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彼女が愛した男・源義経の兄である頼朝は、厳しい視線を投げかけながら、静御前に問いました。
「弟はどこへ逃げた?白状すれば命は助けてやろう。」
しかし静御前は沈黙します。
そこには絶対に教えないという強い意志が感じられました。
頼朝はその態度に苛立ちを隠せません。
「ふん、たかが白拍子の分際でこしゃくな女よ。」
その様子を見て感心した政子が笑いながら言いました。
「では見せてもらおうではないか。その義経を魅了した舞いとやらを。」
静御前は、政子のほうを見やると、すっと立ち上がり、何も語ることなく舞を始めました。
言葉はなくとも、その舞には静御前の気持ちが込められている事が、頼朝と政子にはっきりと伝わります。
それは頼朝を称賛して延命を請うものではなく、義経を愛することを表現したものでした。
それを見た頼朝は憤怒します。
「おのれ…この期に及んで私を愚弄しようというのか…許せん!」
しかし、政子はそんな頼朝を諌めたのでした。
「女子としてあっぱれな心意気ではないか。私が同じ立場であったなら、同様のことをしたであろう。男にはそれがわかりませぬか?身重でありながら見事な舞じゃった。」
その冷徹な視線を政子に投げかけられ、頼朝は言い返すことが出来ませんでした。
頼朝にとって政子は、頭の上がらない畏怖の存在だったのです。
こうなった以上は、頼朝はどうする事も出来ません。静御前を不問とし、この場をおさめたのでした。
頼朝は陰険であった。政子の手前、公には静を許した形をとったが、義経にのみ向けられる彼女の深い愛情が、権力者としての自尊心を激しく逆なでしたのである。
夜、政子の目を盗み、頼朝は静の寝所へと忍び込んだ。
「弟を想うその心、体ごと塗り替えてやろうぞ」
頼朝の卑怯な言葉にも、静は動じず言い放った。
「無駄にございます。たとえ肉体が汚れようとも、私の魂に触れることなど叶いませぬ」
逆上した頼朝は、力尽くで静の唇を奪い……その身を汚した。
それから時が過ぎ、夜も更けて草木も眠る頃。静は頼朝による執拗な辱めに耐え続けていた。
「どうじゃ。これほど重ねれば、体も心も我がものとなったのではないか?」
静は何も答えなかった。いっさいの声を発さず、人形のように無反応を貫くと決めていたからである。
女の身ゆえ、抗えぬ身体の反応はあった。しかし、それを表に出すことだけは、義経への裏切りとして自らに固く禁じていた。
「まあ良い。弟が入れ込むだけあって、殺すには惜しい女よ。妻には内密に幽閉し、時間をかけてじっくりと飼い慣らしてくれよう」
その言葉は、静にとって死よりも深い絶望であった。
いつまでこの地獄に耐えねばならないのか。いずれ心まで屈し、真に「女」とされてしまうのではないか。
いっそ自害を、とも考えたが、今、腹中には義経の忘れ形見が宿っている。
静の頬を一筋の涙が伝った。
頼朝はその涙を見て、下衆な笑みを浮かべながら静の耳元で囁いた。
「懐妊しておらねば、今すぐにでも我が子を宿せたものを。弟は、死してなおどこまでも邪魔な存在よ」
そして頼朝は一呼吸置いてから、静の耳元に顔を寄せた。そこには狂気じみた、歪んだ悦悦(えつえつ)たる笑みが浮かんでいた。
「……だが案ずるな、いずれそうなる。貴様の愛する弟の母親も、かつては同じ道を辿ったのだ。これこそが、九郎義経に愛された女に相応しい末路よ。その腹が空いた時が、今から待ち遠しくてならぬわ!」
静は、その言葉に目を見開いた。
最愛の男の兄であり、いまや仇敵となった男の子を孕むなど、想像すらしたくない悪夢であった。これほどまでに卑劣な執着、おぞましい業(ごう)がこの世にあるのかと、静は凍りつくような戦慄を覚えたのである。
静は恐怖に身を震わせた。
この男の常軌を逸した執念の前に、いずれ己が屈してしまう時が来るのではないか――。 その予兆を、意志に反して疼(うず)き始めた己の身体が、残酷なほど敏感に感じ取っていたのだ。
心の防波堤が、頼朝の濁った欲望によって崩し去られた時、静の矜持は濁流となって一気に崩れ落ちるだろう。
それは、仇敵であるはずの男に身を委ね、歓喜の声を漏らし、あろうことかその種を宿すという最悪の未来を意味していた。
それこそが義経への最大の裏切りであり、絶対にあってはならない事。
だが、この支配者に抗う術を、今の彼女は持たない。
静は、逃れられぬ闇の深淵に叩き落とされた。
その時である。
襖が音もなく開き、そこには夜叉の如き形相の政子が立っていた。
「……鎌倉殿。これが天下を統べる者のなすべきことですか」
地を這うような政子の声に、頼朝の顔から一瞬で血の気が引いた。政子は震え上がる頼朝を冷徹な一言で退かせると、乱れた衣を直す静の肩を優しく抱き寄せた。
「案ずるな。この阿呆の不始末は、私が責任を持って片付ける。……おなごとして、真に見事な矜持(プライド)であったぞ」
政子は頼朝の襟首を掴むかの如き勢いで連れ去り、屋敷の奥へと消えていった。
その後、静御前が産んだ子は男児であったため、頼朝の命により由比ヶ浜に沈められるという悲劇に見舞われた。しかし、政子の厳しい監視と庇護によって静の尊厳は守り抜かれた。
静は、鎌倉を去った後も義経と亡き我が子を弔いながら、その誇り高い生涯を全うしたのであった。