きまぐれ日記

きまぐれ日記

2006.06.03
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飛鳥時代といえば 聖徳太子は主役格。
だけど、秘密のベールに包まれてるんですよねぇ。

「聖徳太子はいなかった」と、いう説(日本書紀にはでてくるが古事記には
聖徳太子に対する記載が全くないというところからきているそうです)から

「聖徳太子はペルシャ系渡来人」(太子本人の頭髪とされるものが残って
いてそれが赤い髪なのだそうです)という説まで ロマンですねぇ~

日本最古の成文法である「十七条憲法」私の教科書には「憲法十七条」と
書いてありましたが 今20歳の姪の中学時代の教科書には「十七条憲法」
となっていました。いつから 変わったんですかぁ?


「和を以って貴しとする」 と、書かれていることは 有名だけれど
これが なかなか 難しいんだなぁぁぁぁぁぁ

太子の死もまたナゾで、これほどの人物なのに 書物によって没年に食い違い
があるんだそうです。その理由も 病死・暗殺説・自殺説まで・・・
50歳前後でなくなっているようです。

蘇我馬子が76歳、推古天皇73歳 で亡くなっているそうです。

聖徳太子亡き後 すぐに思い出すのは 大化の改新の中大兄皇子と中臣鎌足

中臣鎌足は1934年に阿武山(高槻市と茨木市にまたがる)の山頂付近で
発見された  阿武山古墳 が その墓とされる説が有力である。

保存状態のいい(こういう表現でいいのか?)遺体が発見され、その分析に

なくなっていることがわかったそうです。

身長164.6cm で、弓の達人と伝えられる通り上半身の筋肉が非常に
発達していて 下半身も骨太であったそうです。


明日香と飛鳥
明日香と飛鳥は、一般に「明日香」は地名、「飛鳥」は地方名として
使われているそうです。


大和三山
香具山(かぐやま) 畝傍山(うねびやま) 耳成山(みみなしやま)をさします
橿原市のHP によると平成17年7月14日に国の名勝に指定されたそうです。

欽明天皇陵と吉備津姫王墓
猿石のあった場所は欽明天皇陵であり、そばに吉備津姫王墓がある。
吉備津姫王は欽明天皇の孫で 天智天皇や天武天皇の祖母にあたるそうです。

猿石
高さは60cmくらいだが、地下にも同じくらい埋まっているんだそうです。
正面からは4体にしか見えないが、実は3体は2面石で計7面。
雄2基、雌2基のつがい。
 終戦直後 米軍にこれらの猿石を持ち去られないように埋めてしまったところ
子どもたちに悪い病気がはやったので、あわてて掘り出して供養したのだそうです。
毎年11月5日には安産の祈願(女達の祭り)が行われているそうです。

鬼の俎板・鬼の雪隠
本当は何だったのかは いまだにナゾ
大和の伝説として。。。
霧が峰というところに鬼が住んでいて、道に迷った旅人を捕らえては俎板で料理
して食べ、セッチンで用をたした。と、いうところからこの名前がつけられている。

橘寺
聖徳太子が生れた場所。
創建当時は六十六棟もの堂宇が立ち並ぶ四天王寺式の立派な伽藍配置だったそうです。
こちらの生麩を使った精進料理が有名なんだそうです。ネットで調べたところ
10人以上で予約ということなので ちょっと難しそうです。

酒船石
不老不死薬の調合に使われた?なんて説もあるんだそうですが、実際にどういう
ものだったのかは いまだに謎だそうです。

松本清張氏はゾロアスター教の神聖な飲料ソーマの調合台ではないか?と
指摘されていたそうです。







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最終更新日  2006.06.25 16:47:38
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