見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記

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神戸男

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リュウちゃん6796 @ Re:東京パンデミック。違った!、オリンピックだ!。(06/26) 初めまして、 奈良の法隆寺の傍に住んでい…
2010.08.07
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カテゴリ: 日々の出来事
 昨日はアメリカ版の忠犬ハチ公をテレビでやっていた。
で、今日は動物の話しをしてみたい。
私の家は、動物がいないことがなかった。変な言い回しだが、いつも何かしら動物が廻りにいた。
 私が物心ついた時に、我が家にいた動物は猿だった。
犬でも、猫でもなく、何故か猿だった。私の生まれは愛知県名古屋。港に近い築港という地区で生まれた。その家のことを覚えているかというと殆ど覚えていない。ひとつだけ、鮮明に覚えていることがあって、ある日、家の前に檻がいくつも並べられていて、その中のひとつに大きな猿が入っていたことだ。多分、4歳程の私より遙かに大きな猿が檻の中にいた。何とも曖昧な記憶の縁から輪郭がはっきりしない記憶の残骸を引っ張り出したとしても、あまり意味もないので、親父やお袋の話をまとめて動物の話をまとめてみようと思う。
 先ほどのお猿さんはどうもマントヒヒらしい。
私はチンパンジーかゴリラか何かだと思っていたけど、まず、私が覚えていた猿は90%マントヒヒで、後の10%はチンパンジーかも知れないとの話し。では、本筋に入りたいと思う。
 私の一家が神戸に越してきたのは、私が5歳にならない頃。
芦屋に洋館を見つけた父は、その物件が欲しかったようだが、その洋館の持ち主は外国人で、家を売るのではなくて賃貸で貸したいと思っていたらしい。親父はそれが嫌だったようで、神戸の灘にある今の家を買うことにしたらしい。二階建ての家は、父と母と子供が五人、それとお手伝いさん一人には決して狭くはなかったが、実はもっと家族が居た。
 それが「モン」という猿だった。親父が好きで飼ったけど、世話をするのは母親でモンはすっかり母親になついていた。
本来、家で飼われる動物は、その家族に自分を加えて序列を持っている。モンも序列を持っていて、母親が自分のボスで、次がモン自身、あとは、私の父親が何となく煙たい存在で、それ以外はクソみたいなモノ。
勿論、警察も来ていたし、猿を遠巻きにして近所の大人が騒いでいたが、お袋が帰ってこない限り、決して収拾のつかないことだけに、慌てず騒がす、近所の悪ガキがモンにコテンパンにやられて泣きじゃくる顔を冷静に見ていた。大騒ぎの立ち廻りを演じるモンだったが、お袋が帰ってくると、何ともおとなしくて従順な猿を演じていた。
そんなモンも、私が小学校を卒業する頃に、他界した。お袋は泣いていたし、日頃は怖い親父だったが、その時は妙に元気がなかった。
そうそう、名古屋の巨大猿の正体はお袋が可愛がっていたマントヒヒで、神戸に越してくる前に、名古屋の東山動物園に貰っていただき、お袋はそれからも毎年2回は、東山動物園に会いに行っていた。
 あと、名古屋の家で伝説になった動物は、
私が箸で目をついて死なせてしまったカメレオン
私が下駄で蹴ったために片眼が失明してしまったカニクイ猿。等々。
そんな動物がたくさん我が家にいた。
最後に小自慢は、庭に小さな池があって、101匹ワンちゃん大行進どころか、毎年金魚五千匹を放流するのが我が家の年中行事だった。
その池の畔に松の木が立っていて、モンはその根元に埋葬された。
その後、我が家で動物がなくなると金魚からわんこまで、すべて松の根っこに葬られるのが常となった。
 勘弁してよ。





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Last updated  2010.08.07 23:13:34 コメントを書く


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