見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記

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神戸男

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クラッセで買い物する主婦@ Re:神戸御影の富玉稲荷社(07/03) こんにちは。偶然こちらのブログを拝見し…
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リュウちゃん6796 @ Re:東京パンデミック。違った!、オリンピックだ!。(06/26) 初めまして、 奈良の法隆寺の傍に住んでい…
2010.08.08
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カテゴリ: 日々の出来事
 モンがなくなって、我が家の動物は猫の「みーこ」とその子孫。池の金魚と鯉(その当時金かぶとが流行っていた)。家は改装工事が始まり、玄関は引き違い戸から大きなガラスの開き戸に替わり、玄関に出来たタタキのスペースに我が家初めての犬が登場した。その頃流行のスビッツで、下の姉がどうしても犬が飼いたい、自分で面倒を見ると親父に頼み込み、我が家の家業である時計屋が軌道に乗って儲かりだしたときに生まれた下の姉は、親父に溺愛されていて、めでたくスピッツは、玄関のたたきを縄張りとしてモンの後釜に決まった。ところがほんの三日も経つと「犬がオシッコをするなんて知らなかった」と馬鹿な言い訳で姉はスピッツの飼育を放棄した。そんなことは重々承知の親父だったが、怒りもせずに姉の仕業を許した。私とて、その犬のあたまを撫でた事はあるが散歩に連れて行った記憶はないが、その犬が、姉に大切にされることはなかった。 その犬の名前が「ハッピィ」だったことが妙に悲しい。それから何年か経って、また姉が同じ事をした。友人の家で飼われていたコッカースパニエルを譲り受けるというのだ。しかも、自分の部屋で飼うという。みんな当然反対したが、親父の溺愛が姉の出来ぬ約束を認めてしまった。綺麗な薄茶の犬だったが、ベッドでオシッコをしたという理由で、チコ(犬の名前)は、ハッピィのいた玄関のタタキで暮らすこととなり、お袋が面倒を見ていた。長生きはしたが、白内障になり、何度も保健所の罠に掛かり、その保健所員は、我が家の犬だと知った上で、針金をチコの首に掛けたまま哀れな声で鳴かせて、お袋が幾ばくかのお金を握らせてチコを引き取りにくるまで、家の玄関先に立っていた。 チコは幸いにして天命をまっとうして松の根元に埋められた。犬種なんて関係なく可愛がってもらわないと動物は不幸だと思う。 猫のみーこはかなり小粋な猫さんだったらしく、毎年子猫を生んでいた。多い時には8匹ほど我が家にいたが、家猫から半地域猫になり、1匹減り、1匹旅に出、ついにはみーこだけが残った。みーこは20年近く生き、ある日、姿を消した。これが我が家の、私が子供だった頃の動物たち。みんな松の木の根元で眠っていた。 その松の木も今はない。もう35年も前の話し。 もうすぐ、お盆だね。





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Last updated  2010.08.12 11:14:53 コメントを書く


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