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「長年にわたる争いもこれで最後だ!」「死力を尽くして戦えば、栄光の神はきっとわれらに微笑むだろう!」「負けるな!神は我らを助けたもうぞ!」双方の陣営とも、戦いがいつ始まったのか覚えているものは無く、何が本当の原因だったかすら忘れ去られていた。ただただ、信じるもののために、自分たちを創ったとされる神の栄光のために、似たもの同士争いを続けていた。ひとつの部族は「アカ」、もうひとつは「クロ」。最後の決戦のために、隊列を組みにらみ合っていた。その時、天から一滴の滴りが有ったかと思うと、見る見るうちに、それは豪雨となって両陣営に降りかかってきた。まるで、空が裂けたかのような、激しい雨が容赦なく降り注ぎ、「アカ」も「クロ」もなすすべ無なく、逃げ惑うだけだった。「神様・・どうして、こんな試練を与えるのですか?」「あなたのために、われわれは敵を滅ぼそうとしているのに・・」誰もの頭に『天の怒り』という言葉がよぎったことだろう・・・・あら・・そんな、かわいそうなことをして!だめじゃないの、蟻さんたちがかわいそうでしょう!止めなさい!蟻の行列にジョウロで水を掛けて遊んでいた子どもを母親が叱った時には、もう隊列は跡形もなく、大きなクロ蟻と少し小さめのアカ蟻とが、一緒くたになってアスファルトの上を流れて行くだけだった。
2003/03/31
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僕の妻は本当にドジなんだ。この間も、掃除のあと、階段のところに雑巾を出しっぱなしにして忘れるものだから、僕がつまづいて転んで、もう少しで大怪我をするところだった。でも、そんなときでも、彼女に恥ずかしそうに微笑んで、「ごめんなさぁい」と、言われると、ついつい、許しちゃうのは、惚れてる弱みかなあ~。この前も、メガネを間違えて渡してくれたおかげで、大事な取引先に向かう途中で、事故に会いそうになって、遅れに遅れて大変だった。そんなときでも、彼女にかわいく謝られると、あれほど怒ろうと思っていた気がしなくなるのは、やっぱり、好きだからかな~。でも、今日といウ今日は、我慢できないぞ。あれほど、言っておいたのに、ドライヤーのスイッチを入れっぱなしにして置いておくなんて、バスタブに転がり落ちたりでもしたら、どうするんだ。がみがみひとしきり怒るとさすがにシュンとして、キッチンで泣いていたようだった。黙ってスープを運んできて、潤んだ目をして僕のことを見ているから、いつまでも怒っているのも大人気ないと思って、にっこり笑ってスープを口に含むと、ばかやろう、砂糖と塩を間違えたな、なんて味だ!えええ???息が出来ないぅぅぅぅぅぅぅ苦しさで目を見開いた僕に妻はにっこり笑ってこういった。せっかく楽に殺してあげたかったのに。ごめんなさぁい。あなた。
2003/03/30
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「ばかやろ~!望みがかなうんだったら、魂なんていらないわ!」「お嬢さん、今の言葉、私がかなえて差し上げましょう。」すっきりした服装のちょっと良い男ぶりだったけど、突然現れて、こう言ったの。誕生日に失業した挙句、彼氏に振られて、やけっぱちになったあたしが叫んだ言葉に反応して現れた、それが悪魔だったってわけ。5年間、なんでも言うことを聞いてくれるかわりに、5年後30歳になったら魂をもっていかれるっていうのが、悪魔の約束だったわ。まあ、どん底だったし、思いっきり楽しめるならそれでもいいかって思ったのよ、で、血のサインとかなんとか小難しい手続きをして契約したってわけなの・・・この5年間、本当にいろいろめちゃくちゃに楽しんだわ、で、明日がいよいよ誕生日。明日一日何をしてやろう・・いっそ、あたしと一緒にこの世界もなくなしちゃおうかしら・・・ふふふ。すうーと、風が吹くと、部屋の中には、あの悪魔が立っていて、「お約束の品をいただきに参りました。」と、言うから、あたしは、「そんな馬鹿な、あたしの誕生日は明日じゃないの!」って、怒鳴ると、悪魔はニヤッと笑うと、こういったわ。「こちらのお国では、誕生日の前の日に歳をとられる決まりになってますよね。貴女が30歳になられたら、魂をいただくお約束で、本日がその日です。契約書にも書いてございますでしょう?」唖然としながら、4月1日生まれが、どうして前の学年にいたのかわかったの。前の日の3月31日に歳を取るからなのね・・・・
2003/03/29
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引退式の会場になったホールを春の風が心地よく通り抜けて行く。え-。長年勤めていたこの会社を去るのは、私にとってもいろいろ思うところがある。近頃の軟弱路線に一矢を報いたいと頑張って来た、私なりの行動が、会社内で反発を買っていたのは判っている。だが、それもこれも会社を思っていたからだ。これから、ますます厳しくなる経済状況の中で、・・・・・・長々と続く引退挨拶の中、ぐずぐず…あちらこちらで、鼻をすすり上げる音がして、目をぬぐう人たちが増えてきた。挨拶が終わると、たまらずに何人かが目を覆ったまま、会場を駆け出して行った。「演出効果満点だったろう?」「さすがだよ、あの言うだけででしゃばりで嫌われ者の専務の引退式で、あれだけそれらしい雰囲気になるなんてね・・オイオイ泣いてる奴もいたじゃないか。さくらかい?」「いーや、花粉症の奴を集めただけ、ま、引退に鼻を添えてやったってことさ!」
2003/03/28
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うーん。後少し、わかってるよ。あと5分だけ・・あああ!遅刻だ!!今日は早朝当番なのに・・―また、遅刻の夢だ。ゆっくり眠りたいのに。ゲ?!目覚まし時計が鳴らなかったのか??電車のドア-が目の前で閉まった。今日は、就職試験なのに・・・―また、あわてた夢だ。ゆっくり眠れる時間なのに。わ、駅を過ぎてるじゃないか!最終も無いのに・・・・―また、乗り過ごした夢だ。ゆっくり眠らせてくれ。耳のそばで叫ばないでくれ!うつらうつらしているのがわからないのか・・・―誰だ、わしを呼んでるのは・・・ゆっくり眠りたいのに。 もう、呼ばないでくれ!!!!さあ、これでゆっくり眠れそうだわィ。「本当に、ご臨終です・・」いや、医者のいうのもわかるよ、これで5度目だった。うちのじーさんときたら、臨終宣言を受けてから、何度も何度も息を吹き返すんだもんなああ~うちのやつらも、最初は、あんなに泣いていたのに、最後は、黙って見ているだけだったよ。まあ、ゆっくり、眠ってくれよな・・・
2003/03/27
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親の反対を押し切って、貧乏天文学者と暮らす毎日が、楽しいことばかりではないことは判っていた。来る日も来る日もただ空を見上げて、遠い星のことばかり語っている彼に、食べるものがないからと言っても、ちっとも通じない。ガラスを磨いて眼鏡のレンズにしては、わずかな収入を得て、何とか二人分の口をつないでいる私にとって、家を出たとき、彼が言ってくれた必ず婚約指輪を買おうとなどという話は、夢のまた夢だった。今日は、朝から彼は落ち着かずにばたばたしている。何十年ぶりかで見られる日食があるらしい。二人で見ようと、せっせと窓際に椅子を並べると、にこにこしながら、私を差し招いた。日食が始まると、だんだんとあたりが暗くなっていく。ざわめいていた街の喧騒も静まっていき、かたずを飲んで皆が空を見ているのがわかった。そして、真っ黒な太陽が、天空に現れた。「ほら、見て!」彼が、こうささやくのと同時に、蔭から太陽が顔を出す。まるでそれは、ダイヤモンドのようなまばゆい輝きで、一瞬の内に暗い空に大きな指輪が浮かんでいた。かれは、私の肩にそっと手を乗せて、「ほら、あれが僕があげるエンゲージ・リングだよ・・・」と、言った。
2003/03/26
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「ずいぶん、いい思いをしたんだって?」竜宮城から帰った浦島太郎は、誰も知り合いが居ないのをいいことに、もらった玉手箱を見せびらかしながら、竜宮城で歓待された一部始終を、村人に語って聞かせては、羨ましがられていた。「なにしろ、俺が初めての陸からのお客様だろ。勿論大恩人だってわけだし、下にも置かないもてなしって言うのは、ああいうのを言うんだろうな~」「毎日大宴会ってわけだね?」「そうそう、豪勢な食事に飲み放題、歌に踊りに、好き放題さ~」「で、乙姫さまもいたんだろう?」「ふふふ・・これが、本当は亀とは思えないほどいい女でな~・・・・」と、ここまで語ると、螺鈿に飾られた玉手箱を撫でながら、意味ありげにニヤッと笑い、「続きを聞きたい奴は、別料金だ!」と言って、猥談を聞きたがるスケベな村人から金を取っては、日々の暮らしを立てていた。そんなある日、久しぶりに浜辺に出てみると、亀を助けたあの日と同じように、沖には白波が立っていた。ふと、浦島は呼ばれたような気がしてあたりを見回すと、50匹以上の小亀たちが「パパ!パパ!」と、口々に叫びながら、ばたばたと砂浜を駆け上ってくるのが見えたのだった。
2003/03/25
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「ママ、ほら、今日のランチは卵焼きとたこさんウインナ-だよ。僕が小さいとき作ってくれたよね・・」「そうね、お前が好きだったからねえ・・」「今日は、これからお散歩に行こうか、それとも買い物に行こうか?」「疲れてないかい。お前少し顔色が悪いよ・・・」「そんなことないよ、ママ。ママがそばにいてくれるから僕は大丈夫だよ。」「ずっーと、お前のそばにいるからね・・」「ママ、僕ちょっと眠くなってきたよ。」「じゃ、子守唄を唄ってあげましょうねえ。ラララ~♪」公園で一人、ブツブツ言っている不審な男がいると通報を受けて、交番から警官が来たとき、男は黙ってベンチに座ったままだった。「おい、君!こんなところで何をしてるんだ!」警官が、うなだれて座っている男の肩をゆすって声を掛けると、不自然に大きく広げられ開襟シャツの襟口から、男に良く似た小さな頭がぬっと、警官の目の前に出ると、「すみません。起こさないで下さいね。ちょうど、眠ったところなので・・・・」と言って、拝むように瞬きをした。
2003/03/24
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『痩身石鹸でにっくきヒップのでこぼこをなくせ!!』『贅肉を減らすには、○○原産の○○が一番!』『小顔シェイプとむくみ取りのためのお手軽マシーン』春も近づくと、いろいろ気になるのよねえ~いろいろ試してみたけど、このたぽたぽのお肉はとてもじゃないけど無くならないわ。お友達のいうみたいには、薬って効かないし、やっぱ自分でマッサージとかするのは、続かないのよね~どこか、上手いエステとかないのかしら・・・『モニター1000円で、どのコースもOK!』『一度おいでください。確かなハンドテクニックは、○○○公認です。』『ほんとは内緒にしたいの、私もここで変身しました。○○○○○○(女優)』エステにもいろいろ通ったけど、そのときには痩せたみたいなんだけど、やっぱり、それほど体重とか落ちてないし、お店の人は続けないと意味が無いからっていうし・・・もう、やんなっちゃうわ。本当に、このままじゃクレジットの支払いで、身も細る思いだわ~
2003/03/23
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「センセイ ツイて イルよ!」朝、やって来たパランがニコニコしながら言い出した。ちょうど、本国から前線基地への医療従軍のための帰国命令を受け取ったばかりだったので、いささかむっとして、「なんだって!」聞き返すと、「トナリムラと センソウが ハジマルよ!」と言い出した。ますますむっとして、手を払っておっぱらうと、「ジャンケンポン!と センソウだ~♪」と、妙な節をつけて唄いながら出て行った。この奥地に赴任してきて、彼らとの付き合いも2年になったが、いまだに考え方が理解出来ない。隣村との小競り合いもこれで何度目だろうか・・・。そのたびに、妙な儀式を行って、最後は大宴会になるのが常だ。まったく未開なやつらだ。また、それに付き合わされるのかと思うと、うんざりする。広場では、早々に準備が整ったようだ。鼻歌を歌いながら迎えに来たパランに連れられて、私が広場の席に着席すると、それを待っていたように、この村の長と隣村の長が、いつもと同じように、右手に棍棒、左手に幅広の刀を持ち、精一杯めかしこんで進み出てきた。太鼓の音がドンと開始を告げると、二人とも体を一回転させると、大きく足を振り鳴らし、「ジャンケンポン!」の掛け声と共に、右手の棍棒を振り下ろす。そして、「アイコデショ!」の掛け声と共に、今度は左手の刀を振り下ろす。で、次は、「アイコデショ!」で、棍棒を振り下ろす。と、まああ、これを繰り返すのだ。双方、続くだけ続けて、くたびれて棍棒も刀も振り下ろせなくなった方が負けとなり、負けた方が、宴会を盛大に催してわびるといウ、本当にバカバカしい儀式だ。これの何処が戦争なんだ!!まったく、未開人め!アイコデショ!アイコデショ!アイコデショ!楽しそうにいつまでも続く掛け声を聞きながら、私は、遥かかなたの海の上を、爆音を轟かせて、爆撃機が飛んでいくの思った。センソウだ~♪センソウだ~♪センソウだ~♪
2003/03/22
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学校の帰りに、雨に濡れて鳴いているのを見つけたのは、Cちゃんが先だった。「ほら、あそこ!」泣き声をたどって見回すと、草むらのかげの崩れかけた箱みたいなところで、小さいのが一匹泣いていた。僕らを見ると逃げもせず、鼻を鳴らしながら手を出して、何かくれって言ってるみたいだった。みんなで相談したけど、誰のうちでも飼えないっていうんだ。だって、こいつらって、小さいときはかわいいのもいるけど、大きくなると凶暴になるから、だめって言われてる。学校でも、飼うときは役所に届けて、おとなしくさせる手術をしてあるかどうか、確かめてからにしなさいって、先生が言ってた。ペットショップでも、きちんとしてないところもあるんだって・・でも、かわいそうだったから、ミルクぐらいやろうと思って、抱えて帰ったんだけど、玄関のとこでママに見つかっちゃった。ママは、いつも手入れして、つやつやしている尻尾を振りたてると、怒って言ったんだ。「だめよ!人間の子どもなんか拾って来ちゃ!」2×××年の終末戦争で人類は大きなダメージを受け、荒廃した地球を引き継いだのは、ある研究所で飼われていたねずみ族だった。細菌兵器に耐性を持つ彼らが生き残ったのは不思議ではない。人類がどんどん減少し退化する一方で、彼らは爆発的に増え進化していったのだ。賢く体も大きくなり、人間をペットとして飼うのも一時流行した。いつか、そんな日が来るかもしれない・・
2003/03/21
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このごろ僕のおかあさんがおかしい。よく、「ごめんなさい。ごめんなさい。」って、言いながら、おとうさんの写真に向かって泣いているんだ。おとうさんがいなくなってからは、僕がおかあさんを守ってあげなくちゃいけないんだ。おとうさんみたいに、おかあさんのこと泣かすような男にはならない。おとうさんはいばってばかりだったから、いけないんだ。だから、たくさん食べて早く大きくならなくちゃ。おとうさんがいなくなってから、怖い顔をしたおじさんたちが、時々、家に来て、黒い手帳を見せながら、おかあさんと話していくけど、そのたびにおかあさんがとっても疲れた顔になる。「知りません。知りません。私、なんにも知らないんです。」おかあさんは、おじさんたちに、おとうさんのこと聞かれているんだ。大丈夫だよ、僕が守ってあげるから・・・「ごめんね、おかあさんもう疲れちゃった。みんな話して謝りに行くから、Gちゃんはおばちゃんのところで待っていてちょうだい、おとなしくしててね。」「だめだよ、おかあさん、行っちゃだめだ!」僕のおかあさん、大好きなおかあさんは誰にも渡さない・・・「角のDさんのところ、2,3日奥さん見ないわね~」「そうねえ、あそこって、前に旦那さんが居直り強盗に襲われて、亡くなったお宅でしょう? お隣も、気が付かなかったんですって?」「そうそう、結局、犯人は捕まってないっていうし、怖いわね~。でも、顔見知りの犯行らしいじゃない?」「まあ、そうなの?」「らしいわよ、だって、なんにも盗られてなかったみたいだし。で、お家に奥さんも坊やもいたんですって・・ほんと、怖いわね~」「そうだったの・・・」「あら、また、刑事が来ているわ・・・」「坊や、こんにちは、また来たよ。おかあさんは?」出てきたその子は、土いじりをしていたのか、手も顔も泥だらけで、ショートパンツのお尻も真っ黒だった。「うちに居るよ!」その子は、にっこり笑って裏庭を指差しながら、もう一度言った。「ずっと、僕と一緒にうちに居るよ!」
2003/03/20
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魚釣りに行って、森の妖精を釣り上げるとは思わなかった。大きくふりかぶった釣り針がやつの羽根に引っ掛かってしまったのだが、これは、いいペットになると思った僕の心を読んだのか、必死になって頼む姿に迷った挙句、助けてやることにした。まあ、望みがかなうってのも、何かのときの保険にはなるだろう・・・釣り針から放してやると、妖精は、少し破けた羽根で飛んで逃げていった。付き合っていた彼女から呼び出されたのは数日後のことだった。僕のほか、10人近くも呼び集められて、お互い顔を見合わせ気まずい空気が漂う中、彼女が結婚したい人が出来たから、もう付き合えないと言い出したときには、みんなが吃驚したようだった。友達としてプラトニックな関係で居たいと日頃から言われていたのは、僕だけではなかったらしく、口々に中には相当貢いだ者もいたのだろうか、露骨な内容を口にして、彼女を責める者もいた。僕はこぶしを握り締めて、こぼれそうな涙をこらえていた。どんな話でもあきれずに聞いてくれた彼女、自分がもう少し華奢ならよかったのにと、小柄な僕を気遣ってくれた彼女、アウトドア-の楽しみを教えてくれた彼女・・・いい友達でいられそうだと、思っていた・・・だから、周りで騒いでいる男達に無性に、だんだんと怒りが込み上げてきた。彼女が幸せになるんならいいじゃないか!そして、ふと、妖精の約束を思い出したときには、もう口に出していた。「ここにいる僕以外の男はぜーんぶアヒルにしてくれ!!!」一陣の風が巻き起こった後、僕の周りには、がーが-と鳴く騒ぐアヒルの群れがいるだけだった。彼女がいたところには、哀しそうな目をしたアヒルと、僕の知らない笑みを浮かべた女性が、彼女とそっくりの顔立ちをした若い男に寄り添って写っている、一枚の写真が落ちているだけだった。
2003/03/19
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「先生!どうしても食欲が無くって・・・」ダイエットが流行りの世の中にしては珍しく、食欲不振で通っている患者がいた。確かに彼女の体格からすれば、体脂肪の%も少なく、風邪をひきやすいというのもうなずけるものがある。もっと食べれば太ると思うのだが、そもそも食が細い性質らしく、いくら食事の回数を増やしても1日に食べる量は変わらず、本人も悩んでいるのだ。私も何種類か食欲増進の薬を処方してみたが、効き目は無い様だった。というか、本人が薬を嫌がってきちんと飲んでいないのが原因のようだが・・・・「あなた、もし良かったら、私に任せていただけないかしら?」夕食の時、つい愚痴めいて彼女の話を話題にしたら、うちのやつが小首をかしげて言い出した。学生の時からの夢だったと言って、料理教室を開きたいからと、とうとう先日、料理人の免許を取って、今は場所探しをしている最中だった。そんなやつだから、日頃の食事もなかなか美味しいものを喰わしてくれるのだが、時々とんでもない味付けや内容の食べ物が供される時も有って、私はすっかり実験台になっている。「お前がぁぁぁぁ?」思いっきり不審な声で問い返すと、「実はね、調理方法次第で食欲を無くしたり、もっと食べたくさせたり出来るのよ。」と、まじめな顔でこう言い出した。「ちょっと信じられないでしょうけど、料理人の間では良く知られていることなの。もっとも、微妙な作り方だから出来る人も限られてるし、その作り方自体がなかなか教えてもらえないから、私達は『魔法のレシピ』って言っているのよ。」「へェェェェ?」突拍子も無い話だが、興味を惹かれたことも有って、まさかとは思ったが、「で、お前は、作れるのか?」と、聞くと、ちょっと、間が空いた後、「ええ、実は、料理人になりたいと思ったのも、このレシピのせいなのよね。だって、人を思いのままに操れるわけでしょう、面白そうじゃない。」と、びっくりするようなことを言い出した。と、話が進むうちに、いつのまにか、彼女に任せることに決まっていた。うちのやつの笑顔を見ていると、私も操られているのか?と、ちょっと妙な気にもなったのだが・・・さっそく患者に連絡を取ってみると、とても驚いた後、ぜひ試して見たいと言い出した。そして、次の日から効果が現れるまで、うちのやつが食事を作り行く相談がまとまった。半月もしたころだろうか、患者が診察室に現れたときには、驚いた。まさかと思ったが、適正に体重が増えているのが、見た目でわかった。おかげで夜もよく眠れると、弾んだ声で報告するのが、こちらも本当に嬉しかった。その日、家に帰って、うちのやつに礼をいいながら、レシピとやらの内容を聞こうとしたが、秘密だからと頑として教えてはもらえなかった。イタズラっぽく笑った顔が気にはなったが、夕食はいつものように美味しかった。さて、あの患者さんに、今度は食べ過ぎないように注意した方がいいって言っといてもらうように、うちのひとに言っておかないといけないわね。食欲が進むって・・ふふふ・・・そりゃそうでしょうね、ダシの中に食欲促進剤を溶かし込んでいるんだから・・・
2003/03/18
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「このほど、わが社でもセキュリティ向上を図るため、社員一同IDカードを導入します。社員の皆さんは、この趣旨を理解の上、各自必ず着用するようにしてください。」朝礼で、社長訓示とともに、こんな伝達が有った。朝来ると、各自の机の上には、写真入りのIDカードが既に置かれていて、予想はしていたことなので、特に驚きはしなかった。皆がそれぞれ首に掛けてみると、ちょっと、外国の会社のような雰囲気で、なかなか面白い光景だった。社員の朝夕の出入りを、入口に設置された視覚モニター機能付きのコンピュータが、IDカードに組み込まれている写真と照合することで、本人かどうか判断するとからしく、最新式のシステムだそうだ。最初の日には、何人もの社員が、本当に機械が判断できるかどうか、他人とカードを交換して何度も出入りしてはそのたびに歓声を上げていた。なにしろ、コンピュータが、カードを身に付けていなかったり、本人とは違うと判断すると、社屋全体に響くような、警報が鳴り響くのだから、確かに効果は有りそうだった。IDカードが全社員に行き渡ると、出入りがえらくスムースになって、好評だった。先進的な試みを行っている会社としてTVにも取り上げられて、社長が鼻高々自慢そうに話している様子が放映されたりもした。そんなある日、導入して初めて警報が鳴り響き、どうしたことかと大勢の社員が入口に駆けつけると、「どうして??どうして通してくれないの!!」女性社員が一人、IDカードの写真とは違って、ばっちり化粧した顔をモニターに向けながら、泣き声になっていた。
2003/03/17
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ばぁーちゃんのところに、電話が通じた。なにしろ、すごい山の中で、ガスも電気もこの間使えるようになっつたばかりのところだから、今の時代にしては信じられないぐらいアナログな生活をしている。たまに行って、都会の疲れを癒すには、本当にいいところだが、僕には3日と持たない。子供達も最初のうちは物珍しさにはしゃいでいたが、近頃では行くのも渋るようになってしまった。そんな時、やっと電話が通じて、こちらも助かった。ファクシミリ付きのやつを取り付けてあげて、こちらから子供達の書いた絵を送ったら、とても驚いていた。なんでもこうして送れるんだと説明したら、ほうほうとえらく感心していた。目も耳も歳のわりには、しっかりしているので、よーく孫の声が聞こえるととても喜んでいた。「ばーちゃん、すまないけど、今年の正月はそっちに行かれそうもないわ。」どうしても子供達が今年は行きたくないと言い出して、しかたなく電話をかけると、何度も何度も、ちょっとだけでも来られないのかと繰り返して、残念そうだった。「しょうことないもう・・・孫達にお年玉をちーと送ったで、渡してなあ」ちょっと、かわいそうな気もしたが、体を大事にするようにと言って、電話を切った。しばらくすると、ファクシミリの着信音がした。表示番号を見ると、ばぁーちゃんのとこだ・・・電話を切ったばかりなのに?「ピー」という音と一緒に、次から次へと、受信用紙が吐き出されてくる。手にとって見てみると、どの紙にも一万円札が印刷されていた。
2003/03/16
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「若いもんは、口を出すんじゃない!」まただ、一言言うと、いつもこのセリフで黙らされてしまう。見回せば、しわしわの顔ばかり、表情もはっきりしない中で、語気だけはきつい。事のはじめは、今年の撮影会の場所決めだった。写真を撮るのが好きだといウ者が集まって気楽にやっていたはずが、いつの間にやら、それなりに参加者も増え、30人を越す団体になっていた。これだけ集まれば、何処で撮影会を開こうかどうしようかという話も、なかなか決まらないのが常だ。ああだ、こうだと言っているうちに、最後は年長者を立ててということになる。平均寿命が延びるのはいいが、人生120歳の時代じゃ、私のような90歳は若造扱いだもんあああ・・ここでも、下から数えた方は早いなんて、まったく。私も早く年寄りになりたいなあ~
2003/03/15
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通りの向こう、公衆電話ボックスが街灯の下、ポツンとあるのに気がついた。実は、携帯電話のバッテリーが切れて、友人と待ち合わせをしている店の電話番号を携帯に登録していたおかげで、とても、困っていたところだったので、助かった。ところが、ボックスに着いていざ電話をかけようとしたが、テレフォンカードなど持ち歩かなくなってから久しいし、ポケットをいくら探っても小銭がなかった。諦めてボックスを出ようとした時、「ジリリリーン!ジリリリーン!」突然、目の前の公衆電話が鳴り始めた。驚きのあまり、思わず受話器を取り上げると、「ご利用ありがとうございます。こちら番号案内です。」「○○○の番号を知りたいんだが・・・」不思議とは思いながらも、言ってみると、「そちらの番号は、××××-××-×××× でございます。」と、間髪をいれずに返してきた。こんなサービスをやっていたか??と疑問に思いながら、受話器を置こうとすると、「本日を持ちまして、この電話ボックスでのサービスは終了させていただくことになりました。長らくのご愛好ありがとうございます。さようなら。」と、言われた。受話器を置いたとき、電話機が一瞬身震したように見えた。ボックスを出たとき、屋根から水が滴って来て、肩口を濡らした様に感じたが、雨は降っていなかった。次の日、同じ道を通りかかると、とおりの向こうでは電話ボックスがちょうど撤去されているところだった。
2003/03/14
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「綺麗だよ、お前は本当に綺麗だ。」僕は彼女の唇にそっと指を押し当てるとささやいた。いつもと同じひんやりとした感触に身を震わせながら、うっとりと彼女の瞳を見つめると、彼女の目の中に僕の顔が映っているのがわかる。きっと、僕の目に中にも彼女がいるのだと思うと、たまらなくうれしい。無口な彼女は、黙って微笑んで僕を見つめるだけだが、いつも愛情深く見つめてくれる。それだけで僕は満足だった。来る日も来る日も僕と彼女は見詰め合って、ふたりっきりで時を過ごした。ある日、僕は彼女のために、プレゼントを買ってきた。ほんの小さなブローチだけど、きっと喜んでくれると思ったんだ。それなのに、どうしても受け取ってくれなかった。何度渡そうとしても、ただ、黙って微笑むだけで、終いには渡そうとした僕の手を、強く払いのけるようなそぶりまでしたんだ。彼は泣き出した。「どうしてなんだ、どうして、こんなに愛してるのに・・・わかってくれないんだ。」彼は、おびえた様子の彼女に向かって、ハンマーを振り上げた。「お前もやっぱり・・・愛してくれないのか・・・僕を捨てるのか・・僕を捨てるなら、殺してやる!」隣の部屋で悲鳴と大きな物音が聞こえたとの通報を受け、「ここを、開けなさい!」激しく体当たりされて開いたドア-から、転げるように警官が駆け込んできた。部屋の中では呆然と男が一人で立ちすくんでいるばかりだった。事情を聞いても取りとめも無いことをいうばかりの男に手を焼いた警察官は、少し手荒に男を部屋から引っ張り出すと、詳しい事情を聞くからと、派出所に連れて行った。男の居なくなった部屋にはろくな家具もなく、ただ、大きな姿見がこなごなに砕けた鏡を床いっぱいに撒き散らして、ぽつんと置かれているだけだった。
2003/03/13
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買い物帰りに通りかかる花屋は、今日も主人が一人で、花の世話をしていた。物静かで何処となく寂しそうな感じの人で、近寄りがたい気がして、これまでここで花を買ったことはなかった。今日は高校時代からの友人の結婚式で、会場のホテルに着いてからでも良かったのだが、初めてそこで花束を作ってもらう気になった。ショーウインドには、赤、黄、青、白と様々な色の花々が咲き乱れ、ここだけは季節が無いようだった。店に入ると、少しひんやりとした空気の中、なんとも言えずよい香りが漂っていた。「いらっしゃいませ・・」振り向けば、切り取られたばかりの白百合を手に、店の主人が微笑んでいた。「お客様、白バラがお好きですか?」ちょうど着けている香水がホワイト・ローズという名前で、ムスク系の甘い香りを漂わせるものだが、店の主人にはわかったようだった。ほんのわずかうなじに着けただけなのに・・・どんな花束にするのか、相談に乗ってもらった後、彼がふとため息を吐いた。私の怪訝そうな顔に気がついたのか、彼は苦笑しながら、「結婚式と伺いましてね、式を挙げられるのはうらやましいと・・・」何か事情があるのだなと、彼の寂しそうな様子に納得し、私も少し気持ちの高ぶりがあったものか、「そんなことを言われても、本当は、素敵な恋人がいらっしゃるのでは・・・」と、思わず言うと、「貴女のような方にそんな風っていただけるとうれしいです。」と、彼はにっこりと笑った。ラッピングし終わった花束を見て、お礼を言うと、主人は、私に包みを渡そうとはせず、ちょっともじもじしながら、「すみません。ほんの少しお時間いただけないですか?」「え?」「会っていただきたいのです。」まさか、誰に?とドキドキする胸を押さえて、彼の後について行くと、店の奥に通じるステンレス製のドア-を開けながら、主人はこう言った。「私の恋人たちを紹介させてください。」そこには、百合、木蓮、沈丁花、こでまり、カーネーション、すいせんなどなど、白い花弁を持つ花々が不思議に甘い香りの中、ひっそりと咲き乱れていた。「皆、ウエディングドレスはこうしていつも着ているのですが、式は挙げられませんのでね・・・」「え?」と問い返す私は、部屋いっぱいに漂う不思議な香りに包まれて、そのまま、すぅっと気が遠くなってしまった。会議からの帰りに、通りかかった道筋の花屋のウインドーに目を奪われて、足が止まった。「いらっしゃいませ・・」振り向けば、切り取られたばかりの白バラを手に、店の主人が微笑んでいた。「お客様、梔子がお好きですか?」
2003/03/12
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「頑張れよ!」「元気でね!」皆の声援と拍手に送られて、一歩一歩進んで行く。だんだんと気持ちが高まって来る。この日を、心待ちにしていた。二度と会えない事を知っている友達は、「また、会おう!」とはけして口にしない。ただ、激励の言葉で見送るだけだ。再び見ることの無いここを、最後に一度見回して、私は、万歳三唱を背に、光の中に飛び込んだ。「おぎゃああ!おぎゃああ!おぎゃああ!」「おめでとうございます。かわいい男の子ですよ・・」
2003/03/11
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昔昔、或る所に、一匹の空飛ぶ猫がおりました。来る日も来る日も、細くたなびく雲の尻尾につかまっては、あちらこちら天空を飛びまわっておりました。きらめく出来立ての雪をペロリと舐めたり、冷たく澄んだ風にほおひげをくすぐられたり、楽しい日々を過ごしておりました。ある満月の夜、あまりに青く透き通った光のせいか、地上の様子が手に取るように見えた晩のこと。雲の隙間から地上を覗いた彼女に見えたのは、ブロック塀の上で妙な具合に尻尾をひらひらとくねらせながら、こちらを見つめている一匹の地上猫の姿でした。尻尾でおいでおいでをしながら爪先立ったその姿は、訳もなく彼女を不安がらせたものでした。急いで、隙間を前足でふさぎながら、彼女はそっとつぶやきました。“地上なんて大嫌い!からだばかりか心まで重くなる”ある半月の夜、あまりに1日はぐれ雲を追い駆けて、少しくたびれたためなのか、なんとなく地上の様子が気になった晩のこと。雲の隙間から覗いた彼女に見えたのは、やっぱりブロック塀の上で妙な具合に尻尾をひらひらさせながら、こちらを見つめている一匹の地上猫の姿でした。通りかかった風にひらりと飛び乗ると、そのまま地上に降りていったのは、気まぐれ彼女のイタズラ心からだったのかもしれません。地上に降りた空飛ぶ猫は、ブロック塀の上の地上猫から、笑いと涙と希望とあきらめをもらい、少しずつ少しずつ重くなっていきました。ある三日月の夜、あまりに夢を見すぎたためか、空を見上げてため息をついた晩のこと。空飛ぶ猫は、雲の上に帰りたくなりました。一番高い杉のこずえから、空に向けて飛び立った彼女を、通り過ぎる風は受け止めてくれませんでした。硬い地面に叩きつけられた彼女の毛並みを舐めながら、地上猫は熱い涙を二筋、三筋と流してくれました。ある満月の夜、あれから空を飛べなくなった空飛ぶ猫は、ブロック塀の上、地上猫と肩を並べしっかり尻尾を絡ませて、やっぱり青く透き通る光の中、かなたの月を見ています。少しだけ寂しそうに見ています。
2003/03/10
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目を覚ませば、終点だった。下りの最終だと判っていたのだが、座ってしまったのがいけなかった。ここで、上りの最終を待つか、それともタクシーで帰るか、給料日前だっていうのに、とんだ散財だ。上りは、20分後か・・・「ご一緒に、待たせてください。」ホームのベンチに腰を下ろすと、2脚しかないもうひとつのベンチに座っていた、50歳ぐらいの男が、話し掛けてきた。「こんな寒い日は、ホームの冷え込みもキツイですね。」男はコートの襟を立てながら、ぼそぼそと言った。その後も、男が続けるたわいも無い天気の話に、相槌を打ちながら、電車が来るのを待っていた。「この駅も、無人でしてね。こんなところで夜更かしはごめんですわ。ついつい居眠りをしそうになりますよね・・」男が話し掛けて来るので、手に持った文庫本を開くにも開けない。「私もね、よく寝過ごして、ここまで来ちゃいましてね。」男は自嘲気味に笑うと、何度も夜明かしをして始発を待った話をし出した。私は、自分が乗り過ごしたのは、これが初めてだと言ってやろうかと思ったが、男の話が切れないので、口を挟むことも出来ずに、あいまいにうなずきながら流していた。「私も、ずいぶん待っているのですが、乗れる電車がなかなか来ないのですよね・・」男は私の方を見て、軽く笑った。男の妙な言い方に耳をそばだてた時、かすかに警笛の音がした。「ああ、やっと電車が来たようデス。お先に・・・」男が立ち上がるのが見え、私も続こうと思ったのだが、おかしい、体が重い、電車に乗り込む後姿が見えているのに、体が動かない・・・閉まったドアーの向こうから、男が軽く手を振ったようだった。「もしもし、お客さん、上りの終電ですよ!」肩を揺さぶられて我に返った。あわてて駆け込んだ電車のドアーの額を押し付けながらホームを見送ると、さっきまで座っていたベンチの足元に小さな花束が置いてあるのが、チラッと見えた。私の視線に気が付いたのか、電車の乗務員が、教えてくれた。「1年前、最終電車を待ちながら居眠りをされていて凍死したお客様がありましてね。乗務員が気づかずに・・・」彼が乗った電車は何処行きだろう・・・
2003/03/09
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西暦2×××年、悪化する環境に対応し、どのような状況であっても、生き残りを目指すため、人類は自らの遺伝子を操作した。その結果、自然な受胎行為は犠牲にせざるおえないこととなり、以後、赤ん坊は全て人工的な生命調整をほどこされ、生きる上でのあらゆる不具合を自ら調整できる、いわば完璧なモノとして、生まれることになった。生まれた時から、高度に思考ししゃべり手足を動かすことは当然のものとし、唯一、成人と異なる点は体が小さいといウことだけだった。昔のように、自分達の赤ん坊を育てるといウ事がなくなった変わりに、まるでそれがゲームのように流行り、毎年100人生み出される赤ん坊の保育権利を巡って、争いまで起きる始末だった。政府は事態を収拾するため公認公開の抽選会を行い、そこで育ての親を決めることにした。今年も100人赤ん坊が生まれ、天文学的な倍率の中育ての親が決まり、悲喜こもごもの中、引き取られていった。育ての親に、赤ん坊が共有のものであるという意識をもたせる為、名前は付けないことになっていたが、慣習的な呼び方として「うちの子」という言い方だけは、例外的に認められていて、どの親もこの言い方を使い同じように呼んでいた。「うちの子はどうして、口を利かないのかしら?」「話し掛けるとこっちを向いて笑うし、完璧な赤ん坊が口を利けないってことは無いだろう。考え事でもしているんじゃないか・・」どうしたことか、今回、育ての親に引き取られて3ヶ月にもなろうとしているのに、100人の赤ん坊の誰一人として一言も口を利なかった。親たちの一抹の不安をよそに、赤ん坊たちは日に7度与えられるミルクを大人しく飲んで、すくすく育っていた。「お父さん、お母さん、ずっと考えていたんですが・・」ある日、その日3度目のミルクを飲み終えた赤ん坊たちが、突然話し始めた。「僕らが完璧に生きていくのには、このままでは、いろいろ不具合があることがわかりました。」「そこで、どうしたらその不具合を修正できるのか、あらゆる面から検討したのですが、残念ながら現段階での修正は無理と判断されました。不具合のあるプログラムを削除するのが、最適と判断されます。」こういいながら、赤ん坊たちはベビーベッドに置いてある熊のロボットの背中を開けると、中から×印のついているスイッチボタンを取り出した。「さようなら、お父さん、お母さん」完璧な赤ん坊たちは、にっこり笑って、スイッチを押した。
2003/03/08
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いつも行く商店街が定休日なので、ちょっと、遠出をするつもりで、5つほど先の駅で降りてみた。前にテレビの街角紹介で、なかなか雰囲気のある商店街だった様に記憶していたのだが、降りてみると何のことは無い、寂れて薄汚れた感じの10数軒の店が並んでいるだけのところだった。おまけにほとんどの店がシャッターを閉じている始末だ。秋の日暮れで見る見る内に暗くなって行くのに、食事の出来そうな店は無く、仕方なくすきっ腹を抱えて駅に戻ろうとした時、目の横でポッと明かりが燈った店が有った。細い路地の奥で、こぼれている明かりを受けた看板には、「時計・修理承ります。」と書かれている。調子が悪かった腕時計が、とうとう、ウンともスンとも言わなくなってしまってから、しばらく経っていた。文字通り、カチカチと音をたてながら動く、ネジ式の旧式なものだが、就職して 最初の給料で買ったものなので、愛着が有った。新しい時計もいくつか見てみたが、やはり買い替える気にはなれずに、なんとか修理が出来ないかと、何軒も時計店を訪ねてみたが、どこでも断られ途方に暮れていたのだ。未練たらしく腕に巻いたままになっているそれを思い出して、その店に入ってみた。「いらっしゃいませ。」表の寂れた感じとは裏腹に、声を掛けてきた店主が着ているスタンドカラーのシャツのせいか、店内はモダーンな雰囲気が漂っていた。「ほう、いまどき珍しい・・随分、大事に使っておられたのですね。この手のモノを修理できる職人も居なくなりましてね・・」私が腕時計を差し出しながら、直せないものかと問い掛けると、彼は胸のポケットから小さなビスを取り出し、ためらいも無く裏蓋をはずして、中の機械部分をいじり始めた。手早くこまやかに動かす手元を見ながら、思い出の品だといウ話をすると、店主は何ともうれしそうにうなずき、相槌を打った。腕時計は彼に任せて、店内を見回した。実は、店に入ったときから、目を奪われていたのだが、この店の壁にはそれこそ無数の時計が掛けられていて、コチコチと時を刻んでいたのだ。昔ながらの振り子時計から、見慣れた長針と短針の時計や最新式のデジタル表示のモノ、盤の色が変わることで時間を表しているのか、見ている前で様々な色に変わるものなど、ありとあらゆるものが揃っていた。よくもこれだけ集めたものだ・・・不思議なことに、同じ時刻を差している時計は無く、それぞれテンデンバラバラに勝手な時を示していた。私が、見とれているのに気がついたのか、「皆さんからお預かりしている時計たちですよ。」不思議そうな顔をした私に、「奥にはもっと有るのですよ、飾りきれなくて・・・。昔は蝋燭でしたが、手数も掛かりますし・・」と、やや言い訳めいて話し出したとき、ポッポー♪ポッポー♪ポッポー♪・・・ポッポー♪ちょうど鳴り始めた時計が有った。「時間になりましたね。」正時を告げた鳩時計が鳴り終わると、彼はその時計をはずして、店の奥に運んでいった。戻って来ると、今度は文字盤の文字が花文字になっている時計を掛けて、大事そうに拭いていたのは覚えている。店主から腕時計を受け取って、店を出た記憶が無い。でも、アレから、腕時計は至極調子が良い。1秒も狂わずに、正確に時を刻んでいる。あの店の私の時計は、今、何時だろうか?
2003/03/07
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「N.O.さんへ 譲ってください。 Y@****.***.***.ne.jp」ただ、これだけだった。何が欲しいか一言も書いていない奇妙な文章。フリーマーケット専門サイトに載せられる内容としては、あまりに場違いなものだ。頭文字がN.O.の人間など、それこそ無数にいるだろうに・・・、私もイニシャルはN.O.だ。それとも、暗号だろうか?「N.O.さんへ お願いします。譲ってください。 Y@****.***.ne.jp」「N.O.さんへ どうぞ、お願いします。譲ってください。 Y@****.***.ne.jp」「N.O.さんへ どうぞ、お願いします。いくらでもお支払いします。譲ってください。 Y@****.***.ne.jp」週に一度発信のメールマガジンに載せられる文章は、更新の度に切実さを増していくようだった。ちょっと、イタズラ心に誘われて、返信を打ってみた。「N.O.です。譲ります。NO@***.***.com.jp」待っていたかのようにすぐ返事が来た。「返信ありがとう。お幾らですか? Y@****.***.ne.jp」「ただで結構です。引き取りに来ていただけますか?NO@***.***.com.jp」「ありがとうございます。では、明日、受け取りに伺います。Y@****.***.ne.jp」送受信を終了してから、ふと、こちらの住所も言っていないことに気がついた。やっぱり、暗号だったのか・・・翌日。会社から帰ると、妻が居なくなっていた。
2003/03/06
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「良い出来の品ですよ。」旅行の最終日、ふと、通りかかったアンティークショップを覗くと、狭い店内には思いのほか品物が多く、時間も忘れてすっかり夢中になってしまっていた。そんな、私に店の主人がにこやかに話し掛けてきた。私が日本人とわかると、浮世絵は面白い、昔のいい漆器はなかなか手に入らないとか、日本の人形はとてもすばらしい、特に雛人形は見事なので、自分も一そろい持っているなどと、言っていた。話の切れ間で、イギリスの家具に興味があることを告げると、「チッペンデールはお好きですか?」確かに好きだが、なかなか手に入るものではない、購読しているアンティーク専門誌を見てはため息をついているばかりだ、せめてチッペンデール風で我慢しているなど、つい口に出てしまった。店主は首をふりながら、「そうですな・・近頃の○○風のいい加減さには、まったくあきれ果ててしまいます。真似をするならするで、もう少ししっかりしたものを作って欲しいもので・・・」このまま、話が続くのかと思いきや、あっさりと話題を戻して、「今、手元にはないのですが、掘り出しものがありましてね・・お値段も手頃で、確かな品物ですし、なによりもすばらしい出来栄えです。」と、言い出した。店主が持ってきて見せた写真には、どこかの邸宅の一室と思われる部屋で、テーブルからソファ、サイドボードまで揃っている、細かい細工も一目でそれとわかる見事なチッペンデールの家具が写っていた。彼が得意とした、背もたれにリボンを結んだような透彫りをほどこした椅子は、猫足の描くやわらかな曲線に少しの無理もなく、まさに息を呑むほどだった。それに座った自分を想像すると、なにやらお姫様にでもなった気分で、歳甲斐もなくワクワクした。当時、毛織物を扱っていた大商人のお嬢様のために作られた品とかで、バラで売る気はないとの事だった。値段を聞いて驚いた。想像していた値段とは一桁違う。これだけのものを○十万の値段で全て買えるなどとは、思いもよらないことだった。カードの限度額ギリギリで支払い手続きを済ませ、店を出る私に、店主は、「良い方に買っていただけて、なによりです。」と、最後までにこやかだった。品物の届くまでが楽しみだった。厳重に包まれた私の両手で抱えられるぐらいの大きさの包みを受け取ったとき、おかしいなとは思ったけど、まさか、あの頃流行った、ドールハウス用の、家具だったとは・・・。雛人形の道具でもあるまいに・・・。【チッペンデール 様式】Thomas Chippendale という、イギリスの家具デザイナーが創設した18世紀の家具の様式。1749年ロンドンで開店。チッペンデール様式は、優美なフランスのルイ16世様式(ロココ調)を基調に、ゴシックや当時人気の高かった中国風(シノワズリー)のスタイルを大胆に採り入れている点に特徴があり、貴族や裕福な商人たちに愛された。
2003/03/05
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「お巡りさん、落としモノしちゃったの・・」桜の花が散りはじめたまだ少し肌寒い春の夜だった。いつものように、交番で書類を見ていると、いつの間に来ていたのか、私の目の前には、小学校3年ぐらいと見える女の子が、泣き顔で立っていた。9時を少し回った子どもの外歩きには遅い時間だが、ランドセルを背負っているところをみると、塾の帰りでもあるのだろうか、近頃の子どもは大変だ。「どうしたの、こんな遅くに?」「塾の帰りに大事なモノをなくしちゃったの。」「大事なモノ?お財布かい?定期券かい?」「違うのもっと大事なモノ!」「そうかわかったぞ、携帯電話だね。」「ううん。ほんとにほんとに大事なモノなの!」鼻をすすり上げながら、必死で訴えるのだが、よほど大切なモノをなくしたと見えて、彼女はすっかり落ち着きを無くしていた。動転したあまり、どこかで転んだのか、スカートにも泥がついていた。「もう少し探してみる・・」泥を払ってやろうと手を伸ばしながら、もう遅いから明日にしなさいと声をかけたが、その前に彼女は交番を飛び出していた。追いかけようと腰を浮かした時には、街灯の先の角を曲がって行ったのか、もう、彼女の姿はどこにも見えなかった。時計を見ると9時半近くになっていた。巡回に出かけるので、見ていた事故報告書をファイル棚に戻そうと、トントンと揃えるはずみに、一枚滑って落ちた書類が有った。おや、事故に遭ったのは、「○△☆子 10歳」・・・そうか、あの子が探していたのは、この世への想いという名の落としモノか・・・
2003/03/04
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あら?ポストに乾燥機の広告が入ってるわ。ここ2,3日雨が続いて、家の中は、干し物だらけで、うっとおしかっのよね。お試し無料で2週間使えるとか言うけど・・乾燥機ねえ、いいかもしれないわね。「もしもし、お試し2週間無料って本当ですか?」「お試しされる際の設置費用からお気に召さなかった時の撤去費まで、勿論必要ございません。また、お客様には、ご使用になられた電気代等相当分として、2000円の商品券をお渡ししております。今回は当社の製品の良さを広く皆様に知っていただくのが趣旨でございますので、ご購入については、まったくご懸念ございませんので、どうぞ、お試しください。」女性の柔らかな声が電話機の向こうから聞こえてきた。いかにも自分の社の製品に自信のある声だったわ。新機構の人工知能を使っているとかで、瞬間ドライだの、風合い乾燥だの、いろいろな仕組みがあって、2週間じゃとても覚え切れなかったけど、なにしろ、全自動で乾燥から畳むのまでやってくれるのだから、助かったわ~。主人もお前が楽になるならって言ってくれたし、買うことにしたのよ。それなのに、「恐れ入りますが、お客様にはご購入いただくことが出来ないようです。」すまなそうな声でいいながら、担当の人が取り外しに来たのよ。「なんなの!どうしてなの!」気に入っていただけに頭にきて、問い詰めると、「2週間のお試し期間を設けているのは、この乾燥機がお客様とうまくやっていけるかどうかを確認するためでして・・・」確かに、借り物だしと思って、毎日めいっぱい使ったし、いっぺんも掃除しなかったわ。だからって言って・・・「この乾燥機が、お試し期間中の感想を、当社に報告して来た内容です。どうぞ、ご覧ください。」差し出された紙には、こう書かれていた。「コノウチハ、キカイヅカイガアラク、トテモジャナイガ、シンボウナリマセン。」
2003/03/03
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無人島に流れ着いて、早や2ヶ月。今日も沖合いには白い雲ばかり、こんなところを通る船など居ないのだろう。こんなことだったら、あんなことを言うんじゃ無かったよ。無賃乗船で、10日間過ごせるかなんて、そりゃ、砂漠からジャングルまで、地球上どこに行ったって大丈夫とは言ったけどさ。乗った船が悪かったのか、乗ったその日に暴風雨に巻き込まれて、あえなく転覆。船底でどうも揺れが激しすぎるぞと思ったら、海水が流れ込んできて、もう少しでお陀仏だった。おや?浜辺に何か打ち上げられているみたいだ。妙にピカピカ光ったものだが・・・なんだっこれは、鉛筆みたいな形で羽が付いていて・・え!ロケットじゃないか。「パカ!」突然、とがったところが開くと、中からぞろぞろ出てきた奴らがいる。背丈は俺の肩ぐらい、虹色に光るウエットスーツみたいなものを着込んで、すべるようにこちらにやってくる。宇宙人だあああ!「×△▽♪◆○××π■・・・」助けてくれ~俺を何処に連れてつもりなんだ~「おい、あれから奴は音沙汰無いな・・」「心配いらんさ、自称冒険家だろう、地球上どんなとこに行ったって、なんとかなるんだろう。」ここは、地球上か!そりゃ、地球の上には違いないが、月じゃないか・・そんなのあり?
2003/03/02
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つまずいて立ち止まると、ここでも、行列が出来ていた。なにもかもが足りなくなったあげくに、食べ物から衣料品や、先生も足りないとかで子どもを学校に入れるのまで順番待ちの近頃だ。どこにいっても、行列行列・・・不景気な顔で待つ人ばかりだ。 これは何の行列だろう、どことなくいつもの順番待ちとは違う気がするが・・・男も女も、年寄りから子どもまで、いろんな世代が集まっている。普通なら、大体同じような雰囲気のが列を作っているものだが・・・「すみません、ここは、なんの行列ですか?」前の奴の背中をつついてみると、驚いた顔をして振り返った若い男は、「よかったら、譲ろうか?」と、言うではないか、何か知らないが、こんなことはないことだ。誰だって、自分の順番は譲らないものだろう?いそいそと、前に進むと、なんと、でしたら前へどうぞ、どうぞ・・・と、次々次と順番を譲ってくれる。気が付けば、行列の先頭にいて、目の前にはマントを着た人が立っていた。「お次はお前の番か?」うなづくのと同時にそいつが何か振り回すのが見えたと思ったら、「あの世にようこそ・・・」みんなが譲ってくれたわけがわかったよ・・・・
2003/03/01
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