2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全12件 (12件中 1-12件目)
1
私ー小学校時代は,勉強も大事だが,健康な体作りの方がもっと大事だよね。妻ーイチロウが小さいころから,プロ野球を目指して,厳しい練習をしたように中学受験のために低学年から厳しい勉強もいいじゃない。子どもに例えは夜12時まで勉強させるのと,イチロウに特訓をさせるのと同じかな。
2005.11.30
コメント(0)
小五の男の子は,近所でバイオリンを再び習っている。レッスンの都度レッスン料を持参させている。最近は,私の都合が悪いので,子ども一人で行っている。昨夜,夕食時に子どもが,「レッスン代が高い」と言った。私は世間相場に比べて高いことだと思っていたら,練習を十分にせずにレッスンを受けるので,高いという。(内心,やっとわかったか。少し進歩かなあと思った。)私は「じゃ2週間に1回にしてもらったらどうだ。バイオリンを続ける,続けないはポンタ次第である」といった。子どもは,無言だったが,今まで通り,週1の様だ。子どもにレッスン料を持参させたところ,思い掛けず,子どもの反省を聞いたのである。がんばってほしい,ポンタ
2005.11.29
コメント(1)
小五の子は,スイミング教室に通っている。進級テストがある。ここ4~5カ月くらいかなあ,合格まで5秒だったり,今一歩届かない。日曜日自分なりに練習をしてきたが,なかなか合格しない。半分冗談で,11月合格しなかったら,一週間にもう1回,通うかといっていた。今朝聞いたら,8秒届かなかった。自分の意志で,もう1回通うという。運動能力が特に優れているわけではないので,練習する以外に壁を超えることはできないだろう。ガンバレ,ポンタ
2005.11.29
コメント(0)
中一で独学で勉強している長女が,今度の数学の期末試験は,ダメかもといっていた。学校の先生が自習用に配った方程式の文章問題が解けないというのだ。金曜日,土曜日合計約4時間,みてやった。いわゆる算数でいうなんとか算のオンパレードだ。でも方程式は大変な威力であることが,私も解きながら,解った。たいした数学の能力などないが,算数はむずかしいが,数学はやさしいという気がした。今日(日曜日)、午後出かけるとき,長女は声を掛けてきた。数学大丈夫といっていた。勉強は一学期は少しだけ英語をみたが,最近は,今回の数学を除きノーサンキュウという。少しさみしいが,自学自習ガンバレ
2005.11.27
コメント(0)
発展途上国などで,子供が労働に駆り出されている映像とか,国際紛争下の子供たちの不安げな映像を見ることがある。そういうとき(かわいそうだ)自然に涙が出ている。そして,この日本では孤独なこどもの不安げがある。私たちは,明日に生きるこどもたちに昨日よりも今日がしあわせである社会を提供しているのであろうか。日々こどもたちに劣悪な環境を与えていると考えてしまうのは,わたし一人であろうか。わたしのこどもに限らず,こどもたちに,こどもの時代のいっぱい楽しい思い出を残せてあげたい。ところで,なぜ,こどもの表情に不安げなものを感じるのか。こどもは,群れて,遊んでいるものと考えているからだろう。今こどもたちは,群れて遊んでいない。遊んでいる暇がないのか。群れて遊びたくないのか。そんなこどもたちのことを考えながら,笠木透のこどもに慈しむCDを聴いて自然に涙が出てくる。
2005.11.26
コメント(0)
小五の子が出場したロードレースがあった。1700メートルの距離である。子どもなりにプレッシャーを感じているようなので,「順位にこだわるな,ドベでスタートしろ,最後まで力をとっておけ,」といってやった。出場者50数名中28位だった。力を出し切って満足した様子だった。昨年よりタイムが大分良くなったといっていた。私も仕事の合間をぬって,早朝,夜など練習につき合った。練習の結果と今日の結果を実感した様だった。運動能力のある子は,最初からゴール目掛けて,凄い勢いで走りだす。運動能力もないのに,つられて,最初から力尽きて,へとへとになってゴールまでたどりつくのは,つらい。最初は後ろでもよい,力を残して走れば,最後に力を出し切り,満足した走りになる。子どもの人生もこのようなものでないか,と思っている。家に帰ったら,子が学校で持久走大会があるので,明日から練習をするといった。(よく言ってくれた,そうだ人生は,かわりに走ってやれない,君のものなのだ。)。
2005.11.23
コメント(0)
成田文忠著「僕もピアノが弾けたよ」の作者の講演会が,近所であった。文字通り,万障繰り合わせての参加であった。大げさなことをいえば,知的障害をもった子に素人の音楽好きな著書がピアノを教えることを通じてた記録であり,ひとつの哲学書のようなものである。この本は間違いなく,私の座右の本になる。ファストフードからスロフードへ無機農業から有機農業へこの書物は時代の契機の書物である。上記書物は既に購入済みあるが,人に差し上げるために2冊購入し,成田氏より,上記書物に署名を書いて頂いた。早速,小五のバイオリンの先生に差し上げた。音楽が人を結び,人の心とさらには国家とか平和になるといいのになあ。
2005.11.20
コメント(0)
先週あるところで,著名な大学の附属小学校からエスカレーターで大学に進み,現役司法試験に合格し,(海外留学をして,)医学部に入り,医師の国家試験に合格した小学2年生の子をもつ母親がいた。本人の悩みは,引きこもりであり,人とコミニケーションがとれないことをいってみえた。人からみれば,「著名な学校」,「司法試験合格」,「医師の資格」大変うらやましいものである。それでもご本人は,勉強以外はなにもできないと嘆いてみえる。あー,人間のしあわせはどこにあるのだろうか。私は趣味で司法試験に合格し,趣味で医師の資格があるということで,それはそれでいいと思う。ただし,法曹資格があったら,人助けができるので,もったいないといった。おそらく,大変裕福な家庭のもとで,勉強することだけが最大の価値の家庭でそだったのではないか,思ったりもする。ご両親は結果として罪作りの養育をしたと思う。
2005.11.18
コメント(0)
私の仕事場は,近所に塾があり,よる10時頃通ると幾人かの母親が塾の外で子供の帰りを待っている。夜遅くまで,塾をやってあげれば,父兄は喜ぶだろう。仮に休みの日など朝から夜までやれば,当然に喜ばれる。正月も返上してやれば喜ばれる。問題は,受験の場合は,お金を出す人と商品の購入者が異なることである。子供がそれを欲するならば,問題はない。問題は子供が望まず,父兄が望む場合である。この場合,失礼な言い方だが,子供は父兄の「家畜」のようなものになってしまう。その意志を無視して,受験させるからである。親の庇護を必要とする子供は親の意向に逆らえない。受験の「光」と「影」があるとしたら,「影」の部分が心配である。子供は幸せになるために生まれて来たと考えたい。しかし「影」の部分が大きくなると,生きることがつらい毎日になりはしないか。夜,塾の付近をとおるたびにこんなことを思う。
2005.11.08
コメント(0)
私のひとつ「趣味」103の会のこと103(とうさん)の会は,私の子供たちが通う小学校に作った,親父の会である。特段の規則も,上下もなく,子供が好きななものが集まり,親子の行事をするのである。これまでに,親子ハイキング,星空映画会,親子ソフト,親子サッカー,カレライス試食会等をやってきた。私は,子供に父親の背中を見てもらうために,提案しみなさんと協力してできたものである。あまりひとの仕事を詮索しないので,くわしくわからないが,保育園の経営者,印刷会社の社員,自動車メーカーの社員,建設業を営むもの,製パンメーカーに勤務するもの,公務員いろいろな人がいる。みんな子供が好きなお父さんだ。この会の行事を通じ,親子交流,そして子供たちが,親の姿をみて応用問題として,将来,なにか貢献することをしてくれれば,幸いと思っている。そして,私達のささやかな活動で,子供たちが健やかに成長してくれることを願っている。
2005.11.07
コメント(0)
今日,朝中1の子の学校(公立)の授業参観に行ってきた。音楽だった。わが子が合唱の伴奏をしていた。みんな声が小さい。歌は,体が楽器てある。私が先生なら,こんな風な授業をしたら,楽しい授業ができると思ったりした。まあ,こんなもんかな。でも,やはり,ひとりひとりが感動する歌を見つけて歌ってもらう機会を教師が与えたら,いいのになあ。今晩の親子の会話のネタができたかな。
2005.11.04
コメント(0)
週刊誌に著名な地方の小学校の校長が「東大なら公立校」といっている(週間朝日11月11号)。私も日頃断片的に思っていることをダイレクトに的確に述べているものだ。識者の間では,小学受験は「愚か」と認識で一致しているようだ。中学受験については,中高一環校の実績の重さが強調され,公立を蔑視する傾向がある。中高一環校の生徒は入ってからが大変で,学校の授業についていくため塾があることも聞く。また,私立中学で退学なる者が多くなっているとか,上記校長は子供時代の「早寝」「早起き」「朝ご飯」「読み」「書き」「計算」「体験学習」「遊ぶ」という基本的習慣が重要であり,公立で東大に入れるという。さらに「ゲーム漬」「テレビ漬」「家庭の不和」と並び「受験のための塾」がニートやフリターを生んでいるというもし,これが正しいとするならば,教育熱心な親ほど大変なお金を掛けて子供の可能性を壊し,「子を不良債権化」していることになる。わたしたちが良かれと思ったことが,全くマイナスになっているとしたら,なんて愚かな親であろうか。子育てについて生まれてからこれまでマニュアル漬けのわれわれではないだろうか。農業でも農薬をやめて有機農法が見直されている。子育ても,他人任せからそれぞれの子供の生きる力にあったものを考え直す時期なのかも知れない。日本古来の伝統的な教育論「読み書きそろばん」「お手伝い」「早寝早起き」を今一度見直す時だろうか。ところで明日は,小五の子と東京モーターショウだ。上記の校長の言葉でいうならば「体験学習」と思って行ってくることにしよう。
2005.11.02
コメント(0)
全12件 (12件中 1-12件目)
1