「ここが噂に聞いた結婚相談所か…。」
男は雑居ビルの奥にある、表札の無い扉の前に立っていた。
ここの相談所に世話になると、確実に結婚出来るという噂を聞いたからだ。
決意を固めて扉を開くと、予想に反して中は煌びやかなミラーボールが照らす空間であり、1人の女性がバニーガールの姿で待っていた。
「すみません。間違えました。」
男は一礼すると引き返そうとする。
すると女は笑いながら言った。
「うふふ…結婚が望みなんでしょ?間違いではないわ。私はこの結婚相談所の所長の結城希美(ゆうき のぞみ)よ。」
「どうみても違うでしょ。何の冗談ですか?」
確かに部屋の雰囲気は、お酒を飲むお店のようにしか見えない。男が怪しむのも仕方なかった。
しかし希美と名乗る女は、堂々と言い放つ。
「そんな事だから結婚出来ないのよ、あなたは。」
男は心をえぐられるような感覚を覚えた。彼の悩みの本質を突いた言葉だったからだ。
「どういう事ですか?」
男は聞かずにはいられなかった。
「率直に言えば、あなたには余裕がないわ。入ってきてすぐにあなたは視線を逸らして逃げようとした。女に対して臆病でもあるわね。余裕ある男なら喜んじゃう場面よ。」
「うぐっ…!しかし、ダンディな男だってモテるでしょう。そんな人は喜びませんよ。」
「あなた、自分がダンディだとでも?とんだ勘違いでしかないわ。」
男は何も言い返せなくなった。
確かに自分がダンディな紳士を装っているだけの、ただの臆病者である自覚があったからだ。
「では、相談に乗って頂けますか? ここなら100%結婚出来ると聞いたのです。」
男は本題に戻って話を切り出した。
「もちろん成功率は100%よ。ただし、私に認められない限りは相談を受け付けないわ。」
「では、やはり無理だと…?」
がっかりする男を見定めるように、笑みを浮かべながら立ち上がる希美。
「それは私が決める事。……では、服を脱いで全裸になりなさい。」
「はぁっ!?」
男はまさかの要求に唖然とする。困惑する男を面白がるように、希美は続けた。
「あなたのスペックデータを取るためよ。さっさと脱ぎなさい。」
男は迷った。
しかし、彼女に言われた「臆病」という言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
(臆病ではダメなんだ…!)
意を決して、男は全裸になった。もし何かの罠だったとしたら、確実に恥をかかされるだろうと思いながら。
希美は真剣な眼差しで、男の肉体データを観察し、計測していく。
「次はこの書類に記載をしなさい。あなたの情報を完全に把握するためよ。」
渡されたバインダーを手に取り、男は腹をくくった。今更引き返す訳にはいかない。言われるままに書類の質問に答えていった。
その書類を目にして、希美がつぶやく。
「名前は山田正、年齢38才……何とかなりそうね。引き受けましょう。」
「本当ですか! 僕は結婚出来るんですね!」
山田は喜んだ。自分はおそらくダメだと諦めかけていたからだ。
「本当に危なかったわね。あなたのスペックでは、本来なら35才が最低ライン。それを超えた年齢になればほぼ無理よ。でも私なら、40才までなら結婚させられるわ。」
「ちなみに、僕は何がいけなかったんでしょう? 真面目に生きてきたのに…。」
それを聞いて希美は鼻で笑った。
「真面目ねぇ。今のあなたでは何の武器にもならないわ。むしろ、つまらない男にしか見られないでしょうね。」
「うっ…。」
「さっきも言ったように、あなたは臆病者。勇気を出せない自分への言い訳を『真面目だから』『誠実だから』と置き換えて誤魔化してるだけなのよ。」
言われてみれば確かにそうかもしれないと、山田は痛感させられた。
「真面目さや優しさを武器にするなんて、むしろ真逆のチャラ男が得意な手法よ。普段チャラい男がちょっとそういう部分を見せるから、ギャップで効果がバツグンなの。」
「では、僕はどうすれば…。」
希美は山田を見つめると、一呼吸を置いて言った。
「今のあなたを破壊して、再構築します。」
「破壊!?」
「その覚悟はあるかしら?」
山田は真剣な眼差しで答えた。
「もちろんです。」
希美は不敵に笑った。
「なら、その真面目さも一度全部捨てなさい。」
「そう言われても…どうしろと?」
「私にキスをしなさい。」
「えぇっ!?」
予想外の指令に山田は驚き、まじまじと希美を見た。
バニーガール姿の希美は、改めて見れば息をのむほど魅力的な女性だった。
「これまであなたは『私に変態だと思われるの』を恐れて、視線を逸らしていたんじゃない?」
図星だった。
山田は確かに、これまで女性がいるとあえて視線を逸らしてきたのだ。見たいという願望を必死に押し殺して。
それを指摘された瞬間、山田の中で何かが吹っ切れた。希美の指示に従う決心がついた。
(自分を破壊しなければ…!)
山田は希美を力強く抱き寄せると、思いっきり唇を重ねた。
長い時間あたたかな感触を確かめ合い、一度離れてから希美の顔を見つめ、再び激しくキスをした。
希美は一切抵抗しなかった。
それから、どれだけの時間が過ぎただろうか。
ミラーボールに怪しく照らされながら、山田は希美と肌を重ねていた。
人生で初めて知る女性のぬくもり。山田は欲望の赴くままに走り抜け、最後は抑えきれずに中で出してしまうのだった。
「やってしまった…。」
行為を終えた瞬間、山田は急激な罪悪感に包まれた。
しかしそれと同時に、「もし妊娠したら、希美と結婚出来るのではないか」という身勝手な期待も湧き上がってしまう。
「私とあなたが結婚する事は無いわよ。そこは勘違いしないでね。」
山田の心を見透かしたように、それまで静かだった希美が言った。
「でも、ここまではじけられたのだから褒めてあげるわ。」
「……罵倒されるかと思いましたよ。」
「私はプロの相談員。あなたは依頼者。ビジネスパートナーとして、これからよろしくね。」
そう言うと、希美はにっこりと艶やかに微笑むのだった。