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とにかく、にぎやかでかわいいペイントの列車です。見ているだけでワクワクしてきます。なんか元気出てきたぞ~。そちらは動物園に私は・・・。
July 31, 2008
北海道。。いつ撮っても、どこを撮っても絵になります。携帯のカメラでも、腕がなくても、どこを撮ってもそこそこの写真になります。丘も山も動物も海も畑も雪も川も湖も花も空も木も人も雲も雨も・・・。今、近くの東川の町で≪写真の甲子園≫って言われる高校生の写真の全国大会をやってるそうで・・・。こんな事を言ったら叱られそうだけれど・・・。間違いなく、この辺りは絵になります。それに、センスと腕と、いいカメラがプラスされれば・・・ホント感動するくらいのいい写真が撮れるのだけれど・・・。それらを持たない私は、ただ自分の楽しみのために、今日もやっぱり携帯のカメラで「パッシャリ!!」
July 30, 2008
むかしむかし、そのまたずーとむかし。今で言う、合コンみたいな飲み会が、私の若い頃にもありました。もう何十年も、そんな楽しい?!飲み会には参加していませんが・・・。当時私は、その席で「どんな曲聴くの?」「花ならどんな花が好き?」なんてよく聞いていました。(何の下心もありませんが・・・)そうやって、人間ウォッチングをして楽しんでいたのである。だいたい聴く曲を聞くと、その好みだけじゃなくて、今ここで見せているとは違う部分が見えてくるからである。おとなしげに見える子が、ハードロックやパンクを聴いていたり・・・。一見派手な子が、クラッシクを聴いていたり・・・。ツンツンした感じの子が、フォークを聴いていたり・・・。第一印象とそのままだったり、すごいギャップがあったり、それがまた楽しいのである。花の好みも同じで、実に面白かった。天真爛漫っていう感じの子が、ヒマワリが好きだったり。優しい感じの子が、ポピーやコスモスが好きだったり。むちゃくちゃ気の強くて男勝りの印象の子が≪極楽鳥花≫という自己主張の象徴みたいな花が好きだと聞いたときには、思わず笑ってしまった。花の好みと、服の好みは共通点があり、特に昔も今も合コン(我々の頃のは実におとなしく可愛いものでしたが・・)の勝負服には、その好みが表れていて面白かった。ある日の合コン(飲み会)で、逆に質問されてしまった。「で○○クン、血液型は?星座は?好きな花は?」私は、「A型の、てんびん座で、今浮かんだのは紫陽花かな・・・」「ねぇ~○○クンって、すごい優柔不断でしょ・・・それに、気も多いでしょ・・・」その一言で、女性陣が全員、突然潮が引くように、一気にひいていってしまった。紫陽花の花言葉・・・≪うつり気≫だそうで・・・。そんな事まで知りませんでした・・・。。がっくり!! あちらが上手でした・・・。
July 29, 2008
この4日間、この山里に楽器の音が≪こだま≫した。朝から、夜遅くまで。朝は朝で、清々しい目覚めのBGMに。昼は昼で、お昼寝タイムへ誘う。夜は夜で、ビールの味を抜群に美味くしてしてくれた。町内の中学校の吹奏楽部が3泊4日で、廃校になった小学校で合宿していたのだ。幸せで楽しい4日間だった。廃校になった小学校に、学生達の笑い声が響き。いつもは真っ暗な校舎に、明々と明かりが灯る。それだけでも、なんだか嬉しいのに・・・。朝から夜まで、楽器の音が響き渡った。ありがとう!!学校の花壇のラベンダーの香りに乗せて、ホント素敵な時間が流れた。幸せな4日間を、ありがとう!!そして、コンクールで良い成績が・・・。そして何より、ベストな演奏ができるように祈ってます。
July 28, 2008
今年初めての花火。元来、人の多い所が苦手な私が、唯一自分から進んで人ごみでも平気で入っていけるのが花火である。もちろん限度はあるけれど・・・。腹の底に響く音。思わず息を止めてしまうほど美しい光。一瞬のきらめきを放って、次の瞬間には残像を残して儚く消えてしまう花火ほど、切なく心を揺さぶるものは他に思いつかない。美しければ美しいほど。激しければ激しいほど。切なさも儚さも、より引き立つ。花火の終わった後の余韻が、夏の夜の少し涼しい風に似て、なんとも心地いい。それだけに、「ここの花火はいいよ!」「すごいよ!」などという言葉を、うのみにし。聞くたびに今日の花火を、ホントに楽しみにしていた。今日の花火はきれいだし、そこそこ打ち上げの数も上がったいのだけれど・・・。色々な面で残念だった。しかしそれは、花火のせいでも花火師のせいでも主催者のせいでもなく。自分自身のせいなのである。実のところ原因は、一度観た花火が、自分の花火の水準になってしまう恐ろしさである。あまり人と何かを比べたりするタイプではないが、花火だけは・・・。今まで観た最高の花火と、目の前の花火を比べてしまっているのである。規模も違えば予算も、花火師さんも違えば、比べては失礼だと思いながらも・・・。今度こそ、その夜は興奮してなかなか寝れない。そんな花火を、探して、また夜な夜な出かけようと思う。
July 27, 2008
夕日にも色々あります。毎日変わる夕日が、楽しみでたまらない。淡い優しい色の夕暮れ。真っ赤に燃えるような夕日。不思議とこっちでしか見れない、夕日の色がある。赤に朱にピンクを混ぜたような・・・。この夕日の色が、雲を照らす。空一面ではなく、ある一部だけがその色に染まるのである。残念ながら今日の夕日は、それとは違った。しかし太陽が爆発し、目のくらむような夕日だった。遥か遠くから、ここまで熱と光が届いていることを実感した。
July 26, 2008
一面、いい香りです。朝の爽やかな風に、ラベンダーの香りが乗っかて流れていく。その香りが、全身を包んでいるのがわかる。雲の間から差し込む朝日が、ラベンダーの花をさらに鮮やかにする。ベンチに掛けていると、なんだか眠くなってきた。このままタイムトラベルしてしまいそうな、不思議な眠気が私を・・・。。
July 26, 2008
今日の上富良野です。我が家から、わずか10分のところに咲き誇っていました。元気が出ます。ありがとう。ホント幸せです。
July 26, 2008
野生の??≪おサルさん≫の団体さんと出遭ってしまった・・。しかも、こんな人里で。≪おサルさん≫達がこっちを見てる。クリクリのぱっちり目を、そらしもせずに。みんな万歳しながらこっちを向いて・・・。これは、≪おさるさん≫のダンスか??んっ!みんなで何かを担いでいるようだ。どうやら、ぼっこ(こっちでいう棒)かな・・・。んっ!金属のぼっこかっ・・・??運んでいるのか?いや、どうも身動きもしていないし・・・。何かの儀式か??しかも、こんな車も通る道端で・・・。近くで、道路工事までしてるのに。近頃の≪おサル≫は、人も車も重機の音も恐れないのか??やっぱり、これは何かの異変か??待てよ~。極寒の、この北海道に野生のサルなんていたか・・・?????
July 25, 2008
ガードレールに、ちょこんと座ったキタキツネを見つけた。そいつはジーとして動かない。いつ見ても、ジーとそこから動かない。何回もこの道を通っていたのに・・・しばらく気づかなかった。一ヶ月も経ったころ、子供に言われて初めて気づいた。あんまり、ちっちゃいもんだから完全に素通りしていた。車が来ても逃げもしない。ポーズまでとってくれた、めんこいキツネです。
July 24, 2008
「うっそー・・・すっげー!!」中学生の息子が、てっぺんの空を指さして叫んだ。「えっ!何??」と指さす、てっぺんを見上げた。少し厚い雲と雲の間に、気持ちいいほど真っ青な空がのぞいていた。「ん?」「ほら、虹!!」「太陽のまわり!」すると、太陽のまわりを≪まーるい虹≫が・・・!!「すごっ!!」不思議な虹だった。感動した。。。すごく得した気分だった。しまった!! シャッターチャンスが・・・。あっという間に、薄い虹になってしまっていた。なぜか、北海道では虹がくっきりしている。二重の虹が、淡い色でなく、はっきり・くっきり現れるのである。島根や広島でも、二重の虹を何度か見る事はあった。けれど、こっちの虹は大げさでなく、絵の具の量を間違えたのかな~と思わすほど濃いのである。やっぱり、きれいな空気とマイナスイオンがいっぱいだから・・・かな~??
July 23, 2008
夢の甲子園まであと2つ。北北海道大会も、いよいよベスト4が揃った。知ってる子のいるチームは、残念ながらあと一歩のところで負けてしまったけれど、見事ベスト8。本当に素晴らしい! よく頑張った!!でも正直なところ、知っている子がいる・いないは関係ないのだ。どの試合も、鳥肌が立つ瞬間が何度とある。一戦一戦勝ち上がる選手たちが、見違えるようにどんどん力と自信をつけ、精一杯の力を、その瞬間・瞬間に全力を出していく。どんなに追い込まれても離されても、諦めず最後の一球一打まで必死で、自分達の夢に向かって戦い続ける。そして彼らは、自分達が倒した選手達の思いまで背負って戦うこととなる。勝てば勝つほど、その荷物は大きくなっていく。観客の一人でしかない私まで、その一つ一つの戦いを観てきた思い入れが積み重なっていく。私もこの夏、最後の一球一打まで、彼らの姿を心に刻みたいと思う。この一球に、かける夏!!
July 22, 2008
「ほらこれ!この前これ拾ったさ~。いいっしょ。」すると、もう一人が「俺もこれ、拾って直したべさ~。ほら。」また、拾ってきたもん自慢が始まった。最初、この会話を聞いた時はびっくりした。広島に住んでいる頃、団地の入口にある粗大ゴミ収集所に捨ててあった、真新しい子供用のスケートボードを見つけた。私は子供達が、以前から欲しがっていたものだから、これは子供達が喜ぶかもと張り切って拾って帰った。子供達は喜んだが、かみさんからは「やめてよ~。ご近所の人達が、みんな通る所なのに人に見られたら・・・」ちょっと残念だったけれど、言われてみると・・・。かみさんの言うとおりだった。ご近所の人達は、決して悪い人達ではないけれど、間違いなく見られていたら、次の日から私は陰口を言われ笑い者になっていたと思う。逆に私も逆の立場だったら、同じように笑う立場の人間になっていたかもと思う。今思えば、その頃の、私のまわりのほとんど全ての人が、自分を良く見せたい・豊かに・幸せそうに見せたい・・・そんな見栄をはりたがる人達ばかりだったように思う。それ以降、どんなにいい物・欲しい物・真新しい物が捨ててあっても、二度と拾って帰る事はなかった。ゴミ捨て場から、堂々と捨てられた物を拾って来る。それを修理して・分解して・改造して自慢げに使っている。工夫して、まったく違った使い方をする人もいる。いいな~。なんてすごい人等なんだ。つまらないプライドもなく自然体で、かっこつけないここの人等が、めちゃくちゃカッコイイと思う。さらに笑っちゃうのは、それを嬉しくてたまらなくて、黙っていられなくて、ついに自慢合戦まで始めてしまう・・・ちゃめっけいっぱいのら人等である。近頃は≪エコ≫とか≪リサイクル≫とか、かっこつけて言っている人達が沢山いる。でも、ここの人等はゴミ捨て場の一度死んだ物に、また新たな命を吹き込む・・・泥臭いけれど知恵に溢れている。ホントにかっこいいど~!!こんな人等に一歩でも近づくべく、まずプライドと見栄を捨てて、ゴミを拾うところから始めてみるか・・・。。
July 21, 2008
無性に海を見たくなる時がある。子供の頃、我が家から10分ほど、ちゃりんこをころがすと海に着いた。私は、そんなところで生まれ育った。夏の日の夕方、西の空がほんのり茜色に染まり出すと、だいたいその日の太陽が海に落ちる時の夕焼けの空と海のイメージがわく。そこで、仲間達と「よし!今日は最高の夕日だで~!!行くで~!!」となる。ちゃりんこを、必死で海に向かってころがすのである。汗だくになって、海岸にたどり着く頃には、空と海と砂浜は一面真っ赤に染まる。決まって、僕らはその海に服のまま飛び込む・・・そして真っ暗になるまで遊んでから家に帰るのである。そんな、私が8年前北海道に初めて越してきたその町は、海から車で片道2時間以上も離れていた。のどが渇いたと思えば思うほど、のどが渇くように、海から遠いと思えば思うほど、海が見たくてたまらなくなるのだった。白い砂浜・青い海が見たい。夕焼けの海が見たい。貝採りがしたい。海で泳ぎたい。たまらなくなる。そうすると、そこから一番近いオホーツクの海に車を走らせた。しかし、そこに白い砂浜はなかった。砂浜が黒いのである。すると、夏の海でも青い海ではなく、冬の日本海のようにグレイ色の海だった。一年を通して、残念ながら泳げるほど海が温まるタイミングは少なく、4年半も住んで何十回も海に通ったのに、今まで一度も北海道で泳いだことはなかった。と、こんな話しを酒を呑みながら近所の人らにしたら、四十代五十代の人達が「川ではよく泳いだけど、今まで海でなんて一回も泳いだことないべ~」って言う人がいっぱいいた。でも、その人らに言わすと「川は、なまら(すごく)しゃっこい(冷たい)時があるだ~、今どきの子供達はプールがあるからいいべや~。ハウスになってるからあったかいもな~」う~ん。その声を聞いて、旅行気分の腰かけ移住者である自分が恥ずかしくなった。二回目の今度こそ、この北の大地に深く根を張った住人になりたいと思う。
July 20, 2008
引っ越しを決めた。ここに来て、わずか4か月しかたたないけれど・・・。とても気に入ってたが、何年間かわからないが一時避難することにした。この町から離れるわけではないけれど・・・。子供達が、駅や学校まで少しばかり通いやすい所に引越す事にした。決して、クマもどきのアライグマに恐れたのでも、悪く言えば半日村、良く言えば天然冷風地帯が嫌になったわけでもない。残念だけれど、ずいぶん考えたうえで決めた。美味しい水。うまい空気。マイナスイオンいっぱい。一面に咲く花。美味い野菜。そしていい人たちがいっぱいいる。やっぱり魅力いっぱいの、この場所を離れるわけにはいかない。今だけここを離れる事にした。
July 19, 2008
小さな頃、近所に同級生の男の子が三人いた。僕らはいつも、一つ上の男の子と四人で遊んだ。同級生のうちの一人は、いつも僕らが憧れる≪おもちゃ≫を買ってもらっていた。最近、復刻版が発売された≪野球盤≫や≪超合金マジンガーゼット≫や≪タイガーマスクのレスラー達≫・・・今、思い出しても、あの羨ましさが鮮明によみがえってくる。この憧れの≪おもちゃ≫で遊び出すと、あっという間に日が暮れ帰る時間がやってくる。すると僕らは、そこのうちのお婆ちゃんやおばちゃんと顔を合わせないように、こっそり帰って行くのである。とにかく怖い二人だった。一度、そこのうちの同級生を泣かしてしまった時、僕ら三人は、この二人に追いかけられ・捕まり・押さつけられ、五センチも(あの頃はその位大きく見えたけれど・・・)あるピラミッドのような≪もぐさ≫を固めた≪お灸≫をされた。今なら考えられないが、昔の大人は怖かった。泣いても、謝っても許してもらえず・・・。泣きながら三人で帰った。今思うと、楽しかったわけでは・・・なかったけれど毎日がドラマッチックだった。ひょっとして、そこのうちの山羊のお乳を勝手に搾ったり、庭の柿の木から柿を取ってコンクリートの壁に的当てをして遊んだりしたのが・・・全部バレてて・・あの時、まとめてお仕置きをされたんだろうか・・。そんな僕らが、一番最初に憧れ夢中になったのが、≪ブリキのロボット≫だった。欲しくて欲しくて・・・でも、近所の同級生二人は買ってもらったけれど、僕だけは買ってもらえなかった気がする。ゼンマイをかけると、ガーガーと金属音を出しながら、手や足が動き歩き出すのである。さらにグレードが上がると、胸の窓や頭の上のライトが点滅したりするのである。羨ましかったな~。ホント欲しかったな~。あんなに欲しがってる我が子に、簡単に≪おもちゃ≫を買い与えない我が両親・・・今だからこそ思えるけれど凄いな~と思う。何となく感謝してしまう。というわけで、ビンテージの≪ブリキのロボット≫を手に入れるにはあまりに高い。私は大好きな木で、憧れのロッボトを作ることにした。やっと手に入れたようで、ほっとした。
July 18, 2008
おっちゃん達は、手を洗わない。私も、どっぷりおちゃんだけれど、手ぐらいは洗う。そんなに、ジーと見てるわけでも、一日中チェックしているわけでもないけれど・・・。三人に二人は手を洗わない。しかも、小だけでなく、大でも・・大の個室から出てきても、手も洗わず知らん顔して出て行く。それが、一人や二人ではないからホント参ってしまう。あんたら自分はいい。いや、いいのかも知れん。でも、あんたらの、その後ドアノブを握らざるおえない我々は、どうしてくれる?!2~3日前に泌尿器科のお医者さんが書かれた、こんな面白い記事が新聞に載っていた。世界中の小便小僧は、≪オチンチン≫を左手で持っているらしい。大昔、男達は外敵から身を守るために、狩りをする武器を必ず右手に持ったまま用を済ませたらしい。その時に、空いている左手で≪オチンチン≫を持っていたらしく、その記憶がちゃんとDNAに刻まれ受け継がれているらしい・・・。そういうわけで、ほとんどの男が≪あっちの利き手≫が左手らしい。その記事を見て、やっぱり思った。じゃあ、せめて・せめて、左手だけでも洗って欲しい。以前、CWニコルさんの講演会に行ったことがある。よりによって、CWニコルさんと≪WC≫で一緒になってしまった。さすがに握手を求める事も出来ず、私は軽く会釈をした。そして、並んで用を足した・・・もちろん話しかける事も出来ずに・・・。そのあと、ニコルさんと私は、何事もなかったかのように(もちろん何もなかったが・・・)ニコルさんはステージに、私は客席へと消えた。その時、ニコルさんは、ちゃんと手を洗って出て行かれた。もしも、手を洗われなかったら・・・きっと水を大切にするというポリシーからかな~、なんて思ったに違いない。たのむ!! おっちゃん達!! 頼むから左手を・・・。違う! たぶん≪あっちの利き手≫が、右手のおっちゃんもいるに違いない。だからやっぱり、右手も左手も洗って欲しい。しつこいようだがお願いだ!!
July 18, 2008
昔の仲間が苦しんでいる。昔と言っても、4か月ほど前まで一緒に働いた仲間達がである。きっと今、これからの生き方や家族の事、いろいろ考えて不安になっているはずだ。原因は、この二・三日世間を騒がせているニュースである。ある業務の委託に係る入札で、談合があったと・・・。その真相は、私のような末端の者には全くあずかり知らぬ事だけれど・・・。ただ、事実なら残念の一言である。しかし縁あって勤めた会社だけに、まわりがどうであれ最後まで信じたいと思っている。テレビや新聞・ネットで、一部の運転手の偏ったインタビューや発言のみが、独り歩きしている報道には、大変残念だし憤りを感じる。私は一部の現場の事しかわからないし、言えない。が、私は仕事にやりがいも喜びも感じ、誇りを持っていた。正直、始めは今どき、まだこんな仕事があるの?お役所仕事だな~。と思っていた。それが、勤めてみて、その仕事の必要性を痛感させられる事が何度もあった。少なくても、私のまわりの仲間達は、使命感や誇りを持って、その任務を全うしていたように思う。来年度の入札がどうなるのか?今の仲間達の立場がどうなるのか心配でしょうがない。私に何も出来るわけではないが、仲間達への風当たりが強くならない事、そして仲間達とその家族がこれからも平穏に生活できる事を、ただただ祈りたい。きっと、非難している人に限って「こんな大変な仕事よう出来んよ・・・」なんて言うのだと思う・・・。
July 17, 2008
昼間の太陽にたっぷり焦がされて、ちょっと疲れた体で車を走らせる。駅から我が家まで約10キロ。この時期の夕日は、とにかく鮮やかな茜色でホント最高である。ちっちゃな虫達が、びゅんびゅん飛び込んできそうだけれど・・・かまわない、車の窓を全開にあける。まだ、昼間の熱のこもった風が車の中をかきまわす。それでもエアコンなんかの≪人口冷風≫なんかより、だんぜん気持ちいい。途中のダムの横を抜ける。辺り景色は、畑や田んぼ・牧草地から山・林・森へと変わっていく。さあ、この坂道を上れば、そこは・・・。と、この辺りでその一帯は山の陰になり、急に風が涼しくなる。時には、あまりの冷風に鳥肌が立つ時もある。ここは、天然クーラー地帯なのだ。良く言えば、マイナスイオンが溢れる最高の避暑地である。そういえば昔、長男が小学生の時に、学芸会で影絵の発表をした≪半日村≫という物語を思い出した・・・。その村は、山の陰になり、一日のうち半日しか日が当らず、半日村と呼ばれていた。一人の若者が、その影を作る山を低くする為に、少しずつ土や石を崩していく・・・。いやいや、ここは半日も陰に隠れてしまう所ではないのだけれど。特にこの季節、湿度が高く暑さがまとわりつく内地から来た、私にとっては、こんな涼しい贅沢な場所はほかにはない。夢の避暑地暮らし・・・幸せだな~。
July 16, 2008
「今日は先生の代わりに来た○○です。よろしくお願いします。」歯科の診察室で、まず白衣の先生にこんな挨拶をされたのは初めてだった。実は底抜けに冷たい我が家の水道水が、強烈に歯にしみるので病院通いとなってしまった。ピンチヒッターというその先生が、ゴツイ鬼の様な形相で「お前の歯を全部抜いてやる~」みたいな男性の先生ではなく、丁寧過ぎるほど丁寧な女性の先生だったのは救いだった。しかし、この病院の器具をまだ使い慣れないらしく、歯科衛生士さんに「これは、どう使えば・・・? ここ、どうするんでしたっけ?」などと、倒した椅子の頭越しに聞こえてくる。ん?!・・・やめてよ~! やっぱりちょっと不安になった。そんなこんなで、ほとんど毎週通っているのだが、2回目からまたドクターが他の女医さんに代わってしまった。次の先生も、優しく丁寧に治療して頂けるのでありがたい。ある日治療に行くと、治療室の中で大きなマスクで顔の半分以上も隠れてしまっているジャージ姿のゴツイ男性が立っていた。マスクをしたまま歯医者で治療?・・・無理でしょう?!・・・などと思っていた。すると、その男性が待合室に帰ってきた。と思ったら、受付の中に入って行ってカウンターから、待合室にいる二人の女性に声をかけだした。「○○ちゃん、今、どこまでいった?」「○○さんは、そろそろ終わりか?」すると、二人とも丁寧に、自分の治療の進行状況を話し始めた。ひとしきり、話しを聞き終えると、男性がこんな事を話し出した。「先生は・・・」そうか!このゴツイ男性が、本来この病院の主なのだ。「・・・今、病気と闘っているんだ。今、入院してるんだけど、今日は調子がいいから一日だけ外泊許可をもらって帰ってきてるんだわ・・」なるほど、そういう事だったのだ。すると、一人の女子高校生らしき女性が言った。「先生、早く良くなって帰って来てくださいね・・・」つい今さっきまで汽車の中で、短いスカートなのに通路のど真ん中で、あぐらをかいている女子高校生達を見ていただけに、飾らない一言だけれど優しい心のこもった言葉に、感心させられると同時に、なんだかとてもいい気持になった。そうか~申し訳ないけど、俺っていいタイミングだったのかな?ピンチヒッターの女医さんで良かったな~なんて考えている、スケベ親父丸出しの自分が恥ずかしくなってしまった・・・。
July 15, 2008
≪ニングル≫の興奮がまだ冷めない。ふと、汽車の窓から美瑛の丘を見ていると、突然、先日の≪ニングル≫の舞台のワンシーンが、浮かんできて鳥肌が立ったりする。それぞれのシーンに、熱があり。風がちゃんと吹いていた。その、暑さや湿度や音や空気まで蘇ってくる。役者の表情・声・生き使い・・・思い出すと胸が熱くなってくる。富良野の≪演劇工場≫の舞台の上が、今にもヒグマと出くわしてしまいそうな奥深い山になり、気が遠くなりそうなほど広い畑が現れたりする・・・。そこに芝居を越えた、確かにあたかもそこに生きている人が、その生きざまを我々観客の前でさらけ出している。ずいぶん休んでクモの巣が張っていた感性や、自分自身の五感・六感を、これでもか、これでもかと刺激された気がする。いつもながら≪倉本聰≫という人の凄さを、嫌になるほど痛感して帰ることになる。どのホールでも舞台を観終えて、ロビーに出るとそこに決まって人だかりや列が出来ている。そして、そこだけが取材のスポットでも当ててあるのかというくらい、強烈に明るく強い光を放っている。先ほどまで、舞台で全身全霊をぶつけていた役者さんなら、もちろんわかる。しかし、最もオーラを放っているのが≪倉本聰≫という人間なのだ。悔しいかな私は小心者だから、先生を(実はやはり尊敬する倉本先生は、やはり先生としか呼べません)目の前にしても、遠くで見ることしか出来ないでいる。今まで何度か先生を偶然見かけたり、目の前にいらしゃったこともあるのに、ただ軽く会釈することしか出来なかったり・・・。それでも勢いにまかせて数回しか、ご挨拶出来ないでいる。なぜなら、先生にご挨拶出来るような立派な生き方をしてない自分が、情けないからである。今度そんなチャンスがあったら、先生の目を真っすぐ見て、舞台を観終えて感謝の気持ちを素直に伝えれる己でいたい。この大地にしっかり根を下ろして、泥臭い生き方をしていたい。
July 14, 2008
今朝も、いつものように駅のプラットホームの待合室で、朝食のおにぎりを食べていた。向かいの3番線のホームのベンチでは、いつものつなぎの彼がマンガを読んでいる。おにぎりやパンが出てこないところを見ると、今朝は朝食を食べて家を出れたのだろう・・?私もベンチに座って、携帯のワンセグで朝のニュースを見ながら、昆布とシャケの入ったおにぎりを≪のほほん≫と食べていた。私は決まって「いただきます」と軽く手を合わせ頭を下げて、毎朝早起きして子供達の弁当のついで?!に私の弁当やおにぎりを作ってくれる、かみさんに感謝しながら食べる。ふと横を見て、私は見つけてしまった。洞爺湖サミットにあわせて、消えてしまったあのゴミ箱が再び姿を現したのだ。嬉しかった。ごみ箱を見て、今までこんなに何かを感じたことはなかった。それどころか、こんなにも嬉しい。いま、この場所が安全な場所だと認められた気がした。そのまま、あほずらのまま≪のほほん≫とおにぎりを、ほおばっていてもいいよと言われたようで・・・。朝から、今日はのんびりいい一日になりそうだ・・・。
July 14, 2008
ラベンダーは、その畑のど真ん中がいい。今、上富良野と美瑛は花ざかりである。パッチワークに例えられる、色とりどりの鮮やかな布を重ねたような丘が、毎日見ている我々さえも「うおっー!!」と声を上げさせてしまう。ここのところ日に日に、その鮮やかさが増してきている気がする。牧草や野菜の緑色や麦の金色そして、じゃがいもの優しいピンクと白い花、そしてキカラシの黄色が、アクセントになってカラフルな花たちの色を引き立たせている。その中でも、特にラベンダーがいい。ドラマ≪北の国から≫の中で、一面のラベンダー畑の中で石田あゆみさんが笑顔で立っている、あのシーンで初めて見たラベンダー。そして、たぶん30年以上も昔、NHKで夕方に≪時をかける少女≫というSFの連続ドラマを放送していた。主人公の女子高校生が未来へタイムトラベルする・・・。そのタイムトラベルしてしまうきっかけになる香りが、ラベンダーである・・・。それ以来、北海道への憧れと同じようにラベンダーは憧れの花であり・あの色合いも香りもミステリアスな特別な花になってしまった・・・。こちらに移住して来てつくづく感じるのは、ラベンダーの花の多さである。誰かの家の庭先や畑のわきや、いたる所にラベンダーのあの花が咲いている。ラベンダーは、ラベンダー畑のど真ん中で、花の高さまでしゃがんで目線を花にあわせてやるのがいい。香りだけでなく、ワクワクするほど鮮やかなラベンダー色の絨毯が、目の前に広がるのである。
July 13, 2008
2年前、私の愛すべき≪ふるさと銀河線≫が廃線になった。廃線になる2か月前の二月にしては、ずいぶん暖かい日の事だった。私は、北海道で最も大切な家族で起きた一大事に、島根から取る物も取らず、勤めたばかりの仕事を休んで駆けつけようとしていた。家族五人後ろ髪を引かれ、泣く泣くここを離れて、10か月ぶりの北海道の大地だった。女満別空港から北見駅までの連絡バスに乗った。窓から見えるわずかに見覚えある景色も、素直には喜べないでいた。北見駅に着き、≪ふるさと銀河線≫で下りの最終便の汽車に乗り置戸に向かう・・・、向かうはずだった・・・。静かに動き出した、ん?なんで、バックする??気づいたら、逆行していた。と言うより、どうやら乗り込む汽車を間違えたようだ・・・。一瞬うろたえたけれど、すぐ、運転手さんのところに駆け寄って確認してみた。・・・やはり上りの汽車に乗っていたらしい。置戸からどんどん離れて行っていた。事情を話し、次の駅の到着時間を確認すると、私が乗るはずだった汽車の出発時間まで、あと6分だという。そして、その小さな駅にはタクシーは停まっていないかも・・・という返事だった。すると「北見駅で、汽車に待っとくように言っといてあげるから・・・」と言ってくれた。自分の耳を疑ったが「そんな迷惑かけるわけにいかないから・・・」と、ていねいに礼を言って断った。間もなく着いた、次の小さな駅で飛び降りた。やはり一台もタクシーの姿はなかった。圧雪でツルツルの雪道を、必死で国道に向かって走った。たぶん、こちらが国道のはず・・・。もう、間に合うはずもないけれど、なんとか国道らしき道に出て、駅の方向に向かってひたすら、滑り転げるのも恐れずダッシュで走った。今の私には、それしか出来なかった。振り返り振り返り、タクシーのてっぺんの明かりを探しながら、それでも走り続けた。北海道でも五本の指に入る北見という町と言っても、都会とは違う。そんなに都合良く車がやってくれるはずもない。すると、後方からバスが来た!!見るとぼんやり黄色に浮かんだ文字は≪北見駅≫と書いてあった。でも、そのバスが止まるであろうバス停を探すがない!万事休す、か?!そう思った時、目の前に歩道橋があり、その向こうにバス停らしき物が見えた。瞬間、私の横をバスが通り過ぎていった・・・。「やっぱりダメか~!」ウインカーが点灯して停まった。有難い。ちょうど、降りる人がいたのだ。運転手側のドアから訊ねてみた。「北見駅の最終の下りに乗りたいけど・・・あと、2分で間に合いますか?」「それは、無理だな~。このバスの駅の到着時間が3分後だもんねー」「そうですか・・・」「早く乗ったら・・。できるだけやってみてあげるから・・」信じられないだろうが、そのバスはトトロのネコバスのように、次から次へとバス停を驚くほどの速さで通り過ぎて行った。(もちろん、バス停に人はいなかったが)その運転手さんは時計をチラチラ見ながら、歩行者用の信号が点滅しだすと、アクセルを踏んで信号をスルーして走ってくれた。そのバスはゴールの、駅のロータリーに着いた。私の時計では、あと20秒で汽車は出発の予定だった。「もうダメか・・・」本当は、そう思った。でも、ここで諦めるのは、ここまでしてくれた運転手さんに申し訳ない・・。でも実は、二人の運転手さんの気持ち・言葉に感動し、もう間に合わなくてもいい・・・正直、そんな気持ちになっていた。「・・・ありがとうございました。」深々と頭を下げることしか、今の気持ちを表すことが出来なかった。ダッシュで、わずか数分前に通った改札に向かった。チケットを出すことも忘れたまま改札で「下りに乗りたいんですが、さっき上りに乗っちゃって・・」そういうと。「下りかい?」「ん~。もう出るな~。急いで!!」「ありがとう」そう叫んで走った。そう、さっきと違うホームに・・・。陸橋の窓から乗り込もうとする汽車が見えた。走り出した汽車・・・と、数メートル動いて、その汽車が止まった!?階段を飛び降りると、ドアが開くのが見えた。私は、滑り込んだ。線路の向こうの改札で、さっきの駅員さんがこっちを見て笑った気がした。汽車の運転手さんに、連絡をしてくれたのだ。きっと。でなかったら、一度走り出した汽車が、姿も見えない客の為に止まってはくれないはずだ。息を切らし、私は軽くお辞儀をした。そして、私は幸福の絶頂にいた。たぶん、あの夜から、私は今まで関わってきた≪北海道人≫だけでなく、この大地に住む≪北海道人≫が、心底大好きになった気がする。
July 12, 2008
富良野の演劇工場で[ニングル]を観て来ました。五年ぶりの倉本先生の演劇作品だった。確か、前作は自宅から吹雪の中を、札幌まで一泊して観に行ったことを思い出した。今回の「ニングル」は、倉本先生の4作品目の演劇だと思うが、ストレートで訴えてるものがあり、ただただ言葉に出来ぬほど素晴しかった。北海道に移住して3か月。自分の中にある、迷いや・不安や・焦りや・目の前にある暗闇が、感動の涙できれいに消えた気がする。倉本先生をはじめ関係者の皆さんに、気づきと感動に心からありがとう。と感謝を伝えたいと思う。それにしても、スカンポ役の三須杏奈ちゃんは最高に可愛く、とことん惹きつけられた。素晴らしかった。世の中で最も好きな本「ニングル」を読み返したくなってしまった。
July 11, 2008
次男坊が、中学校の部活動でソフトテニスをやっている。明けても暮れても、頭の中はテニスのことばかり。楽しくて楽しくて堪らないらしい。先日の大事な試合では、第3シードされておきながら、残念ながら2戦目であっさりと負けてしまったらしい。スポーツ観戦は元々好きなうえに、子供達がスポーツをやっているので、色々なスポーツを観に行く機会がある。どの競技も指導者の姿勢を映すように、技術面だけでなく礼節もしっかりと躾けられていて、挨拶やきびきびした動きやフェアなプレーは、清々しくとても気持ちいいものである。そういうチームは、仮にライバルチームでも応援したくなる。ところが、たまたま私が観るケースばかりなのか、ソフトテニスでいつも不快な気持になるシーンがある。相手のサービスの時に、ボールを相手サーバーに返球する時である。「いきまーす!」と声をかけながら返球する。ところがである。直接、相手の顔や体を狙って打つまではいかないが、結構強い打球をわざと??とりにくい足下に打ったり、ハーフバンドを打ってみたり・・・。前後のプレーを見れば、何度もそういうプレーが続くとも、偶然とも思えない。「ありがとうございまーす」と、言いながら体を避けたりしながら、憮然として受け取るようなシーンもよく見る。我が子に聞いてみると、以前の学校でもそういう指導を受けたという。相手に闘争心をぶつけ、威嚇する為だという・・・。それに、気持ちのない「いきま~す」「ありがとうございま~す」がパックまでされ・・・、指導されているのだろうか?私には、他のスポーツでは感じない違和感と、なんともスポーツマンらしくないアンフェアなプレーに見えて仕方がない。闘争心・威嚇・プレッシャーならプレーの中でも、いくらでも可能じゃないのかと思うのだけれど。もし、たまたま私のまわりのみがそうなら申し訳ないが、学生スポーツらしい気持の良いソフトテニスが観たいものだ。ひょっとして、プロの硬式テニスでボールボーイやボールガールがプレーヤーにボールを渡すのは、こんなトラブルを避けるため・・・かな??
July 11, 2008
半年も前の話で恐縮だが、我々のような庶民の楽しみ!?いやいや、ただ唯一の夢といえば宝くじ。恒例の≪年末ジャンボ≫を買った。しかも、たぶん十数年ぶりに親兄弟でグループ買いをした。北海道Uターン計画を進めていた私は、移住後のログハウス建築や北海道で始めたい色々なビジネスプランを考えたりワクワク夢を見ていた。当たるわけがない!なんて思いながら今度こそ!なんてやっぱり考えてしまうオメデタイ私がいた。お正月の朝、おじいちゃんと孫たちでワクワクドキドキの番号合わせが始まった。「えっ!?」「これ!?」「うそっ!?」 子供達の声がどんどん大きくなる。からかってるな? と思いながらも、お付き合いで覗き込んでみた。まず、組番号は一緒。6桁の一番上の番号から見ていく・・・。上3桁も一緒・・・。 うそうそ・・・?? う~ん!? 下1桁から見ていく・・・。下1桁も2ケタ目も一緒。最後、下3桁目・・・・・ち・ち・ち・違う!!!ショック!! そう、ぴったし100番違い・・・。目の前に見えかけた≪一等2億円≫の夢を、たった一つの数字が見事に??打ち砕いた瞬間だった。こんなにドキドキわくわく、そして落胆した宝くじは今までになかった。そして、しばらく時間をかけ、やっと立ち直り≪ドリームジャンボ宝くじ≫買った。あろうことか、4等500万円・・・64番違い!!ふん。たかが500万円じゃないか。64番も違うじゃないか!!ぜんぜん、惜しくもないし。辛くも、悲しくもないし・・・。涙ぐんでなんかないし・・・。・・・真夏の夢でも見ながら、旭川にあるという超有名な<堂前たばこ店>で≪サマージャンボ≫でも買っとくことにするか・・・・。。
July 10, 2008
久々に、いい男に出会った気がする。今どきのルックスのみのイケメンというのではなく、雰囲気・生き方・考え方・性格諸々とにかく第一印象から抜群だった。こんな私でもスポーツマンであること、飛びぬけたバイタリティを持った人間だとわかった。また、もう一度会いたいな~と思わせる男だった。昔、元大洋ホエールズ(現在の横浜ベイスターズである)にいたらしい。高校・大学時代と活躍(プロの選手になるくらいだから当然か・・・)したらしい。私は知らなかったが、きっと知る人ぞ知る有名人なのだろう。久々に、こんな男と仕事したいと、きっとエキサイティングな毎日になるだろうな~等と思った。しかし、残念ながら今の私に彼を引き付ける力はない・・・。せめて、この縁をいかす力を持ち合わせていれば・・・。袖振れる縁を生かすことの出来た、以前の自分を早く取り戻したいものだ。なんて言ったものの、その男、就職の面接官につき・・・。。。
July 10, 2008
いつものように、今朝も朝食のおにぎりは4番ホームの待合室で食べる。向かいの3番ホームのベンチには、いつものようにあせた濃紺のつなぎを着た細身の若者が、今日が発売日なのか、ぶ厚い週刊マンガを読んでいる。おにぎりを包んでいたラップを、いつものゴミ箱に捨てようと待合室の重いドアを開けた。「ない!?」いつもの場所に、いつものゴミ箱だけがない。・・・・・・・・そう言えば、いつものおまわりさんのパトロールも、今朝は婦警さんだったような・・・そうか・・・サミットか・・・そう思ったとたんに、ゾーと寒気がした。テロリストが、どこに潜んでいるというのか?洞爺湖から遠く離れた警備の手薄な、この駅を狙っているというのか?しかし、こんなにのんびりしたこの駅を、まさか狙いはしないだろう・・・そんな気がする。早く、いつものままのいつもの時間が帰ってきて欲しい。。
July 9, 2008
北海道のスーパーで、いつも驚くのは、一つ一つの買う量が半端でないことである。スーパーの買い物かごが軽々4つも乗るカートに、乗り切らないほどの商品を山盛りに乗せているのをよく見る。ジュースやビールの箱が2つも3つなんて当たり前。米は10キロの袋が、4つも5つも乗せられる。塩も砂糖も10キロ入りの大袋が2つ。5リットル入りの焼酎4本入りの箱が、2つ乗っていたり。これは、まとめた方がいくらかでも安いからなのか?たくさん買って帰っても、家がでかいから保管するスペースに困ることがない、という住宅事情からきているのか?大売り出しだと言って、たくさん買っても別に恥ずかしいなどという気持ちなど、みじんもない北海道人の大らかさなのか?経済的に豊かなのか?逆にそう見せる為の見栄なのか?大家族が多いのか?実はいまだにその理由がわからない。ただ、驚くほどのまとめ買いであることは間違いない気がする。そういえば、ペットボトルのジュースなどは、コンビニの三分の二くらいの値段が付いている。なぜこんなに安いのか?時々、本州よりもとんでもなく安い商品を見つけると驚かされる。これは・・・??結論の出そうもない疑問を、また見つけてしまった。でも、こういうのがまた楽しいんだよな~。
July 8, 2008
日本中に≪たんぽぽ≫はある?・・・と思う。≪たんぽぽ≫に限らず、生き物は特に、その環境に合った生き方をすると聞いたことがある。≪たんぽぽ≫を見ていると、ホント感心させられる。置戸の町の小さな小学校の校務補(用務員のおじさん)をしている頃、この季節は、校庭のグランドの芝刈りが私の大事な仕事だった。毎日毎日、草刈りをしていると≪たんぽぽ≫は、どんどん地べたに這いつくばって花を咲かせる。逆に、時々しか草刈りをしない場所では、草は当然どんどん伸びてくる。そうすると、そこに生きる≪たんぽぽ≫は、まわりの草よりも背を高くして花を咲かす。たくましく、賢い彼らの生きる知恵である。私は、そんな一所懸命に咲き誇る≪たんぽぽ≫が大好きだ。校庭の芝生の上で気持ち良さそうに揺れる≪たんぽぽ≫を眺めながら、私は思わずこうつぶやいてしまった。「このまま、草刈りをせずに≪たんぽぽ≫一面の校庭にして、いっそのこと≪たんぽぽ小学校≫って名前を変えちゃうか~」隣で絶句されている校長先生がいらっしゃることも知らずに・・・。
July 7, 2008
またまた、今朝、我が家の裏に現れたのは、いったい何者??ここのところ何度も現れている、ナゾの動物?!がまた現れたようだ・・・。台所の残飯や野菜くずをたい肥にするための、緑のコンポストのフタがまた外されていたらしい。直径40センチもあるフタが見事に器用に回しながら外されていた。こんな器用な、ヒグマがいるだろうか??よく見ると、フタの持ち手に、数本の白い毛のような物が付いていた。白い毛のヒグマは見たことがないし??・・・・と言うことは、パンダか??じゃあ、白クマか?・・・そんなはずはないか・・・。コンポストから裏の小川までの通り道もあったし・・・。ひょっとして、そいつは、コンポストから引っ張り出した残飯を、裏の小川で、ていねいに洗って食べる動物・・・??見えた!!今日から、あいつは≪ラスカル≫と命名しよう!!
July 6, 2008
最初に移住した置戸という町に4年半住んだ。過疎の町が、小学生のいる家族ごと受け入れてくれる≪山村留学≫という制度を利用した。まったく知り合いもいない町だった。十数年勤め役員をしていた会社を突然辞め、さあこれからどう生きていくか・・・考えている時だった。そんなある日、ホームページを見ていて偶然見つけた記事。子供の頃から北海道に住むのが夢だった・・・。いつか、いや将来、歳をとって会社をリタイアしたら一度は住んでみたい・・・ほんの数カ月でもいいから。そう思っていた北海道に住める??窓口になっていた町役場に電話すると、さらっと「一度、来てみませんか?」早速、上二人の子供達を両親に預け、夫婦で一番下の娘を連れて旅行がてら訪ねてみることにした。予想通りの田舎町だったが、街はきれいに整備され、のんびりした雰囲気があった。受け入れ候補の小学校が三校ありどの学校も、≪複式学級≫といって人数が少ないため、一つの教室で違う学年の子供達が勉強するというスタイルだった。当時、長男が広島で全校1000人以上のマンモス校にいた。運動会の時など50メートル走で、さっきスタートした子供達がまだゴールしてないのに、まるで流れ作業のように、次の組のスタートのピストルが鳴らされるという、悲しくなる環境だった。それにくらべ、このマンツーマン的な一人一人の子供達の居場所の在りそうな、その空気感がすっかり気に入ってしまった。担当の課長さんも役場のみなさん、それぞれの学校の皆さんも、アットホームな感じですごーく良い印象を受けて帰った。それから2週間後、課長さんから「急だけれど、一ヶ月後にこちらに引越して来れるかい?それなら、住宅はもちろん、仕事もあるんだけど・・・」「はい、ぜひ行かせてもらいます。」即答した。その後は、広島の持ち家を貸家にする準備や、諸々の手続きでクタクタになるくらい忙しかった。今でも、その判断は正解だったと思っている。事情があって、一度は生まれ育った故郷に帰ったけれど、それでも、やっぱり北海道に帰りたいと片時も思わない時はなかった。めぐる四季の風景も・深呼吸したくなる空気も・細胞が喜んでいる気がするくらいうまい水も・海産物だけじゃないむちゃくちゃ美味い農産物も、冬の寒さも雪も文句をつけるところもない。でもなにより、親友と呼べる仲間、親戚や家族にも負けない沢山の新しい家族と出会えたことが何よりの財産である。その出会いが、故郷と両親や親友との別れをも決心させた。今、私もまた家族たちも、新たな土地で新たな人との出会いを楽しんでいる。
July 6, 2008
「かっとばせー○○○!! ○○倒せ! おぅ! かっせーかっせー○○○!!」ブラスバンドやチアリーダー達がリードする華やかな応援席から、大応援団の大声援や校歌が球場に響きわたる。ただ一度の負けが、とてつもなく大きな意味とドラマを生む高校野球をさらに盛り上げ、選手達の力を引き出すのが、この大応援団・・・つまり全校応援である。今年の夏の大会でも、第二試合目から全校応援と予定していた学校が、残念ながら力及ばず初戦で負けてしまった。そんな話も聞いた。何だかんだ言っても、やはり彼らは高校生である。もちろん、そればかりではないけれど、友人が・彼女が応援してくれる・・・これを自分のパワーにしないはずがない。応援席のそれぞれの生徒達が、今目の前で必死にプレイする彼らが、クラスメートであったり、幼なじみであったり、憧れの的だったり・・・それぞれの思いを持って応援しているのだろう。グラウンドの彼らの姿に、大歓声をあげ飛び上り・悲鳴をあげ・感動の涙を流す。最近は、野球部だけ全校応援をしたのでは、同じように頑張っている他の部活動の生徒達との不公平感がうまれる。という理由で、全校応援を取りやめた学校も多いと聞く。とても残念だ。確かに、そういう側面もあるかも知れない。けれども、必死に泣いて笑って、自分達の学校を代表する生徒達を応援する姿は、周りで見ているだけでも何とも気持ちよく清々しい。野球やサッカーやバレーボールなどワールドカップやオリンッピックなどになった途端≪大和魂≫だの≪なでしこ・・・≫などと≪にわか日本大好き人間≫≪にわかジャパンファン≫が溢れてくる。それはそれで私は、このにわか愛国心が嫌いではない。それと一緒で、この応援団の姿を見ていると、一時的かも知れないが、間違いなく自分の母校を応援し、校名を連呼し母校愛がうまれてきているような気がする。何年・何十年かたった時、きっとあの時、球場で仲間と声を張り上げ母校を応援したことを懐かしく思い出す日が来るかも知れない。そう、今の私のように。
July 4, 2008
子供が三人もいると各クラス毎・部活動毎の連絡網が何枚も配られ、その結果、電話機の横にはそれらが何枚も貼られることになる。それが、変なのである。今の時代、仕方ないことなのか・・・。シンプルなのである。クラスの子の名前は載っているけれど連絡先も、もちろん電話番号なんて載っていない。載っているのは、自分の次の連絡をする人の連絡先のみ。なんてことがある。さらに、すごいのは、クラスの三本か四本に分かれた連絡網のラインの、自分のいるラインのみ名前が入っていたり・・・。これでは、連絡したけれど、お留守だから気を利かして一つ飛ばして連絡しておく、なんて事も出来ないし、友達同士や親同士で連絡をとり合うことも出来ない。横のつながりが薄くなってきていると言いながら、これでは仕方ない気がする。子供達もごくごく限られた友人と連絡を取り合い、親も親同士で連絡先を知らないなんて事をよく聞く。異常なほど偏った人間関係にますます拍車をかけている気がする。緊急時の連絡網も必要だけれど、日常の些細なことで声を掛け合う連絡網も必要な気がする。私が無知で我が家が取り残されているだけ?!なのか。ひょっとして今どきの子供達は、私などが心配しなくても、浅く広くメル友をたくさん作って、ちゃんとコミュニケーションがとれているのか?実は、親同士もメールとかで、しっかり連絡がとれているのか・・・。でも、それじゃあ携帯のアンテナが立たない我が家は、やっぱりいつまでたっても蚊帳の外のままか・・・。
July 3, 2008
朝、自転車を走らせていると鳥肌が立つほど寒くて、半そでで出掛けてしまったことに少し後悔していた。朝の天気予報で、26~7度位まで上がりそう、なんて言うものだから、つい・・・。普段は数台しか停まっていない駐車場に、今日に限ってびっしりと何十台も、トラックやキャンピングカーらしき車が停まっていた。「なんだー?なんかイベントでも・・・?」不思議に思っていると、いたるところに幟が立てられていることに、やっと気づいた。どうやら、永山神社のお祭りが始まったらしい。この、見慣れない車たちは屋台や出店の人達の車だったようだ。その数からしても、ずいぶん沢山のお店が並ぶんだな~と思いながらペダルを踏んだ。あとから聞いたのだが、この辺りの小・中学校では、お祭りの今日は学校がお休みになるらしい。なんだか嬉しくなった。いまどき、そんな粋なことするんだ・・・旭川の教育委員会、やるじゃん!!えらい! なんて思ってしまった。そういえばずっと昔、小学生のころ、近所の≪氏神様のお祭り≫があり、その日は半日で学校が終わりになった。僕らは百円玉一つ握って、<ちゃりんこ>を必死でころがして、神社に向かった。そして友達と集まって出店まわりをした。出店まわりと言っても、<たこ焼き屋>と<当て物屋>と<綿菓子屋>と<玩具屋>が二軒くらいしかないのだけれど。この百円で何を食べ、何を買って遊ぶのか、僕らには大きな問題だった。当て物(一回十円でくじを引いて景品と交換するあれである)などハマったら最後、小さなスーパーボールを十個ポケットに詰め込んで帰る事となってしまう・・・。僕らは、一日たっぷり楽しんでポケットいっぱいにして<ちゃりんこ>のライトを点けて帰っていく。ただ、私と幼なじみの友達には、この出店回り以上に楽しみにしている毎年恒例のあれがあった。翌日早朝、まだ夜も明けきらぬうちに二人で揃って、その神社にまた出かけるのである。すると、決まって昨日出店のあったその辺りに、朝日に光るものがあるのである。そう、誰かが<当て物>や<玩具>選びに熱中するあまり、落としてしまった小銭があるのである。僕らは、その小銭を握りしめて近所のお店に向かって、また<ちゃりんこ>を必死に転がすのである。
July 2, 2008
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