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深迂

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2008/07/03
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カテゴリ: 想い
境ってあるの?

あるとしても、
どうしたらいいの?



1時間でも車を停めて置くと、ハンドルで火傷しそうな昼下がり。

夫の単身赴任先へ向かう列車を待つホームに、冷たい飲み物の自動販売機を見つけ、ミネラル・ウォーターを買おうとコインを入れると表示が何も変わらない。払い戻しのボタンを押しても知らん顔をされ、小突いても何処吹く風。流れ落ちる汗で目もしょぼしょぼ、苛立ちを抑えきれずに機械に強く叩いて訴えるのだが、入れたコインは戻って来ない。

そして、その一連の動作の間、ずっとこちらを見ている、虚ろで粘っこい目。

話し掛けてくれるな…と、滴る汗に負けず心を絞って祈ったのだが、矢張り無駄だった。

「あそこのカフェの女将に言って出して貰うのさ」

「ありがとう!」



女将に言うと、販売機を開けてミネラル・ウォーターを出して下さった。
見ると、彼はもう其処に居ない。

かなりほっとして、魔法瓶にその一部を移し変える為の場所を探して移動していると、急に何かぞくっとした。

彼が、又あの目でこちらを見ている。

それを無視したら、無理矢理付いて来るだろうと意を決して

「どうも!おばさんが取り出してくれたわ!」

とこちらから声を掛けて、再度感謝した。

「どうした?貰えた?」

と、聞こえない振りをしてもう一度話し掛けて来る。

「有難う!この通り貰えたわ!」

と言いながら瓶を掲げ、しっかり意図的に、彼に背を向け、反対方向に歩き出した。



私は早足にならない程度に逃げ回って居たのだが、彼は先回りして私の前迄来てしまった。

「お前、何処まで乗るの?」

今度は私が聞かなかった振りをする。

「何処迄乗るのかって訊いたんだよ。」

観念して、魔法瓶を開けて冷たい水を、とくとくとくとく…注ぎ入れる。


「何処迄行くんだ?」

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

何とかしなければ。

「どうして?」

「何処迄かって訊いてるんだよ。」

「答えたくないって言ったら?」

「じゃぁ、アンタは答えたく無いんだな。」

「そう。」

魔法瓶、しっかり閉めた。
リュックに入れた。

立ちはだかれていたのを、何とかすり抜けた。

完全にすり抜けてから大きな声で最後に、

「でも、自動販売機で助けてくれて、ありがとう!」

と、もう一度はっきり言った。



普段なら、若い生徒の群れには近寄らないのだが、この時ばかりは救いの手だった。

彼等のど真ん中に行くと、流石に彼も追って来なかった。

これ見よがしに、イヤホンを両耳に差込み、彼と余り遠くない方向を見た。

これ以上近付いて来たら…!と、かっと見開いて。

だが、本当にどうすると言うのだろう?

駅員に言う?
彼は私に壊れた自動販売機からミネラル・ウォーターを取り出す法を教えてくれたが、私に危害は与えていない。
何かが怖い…だけでは、話にならない。

列車が来た。

空席を探すのに、移動していたら、何時の間にか彼が反対方向から乗っていたらしく、彼の前を通り過ぎてしまった。

粘っこい目が待っていて、そのまま私の背中に付いて来た。

彼から一番遠い車両の中、静かな額を持つ青年の斜め後ろに腰掛ける。

来るか?

…来るか?

……やっぱり来た…!

5分も経たない内にこの車両に、彼はやって来た。

落ちる汗。

凍る心。

その時、携帯が鳴った。

「ハイ、メググ!列車に間に合った?」

「ハァイ、マププ!うんうん!間に合った!」

声が一寸高いとは分かっている。

しかし、何と言うタイミングだろう。

彼は暫く、車両の隅に留まって居たが、引き返して行く。

周りの人には申し訳無いが、私は普段より大きな声で電話の夫に話し掛ける。

彼は、車両を出る戸口で、未だ躊躇している。

若い生徒達、静かな青年、夫…。

傘になって貰っちゃってごめんなさい。



やっと彼は出て行った。

それからずっと、彼は戻って来なかった。



多分、「境界性人格障害」と言う様な、危うい心の状態なんだろうな。

以前、彼程はっきり粘っこい目をしていない国鉄の乗車員に話し掛けられ、余り素気なくするのは悪いと思って答えたのを「好意」と取られ、夫の赴任先に向う列車に乗る度付き纏われた事があった。

でも、どうしたら良い?

心の病だって事位、精神科の医者じゃなくったって分かる。

気の毒だと思う、生半可な情けは、彼等にとって、毒にはなっても薬にはならないだろう。

でも、あんな言い方をするのは、やっぱり辛い。

ごめんね。


あなたの心が何時の日か均衡を見出せる様に

境を越えてしまって、後戻りが出来なくなってしまわない様に

祈っています。





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Last updated  2008/07/04 02:04:27 AM
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