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今日は私事でご挨拶のみです。母親が緊急入院しまして、諸々検査中です。自宅から車で45分ぐらいかかる病院の為PCを楽しむ時間がちょっと・・・。いただいたコメントや掲示板へのご返事は日を改めまして必ず。それでは失礼します。
November 29, 2005
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太陽が沈むのが早くなりましたね。私達のところでは17:00前に日没になります。夕方、西の山の端に近づく太陽の光は、夕焼けでない日でも何となく赤みがかっています。そんな日没前、ヒッチコックの「鳥」の画面に遭遇しました。収穫を終えた田園地帯は、見渡すばかり荒涼としており、特に夕景は寒々とした趣があります。そんな田んぼの中の農道に沿って張られている電線にカラスの大群が群がっていました。60羽ぐらいはいたでしょうか。夕方、冷気をともなう風が吹く中、沈みゆく夕日のほうに一斉に顔を向けている真っ黒なカラスの群れはめったに見られるものではなく、やはり異様でした。でも、あのヒッチコックの「鳥」達は、どうやって撮ったんでしょうね。映画を見る方はただ楽しむだけですが、あれだけの鳥を組み込むのは、いくら編集技術といいながら大変だっただろうと、この夕暮れのカラスを写しながら考えたものでした。エッ!ヒッチコックって誰?「鳥」って何?…ですか。しょぼん…(~_~;)
November 28, 2005
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佐伯泰英:著『雪華(せっか)の里』(居眠り磐音シリーズ第4巻)を読了しました。う~ん、切ないですね。許婚の奈緒の姿を求めて旅を続ける磐音。女郎としての、その資質の高さゆえに妓楼を転々と移されていく奈緒。そして、その度に磐音が奈緒を奪還する為のハードルはとてつもなく高くなって…。次第に磐音の心に諦観めいたものが…「生きてさえいてくれれば、住む世界が違っても…」それにしても、「身売り、女郎、遊郭」ということが公然と認められる社会。たとえそのことによってたくさんの貧窮の家族が救われたという事実があったとしても、悲しい社会のしくみ(?)ですよね。人間社会の許されない罪悪でしょう。売春防止法が成立するまで、昭和の時代にまで存在したのですからね。さて、磐音は疲弊した旧藩を立て直すには、帰参するよりも別の道をとる方がより賢明では…と考えが揺れる。このへんに第5巻からの内容が示唆されているような気がしてきましたが、どうなんでしょう。
November 27, 2005
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今日は11月26日。後4日でもう12月だから今は晩秋と言っていいいのでしょうか?●庭先でトンボが交尾の格好で飛んでいるのを目にしました。赤トンボです。秋のトンボにしても「まだ居るの?」と、少し驚きました。そしてもっと驚いたのがそのスタイル。今の時季が繁殖期だとは知らなかったからです。一休止したところをパチリ。さすがに交尾スタイルは安定が悪いのか解いていますが、後ろのトンボは前のトンボの尻尾をしっかり掴んでいます。前の赤いトンボは「アキアカネ」ですが、後ろのトンボは何?同じアキアカネでも雌雄で色が違うのか、それとも後ろのトンボは別種のトンボなのか、不勉強でわかりません。図鑑で調べてみると、夏場によく見かける「シオカラトンボ」などは水棲幼虫のヤゴで越冬するそうですが、アキアカネなどは卵で越冬するとのこと。そう聞けば、今がアキアカネの交尾の時季だという事が納得できます。いわば今日の彼らの姿は晩秋のひとコマということでしょうか。
November 26, 2005
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●「チェッ、みんなどこかへ行っちゃたよ。俺だってこうやって反省してるんだぜ。」●「だから前から言ってるだろう。だれかれかまわず突っつくからだよ。トンビさんにまで襲い掛かってたろう。あきれてピーヒョロ、ピーヒョロ離れて行ったじゃないか。まあ、しばらくそうしてな!」
November 25, 2005
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佐伯泰英:著『花芒(はなすすき)ノ海』(「居眠り磐音シリーズ 第3巻)を読了しました。主人公と友達、そしてその家族の運命をめちゃめちゃにした原因は単純なものではなかった。裏には主人公達が目指す藩政刷新の動きを食い止めようとする一派の策略があった。藩を捨て、江戸は六間掘町で貧窮の暮らしをする磐音。その磐音のもとへ旧藩を食い物にする一派を何とか排除しようとする者たちから接触が。以上が第2巻までの内容でした。そして第3巻。磐音は志を同じくする者達と力を合わせ、旧藩の国許へ。読後感。ちょっとあっけなかった。主人公達の運命を狂わせた張本人との戦いはもっと何巻にも渡って続くと思いきや、一応この第3巻で決着。予想が外れました。しかし、しかしですぞ。いろいろ今後に続く含みもありそうで…。そして、磐音の許嫁であった奈緒の運命は…。第4巻をこれから読み始めます。----------------------------------------●先日、「江戸、東京、重ね地図」のことに触れました。この地図で、物語に関係する場所が現在の東京のどこに当たるのか、ちょっと探してみました。まず今回は、主人公の磐音が住まいする六間掘町とは…どこか?六間掘町は南北に結構長く存在しますが、メインとなるところは江東区森下一丁目当たりかと見当をつけました。でも、文中に「金兵衛長屋のある六間掘町は御籾倉をはさんで飛び地にある…」と書かれています。御籾倉を目印に探すとありました。近くに「猿子橋」がある、という文章もありますから、金兵衛長屋は現在の江東区常盤町一丁目13番地あたりのようです。ここからだと文中によく出てくる、大川にかかる新大橋まで250メートルぐらいですね。(あくまでも江戸時代の新大橋のことで、現代の新大橋は当時の橋より250メートルほど上流に架かっています)磐音の生計(たっき)の中心となる、鰻屋の「宮戸川」の場所や、おこんさんの勤める「今津屋」の場所などは、またの機会に…。
November 24, 2005
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●「今日は勤労感謝の日だって?! 天気もいいし、休日だし、のんびりするねえ…。」●「うるさいわねえ。もうちっと静かにおしよ!食後のお昼寝の時間なんだから…Z Z Z Z…」
November 23, 2005
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時代小説が大好きです。学生時代、アパートを引っ越すたびに、新しく住むことになった町内にある貸し本屋さんを全店覗き、時代小説の陳列在庫を調べ、読み尽くしたものです。そういえば、あのころあった貸し本屋さんはまだ存在しているのかなあ。いつの頃からか出入りしなくなったけど、理由の一つにもう読む本が無くなったということがありましたね。だから、自分で稼ぐようになったこともあって新刊本を購入して読むようになり、自然と貸し本屋さんとは縁が遠くなっていったんですね。ところで私の時代小説を読む時の楽しみ方の一つは、物語の中に出てくる江戸の町名、街筋を検証しながら読むことです。そこで欠かせないのが「江戸古地図」です。主人公が住む町をまず確認しておいて、物語の進展にともなって登場人物が動き回る町や、街筋を追って行きます。利用するのは、江戸切り絵図か一枚の江戸全図。お目当ての町名を探しやすいのは切り絵図ですが、登場人物の行動半径が広い小説になると一枚モノの江戸全図が動きを追いやすいですね。さて、最近は単なる江戸古地図ではなく、パソコン時代の恩恵にあずかって新兵器を利用しています。『江戸・東京、重ね地図』というCDがあります。パソコンの画面で、江戸の古地図と現代の東京の地図が重なって切り変えられるのです。古地図で主人公の住む町を特定しておいて、重ね合わせてある現代の地図を浮き上がらせると、そこが東京の何町になるのか分かるという楽しみ方ができます。また、縮尺もでていますから、登場人物がどれくらいの距離を移動したかなんてのも理解できます。「ふむ、ふむ、主人公の住む長屋はこのへんだな。なるほど、今の東京でいうと○○町になるな」・・・・まあ、こんな感じで楽しんでいるわけです。愚痴を一つ。江戸古地図の町名の書き入れ方が一定方向でないのが本当に困りもの。地図を縦横、逆さまと動かさないと何と書いてあるのか読めないから、慣れないと疲れます。CDの地図では、パソコンを逆さまにするわけにもいきませんから、その点では紙の地図より不便です。古地図を作成した江戸時代の人に文句を言いたいぐらい。(モニターに映し出した古地図を画面上でグルグル方向転換できるソフトを開発してくれると大助かりなんですが…)
November 22, 2005
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今日は農産物のご紹介です。昔は季節ごとに、その時季その時季の農産物の成熟を待ちかねたものです。つまり、季節の移り変わりの中で、それぞれの旬の時期があったわけです。でも農業技術が進歩し、施設園芸(ビニールハウス栽培)での営農が大々的に発展してくると、その対象農産物は季節に関係なくいつでも収穫できるようになっています。つまり旬という言い方はできなくなっているのです。消費者としては、便利ととるか、味気ないととるか。ビニールハウスの中で育てられている農産物は、自分の旬がいつなのか迷っていることでしょう。■季節は日毎に寒さが増してくる頃。なのにビニールハウスの中の私はこんなに熟れています。<赤ピーマン>この赤ピーマンは10月初旬に苗を定植されたものです。赤く熟れたものから次々と収穫され、出荷されます。収穫時期は翌年の7月頃まで続きます。もちろん、これから冬季を迎えるわけですから、重油を燃料とするボイラーを焚いて、ハウスの中を常時一定の温度に保つように管理していくわけです。
November 21, 2005
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読みましたよ。佐伯泰英:著『寒雷ノ坂』(居眠り磐音 江戸双紙シリーズ第2巻)いよいよ大長編の骨格の入り口が見えてきた感じでしょうか。第1巻では山手樹一郎の世界みたいと感想を述べましたが、単純な武士道青春物語りではないようですね。主人公達が人生を狂わした刃傷沙汰には、思いもよらない裏があったのか?「ああ、我らは何者かの罠にはめられたのか?!」その何者かの影が見え始めるところまでが第2巻の内容です。こうなるとやはり『用心棒日月抄』(藤沢周平:著)を思い出しますね。でも、この後どうなるのか。また違った展開が待っているのかも…。本の帯にはこう記されています。「平成の大ベストセラー! シリーズ累計170万部突破!」ついでに私的に言うと、文字が大きいのが何よりもありがたい。読書を楽しむのに大事な要素の一つです。
November 20, 2005
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予約してあった本が一部届きました。全14巻のうち途中の巻を何巻か購入済みであったものの、肝心の第1巻をはじめ最初の方の何巻かが未入手でした。途中から読むわけには行きません。ジリジリする思いで待っていました。やっと第1巻~第3巻が入荷し本屋さんから連絡を受け、即購入。そして第1巻を読了しました。佐伯泰英:著『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズです。読了したシリーズ第1巻は『陽炎の辻』。いや、面白い本ですね。いろんな方からこのシリーズの情報を得ていましたから期待していましたが、なるほど冒頭から引き込まれました。文章が回りくどくなくて、よけいな描写をそぎ落としたテンポの良さは読んでいて気持ちがいいですね。次から次へとページをめくっていきたくなります。途中まで読み進めているうちに「この本の匂い、どこかで感じたことがあるぞ」と感じました。そして思い出しました。遠い昔、高校生の頃、夢中で読んだ《山手樹一郎》の描く世界にどこか似ているものがあるのです。第1巻を読了して、主人公の暖かさ、強さ、そして主人公を取り巻く善良な人達。そうした要素が山手樹一郎の世界を思わせるのだなと気づきました。ただ、決して時代小説作家の偉大な先人を貶めるつもりはありませんが、佐伯泰英の小説のほうが、格段に内容が充実しており、エンタテイメントとしての描写も優れていると思います。第1巻を読んだだけですから、ストーリーのスケールはまだ分かりません。しかし、なにやら藤沢周平の『用心棒日月抄』に通じるような匂いも感じ始めていますが、どう展開するのでしょう。すぐに第2巻に取り掛かります。ワクワクしております。
November 19, 2005
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今日は母親を連れて病院へ。月一回の定期健診です。老人は年を重ねるにつれ、いろいろ故障が出てきて思いもしない病気や怪我をすることがあります。ここ数年は毎年一度は1~2ヶ月程度の入院騒ぎをしています。高齢ゆえにだいぶお医者さんに脅され?(警告され)、ひそかに覚悟をした時もありました。父親の場合も、多少痴呆気味でも、前日まで犬の散歩に30分は出かけるほどだったのに翌日急に発病、悪化、そして40日で他界という経験をしているだけに、年寄りは分かりません。幸い今年はここまで来ましたが、12月に入って救急車を呼ぶ騒ぎをした年もあっただけに油断できません。…かといって、そんなに神経質になっているわけではありません。まだ自分のことは自分で出来る状態ですから幸せといえば幸せでしょう。本人も家族も・・・。そんなことでブログも今日は私事ばかり。申し訳ありません。そこで、今日はこの方にちょっとご挨拶をしてもらいます。■“この辺はアッシが仕切るようになったんで今年の冬はよろしく!”(ジョウビタキ)今秋初めて里にジョウビタキが姿を現した時は、あっちでもこっちでも鳴き声がし、庭先にも何羽も入れ替わり立ち代わりやってきていました。現在はお互いの縄張りが決まり落ち着いたのか、家の周りで目についたり、鳴き声が聞こえたりするのは1~2羽のようです。あるいは1羽だけかも。この写真は我が家の二階から隣の屋根のてっぺんに居るところを写したものです。
November 18, 2005
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デジカメ、デジスコで素人丸出しの写真を折にふれて撮っています。腕前の方は、このブログを見ていてくださる方には先刻ご承知でしょう。(お恥ずかしい)(^_^;) 対象物は、野の花や出会った野鳥(決して撮影行などはしない不精ものです)、それに身の周りの昆虫や生き物たちです。でも、昨夜は満月。デジスコで覗きました。月を撮るのはこの前の部分月食以来です。天体観測用のカメラ機材ではありませんので、焦点の合わせ方も分かりません。素人はこんなもんですかね。しかし、最近はm42orionさんのブログを知りました。そして天体の写真の素晴らしさに驚嘆。「私もあんな写真が撮れたらいいなあ~」。最近はこんな思いがチラッと出てきます。浮気ゴゴロです。しかし、この浮気にはお金と時間と体力が要るようで…。m42orionさんは、この全てをクリアしているみたい。いや、こんなことを書くと「大変な努力をしてるんだぞ」と叱られそう。でも、天体写真が大好きなのはブログを読ませていただくと良く分かります。私はそんな世界に浮気しない方がいいのかなあ~。深入りしない方がいいのかなあ~?
November 17, 2005
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少しずつ秋が深まっていますが、昨日からワンステップ寒さが増しています。動植物は季節の変化には本当に敏感ですね。昨日の朝、その前日までとは違う寒さを感じたら、待ってましたとばかり「チャ・チャ・チャ」という声が聞こえてきました。今秋初めてのウグイスの地鳴き(笹鳴きともいいます)の声です。ウグイスは漂鳥あるいは留鳥で、夏でも標高の高い山奥に行けば鳴き声を聞くことが出来ます。そして寒くなってくると里に降りてくるのです。昨日1日の気温の変化に敏感に反応し、山を一気に降りてきたものでしょう。毎年、ウグイスの地鳴きの声が聞こえるようになると、冬が近づいたなという感慨が強くなります。笹薮や低い木立の間を忍者のように縫って、地面に近いところを移動し、虫や蜘蛛を餌として捕捉します。「チャ・チャ・チャ」という独特の鳴き声は、季節が深まると、あっちでもこっちでも呼応するように聞こえるようになります。冬中、この地鳴きが続き、翌春寒さが緩む頃の繁殖期になると、「ホー・ホケキョ」という雄の縄張り宣言の声が聞こえだします。ン十年昔は、この地鳴きの時に鳥もちなどで捕まえて、冬中飼い慣らし、夜間も電気をつけて明るくする時間を長くし、季節感を狂わして、出来るだけ早い時季に「ホー・ホケキョ」と鳴くように調教?したものです。もちろん、現在はウグイスやメジロをはじめとして、和鳥の捕獲・飼育は禁止されています。遠い昔、規制がゆるかった頃の里人の冬の娯楽の一つであったわけです。■庭の山茶花や菊も花が咲き始めました。
November 16, 2005
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県道沿いにあります。気にかかりました。何だろう?形がいわくありげですが…。道祖神かしら?石の部分の高さだけでも1.5メートルはあります。その頭の部分に載せられている社(やしろ)風のものは朽ち果てています。ちょうど通りかかった方にお聞きしたのですが、「この近所に住んでもう30年になるけど、何なのか知らない」とのこと。石の部分、正面になにやら文字が刻まれていますが判読できない状態です。ところがそこから300メートルほど離れたところ、やはり県道沿いにこんなのがあります。こちらはコンクリートで作られていて上部にやはり社(やしろ)を頂いています。書かれているのは真ん中部分に丸金の文字のみ。金毘羅さん関係なのか?こちらの方はご近所で聞けば由来は分かりそう。後日確かめてみよう。
November 15, 2005
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浅田次郎:著『憑神(つきがみ)』を読了しました。主人公が最後に我が子に向かって言う。「限りある命が虚しいのではない。限りある命ゆえに輝かしいのだ。武士道はそれに尽きる。生きよ。」幕末から明治へ時代が移ろうとする、その不安定な世情のもとに、いかに自分の本分を全うするか、悩み苦しんでついにその方向を見つける。家康公以来の御影鎧番の家に生まれた御徒士の生きざま。 ------------------------------この時代の幕臣としての武士には自らの生き方をめぐってさまざまな困難が生じます。それを「憑神」のもたらすものとして設定している内容は、いささか荒唐無稽ですが、あの時代の急激な変化自体を「憑神」に置き換えていると考えると、それほど荒唐無稽とは感じられません。限りある命を輝かす生き方とは?自分の分を全とうする生き方とは?・・・・ある意味、価値観、生き方が百面、百態に乱れる現代の世相に作者がこの本を通じて問いかけているようにもとれました。
November 14, 2005
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ごめんなさい!今日は遊んじゃいました。昨日に引き続いて産業祭に出かけてしまいました。あっちこっちのお店を覗いたり、数年に一度ぐらいしか会わない小学・中学時代の同級生に出くわしたり。●そして、昔懐かしいチンドン屋さんのプカプカドンドンに何となく心うきうきしてカメラをむけました。
November 13, 2005
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今日、明日(11/12~11/13)は、市の産業祭です。第一次産業、第二次産業、第三次産業、そして市の関係官庁参加のもと、年に一度のお祭りイベントです。産業祭の執行部に実行コンセプトを聞いたわけではないですが、「今年もここまでやってこれた、これからも皆で頑張ろうな」、まあ、そんな感じじゃないでしょうか。地元の太鼓実演、カラオケ大会、大道芸、漫才、ちんどん屋のパフォーマンス、歌謡ショー野菜の輪投げ大会、野菜コンテスト、米釣ゲーム、もち投げ、海産物コーナー(近海マグロの解体販売)等々、いろいろ考えて盛り上げようとしています。お天気も良かったものですから、ちょっと顔を出してみました。出店する各種販売店は90店舗あまり。そしてその会場を取り巻くように近在から集まってきた露天商が店を広げています。老若男女、わんさかと来場していますが、中でも多いのが年配の人達。普段あまり遊びになぞ行かないような高齢の方が、夫婦連れで何組もそぞろ店を覗き込んで歩いていました。本当にこの産業祭を楽しみにしていたんだなあ、とお見受けしました。いいもんですね。過日、地元の神祭のご紹介をしましたが、やはり神祭はもう行事の一つで、大人も子供も楽しめる現代のお祭りは、こうした産業祭や農業祭、あるいは商工祭なのかもしれませんね。●産業祭の風景をパチリ。(でも、会場の模様はワイドに写してこそ雰囲気が分かるものです。ブログ掲載用には左右をカットせざるを得ませんので、広い会場の様子が伝えられず残念。)
November 12, 2005
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過日、佐伯泰英:著『鎌倉河岸捕物控』のシリーズ全巻を読み、すっかりこの著者が好きになりました。そのことをブログに書いたところ、ある方から同じ著者で『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズというのがあることを教わりました。検索エンジンで調べてみてもとても評判がいいので、「これは絶対読まなきゃ」と、昨日近所の本屋さんへ行きました。ところが全14巻中、1~4巻、14巻が在庫切れ。途中から読むわけにはいきません。本屋さんに聞いてみると、在庫切れのものは発注することになっているのでそのうち入るでしょう。とのこと。なんとも頼りない。というのも経験的にこういう場合、モノによっては3~4週間かかることがわかっていたからです。(それほど小規模な本屋さんなのです)大きな本屋さんまではだいぶ距離があります。いろいろ用事があってなかなか行けません。予約しようかどうしょうか、と悩みましたが、「オンラインショッピングで購入という手もあるしなあ…」と、もやもやした気持ちのまま帰宅しました。そこが優柔不断な私。楽天にも、アマゾンにも申し込まないまま、一夜明け、今日また所用で近くへ行ったついでにその本屋さんへ。棚をのぞいてガッカリ。昨日あったこのシリーズの途中の巻がまた何巻か売れて、さらに在庫が少なくなっています。「誰が中途半端な買い方をしているんだ」と、手前勝手な腹立ち。そして、「ええい、もう!」と、自分に自分で腹を立てた勢いで残った巻を掴みレジへ。結局、購入したのは第5巻、そして第8~12巻。仕方ない、結局在庫切れの巻は予約しました。今日購入したものは、第1巻が届くまで読み始めるわけにはいきません。それまでお預けです。ああ、情けない。でも、時代小説を読みたいとなると見境もなくなるのが私の性癖。レジから時代小説コーナーへまた引き返し、今まで知らなかった著者の本を衝動買いしました。題名は『大江戸番太郎事件帳』(著者:喜安幸夫)。今のところ4巻シリーズのようで、4巻とも購入。願わくば今日購入したシリーズが期待はずれでありませんように。そして今日予約した『居眠り磐音』シリーズが一時も早く入荷しますように。駄目な私でした。
November 11, 2005
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今日は午前中気温が低く、空もどんよりしていました。体感的には今年一番の寒さでした。日の出直後の早朝、愛犬を連れて日課の散歩をしていると、東の山の稜線を越えて中空に鳥影が現われ、かぎ型の編隊で見る間に近づき、そして一目散にずーと、ずーと遠く姿が小さくなって、やがて見えなくなりました。下界の様子など鼻から気にかけてないような飛び方でした。マガンなのか、それともヒシクイなのか、あるいはカモの一種なのか、よく分かりませんでした。「ああ、渡っていっているのだな」と、口を開けて?見とれていました。昼前ごろから少し太陽が顔を出し暖かくなってきたので、昼休み時間に、毎年渡り鳥の集まる河口に、もしやと思い行ってみました。でも、姿を見せていたのはいつもの連中。仕方なくカメラを向けていると「ま~だだよ!」と彼らに言われている気がしました。河口で撮った鳥影です。↓●アオサギ●オオバン●ダイサギ(冬羽になってくちばしが黄色くなっています。夏場は黒色です)
November 10, 2005
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11月4日の〔生き物〕で、蝶(たぶんクロアゲハ)のサナギの写真をご紹介しました。こんなのです↓。正確にはこれはまだ幼虫の姿ですが、体を固定させ完全にサナギに入る準備態勢が整った段階です。撮影時にはまだ頭を少し振って固定度を高める為糸を補強している感じでした。それが昨日の夕方何気なく同じ場所を見るとこんなになっていました。↓グレイの固い殻に包まれて、大きさは幼虫姿より一回り小さく引き締まった感じです。大変身です。でも、残念です。4日の写真を撮った後、もっと注意して頻繁に観察していれば、この完全サナギ姿に写る変化の過程が見られたかもしれないのに。
November 9, 2005
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今日はポカポカ陽気です。野道の土手に、コスモスの花が満開に咲いていました。明るい、明るい陽光を浴びて、さわやかな微風にキラキラ光って揺れていました。<アップです>ほっとけば雑草が生い茂る小川沿いの野道の土手です。すぐ近くで畑を作っている方が、毎年秋になると、草刈機で雑草を刈り取りコスモスを植えてくれます。毎年、その範囲を根気よく広げてくださって、おかげで今の季節、朝夕散歩する近隣の人たちの心をなごませてくれています。感謝です!!(この写真の後方に、もっとずっと長く土手沿いに植えられていて、そこの部分はまだつぼみの段階です。)
November 8, 2005
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何の花かお分かりですか?そうです、たんぽぽの花です。強い花ですね。確か昨年の記憶では、冬季でも咲いていたような…。本日、体調悪し。写真のみで失礼します。
November 7, 2005
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『風の盆幻想』(内田康夫:著)を読了。ずいぶん昔『平家伝説殺人事件』で浅見光彦シリーズにはまり、内田康夫の大ファンになりました。そして、遡ってデビュー作の『死者の木霊』を探して読み、そこから全ての内田作品を読んでいます。「越中おわら節」と「風の盆」イベントで全国に知られる富山県八尾町(今は富山市)を舞台に、越中おわら伝承の正統論争を下敷にして展開される殺人事件。でも、これから読まれる方のために筋書きには触れません。読後感。光彦シリーズに対する期待感が大きいだけに、私のこの作品に関する評価は申し訳ないが〔C〕。理由1:このシリーズにはこれまでも何作かあったが、作者の内田康夫が登場している。こういう趣向が好きな方も多いかもしれないが私は好まない。せっかくのフィクションとしての世界を壊しているような中途半端さがある。理由2:理由1と関連するが、推理の担い手が浅見光彦と内田康夫(作中の)とに分散されていて、浅見が事件の謎を整理していくステップの面白さがぼやけている。おちゃらけた人物描写も作品全体の品位を落としている感じがする。理由3:地元警察との事件解決に至るまでのやり取り(対立から協調の図式)が希薄で、そのへんの面白さも欠けている。理由4:肝心要(かなめ)の二組の夫婦の仮装と実態の設定が強引過ぎる感がある。本当にこんな事が可能なのか疑問。浅見光彦シリーズをこよなく愛する「浅見光彦倶楽部」というのが存在するそうな。その倶楽部の方たちは、この作品をどう評価しているのだろうか。機会あればお聞きしたいものです。
November 6, 2005
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今日は土曜日。そしていい天気。というわけで少々遠出をして珍しいものを見てきました。●ヤッコソウです。(室戸岬 金剛頂寺)荒らされないように柵がしてあって、傍に説明版が立てられていました。ちょっと長いですがその文面を。『県指定の文化財 天然記念物 金剛頂寺のヤッコソウヤッコソウ(ヤッコソウ科)は、室戸の代表的な植物の一つである。スタジイの古木の根に寄生するこの植物は、室戸では西寺(金剛頂寺)の一隅と佐喜浜町や吉良川町にも自生する。この植物は、故牧野富太郎博士が新種ヤッコソウとして発表した。日本の植物学の上でも歴史的な植物である。四国、九州に産し、土佐では足摺と室戸(行当岬)を中心として生じる珍しいものであり、西寺のヤッコソウは天然記念物となっている。その姿が奴によく似ているところから奴草と名づけられたという。』自生している場所は、金剛頂寺の周りの林の中の、日光が直接差さないスタジイという古木の下で、まるでドングリの実をばら撒いたように頭を出していました。若干成長してくると、写真のような愛嬌のある奴さんのような姿になるわけです。そして、その同じ金剛頂寺の境内できれいな蝶に出会いました。昨日に引き続き、また蝶の写真になりますが、とてもきれいなものでしたので今日もご紹介します。●アサギマダラです。(金剛頂寺境内)(1)羽を閉じた姿(2)羽を広げた姿図鑑によると、本州や四国に生息しているマダラチョウ科の蝶はこの種のみだそうです。秋になると越冬の為、四国などの暖かい地域にやってくるとのこと。長距離を移動する蝶として有名だとのことで、室戸岬では11月に入ると越冬の為たくさんのアサギマダラが訪れるとのことです。上記(2)の写真は羽の広げ方が全開ではありません。どうしても全開の瞬間が撮れなくてついにあきらめました。
November 5, 2005
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いや、ほんと。今日は暑いくらいです。ここんところ、1日~2日置きに上天気で暖かい日と、どんよりとして寒い日が繰り返しやってきます。今日の天候は初秋に後戻りしたぐらい暖かです。そんな陽気の中で、庭をぶらついていて目に入った生き物の姿を三つ。●こんちわ!アカタテハです。(水槽のヘリに止まっています)アカタテハは成虫で越冬する為、冬でも暖かい時は日だまりで日光浴するそうです。このアカタテハの写真をパソコンに取り込んで確認している時、画面の下の方に緑色のぼやけた物体が写っているのに気づきました。もしやと現場に引き返し撮影したのが次の写真です。●こんちわ!(蝶の幼虫がサナギに入ろうとしているところです。)見た目はまだ幼虫の姿で、撮影する時も頭を少し振っていました。しかし体を固定する作業のようで、これからサナギに変身するところのようです。何の幼虫か、図鑑で調べてみました。素人には今ひとつ断定できませんが、一番似ているのは頭の模様などから「クロアゲハ」の幼虫のようです。そして正午過ぎ、もう一つの生き物を目にしました。●こんちわ!カマキリです。(全長15センチ以上の大きな奴で、育ちきったという感じでした。大きすぎるので写真は上半身だけのご挨拶にしました)アカタテハもサナギも、そしてカマキリも玄関前にある小さな水槽の周りでお目にかかりました。日当たりのとてもいい場所なので、生き物が寄ってくるのかもしれません。以上、今日のご挨拶でした。
November 4, 2005
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今日は「村の鎮守のお祭り日」。秋の神祭です。まあ、今では「地区の神社の祭礼」というわけですが・・・。昔(ン十年前)は、屋台もお祭りの前日からズラリと並んで、子供たちは何日も前からワクワクとその日が来るのを楽しみにし、当日は神官のお祈り時間に関係なく朝早くから小遣いを握り締めてお宮さんに出かけたものです。各家庭もその家の主婦が前日から自宅で料理を手作りして準備し、地区外の知り合いや親戚を呼んで、ドンチャン騒ぎをしたものです。それも今は昔。現在の神社の祭りは、屋台の数も少なく、子供達もチラホラと訪れる程度。子供の絶対数が少なくなっていることもありますが、買い物にしろ、遊びにしろ、お祭りで味わえる以上のものが日常生活にあるのですからお祭りに惹かれるわけがありません。各家庭での宴会も実施する家は既になく、数日前に地区の老人会が戸別に販売していった神社のお札を各家の神棚に祭る程度です。●鎮守様の正面から(午前中-まだ参拝客は殆ど居ません)●拝殿の中、神官のお祈り。(実際は写真の左右にもっと今年の当屋(今年の祭りの執行役の人達)が座っているのですが、ブログ掲載用に左右をカットせざるを得ませんでした)●金魚すくいの店番のオジサン。(ちょっと体が小さい?イエね、オヤッサンが野暮用で席をはずしてるので代わりにアッシが店番を・・・)夕闇が迫る頃にはもっとにぎやかになるのかもしれませんが、でも昔に比べると、もうお祭りというよりは一つの「行事」になっている感じで、寂しいかぎりです。
November 3, 2005
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昨日と違って今日はえらく寒いです。雲に覆われ太陽の温かみは全然感じられません。癪だから昨日撮影した、季節の写真の中から一つご紹介します。●女郎蜘蛛です。(11月1日撮影)あまりこの種の写真が好きでない方、ごめんなさい。ところでこの写真をご紹介するに当たって、蜘蛛の名前を調べていて子供の頃から自分が勘違いをしていたことに初めて気づきました。女郎蜘蛛というのは下記の画像の蜘蛛だとばかりずっと思っていたのです。だから事あるごとにこの下記の写真の蜘蛛を「女郎蜘蛛」と紹介していました。ああ、恥ずかしい!●コガネグモです。(6月29日に撮影したものです)■因みに「コガネグモ」は生息期間は6~9月、そして「女郎蜘蛛」のそれは9~11月です。だから今の時季、コガネグモは完全に姿を消しています。
November 2, 2005
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久しぶりに凄くいい天気。空が青く、明るく。空気も澄んで、寒からず暑からず。近近に手を付けなければならない緊急課題もなく。そんな心持を秋の風景2題に託して・・・。●渋柿です。このまま熟すのを待って柔らかくなってから食べるか、それとも渋抜きをして食卓に乗せるか。この地方では、皮をむいで吊るし柿(干し柿)にする家庭が一般的ですね。●赤トンボが羽を休めて、なんだか日向ぼっこをしている風情でした。カメラを近づけてもじっとしていてくれて、少し幸せ感をくれました。
November 1, 2005
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