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先日、いつもお邪魔している方のブログを読み、自分の感じていることをコメントしました。そのコメントは大雑把ではあるけど、男性がもし妻の仕事の成功(もしくはチャンスを得たこと)に対して「妬み」「ひがみ」といった負の感情が出るようなら、その男性は「甘ったれ」と僕はコメントしました。最近感じるようになったのだけど、「妬み」「ひがみ」といった感情は「甘え」の延長上にあると。ここで言う「甘え」は、自分を気に掛けて欲しい、かまって欲しい、判って欲しい、認めて欲しいといった広い意味での欲求で、本人はその感情を自覚しているということ。「妬み」や「ひがみ」って、本当は甘えたいのに甘えられない状況から、出てきた感情だと思うんです。例えば、今まで親の愛情を一人締め出来ていた子供に、弟が生まれたことで甘えたい気持ちが満たされず、「お母さんは弟ばかり構って…」と、甘えたい気持ちが「妬む」「ひがむ」「すねる」など変化して現れるんだと思うのです。本来「甘え」って、母親は自分には無くてはならない存在と赤ちゃんが知覚し、無意識に母親を求めるようなことだろうと僕は思います。そういったことから「甘え」には、前者の様な自覚した「甘え」と後者の様な無意識の「甘え」があるんだと思う。それで思ったのが、子供の成長過程には親の愛情を注ぐことはとても大切だと以前から僕は思っているんだけど、見方を子供の立場に考えると無意識の「甘え」がどれだけ満たされて育ったのかというのがとても重要じゃないかと思う。無意識の「甘え」が満たされない時、自覚した「甘え」に変化し、その現象は暴力的なったり、内向的なったり、わがままになったりと人それぞれ。また、その結果として、その子供が大人になってからもその満たされぬ感情が同じ様に何かしらの行動に現れるのだろう。でも、無意識の「甘え」が満たされず、親からの愛情も少ないまま大人になっても、中には性格が歪まないで育つ人もいるだろう。きっと、そういう人は自分自身の中に無意識の「甘え」の拠り所を確保していたんだろう。そういったことを踏まえて、先のコメントのたとえ話しの様な男性は自覚した「甘え」がある人なので「甘ったれ」として、本来の「甘え」と区別してみた。こんな風に僕が感じる様になったのは、元々は自分の幼少の頃の記憶(経験)が発端。僕自身は幼い頃から親にどう甘えていいのか分からなかった。特に父との親子関係は希薄だったので、「甘え」の関係が成立しづらい環境だったと思う。(本来、「甘え」の関係はお互いが深いつながりの中で成り立つモノだと思うから)ただ、病気になったときには甘えていたと思うし、自覚もしていた。この時だけは、母親も心配して優しくしてくれたから。そして僕は長男を授かり、さらに次男坊が生まれてから特に「甘え」について自分の漠然としていた感覚からハッキリとした感覚になったと思う。だからこそ、自分の子供達にたくさん「甘え」させたいと僕は思う。ただ、「甘やかす」になっちゃいけないけどね。。。
2007.12.20
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運転免許の更新手続きに府中の試験場まで行ってきた。前回の更新時はすでに視力が落ちていたのだけど、視力検査を裸眼でパスすることができた。でも、今回は当時よりもさらに視力が落ちているのは分かっていたので予め眼鏡を持っていく。予想通り、視力は再検査。もちろん、今回の免許の写真では眼鏡をかけている僕。車を運転するとき以外は眼鏡をしないので、何となく違和感がある。そして違和感はそれだけじゃなかった。3年前の顔と比べると明らかに顔がふっくらしていた。分かってはいたけど、こうして見比べると少しダイエットしないといけないよなぁって、改めて僕は思うのです。。。
2007.12.16
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昨夜からお昼前まで数回嘔吐している次男坊。幸い、発熱はしていても下痢はしていないので、ノロウイルスではなさそう。今日は次男坊の看病のために会社を休みました。病院では、お腹にくる風邪でしょうという事で、脱水症状にならないよう、こまめな水分補給を摂るように言われ薬をもらい帰ってきました。午前中は少しずつ水分をあげても、吐き気があったのだけど、病院から帰ってきたあとは、特に吐き気もなく少しずつ水分を摂れている状態でひと安心。ただ、お腹も空いて喉も渇いている様なので、一回当たりの飲む量では少ないみたいで、しきりに「じゅーす」と喉の渇きを訴えるのは少々気の毒。でも、お腹がかなりグルグル動いていると先生に言われたので、そこは、ぐっと堪えてあくまで少量ずつ水分を摂らせる。今は昼寝から目覚めて大人しくしている次男坊。どうやらこの感じなら、明日は何か食べさせてあげれそうです。。。
2007.12.14
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最近、話す言葉が益々増えた次男坊。朝、出かけようとすると「バイバイ」「行ってらっしゃい」誰かが家に帰ってくると「おかえり」ご飯を食べていると手をパチパチさせながら「どーぞ、めしあがれ」食べ終わると、手を合わせて「ごちそうさま」何か長男の遊んでいる物が欲しかったりすると「かぁしてぇ~」家族のことを呼ぶとき「かんちゃん」「おかあしゃん」「おとうしゃん」その他キャラクターの名前、日常の中での言葉など、ハッキリ発音できるものから、その場の状況からそう聞こえるモノまで様々。そんな次男坊の姿は可愛いの一言。こういった言葉は、この時期にしか見ることの出来ない次男坊の成長の証しであり嬉しさもこみ上げてくる。さて、次男坊はこれからどんな子に育っていくのだろう。そう考えると、色々楽しみですね。。。
2007.12.09
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再び続き。義母は、定年退職後は孫の面倒を看るということで、パート先を探していた。そのため、奥さんにも話しをしていたようだけど、家を購入した際の一件から、奥さんは「どうせ、お母さんのことだから当てにならない」と義母の言葉を信用していなかった。僕はさすがに今回はいくらなんでも…と思っていたが、奥さんが思っていた通り、義母は定年退職せず、今まで通りフルタイムで働くことになった。僕は、今年の4月から義母は定年退職をしてパートで働いているだろうと思っていたので、すでにそれを踏まえて10月からの職場での自分のスタンスを上司に伝えていただけに正直困った。異動してきた頃は僕を含めて5人いた部署も、この頃には3人になっており、僕の仕事量も増え、職務の責任も大きくなっていたし、何よりも自分が思っていた以上に会社が僕を評価してくれていた。それだけに部署の状況を考えると、家庭を優先するといっても以前の様には出来ないことは充分理解していた。だからこそ、義母が定年退職しないというのは大きな誤算だったのです。これをきっかけに奥さんとの話し合い、出来るだけ親(特に義母)には頼るのはやめて、僕らで何とかしようということになった。上司には原則として家庭優先。ただし会社の状況を踏まえて今後は勤務することで理解してもらった。そして今年の10月からは以前よりも仕事量を増やし、新しいことにもチャレンジしている。今思えば、もし4年前に義母が本当に仕事を辞めて子供たちの面倒を看ていてくれたらと考えると、きっと、僕は相変わらず仕事人間だった可能性が高い。あの時、奥さんに辛い思いをさせたからこそ、今の自分があり、今の家族の姿があるのだと思う。そう思うと、結果として現在、夫婦共に忙しい日々を過ごしているものの、夫婦の信頼関係は以前よりも強くなっているし夫婦円満の方だと僕は思っている。そういう意味でも、あの時、家庭を優先すると判断し、行動は間違っていなかったと、今は思えるのです。。。
2007.12.06
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前回からの続き。今の家に引っ越したのが平成16年4月。奥さんの妊娠が判ったのが翌年に入ってから。その時期以降、夫婦揃って心身共にしんどい日々が続く。その頃僕は、直営店の管理部門に所属していた時期だったので、朝から夜遅くまで、本社での業務、店舗への指導と多忙だった。特に直営店の人材不足は深刻な状況で、僕は休みを返上して店舗に入っている時期でもあった。一方、奥さんの悪阻は酷く、長男の時と同様に妊娠期間中はずっと悪阻で苦しんでいた。その上、長男は頻繁に発熱をしており、当時はインフルエンザ、ノロウィルスなど立て続きに発病していた時期だったので、奥さんには相当な負担を掛けていた。奥さんは何度も心身共につらい状態だと僕にサインを出していた。が、当時の僕は間違いなく仕事を優先させており、家にもろくに帰ることができず店舗や健康ランドで寝泊りすることも多かった。帰ったとしても家にいるのは僅かな時間で再び仕事に出てしまうし、奥さんとはすれ違いが多いため奥さんの辛さを本当に理解してあげられなった。そして、奥さんのサインに対しては、電話で「辛いのは今だけだから、あと少し辛抱だから…」といった言葉ばかりを掛けていたと思う。『百聞は一見にしかず』奥さんが心身共に疲れ果てている姿を見たとき、今まで自分が家族のためにと思っていたことは結果として間違いだったと悟った。あの時からだと思う。何よりも家庭を優先しようと思ったのは。そして、平成17年春、仕事を辞める覚悟で異動を申し出した。「家庭を優先させて欲しい」という条件だけを付けて。当初折り合いが付かず、退職の方向で話しが進んでいたのだけど、たまたま今の部署の役員が僕の事情を知り、僕の条件を承諾してくれた上でその年の6月に今の部署に異動させてくれた。この異動をきっかけに僕は家庭に対する係わり方が大きく変わり、家庭を優先させる家庭人になった。それからしばらくは仕事量もずいぶんと減り、休みもしっかり取れる様になったせいか、奥さんに気持ちにも余裕が出てくるようになった。異動してから4ヶ月後の10月。10月は会社の新年度の月。当然、新期も家庭を優先させてもらう。「このままで良いのか?」の上司の問いに僕は家庭を優先させる気持ちは変わらないけど、仕事をする以上、自己顕示欲はやはり出てくるし、会社の期待にも応えたいという気持ちも少なからずあること、再来年の春に義母が定年退職の予定なので、そうすればもう少し仕事の方にも時間をシフトするつもりですと答えた。この頃の義母は、定年後は働いたとしてもパートにして、孫の面倒を看ると言っていただけに今度ばかりは大丈夫だろうと僕も思っていた。そして、義母が定年を迎える今年の春。義母がまたやってくれました。続きは次回へ。。。
2007.12.05
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4年前。当時、僕らは東京の府中市に住んでいた。この年の4月に長男が生まれ、奥さんの4月の職場復帰に向けて、長男の保育園問題が当時の最重要問題だった。そんなとき、義母が(義母の)家の隣りが売りに出されているということで僕らに購入を勧めてきた。築30年以上、日当たりは良くないため、普通なら購入しないけれど、義母が購入するなら仕事を辞めて、長男の面倒を看てくれると義母が言ってくれた。結局、義母の言葉が決め手なり家を購入することにする。ところが手付けを支払ったあと、義母がとんでもないことを言い出した。家のローンがまだ残っているし、義父を早く楽にさせたいから、やっぱり仕事は辞められないと言う。僕ら夫婦としてみれば、当時の僕は毎月出張があり、帰りも遅いのが当たり前だったし、一方奥さんは職業柄、夜勤などもあったので、長男の保育園の送迎等の問題は本当に重要だった。義母の取って付けたような理由は、僕らが家を購入する前から分かりきっていたことだけに到底納得できるはずがなかった。要するに義母は、自分の言葉の重さなど考えず、娘家族を自分の傍に住まわせたいという安易な欲求だけの言葉だったわけです。これじゃ詐欺だよと僕は思ったし、もちろん奥さんは義母に対して相当怒っていた。それに対して義母の言葉は、奥さんの怒りにさらに火に油を注ぐ結果となる。「孫の面倒を看るのお金をもらおうなんて言わないだけいいでしょ」さすがにこの言葉には奥さんと同様に僕も呆れてしまった。義母が仕事を続ける限り、休みは日曜日だけだし、長男の送迎は一切出来ないのは明らかだったし、そもそも長男の面倒など看る時間など取れるはずが無かった。その結果、奥さんは手付金を放棄してでも契約を破棄すると言い始めた。さすがにこの言葉に義母は少々動揺した様で、契約を取り消すなら手付金は支払うと言ったけど、それもその場しのぎの言葉。この奥さんの言葉に焦ったのは僕も義父も同じ。「お母さんもあと数年すれば定年を迎えるんだし、その頃はまだかんたは保育園だし、そう考えれば数年がんばろうよ」と僕は奥さんとなだめ、「迎えは出来るだけ手伝うから何とかなるよ」と義父も言ってくれた。結局、契約を破棄することはなく済んだのだけど、奥さんと義母の間には、義母が思う以上に埋めることの出来ない深い溝が出来てしまい、「もう、お母さんには(子供のことで)一切頼る気もしないし、何も期待しない」と奥さんが言うまでになってしまった。そんなことがあったのは4年前の12月。それから3年後、義母のその場凌ぎの言葉に僕は再び詐欺にあったような気分を味わうことになる。それについては次回。。。
2007.12.04
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月曜日は仕事の都合で僕の帰宅が遅くなることが多い。奥さんは、普段なら夜勤入りの日は職場で仮眠を取りそのまま夜勤入りすることが多いが、この日は僕の帰りが遅いと予め分かっていたので一旦帰宅した。僕としてみれば、僕が帰宅するまで義父には申し訳ないけど、子供たちを看てもらって奥さんは職場で仮眠を取ればいいと思うのだけど、奥さんはやっぱり気を遣って「子供たちの顔も見れば安心できるし…」と言う。たまたま、この日の僕は夜の打ち合わせが昼間に出来たので、20時には帰宅することができ、奥さんは30分程仮眠を取って22時半過ぎに再び職場へ向かった。出かける前に、明日の夕飯を用意しておくことを奥さんに言うと、「たかし君も大変でしょ、無理しなくていいから…」と気を遣ってくれる。こんな風に奥さんが気を遣ってくれるとき、僕の返す言葉はちょっとウソっぽい感じで、「愛するみわっちのためですから」と必ず明るく答える。「最近、家のこと何もしてない…」と言う奥さん。僕は、たとえそうだとしても、そんなことは全然気にしないし、奥さんの最近の勤務スケジュールは結構しんどいと理解しているので、そんなことは大した問題じゃないと軽く答え、むしろ、そんな大変な中、今日帰って来てくれたことは大変助かったことを伝える。もしかしたら、奥さんは色んな意味で弱気になっているのかもしれない。考えてみれば、最近2人でゆっくり話しをしていない。近いうちに2人でゆっくり話す時間を作って、奥さんの想いを聞いてあげないといけないなぁと僕は思うのです。。。
2007.12.03
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