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先日(1月30日)、幡ヶ谷のホールで、M.の知人が主催する音楽工房Zooの歌・劇を観覧。後半の音楽劇『しましまな島のしましまな生き物たちのお話』が特に面白かった。登場するキャラクターはすべて動物という設定。「縞の島」の話で、シマウマ、シマヘビなどが登場・・・イヌやネコは、周囲に合わせるため無理にシマシマの姿となっている・・・そこへ役人がやって来て、シマシマ志向は許さない、とシマウマを捕らえる。裁判にかけられたシマウマは有罪となる・・・そこで、かつてシマシマを強いられていたイヌとネコが、シマウマを擁護する。シマシマがあってもなくても、みんな違っていいんだ・・・。記憶は不確かだが、ほぼこのようなストーリー。これがミュージカル仕立てになっている。7名編成のコーラスと1名のギターのみということで、単調なものを想像したが、演奏された曲はバリエーションに富んでおり、最後まで飽きなかった。30歳を経過した頃から、友人・知人またはその関係者が開く小さな音楽会・展覧会といったイベントの類いに行くことが増えたと思う。それぞれに個性があり、こちらもいろいろな感想を持つが、総じてアマチュアの底力を感じて刺激になる。大きなイベントでは、出演者や制作者と接触するのが難しいものだが、街中のホールやギャラリーでは直接会話もできたりするので、「顔」が見えてきて楽しい。私自身、昨年秋に、音楽と詩の小さな会に参加した。自分なりに勉強もし、披露する楽しみも味わった。恥ずかしい感覚も今では良い思い出だ。そう言えば、そろそろ、その会の第2弾に向けて企画を考えねば。
2005.01.31
Dès la 2ème édition,Bonjour Pongistes est devenu hebdomadaire(mais,presque).La reine H. était absente.Pour cela, je jouais comme un régent.Le froid a rendu le corps de P. solide,mais ses Nozomi smashes ont été vites comme d’habitude.La balle blanche a attein jusqu’au plafond.Tennis boy M. nous a exhibé une technique qu’il avait appris dans la péninsule coréene.Après les matches,nous avons bavardé comme ça:P. nous a présenté des pains de l’hotel Rihga royal.D’après lui,au milieu de cela,il y a de l’anko(pâte) insérée.On pourrait jouir la saveur de chataigne.M. a eu une bonne nouvelle.Son enfant serait fille.Au japon, 2005 est l’an d’oiseau.Nous espérons qu’elle viendra,bien sûr,à notre ping-pong.Nous t’attendons,petite oiseau!Ces jours-ci,P. porte un beau manteau.J’ai trouvé une pitite marque sur la manche, et je l’ai prononcée “Aigre”. Il a corrigé tout de suite. “Aigre,c’est faux.Aigle,c’est vrai.J’aime lécher du vinaigre,mais ce manteau est Aigle.”Quoi? Je n’ai rien compris.Chez Aigle,on produit du vinaigre?Le français est toujours difficile…
2005.01.30
みなさんは、ビッグイシューという雑誌をご存知だろうか?大阪、神戸、京都、東京、千葉、横浜で販売されているので、全国的にはまだ知名度は低いかもしれない。この雑誌は、「ホームレスの仕事をつくり自立を応援する」ことを目的としており、ビッグイシュー専門の販売員の方たちによって、大型ターミナル駅前などで売られている。(その販売の仕組みはこちら)内容・ジャンルは、一般的な雑誌ということができると思う。私は、最寄の駅でこの雑誌を購入しているが、いつも思うことがある。ビッグイシューの販売員の方が一人で立たれているすぐ横で、リクルートのHot pepperが配られている。アルバイトらしき二十代の若い女性が赤い服・赤い帽子で、明るく通行人にアピールする。時には大きなトウガラシの着ぐるみの助手も交えながら、随分にぎやかだ。Hot pepperのクーポンを使うと、レストランなどで飲み物が1杯無料になったり、料金が割引になるサービスが受けられるらしい。無料でクーポンが手に入っておトクになることから、受け取る通行人も多いようだ。ビッグイシューは、一冊200円。リクルートの赤いクーポン雑誌でトクした分で、お買い上げいただくのはどうだろう。過日、名古屋の白川公園でのテント撤去が話題になった。名古屋でビッグイシューは販売されていないようだが、進出の予定はないのだろうか?以下、同日に再UP。セガレン『ルネ・レイス』05年01月29日副題:「変幻自在あるいは右往左往」IFJTにて、R.先生の講義。本日の講読範囲は場面の切り替えも多く、ぼんやりしている間に、話はいろいろな方向へ向かう。義和団の乱。辛亥革命周辺の人物、孫逸仙(=孫文)、袁世凱、李鴻章、溥儀、などなど(※えんせいがい、りこうしょう、どちらも一発変換!驚き)。紫禁城の中の地理。文章中に登場する獣脂・蜜ロウ・翡翠の連関。音声構築の工夫。京劇を観る場面と、そこで引き合いに出されるオペラ・楽劇。自信満々かと思いきや、自らを皮肉るような態度にもなる話者・・・話題が多すぎて、めまいがするほどだ。次々に知らない言葉が登場するにしても、私の反応速度が遅すぎるのではなかろうか、と少々不安に思いながら、セガレンの特徴を少し考えてみる。詩集『碑(原題:Stèles)』に収められた、「いい旅人になるためには(原題:Conseil au bon voyageur)」に、何かヒントが隠されているように思う。ここでセガレンは、安住せずに「多様性=Diversité」の大河に渦巻かれよ、と提言する。つまり読者の私は、セガレンの企図する通り、多様性の流れに酔い、クラクラとめまいを感じた・・・これは正しい受容の仕方ではないか!それにしても、こじつけとして強引過ぎるだろうか?もう少し理解できるようになりたいものだ。
2005.01.29
土曜日のIFJTで行われる講義に備えて読み進める。1月22日の日記に、≪話者は、紫禁城の中へ入り込むことを目的としている。≫と記していたが、これについても訂正が必要なようだ。話者の「ぼく」は、フランス公使の随員としてとうとう紫禁城の中へ入る。私がこれまで目的だと考えていたものは、達せられたことになる。しかし、作品は終わりではない。「ぼく」はベルギー人で年下の先生、ルネ・レイスのところへ向かい、自分が紫禁城のどこを歩いたのか、確かめようとする。どれだけ自分が入り込んだのか、その度合いがどれだけのものなのか、計ろうとする。では、「ぼく」の目的は、何だろうか。これまで読んできた中で、答えとして考えられるのは、「裏の事情通」となること、だと思う。ルネ・レイスは、昼間は貴賓学校の教師である。しかし、夜になると皇族やその周辺者と宴を開き、摂政を護衛する秘密警察の一員という別の顔もある。「ぼく」が目指すのはまさに、このルネ・レイスの特徴である、裏の事情通となることではないか。それゆえ、自分のたどった道順を彼に確認し、裏の事情通としてのレベルを見定めるような行動をするのだろう。裏の事情通。卑近過ぎる例だが・・・・私の住むあたりで言えば、トー○ョー○ォーカーやハ○コに出てくるデートスポットに詳しいプレイボーイではなく、ゴールデン街、歌舞伎町、大久保あたりの動向に詳しい男・・・・
2005.01.27
湿っぽい話で、すみませんが・・・おじが亡くなって、今日葬儀が営まれた。私の趣味のひとつとして魚釣りがあるが、最初に教えてくれたのは、このおじだった。思えば、洒落た人だった。まだ小さかった私に楽器を持たせて音を出すことを教えてくれたりした。おじは、よく絵を描いていた。田舎の山の絵が多かったと思う。ふと、マルセル・デュシャンの言葉を思い出した。「生き、そして描く。絵描きであるということには、実際何の意味もないのです。それは今日でも確かな事実です。人が絵を描くのは、いわゆる自由な存在でありたいからです。」(マルセル・デュシャン、ピエール・カバンヌ 岩佐鉄男、小林康夫訳『デュシャンは語る』ちくま学芸文庫 1999年 より)おじとデュシャン、全く関連はないが、同じようなことを考えていたのではないか、と思う。おじの冥福を祈る。合掌
2005.01.26
私は、こころに負担がかかってくると、必ず南木さんの本を読む。残念ながら、今日はそんな日だ。なぜ読むかというと、立ち上がれる感じがしてくるからだ。私は、南木さんと同郷だ。まだ郷里で高校生だった頃、『ダイヤモンドダスト』が芥川賞を受賞した。当時、文学少年気取りだった私は、このニュースに感動した。こんな田舎から芥川賞か!どういうルートだったかわからないが、父が南木さんの直筆サインが入った『ダイヤモンドダスト』を手に入れた。受賞作を含め短編がいくつか収められたその本を、私はすぐに読み始めたが、数ページでイヤになった。地味すぎる。くすみ過ぎている。止まったページにしおりを挟んだまま、本棚に置いた。それから十数年経過した。私は都会で会社員になっていた。会社の仕事をはじめとした、さまざまな圧力が、毎日重い。その重さがあふれ出て、こころは悲しくしゃがみこんでいた。気分を変えたい。そう思っていたときに、雑誌で映画の『阿弥陀堂だより』を知った。原作、南木佳士。久しぶりに目にした名前に興味が湧いた。見てみよう。映画は、私が生まれ育った、すなわち南木さんが生まれ育った辺鄙な田舎をモデルにしていた。素直に感動もでき、涙が出てきたりもした。しかし、何かが違った。田舎を映像にしているのに、決して田舎に見えないのだ。原作からして、違うのか?本の『阿弥陀堂だより』を、確認したくなった。すぐに、全部読んだ。いや、こちらは同じだ。私の郷里を描いている。私が見たり、聞いたり、感じたことと、同じことが文字になっている。あの本棚に、『ダイヤモンドダスト』はまだあるだろうか。家族に電話して本棚を探してもらうと、まだあるという。多分、そこにも同じことが描かれているのだろう・・・・宅配便で届いた『ダイヤモンドダスト』を開いた。しおりは、読み止めたページから動いていなかった。最初から、読み始める。やはり、これだ。私が生まれ育ったのは、ここだ。読みながら、自分の10数年の経過を反芻した。自分がどのようにして今日に至ったかを、何度も考えた。自分はなぜ、地味でくすんだ田舎を離れ都会で生きているのか。自分はなぜ、ここにいるのか。そうするうちに、私の感じていた重さは、少し軽くなった。重さが全部なくなったわけではないが、自分の足で立てるくらいになった。流れている。この十数年がそうだったように、今日も明日も流れているはず。その流れに乗れば、なんとか過ごせるだろう。こう考えると、なんとか立ち上がれる。南木さんの本は、いわば、その流れの源だ。
2005.01.25
2005年1月22日(日)に見た。私はこの監督も作品も全く知らなかった。かつて、Berlolさんがブログで新宿ゴールデン街の「ラ・ジュテ」という店に言及していたことがあった。この「ラ・ジュテ」とはマルケルという人の代表作で、その新作がIFJTで上映される・・・ゴールデン街へは時々行くし、何か縁があるかも。そんなことを考えながら見に行った。IFJTの受付カウンターにて、チケットを購入。「お面をつけてご覧になってくださいね。(Berlolさんのブログをご参照)」ポップな猫の顔。何だ?SMだろうか?上映がこの22日と29日の2回だけのためか、100名ほどの席はすべて埋まっていた。なんだ、マルケル氏を知らなかったのは私だけか。作品の上映スタート。字幕なし・同時通訳。黒地に白い文字でメッセージが映し出されるのも読み上げられる。結構面白い。さっきのお面と同じ顔の猫が、パリの街中に描かれている。あちこちに。デモ隊のプラカードにも登場。ゴッホやレジェ、さらにはラスコーの壁画にも闖入する黄色い猫。なんじゃこりゃ。画面・音声は2002年の仏大統領選の報道になったり、ブッシュ、ブレアの顔とスピーチになったり。うむむ。どうやってコイケランドの話題にしようか??そう思っているうちに、約90分の作品は終了。何と言っていいのか。不思議にも読了感・観了感がある。かつて同じ場所でモーリス・ルメートルの作品を観覧したことがあったが、あのときのような、うむむに起因する胸ヤケ感がない。このスッキリしたものは何だ?これが気になった。ふと持ち帰った猫のお面を眺める。私たちは、猫になって、見ている・・・そうだ!漱石の『吾輩は猫である』。視点の設定がほぼ同じではないか。あの猫もお面をつけた観客の私たちも、人間世界の動きを観察する猫。ただし、マルケル氏が『吾輩~』を読んでいるかどうかは不明。
2005.01.24
Bonjour pongistes(Ce n’est pas le titre de roman de Françoise Sagan.)!Je vous présente les joueurs principals.P.(dit Berlol)=Professeur de littérature française,il aime les pâtes et Led zep.Son smash est plus vite que Nozomi super express! He will make brief stop at Nagoya…. M.=Un homme international.De temps en temps,des voyages d’affaire à la Chine et à la Corée.Un bruit qu’il est acteur à Hongkong avec un rôle battu par Jet Li.Son talent excellent du tennis lui sert dans nos matchs.H.=Une jeune femme.Notre reine du ping-pong en même temps celle de dajaré(=jeu de mot).Ses spécialités sont Niko-niko service et Niko-niko smash.Souriants mais piquents![O.(dit Bikun)=Photographe.Maintenant il est en France.Le t-shirt jaune lui va bien.Il est gentil,au contraire ses balles était méchantes.]K.=Moi.Euh….trop dur,le français.Je m’arrête jusqu’ici ce soir.A bientôt
2005.01.23
東京日仏学院(以下IFJTと略す)で、P.R.先生の講義。昨夜遅かったので眠かった。それにしても、講読中のセガレン『ルネ・レイス』は、難しい!邦訳で読んでも理解しづらい。いわんや仏語をや。ここでひとつ訂正。過日の日記で「セガレンの手記」のように記載したが、これは誤り。話者=筆者に見えやすいが、作品自体は実話ではない、とのこと。今日の講義で興味を引いたのは、R.先生の言葉遊び的解釈。タイトルのルネ・レイスとは、作品の主要登場人物であるが、この名前からしてセガレン作品の特質を表している、との意見。ルネ←ルネサンス≒キリストの復活。レイス←天子(皇帝):仏訳 Fils du Ciel フィス・デュ・シエル からシエルの発音をもじったもの。いわば、≪混ざりかけ≫の西洋と東洋。これは確かに、『ルネ・レイス』で感じられる印象だ。話者は、紫禁城の中へ入り込むことを目的としている。このことに拘泥し、様々な手段を模索する。自分の国へ戻ることを前提とした、ツーリスト的な行動とは異なるものである。この時点で、西洋は東洋に混ざり始める。しかし、それらは完全には混ざらない。話者の行動や思考は、混ざり込むことを求めているわけではないのだ。中国に帰化したヨーロッパ人に対して一歩距離を置き、自分の目的=紫禁城のための手段としてしか見なさない。自分自身が東洋の人間になることまでは望んでいないのである。ここで、混じり合いは停止する。かくして、混ざっているようで混ざっていない、≪混ざりかけ≫の西洋と東洋が表出してくる。この先も、『ルネ・レイス』の講読は続く。今後、どのような≪混ざりかけ≫が出てくるのだろうか?楽しみだ。
2005.01.22
こんにちは。私は都内に住んでいる会社員です。34歳、男です。みなさんは、どんなフランスの文学作品を読んだことがあるのでしょう?いろいろ勉強したいと思います。宜しくお願いします。
2005.01.21
こんにちは。どなたかが、この日記をご覧になるのでしょうね。少し楽しみです。私は会社員です。内装関係の会社で営業の仕事をしています。仕事とは全く関係がありませんが、本の話題が好きです。私が最近読んでいるのは、セガレン『ルネ・レイス』という作品です。1910年頃の北京・紫禁城を題材に書かれています。ツーリズムとは全く違う視点で描かれた、フランス人の手記です。この日記を読んでいただいた方と、面白い本に関して情報交換ができれば最高です。宜しくお願いします。
2005.01.20
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