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嫁さんから「立会出産をするか?」と聞かれた。「可能ならするよ。」と電話越しで私は答えた。すると嫁は、「なるべく普段と同じような感じの方がいいらしいよ。」と言われたので、「じゃあ、Karaのダンスをマスターして陣痛の時に披露して応援するよ。」嫁は電話越しで苦笑している。「あはは・・・(いやいや、『普段通り』っつってんだろ!)」乾いた笑いに水を差すように、私は続ける。「Karaだけじゃ、あれだから、Karaの次に少女時代の歌を熱唱するよ。」嫁は電話越しにあきれ返っているのが手に取るように分かる。「ええと、じゃあ、少女時代で終わるのもあれだから、少年時代も熱唱するよ。」「井上陽水の?」「うん。」Karaから少女時代というKポップからのまさかの井上陽水にたどりつくとは・・・ん?陽水?ようすい?羊水?羊水??ここで一句。「羊水に 包まれている きみ想い 一人待つかな 三人暮らしを」
2010年11月29日
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今回のエントリーは「ちゃんと」読まないでください!!私は普段から可能な限り、正しい日本語を使うように心がけている。例えば、私は「一番最初」とか「一番最後」という表現を封印している。もしうっかり言ってしまった場合、すかさず訂正する。「最初」は「一番初め」という意味を含んでいるので、「一番最初」という日本語はそもそも成立しないはずだ。(最近、テレビでもこのような表現を容認されているのがとても気になる。)そんな中で、私が封印している表現がもう一つある。「ちゃんと」という言葉だ。その考えが定着したのは、クリエーターの山本高史さんの著書「伝える本。」を読んでからだ。山本さんはイントロダクションでこう主張する。「言葉は伝える技術である。 言葉の送り手が言葉の受け手を自分の望む方向に動かすための技術である。 それを叶える方法は送り手が受け手の言って欲しいことを言ってあげることだ。 すべてを決めるのは受け手だから、である。」それを踏まえた上で、こう述べている。 「少なくとも『ちゃんと』という言葉を封印して 何かを伝えようとする習慣をつければ、保証します、 その人のコミュニケーションが明らかに変わる。 『ちゃんと』を多用する人を(この人は約束する気があるのか)と受け手は ひとまず疑った方がよい。 『ちゃんと』は人間の怠惰やズルが言葉を潰す例の一つだ。」つまり、「ちゃんと」という言葉は、送り手と受け手が正確にコミュニケーションできなくする要素となりうるのだ。個人的な例を挙げます。私が新入社員のときに突然、先輩社員から一通のEメールが来た。「ちゃんとしろよ。」その一文のみ。そのメールをよく見れば、上司から転送されたメールであり、私が起こした些細なミスを指摘しているようであった。しかし、私は「どう」「ちゃんと」すればいいのか分からなかった。今後、同じミスをしないようにすることが「ちゃんと」することなのか?それとも、そのミスをもっと掘り下げて原因を取り除くことが「ちゃんと」することなのか?それとも、ざっくりと「ミスしないこと」がちゃんとすることなのか?この場合、受け手である私には、「ちゃんと」という言葉が伝わっていないのだ。もう少し例えましょう。河川敷でテントを張っているホームレスに「ちゃんとしろよ。」と言ったところで、そのホームレスは「ちゃんと生きている」という意味では「ちゃんとしているではないか?」飲酒運転をしている人に「ちゃんとしろよ。」と言ったところで、その人が「人をはねた訳ではないからちゃんとしている」と主張したら、どうだろうか。さて、私の伝えたいことが受け手であるあなたに「ちゃんと」伝わっただろうか?
2010年11月13日
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昨日から、「水嶋ヒロ」という元俳優がマスコミにとりあげられている。「第5回ポプラ社小説大賞」の大賞を受賞した、というのである。私は、この記事を読売新聞の三面記事で発見したのだが、「斎藤さん」という人が受賞したと記載してあった。おかしい。そして、事の顛末をテレビで知った。その時、最初に私によぎった感情はまぎれもない「嫉妬」である。しかし、時が経過するにして、ネットやテレビが報道するように、いろいろな憶測が飛び交う中で、自分なりの落とし所をつけておかないといけない、と思い、私見を下記することとしました。まず、賞金2000万円という件であるが、これは最初から渡す気がなかったのではと疑いをもってしまう。現に、今まで、一度も2000万円を賞金として渡したことがないからである。(第1回目の大賞は適用前、2~4回は大賞すら出ていない)芥川賞や直木賞の賞金で100万円である。それが相場なのである。そこで、ポプラ社という会社の財務諸表を見たいと思い、ホームページの会社案内を見ても、経営状態を示すものが皆無であり、ウィキペディアで調べようとしても「売上高」さえも非公開なのである。(非上場だから仕方ないか。)本当にフリーキャッシュが2000万円もあるかどうかもあやしい。「賞金を辞退」???「新しい作品を作りだすのに使って欲しい」???ポプラ社と水嶋さんの間で「ドウイウハナシ」があったのだろうか?そして、ポプラ社は、来年からは賞を改名し、賞金を200万に「改める」らしい。・・・・・・次に、小説の内容であるが、「自殺しようとした者を止めようとする話」というストーリーらしく、その契機となったのが、「(日本の?)自殺者の数を知ったこと」らしい。ますますもって、分からない。国が示している自殺者数3万人以上というのはあくまで「自殺」として認識され判明している数値であり、「不明者」を合わせると、もちろんそれ以上になる。水嶋さんは、これからも「命」というテーマを扱う、と仰っているが、昨日の記者会見では、「そのような(重い内容の)小説を書くに至った経緯、そして、その苦節」というストーリーが一つも盛り込まれていなく、文学に全く無関係である、「関係者たちへの謝罪や元事務所との確執がないことの言及」に触れていること自体、他の応募者に失礼なのではないか?と思うのです。そして、最も重要なのですが、今日になって「発売が未定」さらに、「これから関係者と推敲してから世に出すことになる」とポプラ社がのたまっているらしい。ポプラ社の13人の編集者(書き手ではない)しか読んだことがない、つまり、日本ではほぼ誰も読んだことがない作品に対して、マスコミを含め我々は「わーわー」と言っているのです。既に、これだけのハードルを上げてしまったポプラ社と水嶋さんは一体どうするのでしょうか?ほとぼりが冷めるまで待つのでしょうか?優秀なゴーストライターを探すのでしょうか?・・・・・・私自身、(既に倒産した)「新○舎」という会社の出版大賞というものに応募して、「奨励賞」として賞金2万円をもらったことがある経験上、(私は賞金を辞退することなく、有難く頂きました)「出版業界」ってこういう業界なんだ、と少し理解したつもりなので、こういう事を思ってしまうのです。そして、現に、私の場合は、「あーーー、あんな駄作、出版しなくてよかったーー」と心底思っているのです。さて、水嶋さんの場合はどうなるのでしょうか?水嶋劇場のオチを是非、堪能したいと思う今日この頃です。以上、私の個人的な嫉妬でした。(嫉妬に始まり、嫉妬に終わる)
2010年11月02日
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