に降りるのが怖かった様だ。露に濡れるのが嫌だったのだろう。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/09
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秋(54) ココが花壇や花畑でボクの行動を観ていたら、次にボクが庭の端に移動して再びゴルフのピッチング練習を始めたのを見物しに移動して来た。ココがボクに付いて廻るという事は新しいお八つが欲しい時である。朝と昼の餌は既に与えてあるから何度目かのお八つの時間がやって来たのだろう。自分からニャアと声を掛けて欲しがる時と黙って付いて廻る時とがある。黙っている時はお腹が減ったというよりも口寂しい時である。食欲旺盛だから「天高く、猫肥こゆる秋」とでも言うべきか。コロコロとまん丸く肥ったココに成って来たものである。健康管理の面から少しダイエットをさせねばならない時でもある。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/08
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秋(53) 黄色い花をジッと観ているココには色の違いが分かるのだろうか。横にはバラが咲いている。バラには棘があるので近寄らない。棘があるのは知って居ても体毛が長いから棘は刺さらず痛くも無いのだろうが、顔に当たれば痛いから近寄らないのだ。しかし、何時も花の傍に来るから匂いは分かるのだろう。匂いの違いは分かっても食欲には無関係なだけに無関心な顔をする。妻が丹精込めて花の手入れをしていてココに気が付かないで居ると、わざと首輪の鈴を鳴らすか目の前を横切るのだそうだ。それでやっとココの存在を知ると満足そうにして去るという。我の強いペットである。こちらから構うと素知らぬ顔で居るくせに気が付かないでいると寂しそうにする。根は寂しがり屋なのだ。そういう習性を熟知しているボクなんかは適度にブラッシングや抱っこをしてやるからココは夜になればボクの寝室のベッド横の椅子で寝るのが癖になっている。家族の中で誰が一番の存在なのか認識し、ボクの傍に居れば必ず餌を貰えると信じているのだろう。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/07
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秋(52) 最終ホールのパー4の池越えコースである。以前の二回の経験では皆、池よりも大分手前の右手に第一打を落としていてボクも真似をして5か6を叩いていて痛恨のコースだった。池までは270ヤード程あるからドライバーで飛ばしても池に入る心配は無い。人工衛星写真のデータを観ながら「是は池の手前まで持って行き、第二打でグリーンを狙うべきだ」と直感し今日は新たな挑戦をする事に決めた。チマチマと池の右側から責めるのは臆病だと考えたのだ。他の二人はそれでも池の大分手前に落とし、自分の飛距離から第二打では池に落ちる距離なので右回りをした。結果的にボクは池の手前250ヤード程にボールをやり、残り150ヤード程を池越えで打った。処が、グリーンには届かず第三打のジガーで寄せるとピン傍30cm程に付いた。他の二人はようやく第四打でグリーンに乗せ、ボクはパーで狙いは成功した訳だ。「矢張り、此処は真っすぐ池越えで行くべきですネ」と爽快な気持ちで感想を述べ、ゴルフを気持ちよく終える事が出来た。お蔭で今日のスコアは他の仲間より二つ勝つ事が出来、三回目の挑戦で実った訳だ。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/06
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秋(51) このゴルフ場から遠望すれば伊勢湾からの風を受けて回る風力発電の風車が連峰に沢山観られる。そういう風景は観慣れていないからまるで何処か外国に来た様な気分になる。自然エネルギーで発電する方法の代表は水力発電である。明治期から100年以上続いた方法だ。が、今では効率が悪くて流行らなくなった。効率が悪いのは、浚渫(しゅんせつ:この場合、山からの土砂がダムの内側に堆積して行き発電に支障を来たすので定期的にそれを除去する事。毎回莫大な経費が要り、馬鹿にならない)をせねばならないのと建設投資にも巨額の費用と期間を要するからだ。しかし、南米では巨大水力発電で自国では使い切れない程の発電量を有し、輸出して潤っている国もある。日本の様な小規模のダムでは効率が悪く真似が出来ない。クロヨン(黒部第4発電所)の様に巨大なものもあるが、日本では、あれが最後の水力発電と言われている。風力発電は人家の無い処では公害(低周波公害)も気に成らず有望な方法で、これからも増えて行くだろう。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/05
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秋(50) 前の組は二人で廻っている。それなのにプレイが遅い。初心者なのにバック・ティーから打っているのだ。更にはミス・ショットが多い。それを眺めながら待つのも嫌なものである。こちらは老人の三人組みなのにプレイは早く直ぐに追いついて待たされる。前の組はマナーも悪く、バンカーの後始末も悪く、足跡やボール穴を均していないのだ。その前の三人組も遅くてマナーが悪い。今日は変な組の後になってしまったものだ。まあ、そういう事もある。そう言えば、昔、前の組にヤクザが廻っていた事があった。キャディーがそれをこっそり教えてくれて「絶対に打ちこみだけは、しないで下さいネ」と念を押してくれた。打ちこみとは前の組がプレイをしている処に、待ち切れずに後のフェア・ウェイから打って連中の近くにボールを打ちこむ事だ。それは勿論マナー違反で危険なプレイである。ボールに当たれば怪我をする事もある。ヤクザでなくても文句や因縁をつけるだろう。金を求められる事もある。ジッと待つ間「次回からは、このゴルフ場は来れないな」と仲間と話し、以後ヤクザの出入りする噂が無くなるまで行かなかった。バブルよりも大分前の、それでも好景気の頃だったが、今も覚えている。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/04
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秋(49) 二週間ぶりの三重県のゴルフ場である。好天気に恵まれていたが、スタート時は少し肌寒かった。だから身体が未だ堅く充分にウォーミング出来ていなかった為に前回パーだったホールなのにダボ(ダブル・ボギー)となって腐ってしまった。しかし悔やんだ処で仕方が無い。次のホールで頑張るしかない。そういう風に自分を律しながら数ホール行くとマイペースに戻って来て、パーが取れ出した。ようやく笑顔が出だし、三人一緒に廻っている皆のスコアが並び出した。他の二人はボクより上手いから何時もボクは三つは負けているのだ。今日は何とかトントンか上に行きそうである。そんな予感がして、ひょっとしてこのコースでは今年最後のプレイに成るかも知れないと、持参した衛星写真コース・メモをじっくりと眺め、攻略を練った。そういう余裕を持ってプレイ出来るという事は少しは冷静にプレイしているという証拠である。淡々とプレイすれば良い。ゴルフは自分との戦いなのだ。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/03
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秋(48) 庭に戻って来たココは、濡れ縁での日向ぼっこにも飽き、ボクが道具をしまい込む物置にも付いて来るのだった。物置から表の前栽に行って庭木に目を配り虫にやられていないかどうかを確認したが、こちらは虫にやらていなかった。ふと、斜め向かいの建築工事現場を観れば擁壁工事でブルドーザーが五月蝿く動いているのだった。作業員が杭打ち機で地面に穴を空け地盤改良剤を入れている。地盤が緩いので支持層まで掘って地盤改良剤で堅い土の杭を作っているのだ。工事現場は緩やかな丘陵地300坪ほどの敷地だが盛土になっている部分があった訳だ。売れ残った広い宅地を40年ほど昔に安く買い取った前の地主が転売し、新しく手にした人は地盤改良や擁壁で工事費が余分に掛かる訳だが、出来上がればこの辺りも空き地が無くなった分、自然風景が消え、閑静な住宅街として落ち着いていくのだろう。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/02
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秋(47) 小春日和の庭でガーデニングの一種、庭木の手入れをしているとヤマモモの葉に虫の卵が無数に黒っぽく付着しているのが気に掛かった。柔らかな葉を繭でからめ其処に沢山の卵を産卵するのである。これで越冬して春には幼虫に孵る訳だ。この前、庭木の剪定を頼んだ折に消毒も一緒にして貰ったのに効き目が無かった様だ。再度消毒をするにも時期外れである。そこで考えたのはジェット洗浄機で卵を吹き飛ばす事だった。車を洗う時に使う洗浄機だが虫の卵程度なら簡単に吹き飛ばすだろう。ついでに痛んだ葉も一緒に吹き飛ばしてくれる。早速、物置から洗浄機と脚立を取り出し洗浄に取りかかった。それまでのんびりと日向ぼっこをしていたココは洗浄機の大きな音に驚いて逃げて行った。やがて30分もするとヤマモモは綺麗になった。葉っぱも活きいきして観える。ついでに芝生の縁に敷いた煉瓦の苔も洗い流した。庭が虫の卵と苔で汚れて居たのが吹き飛ばされて明るく成った。暫くしてココが戻って来て再び濡れ縁で日向ぼっこを始めた。庭は静寂を取り戻した。小説「猫と女と」(21) それは20年ほど前に建築家協会から頼まれてある鉄工組合に技術顧問としてー年ほど付き合った時の事だった。全国の小さな鉄工所や中堅の鉄工会社が集まって組織された組合だった。毎月の役員会に相談役として出、時には工場のランク指定の認定審査にも行った。当然ながら年次総会にも出、宴会の後の二次会にも誘われた。その二次会で、ミナミの新地のクラブに行った時、副理事長が突然私に因縁をつけて来たのだった。「ー級建築士が何ぼのもんじゃい。偉そうな顔をするなッ!」急に訳も分からない事を言われ驚いたものの腹は立たなかった。彼は在日韓国人で日頃から私を白い目で見ている事は意識していた。それ以外に個人的にも好きに成れない風貌もあったが、仕事と割り切って事務的な会話だけで付き合って来たのだった。何か私に反目する理由が在るらしいのだが全くそれが分からなかった。黙って見ていると横に居た理事長が慌てて止めに入った。 「先生、彼は酔っているので堪忍してやって下さい。私が何とかしますから。多分、仕事の事で頭が混乱しているのでしょう」「驚きましたヨ。大勢の社員を抱える会社の社長さんが、組合運営と理事長を補佐する役割も担って副理事長になった人でしょうにゴロツキの様に変な因縁をつけて来るとは常識では考えられませんネ」「申し訳ありません。私からよく言い聞かせておきますから」「ひょっとして・・・仕事の事ではなく在日という立場が因縁をつけさせる要因になったのでは?」「いや、組合員の中には在日の人が多く居ますが、そういう事でもめた事は先ずありません。多分、個人的な事でしょう」「ほう、個人的な事ネ。私には全く心当たりが在りませんが」「御もっともです。先生の事では無く、所属されている建築家協会に対して何か遺恨がある様です。詳しくは知りませんが、工事現場で設計者と対立があったとかでクライアントからクレーム出て、家協会が乗り出して来たそうです」 「副理事長と言えば次期理事長候補でしょ?そんな要職にある人が家協会に不満があるからと言って私に八つ当たりするとは失礼極まりない。そういう事でしたら私は今回限りで組合から手を引きます」そう言って組合とは縁を切った。後日、改めて理事長から侘びがあったが、ろくに副理事長の処分も出来なかった事を知り、そんな程度の低い組合に見切りをつけたのは正解だったと想った。副理事長がどのような事で家協会とトラブルを起こしたのか分からず仕舞いになったが、根拠も無く公的機関が個人とトラブルを起こす訳も無く、副理事長の傲慢さと勝手な思い込みや劣等感から起きた問題だった公算が大きい。そういう事もあって私には在日韓国人には今も良いイメージを持っていない。素直に自分が間違っていたと謝罪すれば済む事なのにそれが出来ない何かがあるのだろう。それは在日韓国人二世に有り勝ちな家庭内の教育や躾にもあるのだろう。 それが民族的な差別から来ているとすれば個人的には傍迷惑な話で唐突に食って掛かる短絡的な情熱を只々軽蔑するだけである。デザイン事務所の所長にしても勝手な思い込みや勘違いで根深く暗い対立の言葉で相手を不愉快にさせる面があった。その事を女に言った積もりだったが、多分、女も分かっているのだろう。だからこそ離婚をし、娘もそれが厭で親子としての付き合いはせず批判的に観ているのだと想える。それなのに元夫をかばう女の心の底には舞子に半分父親の血が流れているせいもあるのだろう。哀れにも自分のー時の情熱ともいうべき若気の至りの結果と相手の人間性への見誤りのせいで可愛い我子に父親の別の面の血を混じらせてしまった事を悔いているのかも知れない。それは親心としての気持ちであり私の心にも訴えかけるものがあって充分同情でき許せるのだった。それは女と舞子に最初に出会った時に感じた彼女等の目で語る雰囲気からも読めるのだった。 「貴方、今は私達もっと前向きな話をすべきヨ。確かに舞子には日本人以外の血が流れているけれど、舞子は貴方が認めた通りの愛らしくて優しい娘じゃない。其処を気に入って貴方は舞子を愛したのでしょ?」「そう、その通りだった。不愉快な気にさせて申し訳ない。ボクには勿体無いぐらいの可愛くて良い女性だ。産まれてくる子供にボクの血が流れている事の方がもっと重要だった。もうこんな話は止そう。もう二度と口にしないヨ、約束する」私は、女の手を取りながら、舞子の肩も引き寄せた。女は立ち上がり三人は抱き合った。「お願い、キッスして・・・」女は私の目を見て言った。「ああ、君にも舞子にも同じ様にしてあげよう、愛しい女性達よ、生涯離さないヨ」女は涙ぐんでいた。舞子も目を潤ませ私の胸に顔を埋めた。二人を抱きながら私はほのかに漂う香水の香りを感じ下腹部が熱くなって来るのを覚え、男という生き物はこの期に及んでも性欲を感じるものかと自分が厭になるのだった。 「ねえ、やっぱり泊まって行ってヨ。このまま三人で抱き合って寝ましょ」女が喘ぐ様に言った。それで女が私以上に感情に溺れているのを知った。私は黙ったまま二人を更に力強く抱き寄せ湿った髪の毛を顔に感じながら女と舞子との三人のベッドシーンを想像してみた。しかし、直ぐに否定的な考えが起きた。まさか娘の恋人を自分と娘との間にして私を求めはしないだろう。私にしても二人を同時に相手にしたくはなかった。モラルも糞もないベッドシーンなぞ獣か悪魔の行為でしか無い。決して神様は許しはしないだろう。これまでの別々のベッドシーンは別の世界の事だった。そう想う事で神様の目を逃れたかった。之までのインモラルを帳消しにしたかった。都合の良い言い訳である事は分かっていたが、今はそういう気持ちだった。それがせめてもの舞子への愛情の証に想えるのだった。腐っても日本男児である限り、三人での行為は絶対に行わないでおこうと決め私は二人から離れた。(つづく)
2012/11/01
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