見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記

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神戸男

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リュウちゃん6796 @ Re:東京パンデミック。違った!、オリンピックだ!。(06/26) 初めまして、 奈良の法隆寺の傍に住んでい…
2022.02.12
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カテゴリ: 日々の出来事
古いパリの写真をUPしてみようと思う。
かなり古いけどね。何てったって初めてパリに出掛けたのが1972年‥‥丁度50年前だから。
カビ生えてそうだね。

 1976年に再びパリの地を踏んだのはこの街に住んでみたいと思ったから。
なけなしの貯金から19万8000円也で1年オープンの往復航空券を買って南廻りでパリに辿り着いた。
考えたら4年程前にたった8日間居ただけのパリ。はっきり言って何も分からずやって来たけど、不思議と旅に不安はなかった。
 ホテルも予約してなかったのでオルリー空港(当時はシャルル・ド・ゴール空港はまだ無かった)のホテル案内所で安いホテルを探して貰ってたまたま取れたホテルが『ホテル・デ・スエーデ』。
初日は旅の疲れ落としにお風呂付きの部屋を頼んだけど、翌日にホテルのマダムに「1ヶ月程滞在したいので安い部屋が欲しい」と頼んで一番安い部屋(長期滞在者用の屋根裏部屋・1泊1,300円程(約50年程前の話しだよ)を充てがわれた。ホテルランクは二つ星のNN。NNは改築して施設を整え二つ星を取ったと言うことで、まだまだ下のランクもあって星のついてないホテルにホステル、ゲストハウスもある様だけど、値段はまちまち。建物は古くランクが二つ星だから4階建てを超えてもエレベーターもなくてサービスステップで屋根裏部屋まで荷物を担いで上がる。
1972年に来た時はホテル・シェラトン・モンパルナス。四つ星のLUXで無駄な広さの部屋だったけど、今度の部屋は流石にコンパクト。今、自分がパリの何処にいるのかさえ分からない『ぽっとでの田舎もん』状態でホテルに入ったし、部屋を見て「安いってこんなもんかい」と少し落胆したけど屋根裏部屋から外を見て驚いてしまった。

「パリだ!」。
とにかくここはパリのど真ん中だった。知らなかったけど。




明けて二日めの朝。屋根裏部屋の窓から望むノートル・ダム大聖殿。ここはパリ左岸の端っこ。セーヌ川を挟んで目の前はシテ島だ。



『ホテル・デ・スエーデ』の屋根裏部屋。
1976年当時、日本人でアフロは珍しかったのか税関で止められ何度も写真と見比べられた。パスポートの写真は7:3分けでスーツ姿。まわりの入管も集まって一頻り笑われた。思い出の部屋は四畳半より狭く写真では左上が暗くなっているが天井が屋根の勾配に合わせて斜めになっていた。一泊千三百円強の部屋。こんなもんだろう。手に持っているのはイタリア米。長粒種でパサパサのお米だけど激安。殆ど夜はやってはいけない自炊をしていたが、米の炊ける匂いは独特だからバレてたと思う。

パリって建築の高さ制限があって高い建物は建てられない。
でもパリを訪れた観光客は高い所に上りたがる(だからお上りさんていうのかどうか‥‥知らんけど・関西人談)。で、シテ島で高いところといったらノートル・ダム大聖殿の南塔。長くて暗い階段をひたすら歩いて登って着いた所は鐘楼(ヴィクトル・ユーゴーの小説『ノートル・ダムのせむし男』がいた所)鐘の中。大きな鐘の前で現代の鐘撞き男が説明してくれるけどフランス語で何言ってんのかさっぱり分からないのにしっかりチップ取られて鐘楼の外の回廊に出ればノートル・ダムのガーゴイルの団体さんが迎えてくれる。





これは厳密にはガーゴイルではない。ノートル・ダムの怪物さん達。頭からムシャムシャ喰らいついている様はちょっとグロかも。

 パリに約4年間いたけど一度も登ったことがないのが高さ324mのエッフェル塔最上階の第三展望台。地上高276mあってパリで最も高い位置にある展望台だ。別に高所恐怖症でもないけど最上階まで上がるエレベーター料金を含む入場料が、ホテルの一泊料金より高かったのでやめた覚えがある。
ちなみに地上から2階までのエレベーターはぜひ乗ってみるべし。なんてったってエッフェル塔の足の部分をエレベーターが斜めに上がっていく。こんなエレベーターは他に類を見ない(当時はね。今じゃ傾斜地を斜めに登るエレベーターは日本にも沢山あるけどね。兵庫県芦屋市には川の下をくぐる為のエレベーターもある)。




次に人気の高い‥‥高い所と言うばエトワールの凱旋門の上。

パリの左岸に見える高い建物はエッフェル塔(300m)と1972年に建てられたモンパルナス・タワー(210m)。
その昔。エッフェル塔完成当時の1889年にパリで流行った与太話に
「パリで一番の眺め?。それはエッフェル塔からの眺めさ。なんてったってエッフェル塔が見えん」
なんてのがあったそうな。それが1972年にはモンパルナス・タワーになり、1977年にはパリ市の名前の由来となったケルト民族系パリシィ族が紀元前250頃から住み着いた古い歴史のマレ地区(パリ3区・4区)に、赤や青のパイプが走り捲るジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター出来ると、然程の高さは無かったまでもボロクソに言われたらしい。あくまでこれは外観の話だけどね。マレ地区にはね‥‥。

エトワールの凱旋門からの眺望。



ただし料金は大人1,700円程(2022年2月12日現在)。しかも284段の階段しかない。でも、高々50mの高さなのに眺望を妨げる建物が一切ないのが気持ちがいい。シャルル・ド・ゴール広場から放射線状に伸びた8本の通りに建つ建物は行儀よく高さを整え、派手な色も形もない。エトワールから伸びる通りの中で最も有名な通り、観光客で賑わうシャンゼリゼ通りにある日本航空の鶴丸でさえ、赤ではなく金色になっていた。
 エトワールの凱旋門から東を望めば、シャンゼリゼ通りの先にえるコンコルド広場のオベリスク。チュイルリー公園の先には遠くルーブル宮が望める。
 凱旋門からセーヌ左岸(南)を望めばエッフェル塔とモンパルナスタワー。北を見ればモンマルトルの丘にサクレクール寺院。そして西を見ると、シャンゼリゼ通りの延長線上に伸びるグラン・ダルメ通り。その先には高層ビルが乱立するラ・デファンスの新凱旋門(グランダルシュ、フランスでの正式名称は『友愛の大アーチ』、高さ111m35階建ての高層ビル)が見える。ドゴール広場を挟んで近未来都市と中世の歴史遺産を残す古都が共存している。
それがパリ。



未来都市デファンス。もちろんパリではない。この相反する都市がどう共存していくのか爺ィには見届ける時間は残されていない。
でも、ひとついい事があった。半世紀前のパリの街に暮らした事。
 何物にも換え難い体験だった。
もう、二度と行く事はないだろうけど‥‥
 でも、もし行く事が出来たら、リンドバーグの様に
夜間飛行の飛行機からパリの街を見下ろし、
『翼よ、あれが巴里の灯だ』なんて言ってみたい。
もし行く事があれば、ロバート・キャパのように
飛行機の窓からパリの街を見下ろして、
『Paris‥‥ C'est moi』





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Last updated  2022.03.14 01:16:35
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