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黒沢監督の映画「生きる」は,良い映画だ。チンタラ生きているものに生きる意味を考えさせる。朝日新聞1月28日逆風満帆に辛淑玉さんの記事があった。講演会で「憲法は民の血の代償」「自衛官に金持ちの子なんていない。戦争は貧乏人が弾になる。」語って講演会に「爆弾」の電話とか,事務所に「殴り込みに行くぞ」電話があったそうだ。信念で生きている女性だ。感動的だ。まさに,黒沢監督の「生きる」の現代版だ。そろそろ,私達も,明日に生きる子供たちに「生きる」意味を言葉ではなく具体的に示すときだろうか。
2006.01.30
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中1の子がとっている昨日の毎日中学生新聞の「考える時間」(池田昌子)に私が日毎考えていることが,次のとおり端的に書いてあった。幸福になるためとに遠い先まで待たなくてもいい幸福とは職業や生活の形ではなくて,自分の心のありようそのものだ。幸福になることを死ぬまであきらめなくてもいいんだ。どんな生活,どんな職業であっても生きている限り,不幸は必ずやってくる。だけど不幸は,外からやってくるもののようにみえても,やはりどこまでも自分のここが作り出しているものなんだ。不幸だと思うこころが不幸なんだ。幸福だと思うその心がが幸福なんだ。どんな困難に出遭(であ)っても,君は幸福になることをあきらめずにいられるはずだ。ところで,知人の弁護士があるとき,死刑囚から,窓からみえる草花を見て,しあわせな気持ちになったとの手紙をもらったといっていた。3畳ほどの閉鎖された空間で居住している。現在では,死刑執行の当日の朝,はじめて,執行の告知がされ,執行されるそうだ。草花を愛おしく思う人を執行する刑務官もつらいだろうなあ。漫画の世界だが,こっそり,牢から出して,下界の景色を見せて上げたいね。両腕いっぱいの幸せ。一握りの,いや一粒の幸せ。彼の手紙は、そんな気持ちだろうか。
2006.01.28
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夕食のとき,子供たちに,「小学校時代に沢山の沢山の思い出があっていいだろう」といった。中1の長女は,「もっともっと楽しめば良かった。」小五の長男は,「うん」とうなずく。「これから,どんなことがあっても,もう元をとっているね。」そういえば,子供たちが,幼稚園を卒業するときに歌った「いつのことだか,思い出してごらん・・・」ではじまる歌は,感動的だったなあ。二人の卒業式に同じく涙が止めどもなく流れた。この両手の上に抱えた,よわよわしい生命が,今目の前でたくましく,元気よく歌っている姿は今思い出しても感動的だ。明日生きる子供たちが,沢山の楽しい思い出を糧にすくすくと成長して欲しい。
2006.01.26
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昨日の夜,子供たちに特に,まだ幼児性が抜けない小5の子に向かって次のようなことを言った。いずれお父さんもお母さんも死んでいなくなる。今二人が元気でいる間に一人で生きる力を身につけて欲しい,と。妻はこれに答えて,さらに家族子供を養って行くうんだよ,付け足す。小5の子は,音楽のレッスンに行く都度,私にレッスン代を求めてくる。私は,封筒に入れて渡す。心の中で,音楽が人生に幸せをもたらし,逆境を跳ね返すことを念じて,黙って渡している。しあわせを自分の力で掴んで欲しいと思っている。キラリと輝く一粒の幸せを掴んで欲しい。
2006.01.25
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子育ての指標は,じゃがいも育てるようなものではないだろうか。この点について,話題のドラゴン桜5での学校の目標を子育てに言い換えるとぴったりだ。子育ては,温室でトマトを育てることではない。大地の畑から掘り出すじゃがいもを育てることだ。水と温度を管理し大事に傷つかないように育てるトマトではない。嵐や日照りに負けず害虫と闘い,大地に根を張り養分を蓄えたくましく成長するこういうじゃがいもとして世に送り出すことである。ところで,我が家では,近所の数少ない農家において毎年6月ころじゃがいも堀りをしている。土の中に両手を差し込んで,地中の根を張っている芋を掴むのである。芋を地中からビリビリビリと根を切って掘り出すとき,まさしくやせた土壌でたくましく成長してきたじゃがいもを実感する。明日に生きる子供たちじゃがいものようにたくしまく成長して欲しい。仮に今が逆境であっても,それを肥やしとして(じゃがいもはやせた土壌しか育たない。)未来に夢と希望をもって欲しい。
2006.01.23
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バイオリンという楽器は,値段と音に関係があるようだ。一足先に小五の子のバイオリンをフルサイズに替えた際に,いろいろバイオリンの音色を聴き比べた。値段は伏せて,聴き比べた。微妙だが,音色が違っている。素人にとっては,ほんの少しの差で大勢に影響がないと思う。しかし比喩的にいえば,人間の声に音質の差があるように強い音色,やさしい音色があることは,なんとなくわかる。子供にバイオリンを習わせるとき,楽器の値段のことは眼中になかった。そろそろ,中1の子に本格的な楽器を考えなければならない。夕食の時,私は日頃思っていることを言った。「お父さんは楽器が弾けない。もし,弾けたら,音楽を接する機会のない人。老人ホームとか,その他の施設なんかで,音楽の楽しみを一時でも,伝えたい。〇〇ちゃんがお父さんのかわりに,そんなことをしてくれるなら,多少無理してもいい楽器を買って上げたい。」「プロなんかになれないかも知れないよ。」「アマチュアでいい。お金をとらずに,音楽を聴きたい人に聴かせてあげることができたら,お父さんはうれしい。音楽を個人だけのものなら,無理はしないが,みんなものにするなら,無理してもいい。」「それなら,できる。」
2006.01.22
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昨晩,以前の依頼者から早急の相談があった。アダルト系サイトを利用したとして,請求を受けている。金を払わないと身辺に嫌がらせをするというものだ。本人はこれくらいの金なら,払ってしまおうか迷っているというのだ。恐喝まがいの行為をするものは,人の不安を利用する。他方,私達は,心配したらきりがない。本人から言い出した。「開き直りですかね。」「いや,表現方法としては,あるがままにだ。」と答えた。相談が終わって,帰る本人に対し,出そうとする相談料を押し止めて,話した。「あなたに,やってほしい仕事がある。なぜ,薬物中毒になり,どのようにしてそこから立ち直ったかを体験を通じて証明してほしい。」あるがままに!!ガンバレところで,あるがままには,なにもしないことではない。今の自分を受け入れて,いきることだ。これを子育てに言い換えるならば、わが子の全てを受け入れて,すこやかな成長をねがうことだ。
2006.01.21
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このまま行けば,ライブドアは倒産し,堀江社長は無一文になるかもしれない。戦後,東大の学生が,「光何とか商事で」金を集め,そして破綻した事件があった。このライブドアも同じ運命をたどるのか。新米のころ,ある裁判官が言った話が胸に刻まれている。「私は株はやらない。株をやったら,株価の変動が気になって,しょっちゅう短波放送を聞かないとすまなくなる。この仕事を全うするためにやらない。」堀江社長は,株価が気になり,終いには株価を自分でつりあげ,利得を得ていたわけである。東大までいって,その学力をいわば欺罔の技法として活用したのだろうか。東大まで行った勉強の成果は,人のしあわせのために活かしてもらいたい。ところで,中1の子が,「隣の駅に行くときに友達は子供料金で行っているよ,自分も行っていい。」と訪ねたことがあった。わたしは,「そんなところでごまかしてもしょうがない。正々堂々と大人料金を払って行きなさい。」と言った。
2006.01.20
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我が家の子の勉強をみることがある。私は,原則として答えを直ちには教えない。考えさせる。妻は,直ぐに教える。子供は理解した態度をとる。この方法は,妥当でないと思っている。後日,再び同じ問題をやってみる。子供はできない。妻は,だから塾に入れなければならないという。私はだから塾に入れないという。できなければ,何回でも最初から戻ってやればよい。塾に行って答えだけ覚えてきてもしょうがないと思っている。算数,数学は積み木である。一つ一つ確実に積み上げる必要がある。しばらく前に薬剤師をしている甥にあった。甥は高校一年生のとき,私から数学を教えてもらい,数学が好きになり,進路決めるとき,理科系,そして薬学に進んだといった。あの時,ことを感謝していた。確か,数学の基本的な問題を教えたことがあった。数学のルールの大切さを教えたと思う。今,息子に忍耐強く,付き合っている。最近,中村修二の書物から,数学は仮説であると言われ,ようやく,実数と虚数についてわかった気がした。そして,数学と法とは思考方法が類似していると再認識した。確かに知人の弁護士は東大理学部出身で法律は簡単といっている。
2006.01.15
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東京都においても公立の中高一貫校の受験がはじまるようだ。この中高一貫校の新設は,大学入試によりよい効果を狙ったものである。私立の中高一貫校に今度は公立が参入するわけだ。真摯に中学受験を考えた場合,4年生くらいから塾通いだろうか。家でテレビゲームをして皆で遊ばなくなった子供たち。今度は受験でさらに遊べなくなるわけだ。この中高一貫校は,親が望む制度であるが,こどもはどうであろうか。この世に生まれて来たこどもたち。特定の大学の入学するための受験のために生まれてきたのであろうか。勉強(受験勉強)しか,思い出のない少年時代,悲しい人生だな。特定の大学に入学するとほんとうにしあわせになるのだろうか。私のまわりに特定の著名な大学のOBがいた。知識量は凄い,書類作成密度は高い。それだけだ。趣味なし。協調性なし。主体性なし。人間性の豊かさを感じない。受験勉強で大事なものを置いてきたような気がいつもしていた。明日に生きる子供たちには,まず第一に大事なものをもって成長して欲しい。しかし,近時の大人の論理での教育改革の延長の公立の中高一貫校は,こどもがすこやかに成長する重大な時期に公立までもが中高一貫校の受験として立ちはだかるわけだ。おそらく,あの「中村修二氏」ならこういうだろう。無責任な大人の改革に負けるな。自然と接して好きなことやれ。
2006.01.13
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中村修二(青色発光開発者)「負けてたまるか」等を読んで急に,日本でノーベル賞に一番近いと言われている中村修二氏の著書を読んでみたくなり,書店にあった「負けてたまるか」外二点を購入した。子供の受験については,創造性をなくするといって否定的な意見であり,「好きなことだけをやればいい」という著者の意見は,子供を受験させている親にとっては,挑発的なものである。私は,アメリカについて過度に礼賛している様に思える点は賛成ができない。しかしながら,人間の能力について考えると的をついていると思えることがある。著者は,「古文」「漢文」特に年号を覚える「歴史」は,全く勉強する気が沸いてこない。高校を卒業するためにしかたなくやったそうだ。また数学は公式は暗記をせず,試験の最中に公式を作って,問題を解いていたそうだ。子供の時の夢が受験を通して,大学を入ることだけで,終わっている多くの若者の現状の原因が,暗記中心の受験にあるといっている。著者は,なぜ1+1が2なのか,世の中で,全く同じものは存在しない。それは,仮説であるという。(この指摘は,私も衝撃を受けた。)著者の公式を暗記をせず,疑ういう著者の姿勢は,勉学の基礎であり,大切なことであることを再認識をした。ノーベル賞級の能力の原点は,ここにある気がする。著者はいつもぼっとしていて(よく,うちの子はぼっとしているといって,母親から叱られている。)想像力には自然の体験が大事であるという。著者の主張から親として参考にすべきは,勉学につまずいている子ほど否定的な評価をするのではなく,じっくり,考える力を養い,本人の得意な分野を見つけ,自信を付けさせることではないか。いずれにしても、物理の知識の応用で松井選手を超える稼ぎができるとは,驚きである。会社を作ったり,株の取引をしたりして金持ちになりたい子供が多いが,こどもに対し物理の勉強をして金持ちになろうというのをおもしろいかもしれない。
2006.01.09
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