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不倫相手の赤ん坊を奪って逃亡する主人公希和子。逃亡先で二人を待つものは…。メロドラマのように多少強引で波乱万丈、怒涛のストーリー展開が待っているわけでもないのに、読書を引き込みぐいぐいと読ませる手腕はさすがでした。といっても作者の他の作品と比べてこの作品の前半は割と起伏に富んだ展開だとは思います。しかしそれで物語にとらわれ過ぎることもなく、主人公の感情にもきちんと沿って丁寧に描かれているので深く胸に沁み込んでくる作品になっています。まさか読みながら自分がこの展開で涙ぐんでしまうとは思ってもいませんでした。いかにもお涙頂戴の展開だったので。私も年を取ったのかな。いや、きっと角田さんがうま過ぎるのです。この作品のように母子という関係を描いた作品というと、桜庭一樹さんを思い出します。桜庭さんは母子の関係を陰の方から描くのがうまいのに対して、この作者は陽の方に焦点を当てて描いているように感じました。それでも決してきれいごとにはならずに、陽の方向から描いていても、その後ろにきちんと影が感じられるので作品に深みを感じます。最近の角田さんの作品は昔のように、読者を突き放したり、ふいっと突然手を離した感じで終わってしまう作品ではなく、きちんと結末へ着地出来ているような気がするので読後の満足感が格段に上がっています。若者向けの作品ではないかもしれませんが、特に女性の方におすすめな作品です。
2009.07.31
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主人公荒野は恋愛小説家の父とお手伝いさんと暮らしていた。ある日電車で助けられた少年と再会するのだが…。とても静かな作品です。大まかなあらすじは主人公、荒野の十二歳から十六歳までを描いた、少女の成長の物語です。作者得意の少女を描いた作品なのですが、この作品は他の作品に見られるような激しさはなりをひそめ、表面上はとても静かに物語が進行していきます。しかしその静けさのずっとずっと奥深くでは、「女」と「家」がツタのように絡まり合い濃密な存在を醸し出しています。表面上は荒野という少女の成長を描いていて、その実中身は作者が得意とする少女だけにとどまらず女全体について描かれているように感じました。その点からいくとこの作品は「赤朽葉家の伝説」に通じるところがあるように思います。三部からなるこの作品ですが、第一部と二部は昔ファミ通文庫なるものから出版されていたらしく、読んでいてかなり若い年齢を対象としているような文章だと感じると思います。しかしながら、文章に難しい表現などを用いていなくとも、少女のそして登場する女たちの描写はこの作者の他の作品と比べても引けを取ることはないくらい冴えわたっています。ただそのせいなのか、登場する男達の印象の薄さは否めません。もちろん魅力的な男性の登場人物もいることはいるのです。ですが、この作品の女たちに比べれば、男たちの存在はさしみのつまみたいなものに感じられます。おそらくこの作者が描きたかったのはあくまで女たちなので、男達は女を描く為だけに必要な存在に過ぎなのではないのでしょうか。決して難しくなく、さくさくと読めてしまう静かで軽い文章なのに、内容は決して薄っぺらではないこの作品。女の激しさ、悲しさ、痛みが根底に流れる濃密な作品でした。大人も子供も全ての女性たちへおすすめの作品です。
2009.07.27
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車のハンドルを握ると性格が変わってしまうという人が世の中には存在する。普段は争いを好まず穏やかな人が車のハンドルを握った途端に、信号待ちでは青になったら我先にと飛び出す為アクセルを吹かし、他の自動車が割り込んで来ようものならクラクションを浴びせかけるといったような、気性も激しく好戦的な性格に豹変してしまうのだ。自動車のハンドルに闘争本能を煽るスイッチがでもついているのだろうか。それは愛玩用として飼いならされてきたペットがふとした拍子に野生の本能を垣間見せる瞬間と似ている。きっと人間なら誰しも持っている本能なのかもしれない。さて田舎から現在住んでいる割と都会のこの地へ引っ越してきた私なのだが、運転技術の拙い私はこちらで車の運転は無理なわけで、移動手段は専ら自転車となった。田舎では移動範囲が膨大な為自動車がなければ生活が不便極まりないのだが、こちらでは狭い空間に様々な店や施設が密集しているので、昔からあまり自転車に乗る機会に恵まれなかった私でもさほど不便を感じずに快適な自転車ライフを満喫していた。ある時、私は市役所へ行こうとしていた。もちろん移動は自転車だ。買い物用に特化した籠の大きな水色のママチャリが私の愛用車だ。市役所は自宅から自転車を普通に漕いで10分くらいの距離にあった。私は初夏の心地よい風を頬に感じながら市役所への道を鼻歌交じりで進んで行く。そして走っていると、どうも向かう方向も走る速度も自分と同じくらいの人がいることに、ふと気付いた。その人は深緑のママチャリに乗った若い男の人で、大学生というよりは浪人生とでも言った方がしっくりくるような地味な風貌だった。初めは特に意識してはいなかったので、私は颯爽と自分のペースで自転車を漕いで行く。しかし、相手も私と同じくらいの速度で漕いでいるので、気が付くとお互いに抜いたり抜かされたりを繰り返していた。そうすると、だんだん相手が前を走っていることが気になって来きた。相手の背中を見せつけられながら自転車を漕いでいるのがなんだか歯がゆい心地になってくるのだ。私は思わずペダルを漕ぐ足を速めてしまう。目の端から後ろへ流れるように相手の姿が消えていく。相手を抜かして前へ出ると、視界も開け気分もすっきりと爽快な心持で、私は再び気分良く走り出した。しかし次の瞬間にはまた彼に追い抜かれることとなった。どうやら彼も私と同様の心境に至ったらしい。そうなると私も意地になって自転車の漕ぐ速度を速め相手を抜き返すが、彼も負けじと再び私を追い越す。次第に私たちは立ち漕ぎになりながら、抜きつ抜かれつの死闘を繰り広げるようになっていた。しかし、その戦いも一旦休止となった。赤信号につかまったのだ。私たちはいつでも発進できるように、自転車にまたがったまま、片足をペダルに乗せ準備を整える。私は息が切れていることを悟られまいと、肩で息をしないよう浅めに息を吐きながら平気な風を装う。相手も余裕な表情を見せているが、額に浮かぶ汗は隠せない。私の自転車は籠が大きめなので、全体的にがっちりとしている。対して相手の自転車は籠が小さいため全体的な作りも簡素で私のよりは軽そうだ。そうなると車体の重い私の方がやや不利に思えるが、私の自転車は彼の自転車にはないBAAマーク付きだ。多少の無茶な走りにも耐えうるだろう。二人ともギアなしなので勝負は互角だ。私はじりじりと信号が青になるのを待った。信号が青に変わった途端、私はペダルに全体重をかけるようにして猛然と漕ぎだす。相手も飛び出し私の右に並ぶ。しかし私はすごい勢いでペダルを回し続け相手より半身前へ躍り出る。すると、運悪く私の前方に歩行者が見えた。私はブレーキをかけ歩行者をよける。その隙に相手が前へと出る。私は再び自転車を必死で漕ぎ彼の後を追う。前方にある青信号が点滅しているのが見えた。あれを渡れるかで勝負は決まるだろう。相手も同じことを考えているようで、信号を見据えながら必死にペダルを漕いでいる。よし、ここで抜いて一気に勝負を決めてやる。私はそう思って渾身の力で自転車を漕ごうとしたとき、あることに気が付き、後ろを振り返った。後方、視界の遥か先に市役所が霞んで見えた。目的地通り過ぎてるよ!私は彼との戦いに熱中するあまり目的地の市役所を既に通り過ぎてしまっていたのだった。はっと我に返った私は慌てて踵を返し、市役所へと向かって自転車を走らせた。今日のところは勝負はおあずけだ。人間はもともと競争意識が備わっていて、ふとした拍子にその本能のスイッチが入ってしまう。自動車のハンドル然り。私の場合は自転車のハンドルがそれだったようだ。近藤史恵「サクリファイス」自転車のロードレースの選手である主人公は、自分の勝利を犠牲にしてエースを勝たせるアシストに徹することに固執していた。久しぶりのミステリです。今話題の?自転車ロードレースを題材にした作品だけに大変興味深く読めました。日本ではなじみの薄い自転車ロードレースのことが丁寧に書かれており、この競技を全く知らない人でも問題なく読むことが出来ます。「サクリファイス」とは犠牲という意味で、自転車ロードレースのアシストという役目を如実に表現した言葉です。チームのエースを勝たせる為に自分の勝利は犠牲にして身を粉にして働くのがアシストなのですが、この競技はアシストなしでは勝ちはないという特殊な側面をはらんでもいます。そのアシストを主人公にして物語は展開していくのですが、ミステリなのでやがて「サクリファイス」の意味の本当の意味が判明していきます。初めて読む作家さんでした。そんなに薄いわけでもないのですが、あっという間に読み終えられます。あんまり行間が詰まってないせいでしょうか。そのせいなのかロードレースの描写は多くても、人物の描写がさらりとし過ぎて少々物足りないような気もしました。「まあ、メインはミステリだし」と思えばそうなのですが、もうちょっと登場人物たちを深く掘り下げていればラストはもっと感慨深く感じられたような気もします。あとどうでもいいですが、この作品の登場人物たちは、ほぼ男性という男祭り状態なのですが、唯一、作品のヒロインともいえる女性の登場人物がいます。そのヒロインなる登場人物が少しも好きになれないのは私だけでしょうか。多分男の人はピンとこないかもしれませんが、私的にはこんな女の人が周りにいたら厄介だと思ったのです。男の理想ってこんな感じでしょって雰囲気の女性と申しましょうか。タッチの南を彷彿させるというか、なんだかどんなことをしても決して汚れにはならない南って感じです。思わず作者は本当は男性なのか?と疑ってしまったくらいでした。女性の作家さんでこういった女性をヒロインにしている作品ってあまり知らないのでとても変な感じです。でも、人物の描写自体が薄いのでもっと書き込んであれば、印象は変わっってくるのかもしれませんが。さて、そんな作品なのですがミステリとしては結末で真相が二転三転したりと、読み応え十分でした。しかしどうも、この競技に詳しい人にはこの作品の結末の受けが良くないらしいので、知らない人の方が楽しめるようです。ロードレース初心者の方などおすすめです。これで、自転車ロードレースに興味をもたれた方は、今まさにロードレースの最高峰ツールドフランス開催中(8月26日まで?)ですので、合わせて見てみてはいかがでしょうか。
2009.07.23
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「青空チェリー」「なけないこころ」「ハニィ、空が灼けているよ」の三作品大学在学中にR-18文学賞の読者賞を受賞した作者の初めての作品だそうです。賞のテーマがテーマだけに、受賞作とその次に収められている作品は、軽いタッチで性を絡めて描いた作品でした。文学というよりは漫画に近いような表現なので、さらさらと読みやすい半面、あまり深く掘り下げていないような物足りなさも感じました。あと、どうでもいいですが、私が普段読む作品であまり見かけたことのない、地の文に倒置法でもなく疑問形でもないのに「~が。」や「~で(て)。」という表現の多さにアラサ―ワールドの住人の私は、若さを感じないでもなかったです。「青空チェリー」読者賞を受賞した作品ということで、とても軽くて読みやすい作品だったように思います。性がテーマということなので、あまり重苦しい雰囲気でも読む人を選んでしまうと思うので、この軽さが皆に支持されたのではないでしょうか。タイトルの青空のようにスカッとした作品だったように思います。「なけないこころ」長い片思いの話なのですが、受賞作のしがらみなのか、なんとなく無理無理な感じで性の描写が多かったような。性のところは特になくても良いような気もしました。「ハニィ、空が灼けているよ」三作品の中で一番ストーリーがあって、物語として楽しめる作品だったと思いました。ある日、突然戦争が始まってしまっても相変わらず日常は穏やかに過ぎていき、実感のないままどこか遠い国で戦争でもしているような設定は「となり町戦争」を思い起こさせました。まだ大学生の主人公が、平和ながらもじわじわと日常を侵食されていく戦争の影に恐怖と憤りを覚えるところは戦争の持つ暗い部分を表現していて良かったと思いました。ただ、ダーリンよりも教授のほうが圧倒的に出番が少なかったので、教授に対する主人公の思いの強さがいまいち伝わってきづらいところや、徴兵を免れるためにダーリンにしなければならなかった行為についての意味合いや葛藤がさらりとし過ぎるとことなどはこの作品の長さでは伝わりにくかったように思いました。もっと、深く掘り下げた長編で読みたかったテーマの作品でした。
2009.07.13
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宮下奈都「よろこびの歌」 福田栄一「あの日の二十メートル」 瀬尾まいこ「ゴーストライター」 中島京子「コワリョーフの鼻」 平山瑞穂「会ったことがない女」 豊島ミホ「瞬間、金色」 伊坂幸太郎「残り全部バケーション」新しく生まれ変わる、再び歩き出す、といったような再生テーマにしたアンソロジー。作者もバラエティーに富んでいて楽しめました。特に宮下奈都があったのがうれしかったです。ただ、なんとなくテーマにしっくりきていた作品が意外に少ない気がしました。テーマを気にせずに読むほうが良いと思いました。宮下奈都「よろこびの歌」読むのが楽しみな作者でした。ただ期待し過ぎていたせいか中途半端な感じで終わってしまったような印象をうけました。高校時代によくありがちな展開だったのですが、肝心のところはさらりと流されて、最後もちょっと不自然な展開だったような気がしました。福田栄一「あの日の二十メートル」始めて読む作家さんでしたが、一番、テーマにあった作品だったように思います。再び、始める、再生といった感じがうまく表現されていたと思いました。瀬尾まいこ「ゴーストライター」今回もそうだったのですが、この作者は毎度バイオレンスもセクシャルなことも極力ない話を書かれるのに、飽きずに読めます。長編のもととなっている作品のようなので、機会があれば長編も読んでみたいです。中島京子「コワリョーフの鼻」なんとなくこのアンソロジーの中で異彩を放っていた作品です。「再生」「はじまり」といったテーマにも他の作品とは違った角度からアプローチをしています。そして最後はコントのようなオチでした。この作品は受け入れられる人と受け入れがたい人に分かれる作品ではないかと思います。平山瑞穂「会ったことがない女」この作者らしい不思議な体験を綴った作品でした。短編の為か、急ぎ足な展開に感じたのが少し気になりました。長編にしたほうが面白く読めた様な気もします。豊島ミホ「瞬間、金色」いじめや学校の教室の雰囲気など学生時代の空気がうまく表現されていました。ただ、いじめの解決法にあれは都合よすぎる感じがしました。いじめられてる子がこうなってくれないかなという願望そのまんまのような展開だったので。いじめに関しての解決方はとてもデリケートで難しいとは思いますが、もう少し現実的で納得のいく解決法が欲しかったです。伊坂幸太郎「残り全部バケーション」割とどろどろした展開から話は始まっているのですが、そこは伊坂さんらしくドライでユーモアにあふれており、楽しく読み始められました。そして魅力的で個性的な登場人物たちも良かったです。短編なので、伊坂さんにしては最後の展開にドラマチックさが足りなかったような気がしました。やっぱり長編で、もっと長く読みたかったと感じた作品です。
2009.07.07
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吉原の遊女を主人公にした連作短編集。「花宵道中」「薄羽蜉蝣」「青花牡丹」「十六夜時雨」「雪紐観音」この作者は前にアンソロジーで短編を読んだことがあり、その時は軽い雰囲気の作品だったのですが、今回は「遊女」ということでだいぶ印象の違った作品でした。読んでみると遊女のことがよくわかり、大変勉強になる作品でした。遊女の生活が緻密に描かれており、作者はとてもよく調べて書いたのだなあと感心させられます。しかしその緻密さのせいなのか、読み終えた後、とても疲労した気分になってしまいました。多分、遊女のことがとても詳しく詳細に書かれていたため、勉強したような状態になったからでしょうか。おそらく知恵熱出たみたいな感じではないかと。さて、ストーリーの方はといいますと、遊女だけに基本は性愛が絡む恋物語なのだけれども、「遊女」「恋」とくると、大抵の場合は悲恋な感じのものを想像してしまうと思います。この話ももちろん大抵は悲恋ものなのだけれども、読み終えて思ったほど切ない気持や悲しい気持を呼び起されませんでした。読後作品の余韻にしばらく浸ってしまう感じがあまりしなかったといいましょうか。登場人物たちは結構悲しい運命に巻き込まれていたりするのですが、読んでいてそれほど身を切るような思いにさせられないのです。これは多分、この作者の持ち味と言いますか一種の才能みたいなものかもしれません。岩井志麻子や桐野夏生のようにどんな作品にもどろどろした暗いものを感じさせる「どろり系」があるように、この作者はどんな作品もさらさらと流れ、一種の清々しさを感じさせるような「さらり系」の才能を持つのではないでしょうか。なのでこの作品は「遊女の恋物語」の割には読後はさらりとした感触を持つ、ある意味読みやすい作品になったのではないかと思います。そのため、読み終わると、物語の印象よりは遊女たちの暮らしぶりほうがなんだか心に残る印象を受けました。この作品は物語を語るというよりは、遊女の生活を切り取った感じの作品とした方がしっくりくるような気がします。せつない恋物語を読みたいというよりは、吉原の遊女の世界を覗いてみたいという人におすすめの作品です。
2009.07.02
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