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今日の毎日中学生新聞に「考える時間」という記事に上記のタイトルの記事があった。「さあ、正月だ。その年の新しい神様がやってくるから,これを日本人は大事にお迎えするわけだ。神様を大事するのは大事なことだ。それは,自分を大切にするのと同じことだからだ。」と締めくっていた。明日に生きるこどもたちが「自分という奇跡的な存在を信じて,そして大事にし」欲しい。
2005.12.30
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昨年から我が家の子たちは,サンタを疑い始めた。私は,「サンタを信じない人には来ないと思うよ」といった。小五の子が24日夜,玄関に「サンタクロースを信じます。贈りものを下さい。」と書いて玄関の床に貼ってあった。朝,それぞれの子は部屋に贈りものがあったと喜んでいた。
2005.12.27
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昨日は終業式だった。小学校時代のまだ、父が健在だった時、通知表を家に持って帰るのは、怖かった記憶がある。教育に無関心の父親だが、通知表の成績だけは、その日にかぎり関心があった。評点が悪いと怒鳴られたような記憶がある。萎縮した。そんな経験からか、我が家の子供たちには、成績でしかったことはない。学校の成績は、勉強すればよくなり、しなければ悪くなる。難しい問題ではない。成績の結果をしかってもしょうがない。長女が小2のとき計算の項目で評点が悪いことがあった。そこだけを繰り返し復習させた。長男が繰り返し字が汚いとの評価があった。字の大切さを話、習字をならわせた。じきに汚いとの評価がなくなった。習字もやめた。子供たちにはかりに評価のよいものがあってもまぐれのこともあり、有頂天にならず、評価に伴う中身を充実してもらいたいと思っている。
2005.12.23
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夜,小五の子がそっと「はだしのゲン」の第2巻を渡してくれた。学校が第1巻を返して借りてきてくれたのだ。早速読んだ。原爆の後の広島はこの世の地獄だ。いたるところで,ケロイド状の死体がごろごろ。死体からウジ虫が沸いている。川にも無数の死体。このような文字通りの修羅場を見て,それでも戦争を肯定する人がいるとしたらどんな神経だろうか。一瞬のうちに消えた生命,苦しみながら絶望的な状況で死んでいった人。そんな絶望的な状況でも未来に希望をもって行きようとするゲン少年。この本を読む子供たちは原爆の現実とともに,逆境の中でも生きる力を学んでくれたらと思っている。いずれにして作者は,庶民の身の丈で原爆を糾弾する大変な偉業をやった。また,親子の対話の素材となった。ガンバレ「ゲン」
2005.12.20
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小五の子が学校から「はだけのゲン」という漫画を借りてきた。前から,読みたいといっていたことを覚えてくれたのだ。漫画の世界だが,「ゲン」少年のように強く,逞しく,愛情深い子供になってもらいたいなあ。「ゲン」少年は,突然変異として,上記のような少年になったのではなく,両親の深い愛情に育まれて,形成されたのである。なお一層,子供にの成長には親の背中の存在が重大であると思った。ところで,本の末尾にこの本を借りた子の名前があった(これからせ個人情報保護でなくなると思うが)。この本を読んで,どんな感想をもったのか,思ったりする。この漫画は14巻あるそうだ。しばらく我が家の談話の話題となるだろう。
2005.12.20
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あの塾の講師の闇の部分が気になる。同志社大学に入学するくらいだから,頭脳は優れているのだろう。私が知りたいのは,講師の人格が如何に形勢されたかである。そして,殺害後電話をした相手が父親である。母親ではない。本来,家族は犯罪の抑止になる筈である。講師にはならなかった。潜在的に家族への復習なのか。なんと不幸な事件だろう。ゆがんだ家族の歪みが,犯罪の遠因ではないだろうか。家族にとっても毎日の日々はいばらの日々であろう。執行猶予が取り消されるので,20年位の刑だろうか。そして,おそらく模範者して14年弱で社会に復帰する。36歳だ。残りの人生を掛けて罪を償ってほしい。
2005.12.19
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今は家を建てる気力がないが,もし資金も心配なければ,こんな住居がよいと思っている。第1に家族のかなめは,キッチン,食堂である。第2に夫婦,高齢者への配慮第3に理想は子供には,あまり快適な部屋を設けず,子供の居住する空間は,移動できるとよい。そうすると家の中心にキッチン,食堂があり,リビンクを置く。ここは快適な空間にする。夫婦,高齢者の部屋の独立性を確保する。残りは子供用の空間になる。小さいころは,間仕切り等が可能な広い空間そして大事なことは,可能ならば,子供の空間にはエアコンは置かない。テレビは置かない。パソコンは置かない。机とベットくらいである。音楽をする場合は、防音室は必要だが,他の部屋は,高気密ではなく,自然の通気性の家にする。家とお風呂場との間に天井にも開口部を作り,雨のときは傘を差して行く。子供には,自然と共存して成長していって欲しい。騒音にも,暑さ,寒さにも抵抗力のある子供を願っているからである。ときどき,こんな家の構想を家族に話すことがある。みんないやだという。造っても,行かないという。そこで,子供の意見を聞くと,ワンルームマンションになってしまう。そんなことやらで,家の問題は先送りにされている。ある設計士も嘆いていた。家を造るとき,家族のさまざまな意見があり,それをまとめると陳腐な家になってします。結局ワンルームマンション化になるといっていた。
2005.12.18
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何年か前,都市計画とか,住宅問題を少し勉強したことがあった。ル クレジオ(?),ライトなど,著名な建築家の住宅等の建築物を写真でみた。斬新な建物に目を奪われた。そんなとき,安藤忠雄の「住吉の長屋」を知った。家の中の移動に雨降りには傘がいる家である。そして,建築家と機会がある度に住吉の長屋を持ち出し,住居について考える機会があった。他方,一度仕事で豪邸に行ったことがあった。妻,子は家を出ていき,夫一人しかいない家だった。大仏に魂がない様相であった。他方,アメリカでは引き籠もり問題がないという。子供は大きくなったら,家を出ているものであり,子供が出ていかなければ,親が出ているという。そして,日本の昔の民家を思い出してみる。住居には核として囲炉裏があり,周りにみながあつまり談話する。家に核がある。西洋でも暖炉があり,そこに家族が集まる。ところが,日本の現代建築は,まず快適個室を作り,その結果共用スペースも家に核もない。家に核のないワンリームマッションの集合体のような家,あるいはビジネスホテルのような家を建築している。社会の問題はさまさまな要因の複合体であるが,そのひとつに現代建築が核家族の絆をばらばらにしている要因があると考えている。多くの家は,玄関の脇に部屋があり,二階への階段がある。家族が顔を合わせずに生活をすることを可能にする。各部屋には,テレビ,ステレオ,バソコンがあり,ワンルームマンション化している。家族の絆についての無思想な建造物には,一生懸命働いて,全生涯を掛けて,住宅ローンを払って,手に入れてた結果として,家族関係が希薄し,さらには崩壊する危惧がある。こうした住居では家族の絆は希薄になり,がまんしながら共存することもなくなる。親の願望としては,ずーと子供と暮らしていきたい。しかし、子供の幸せを考えたら,子供は,家を出て,独立して別世界を作って、そこで幸福な人生を歩むできである。だとするならば,子供にとって住居は,仮の住居であり,現在の快適過ぎる住居は,返って,子供を不幸にするかも知れない。あえて,一国一城の主(持ち家)の選択ではなく,子供の成長に合わせて,住まいを替える店子(賃貸住宅)の選択も懸命な子育ての方法なのかも知れない。
2005.12.17
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一昨日から,中1の子が時間を見つけては読書を続けていた。学校で借りてきたという。食卓の上にあった読みかけの本を急いで読んでみた。児童虐待で,荒れている子に教師が愛情を掛けて,普通の子へと育む内容だ。題名「シーラという子」である。難しい内容だ。親馬鹿な話であるが,童話の世界から,深刻な現実の社会のノンフィクションの世界に,読書の対象を広げていることに関心した。ところで,ニュースでは,マイクロソフト社が新しいゲームを発売したとか。テレビとかゲームの登場によって,子供の書物を通じた想像力が低下し,さらにゲーム脳とか,ゲーム依存症とか新しい問題が生じてきた。ソニー,任天堂,マイクロソフトがゲームで収益を上げる一方で,子供,若者の犠牲者がその分生じるとういことであろうか。私達は,どのような未来に向かっているのか。
2005.12.16
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亡くなられたご家族の心中を察すると言葉もない。ところで,講師は一流大学の法学部の4年生しかも刑事政策のゼミをとっていた。自己の行う行為の意味を世間以上に知っていたはずである。いわゆる相場で懲役15年,講師の家族は,示談金の捻出のために家を処分せざるを得ないかも知れない。仮に,被害者の子供に対し,腹のたつことがあったとしても,何のために生まれてきたのか,何のために法律を勉強してきたのか(怒りと共に悲しくてやりきれない。)。講師は大学の付属の男子校から大学に進学したようだ。大学の成績も上位らしい。しかし,情操が貧困であったようだ。何が,講師の闇の部分を作ってしまったのか。テレビゲームか,受験勉強か,思春期の男女別学の弊害か。
2005.12.11
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今日は,隣の町へ小五の子は実験教室に行っている間,私は多重債務の勉強会へ。アメリカでは年間160万人の,日本では25万人の破産者がいる。自殺者もいる。借金は返さなければならないという倫理感はよい。問題は,その前に,身の丈の消費であり,優先順位があるという消費道徳感である。我が家では,子供の欲しいものは,子供が半分出すことになっている。また,祖父母には,身の丈を超えるお金を与えないようにお願いしており,身の丈を超えるお小遣いは,私が子供銀行を作って,利子を付けて預かっている。また,子供が欲しいといってもゲームは買わない。子供には,買わない理由を説明している。
2005.12.10
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昨日の夕食は,長女が期末でがんぱったから,家族でお祝いということで,私はワイン付きだった(親馬鹿な家庭ですね。)。これが私学なら,同じ勉強量でも優秀な人が沢山存在をしており,満足ではなく,反対に不満足になるかも知れない。「井の中の蛙大海を見ず」といわれそうだが,子供にとって,楽しい食事だったろう。
2005.12.09
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昨日は中一の長女の期末試験がほぼ返ってきたようだ。テストの結果を教えてくれた。夕食時に「もう勉強では〇ちゃんに超えられたか,少しお父さん寂しいなあ」といったら,「お父さんはご飯食べるのは,〇ちゃんより早いよ」といっていた。社会は右下がりになっている。こんな中で,親を超えるのはうれしいことである。ガンバレ,〇ちゃん
2005.12.03
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我が家には,中一及び小五の子がいる。我が家の子どもたちは,社会の本音の部分に疎いところがある。塾に行かず,テレビも見ず,大きな情報源は新聞である。社会がみている学校間の序列について,親も話さないので子どもたちには関心がない。あるひとからすると,社会から取り残された生活であるといわれることもある。仙人のような生活をしているつもりはない。いずれ徐々に知っていけばよいと思っている。親は,社会からの強い風の防風林でありたい気がする。社会の風に負けないように今はしっかり大地に根付いて成長してほしい。因みに主な情報源が新聞(一般紙,中学生新聞,小学生新聞)であるので,一般紙は特に小五の子と私と朝,とりやいしている。子は,社会,国際問題に関心が強い。
2005.12.01
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