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A叔母の介護に関する騒動(?)は、おそらくA姪さんは大変な状況でしょうが、私の中ではだいぶん鎮火しました。2~3日に一度ほどふっと思い出すこともありますが、落ち込むような感覚はほとんどなく、A姪さんがケアマネもしてるし、ソーシャルワーカーへも相談したら・・・と言ってみたこともあり、たぶん大丈夫だろう・・・と。若干の後ろめたさはぬぐえませんがね。 同じ「姪」の立場でもあるわけなので・・。 さて義母です。週に1度はGHへ行くようにしてますが、やはり毎日会わないと忘れられるようで、回を増すごとに私の存在は薄くなっていきました。仕方ないことですね。救われるのはほとんどの場合、とても機嫌が良いこと。同じフロアの方は割合に黙ったままの方が多いのですが、義母は独り言が多いタイプで、穏やかに何か目にしたものの感想を言ってます。 特にスタッフさんに迷惑をかけるようなことも無いのが一番ホッとしてる点です。さすがプロですね。 私だとうまく義母の機嫌を損ねずに対応できないと思うので、義母が穏やかなのはとても救われます。 さて今週の義母はというと、先週の初めに夜中に目が覚めて自室から出てきた時、よく目が覚めてなかったのか、横開きのドアの端で右目辺りを強打してしまい、見事に腫れあがったのが、だいぶん腫れも治まって、目もきれいに開いてました。ただ顔の周りがかなりカラフルで・・・いや、笑っちゃいけないんですけどね、本当に黒っぽいのから青、紫、黄色と、3~4色ほど揃ってまして。 強打したことはすぐ忘れてしまうものの、やはり傷みや目の開きが少し悪いことが気になるようで、盛んに手を右目あたりに当ててたのが、一昨日はほとんど気にならない感じでした。スタッフさんから見守りが不十分ですみません・・と謝られましたが、とんでもない!入所してからずっと、鼻水一つ出すことなく、とても明るく元気に暮らせてるのはGHのおかげです。 そういえば、徘徊がひどくなった春ごろにも転倒してやっぱり目のあたりを腫らしたことがありましたっけ。あれからほぼ1年。 あっという間に感じるのは今、余裕があるからでしょうね。
2012年02月24日
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日が空いてしまいました。一度書いて保存したはずが、相性が悪かったのかエラー続きで、なんだかその間に気持ちも落ち着いて、書いていたことを読み返すと、なんだか一人でヒートアップしてたなぁ・・と恥ずかしくも思えて、記事をアップすることができませんでした。 実際にA姪さんとのバトル(?)から日が経ち、細かいやりとりも思いだせない部分もあります。話をはしょると、ただこちらがお金が無いから支援しないのではなく、意味が感じられないから払わない!の意志だけははっきりと言えました。 看護師でもありケアマネもしていると言う割には、認知症の患者がどれだけ大変かを実感したのはA叔母のケースが初めてだったようで、一つ一つの周辺症状のケースを語られた時も、私もその一つ一つに共感して義母の例も話しましたし、A姪さんが「どうして私だけがこんな苦労をしてるのかと・・」と訴えてきた時も私も夫の母親というだけで、なんでここまで私が苦しい想いをするのかと、介護鬱になってたことも話しました。どうもA姪さんは情に訴えてもダメだと思ったようで、率直に金銭的な話をし始めました。しかも私の両親の仕事ではある程度は財産があるというイメージがあるので、その辺りからも言われ、さすがに私もカチンと来ました。 確かに一時期は羽振りは良かったものの、田舎のことで商売の才能も無く、結局は借金を返すので財産は使ってしまったし、両親は離婚しているし、実父は年金で賄える老人福祉施設へ入所し、実母は他界、両親が遺した不動産も清算できていないし、当てにされても困ると。また私自身はサラリーマン家庭であり、働きに出ないでもいい程度の暮らしはできているが、もし仮にパートでもしたら月に僅かなら出せないことも無いけれど・・・と言ったら、A姪「なら、そうしてください!!」 と言われてしまったので、はっきりともし私が働きに出て得たお金なら、いつまで続くか分からないことに使うのではなく、たとえ1円でも無駄にせず、家族、特に子供の為に使いたい、と怒鳴りました。はい、電話先で怒鳴りました。A姪「私にも子供がいます!」(でも、どうももう社会人のようでした。)これからまだまだ教育でお金もかかるし、自立できるようにさせるためにしてやりたいことはたくさんある。 まずは子供の為なら喜んで働きますが、家族のため以外にそんなことはしたくありません!と。割合にこちらは穏やかに・・・と思っての口調を保っていましたが、どうにも私も感情を抑えられませんでした。なぜA叔母の兄弟姉妹がしないことを、姪とはいえ、義務も無い私が働いてまでお金を出さないといけないのですか?と。A姪「私はそれをしているのです!!!」なぜそうしたのですか? なぜ続かないことをしなければならないのですか?共倒れするのは目に見えてるのに、なぜそうしたのですか?A姪「そうしないと、A叔母が死ぬからです!!!!」だから、他の方法を考えましょうよ。 このままだとそちらも続かないことだというのは明らかでしょう?A姪「私を責めるんですねっ! 冷たいんですねっ!!!! 死ねというのですねっ!!!!」 あちらもヒートアップしてきました。 どうやっても私が協力するとは言わないし、ああ言えばこう言うで頑固(?)だし、「もういいですっ!!!死ねと言うならもういいですよ!!!!!!」と怒鳴ってきたので、私も受話器を下ろしました。 その後2はしばらく、ずっと落ち込んでました。人としてどうよ、本当にお金に困ったらA叔母はGHから出されるだろうし、A姪さんも確かにこまっていることであるし。義母の時のように、なんだか私ひとりが責められてるような気持ちになって、涙がとまらない気持にもなりました。 でもコメントを残してくださった方の言葉にもありましたが、この方法で私は家族と、そして自分を守りたいと思ってます。冷たいと言われて哀しかったし、なんでこんな思いをしないといけないのか・・と落ち込みもしましたが、私は私のこのスタイルを貫くことにしました。 あれからA姪はもちろん、だれからも連絡はありません。私には兄がいますが、そちらの情報はA叔母の住所録にはなかったようで、A姪さんからは何も触れられませんでした。こちらも職業的にはかなり安定はしていますが、家庭的な事情を抱えているので、将にそれどころではない兄一家です。念のためにこの話は伝えておきました。 まだどこかで引きずってますが、見捨てたと思われても仕方ないけれど、でも私もできないことはしない!と決めました。
2012年02月19日
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遠い親戚からの電話の続きです。 A姪さんがA叔母の症状の大変さを一方的に語った後、その大変さが分かりますか?と言われたので、私も思いっきり「よ~く分かりますよ! 姑も警察のお世話に何度もお世話になりましたので」と返しましたら、相手が一瞬言葉に詰まりました。 私の姑も認知症で、要介護5で、つい最近GHに入所しましてやっと落ち着いたところです。A姪「姑さん、おいくつなんですか?」75歳です。 アルツハイマーと分かったのは5年ほど前で、ほぼ同居なので、その大変さは本当に良く分かります。A姪「だったら私の辛さも分かりますよね」はい。だからできることを、続けられることをしないととても苦しいのだということも分かります。 こう言った時、A姪さんは少し口調が厳しく荒げるような感じのイントネーションになりました。「GHに入られたらわかりますよね、どれくらいお金がかかるか。」はい、ほぼ姑の年金で賄えてます。 ・・・どうやらやっと本題のようです。 A叔母はA叔父と夫婦二人で子供がいません。A叔父と私の両親とは同じ業種の商売をしていました。一時期、両親の商売で資金繰りが厳しくなった時に、A叔父に借金をしました。滞ることなく短期間で完済できましたが、幼いころから貧乏で苦労した私の母とA叔父。苦労を重ねて商売で成功し、時にA叔父はそれを自慢げに話すだけでなく、周りの人を侮辱するような言動をもたびたび起こしていました。努力しない奴が貧乏なんだ、貧乏はバカがすることなんだ・・と。自分より劣っている点を他人に見つけると、それを鋭く突くことも。私の母はそれにはぐっと耐えてはいたものの、やはり長年の想いがつのり、晩年にはほぼ絶縁状態になっていました。A叔母はあまりそういう面では母と衝突することはなかったようですが、A叔父の言動はイコールA叔母のスタンスでもあり、A叔母側の親戚からも快く思われてないこともあったようです。 A姪「A叔父たちから貧乏だとバカにされてきた私たち一家ですけど、それでもそれは別のことだと思って、A叔母のお世話をしてるんです。」それは親戚の一人としてありがたいことだと思います。私の両親もA叔父からは詰られることも度々でしたから、お気持ちはよくわかります。最期はほぼ絶縁でした。A叔母と話をしたのは3年ちょっと前に母が亡くなったのをお知らせした時くらいで、その前後はほとんど私も20年くらいはしゃべってませんでしたよ。A姪「私の母は面倒見たくないからと言って電話番号を変えてしまって連絡つかないし、弟もなしのつぶて。 あなたの側のご親せきも数人連絡しましたけど、だれも協力してくれないんですよ。」家の側の親戚筋も、皆ほぼ70才前後で、そうお金に余裕がある人ではありませんし、むしろ困ってる方だし、長女だった私の母に自分たちの両親の法事に関してさえも金銭的に全て頼ってたくらいですからね。それに離れて住んでいるでしょう? なかなか出てこれないんですよね。(地理的には山陰と知多半島の端っこ、と高知の距離です。飛行機の直行便もありません。) A叔父亡き後、暮らしに困ることがないくらいは十分に遺されていたはずなのに、A姪さんが訪ねた時にはほとんど残っておらず、通帳には100万円ほどしかなく、また年金を担保に郵便局に借金(?)もいくらかあるそうで、年金をあてにはできないとか。 A姪「それから旅行を何回もしてたみたいで、それがわかったのも、旅行会社からいろいろパンフレットが届いたりしてわかったんです。」・・・はぁ。 A姪「今、A叔母がどこに旅行に行ったか、調べてもらってるんです!」・・・それ、今さらって気もしますが。 意味があるんですか?A姪「どうお金を使ったが分かるでしょう!?」・・・いや、もう使ってしまったのなら取り返すこともできないでしょう?A姪「とにかく私が調べてもらうように頼んでます!」(私の心の中では)だから~、過去の行動を調べて知って、どうするのよ。A姪「お金もあちこち行った時に配ってたみたいで、ぽち袋もたくさんあって・・・!」(結果論として、それをたどれるものではないでしょうし、仮に誰かが分かっても どうやって取り返すのか? 金銭授受の証拠もないし。)まぁ自己破産などの手続きとかで必要かもしれませんが、教えてくれるんですか?A姪「教えてくれますよ! だから今、調べてもらってます!!」 借金があるのなら、とりあえず返せる分は返して、自己破産なり生活保護なりの方法も・・A姪「生活保護申請なら、今、やってます!」(やってなかったんかい! やってる途中で結果もまだ出てないのに、どうしろと??)A姪「連れてきたのは夏で、病院に入院してたからパジャマで大丈夫でしょう? でも今は冬。衣服だっているでしょう! それらも全部私が用意して揃えたんです!!」(これまでのA叔母さんの衣服や生活用品はどうやらそのままのようです)それはお手数をおかけしましたね。 確かに実際に必要な品々を用意してることでは大変な負担を負ってもらってますが、なんだかもっとうまくできる方法はなかったのだろうかと、つい私も思ってしまいました。 貯金の100万と言うのは今は・・A姪「精神病院に入院したって言いましたよね!! その時にだいぶん使って!!」借金もあるなら自己破産でもした方が・・A姪「だから生保でしょ!!!! 今やってます!!!!!!!!」特養はだめですか? 一人暮らしだし、自己破産や金銭的な事情があれば優先順位はあがりませんか?A姪「できません!!!!! 要介護2ではダメなんです!!!!」(ややヒステリー気味になってきました。)でもGHだと月に14~15万くらいかかって、続かないですよね。A姪「だから助けてもらいたいんです!!!!!!」どうして続かない方法を取られるんですか?A姪「私を責めるんですか!!!!!!」いえ、仮に私が月にいくらかでも支援できたとしても、いつまで続くか分からないことをするのにはとても抵抗があります。私も姑を見てきて思うのは、続けられることをしないと、こちらもつぶれてしまうということです。だからどうやったらA叔母さんを看続けられるか、それを考えましょうよ。A姪「でも実際大変なんです!! 月に15万もかかるし、私も困ってるんです!!」 こんな風に堂々巡りの会話が続きました。A姪さんがああいえば、私がこう言う・・になってきたので、A姪さんもイライラしてたようです。もっと細かくA叔母の暮らしてきた生活場所や荷物のこと、A姪さんが実際に動いた内容、そういったことを順序立てて聞きたかったのですが、ケアマネをしてると言うくらいなら、私よりも手続きや仕組みには詳しいはずだし、なんだか聞きたいことを尋ねる前に大変!的な言葉の羅列が壁になってるので、流れもつかめずにいました。 やっぱり長くなりましたね。ゆっくり思いだしながら書いてますが、もっともっとやりとりがあったはずなのに、怒りと哀しさととでまだ心がぐちゃぐちゃです。また明日、続きを書きます。
2012年02月09日
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昨日の記事にコメント下さった皆さん。すごい内容不明な文章だったにも関わらず、優しい言葉を寄せてくださってありがとうございました。電話がかかってきた日と昨日は大丈夫だったのに、コメントを読んでたら泣けてきました。人として間違ってることをしてるとは思うのですが、救われました。 さて、その電話は日曜日の夕方4時半ごろにかかってきました。見覚えの無い市外局番の番号に、最初は何かの勧誘だろうかと思いつつ受話器を取る。念のために名字を名乗らず、ただ「もしもし」と。相手の声はおそらく50代後半、あちらも名乗らずに、要領を得ない話し方で「どこそこの○●さん、それから・・・どこそこの△▲さん、・・・あと××さん・・・」いずれも母方の親戚の名前です。それでてっきり久しぶりに話す隣県の叔母かと勘違いして、「あっ、A叔母さん? hirikeiです。」と名乗りましたが、よくよく聞くと叔母の声とはちょっと違う・・・。「それでその人たちに電話したもんで、遠いしお金もかかったので、これから言う番号に そちらからかけてもらえます?」と言われた。はぁ?・・・と思いつつも、親戚に何かあったのかと思い、すぐに言われた番号にかけました。 相手は母の弟・A叔父(10年近く前に他界)の奥さんであるA叔母のお姉さんの娘、つまりA叔母の姪という方でした。(以下、A姪さんとします。)ただ説明が下手というか、最初はポツポツとため息つきながらしゃべってきたので、普通は自分の出所というか、名前や親せきとの関係をもっと簡潔に話せばいいのに、それもせずに、話を始め出して。何だか変な人を相手にしないといけなくなったぞ・・・と、こちらも一歩引いてしまいました。 結論から言えば、A叔母がアルツハイマーを患ってしまい、A叔母の姉である自分の母親や他の兄弟、自分の兄弟、A叔父の弟妹の誰も面倒見ようとしない。今はGHに入所させたが、お金が無く困っているので助けてほしい・・・ということでした。ただこれを聞くまでに30分近く細々とと、いかに大変だったかのみを一方的に聞かされ、途中で何度「だから、どんなことをおっしゃりたいんですか?」と突っ込みたくなってイライラしてしまいました。いかにA叔母の症状がひどかったか、家も荒れ、あるはずのお金がわずかになっていたこと、A叔母の姉である自分の母親が電話番号を変えてしまうほどA叔母の面倒を見たがらず、連絡すら取れず困ってる、あなたのお母さんのご兄弟も誰も協力してくれないので、自分がどれほど苦労したか・・・を一方的にしゃべるしゃべる。 A叔母の親戚の一人として、確かに申し訳ない、有難い気持ちもあるけれど、ただひたすらに「大変だ」だけを並べられると、「だから何がしてほしいか、はっきり簡潔にまとめて言って下さいよ!?」とA姪さんに嫌悪感を抱いてしまいました。 このA姪さんは看護師さんで(あとの話でケアマネもしてると言ってました)こと細やかにA叔母のエピソードがいかに凄いかを話してきました。 周辺症状にもいろいろなタイプがあるもので、A叔母の場合は攻撃型といいますか、意思が通らないと暴言・暴力で向かってくることも度々だったそうです。「分かりますか?、アルツハイマー。若年性認知症と言うんですよ。」若年性・・・? A叔母は73歳。若年性と言うには少し遅いような・・・。発症が分かったのはずいぶんと前だったんですね。 3年前に少しやりとりした時はそんな感じが見受けられず、気付きませんでした。「いえ、昨年の8月に認定してもらいました!」 ・・・う~~ん、まぁ、細かいことはいいか。 A姪さんは自分の母親からA叔母の様子がおかしいから見に来てくれと頼まれ、岡山から高知へ来たそうです。どれくらいの期間A叔母と一緒に居たのかはわかりませんでしたが、確かに認知症の大変さは容易に想像できます。ちなみに要介護2だそうです。迷子で警察に捜索願したことも、言い争いで包丁を持ち出されたこともあったそうです。義母は暴力型ではなかったので、そういう面では幸いでしたが、徘徊の大変さはよ~~~く知ってます。A姪さんも一人で面倒を見てきたことで、相当ストレスが溜まってたのでしょう。愚痴はとどまることを知りません。 A叔母の状態がひどいので、とりあえず精神科へ入院させ、薬が合って状態も落ち着いたところで、「私がコネを使って」(←ここ、ものすごく強調されました)GHに入所したとのことでした。退院からGHへ直行したとか。 うちの義母を思い出し、これは人のことは言えません。私もショート→入院・退院・→ショートへ直行させましたもの。 アルツハイマーがどれだけ大変かを切々と訴えられ、気持ちは十分に分かるけどだからどうしてほしいの?の本題に入るまでの30分、一方的に聞き手になってたので、「警察のお世話になるくらいの大変さって分かりますか?」と言われた時、やっと私は「はい、分かりますよ。姑も何度もお世話になりましたから。」と返事したらお相手が一瞬言葉に詰まってたので、やっと私のターンがきた!と、姿勢を直して離し加減に持ってた受話器を握り直しました。 私の愚痴も長くなりそうなので、また続きは明日にします。
2012年02月07日
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タイトルは昨日、母方の遠い親戚から投げつけられた言葉です。私もそう思います。 確かに冷たい。でもできないことを同情から引き受けて、自分で首を絞めて、どうにもならないような状態になるのは避けたいと思うのです。 話はやや複雑で、身内の恥とも言える話でまた昨日のその親せきとの話のあとで、今もそうなのですが、気分が最悪に落ち込み、誰にも言えず、その内容がずっと頭から離れず、それ以外のことを考えられなくなり、苦しくて仕方ありません。義母がGHに入所するちょっと前のような気持ちがぶり返してます。 まだ話を上手く書けるほど心の中を整理できてはいません。誤解も理解不足もあると思うし、何より自分の醜い一面をさらけ出すことでもあり、自己弁護の塊のような文章になるので、これを読む方から軽蔑されるのでは、でも誰かに、たとえ嘘でもいいので擁護してもらいたいという浅はかな気持ちもあります。 明日から少しずつ書いてみます。ここに記録することで思い違いの無いようにしたいと思います。ちなみに母方の叔父の奥さん、直接には血のつながりの無い叔母がアルツハイマーになり、その方についての話です。
2012年02月06日
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