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Je me suis leve a 9:30. La veille au soir ( ce matin-la ) , une fete avait eu lieu dans La Fabrique, comme toujours jusqu'a l'aube.Euh, j'avais sommeil. H., P., et Bikun etaient deja arrives. Pardon, Pongistes. Je suis souvent en retard ces jours-ci….Bikun m'a montre des photos de sumo d'enfant qu'il a prises. J'avait suppose qu'il etait aussi sumoiste et il mettait le mawashi ainsi que Asashoryu. Mais il m'a dit qu'il etait alle au dojo a Tachikawa pour son travail de photographe. Les images etaient jolies, ca m'a un peu decu quand meme.A midi, P. a crie soudainement. " J.P. vient ! " C'est pas vrai ? L'autre jour P. nous l'avait dit. J.P., J.P.T. … , il est tres celebre. On le connait bien, moi aussi…Un quart d'heure apres, J.P.T. authentique est arrive ! En plus, il a participe au jeu. Une fois, j'ai fait une paire du double avec lui. Nous avons perdu contre la combinaison de Hisae-Bikun, pourtant je suis tres content.Ensuite, selon notre connivence, nous sommes entres au restrant des pates.Un grand ecrivain et un grand professeur ont commence un cours de francais erotique …Plus interessant que celui de l'Institut Franco-Japonais de Tokyo !
2005.05.29
IFJTにて、R.先生の講義、第7回。 IFJTは、3ヶ月で1学期となっており、各学期中に計10回の講義が行われる。 7回目にして、漸く『嘔吐』の感覚を把握することができたような気がする。 5月14日の日記では、前向きなロカンタンに、自分とはかけ離れたものを感じる、という意味のことを書いている。また、5月21日の日記では、ricecocoaさんのコメントに対して「《存在》する道を突き進んでいるよう」と返答している。 しかしながら、その印象が変わってきた。 以下は、ロカンタンと、ヒューマニストの「独学者」との対話である。 「自分は社会のある階層のために、友人 のグループのために書いているのだ、と言 ってくださるとありがたいのですが。(中略) あなたはだれかのために書いておられるの です」 彼は答えを待っている。答がないので彼 は弱々しい微笑を浮べる。 「あなたは人間嫌いなのかもしれませんね」 (白井浩司訳 p.193 より) 「人間を愛することも、憎むこともでき ないと思いますがね」と私は独学者に言う。 (中略)彼は、まるで自分の言葉に注意し ていないようかのように呟く。 「彼らを愛さなければなりません、愛さ なければ・・・」 (白井訳 p.p.194~195 より) 「失礼だが」と私は彼に言う。「どうも私 は、人間であることに確信が持てない。人間 であることがそんなに難しいもんだとは、一 遍だって考えたことがない。誰でも、成り行 き任せにしておくだけだ、と思われますがね」 (白井訳 p.198 より) ロカンタンは独学者と対照的で、何かを目標にして注力するタイプでなく、言わば、完全ニュートラルな感覚のタイプではないだろうか? サルトルの《アンガージュマン》のイメージが強いせいか、知らず知らずのうちに、やる気満々のロカンタンを想定していたようである。 R.先生の「60年代のサルトルとは違う」の一言で、ふと思い出した。『嘔吐』は1938年に初版刊行である。大事なことを忘れていた!
2005.05.28
東京都美術館で開催中の、『アール・デコ展 ―きらめくモダンの夢―』を観覧。 これは、質が高い。見ていて楽しくなるものばかりである。 特に目を引かれたのは、ブレーズ・サンドラールの散文詩にソニア・ドローネーが彩色を施したパンフレット状の書物『シベリア鉄道とフランスの少女ジャンヌ』だった。縦3m×横20cm位の細長い額に入った形で展示されており、上部が遠くてよく見えず確認できなかったが、どうやら極東からパリまでの旅が素材になっているようだ。フランス語のひとくせありそうな文章は難解だったが、それでもじっと見入ってしまった。 アール・デコ周辺部にも目が向いており、おっ、と思わせる作品が多かった。 一例を挙げるならば、フランソワ・ポンポンの『しろくま』。ポンポン!感激である。この展示会には小さなものが展示されていたが、それでもオルセー美術館にあった威風堂々の『 Ours blanc 』を見た記憶が瞬時に蘇った。 今になって、図録を購入しておかなかったことが悔やまれる。 豪華な装丁の書籍、デザインの良い食器や家具、綺麗な配色のポスター、などなど。本当にたくさんあったが、その作家・作品の名前はもう忘れてしまった・・・収められた研究者たちの文章も質が高く、なおかつ面白かった。 値段には目を向けないで、買ってしまうべきだったか。 思えば、今読み進めているサルトル『嘔吐』の時代と重なる。それだけに、興味を持って見ることができたのかもしれない。
2005.05.28
Le vendredi soir dernier, le beau pere de P. est decede.La semaine precedente , avec T.san ( l'epouse de P.) , j'avais parle des soins et de la mort avec dignite. Elle m'avait dit que personne voulait pas le faire souffrir par la mesure medicale, et lui-meme non plus. J'ai pense qu'ils avaient deja su que sa vie ne serait pas longue. A samdi, apres le cours de l'Institut, P. a dit que le vieux avait eteint tranquille. Ca m'a rassure un peu.Toute mes condoleances.Monsieur I. a eu 92ans. Mon grand-pere a meme ages a peu pres. Son anniversaire sera le 30 mai. Au moins, je voudrais lui donner un coup de telephone…
2005.05.22
IFJTにて、R.先生の講義、第6回。 冒頭に、受講者の方の一人から、クロード・シモンの翻訳などで知られる平岡篤頼氏が亡くなった、との話が伝えられた。 するとそれに対してR.先生が、「義理の父も昨晩亡くなった」との旨を短く言い添えた。 R.先生のブログには、御岳父様のことについて書かれていることがあり、読みながら介護について考えたことも何度かあった。そのため、えっ、亡くなってしまったのか、と驚いた。また、講義の最中にそのことばかりが気になっていた。 R.先生が講義の最後に、「苦しまず、静かに息を引き取った」と話したのが、妙に印象に残った。 ご冥福を祈る。 そんなことがあったため、というのは言い訳だが、いまひとつ内容が理解できない日だったと思う。 私はもうロルボンに関する本を書かない。 おしまいだ。もうそれを書くことが〈で きない〉。私はこれからなにをして生きて 行こうか。 (白井浩司訳 p.p.154-155 より) ド・ロルボン氏は私の協力者だった。彼 は存在するために私が必要だった。私は 自分の存在を感じないために彼が必要だ った。(中略)彼こそ私の存在理由で、 私から私自身を解放してくれたのである。 (白井訳 p.160 より) このロルボンは、架空の人物である。『嘔吐』の「私」もまた、実在の人物ではない。舞台となっているブーヴィルも、現実には存在しない都市である。 小説の中では、全く不思議なことが起きている・・・どこでもない街で、誰でもない人物が、得体の知れない何者かについて本を書き、それを止めようとしていている・・・一方では、東京で、92歳の翁が、天命を全うした。 この対比に私の頭は、二日酔いでもないのに、クラクラとしていた。※お知らせ 岩波書店より、下記の書籍が発売となったとのこと。 海老坂武『サルトル ―「人間」の思想の可能性―』岩波新書新赤版948 2005年 お読みになった方、ご一報いただければ幸いです。
2005.05.21
今朝、orita_yutakaさんのブログで、南木さんの新刊が紹介されていた。『こぶしの上のダルマ』文藝春秋 2005年。 今日、この本を買った。買わずにはいられなかった。 南木さんは、私にとって特別な作家だ。なぜ特別かと問われると困ってしまうが、敢えて答えるなら、私の故郷が南木さんの本の中にギュウギュウ詰め込まれているからだ。 オレの生まれたところが、そこにある。東京にいても、それを読むだけでオレは田舎に帰れる。どれだけイヤなことがあっても、それを読めばなんとかなる。極端であるが、そういうことだ。 行き詰まっても、その本を読みさえすれば、絶対に逃げ場が見つかる。そんなことを思わせてくれる本があるのは、なんて幸せなことか。 いくつか収められた短編の中に、「山と海」というものがあった。 これは、痛い。 海なしの山間地で育った者の、広い海(広い世界)に対する感覚と感情が、丸出しになっている。わかり過ぎて、痛い。 あしたも、この本を読もう。
2005.05.20
Une reunion minimum. H. et moi. Cette formation provoque d'autre direction.Nous sommes entres au restaurant de kamameshi et yakitori. Notre Reine adore la tori-kawa ( peau de poulet ) … Apres le repas, nous avons visite a une librairie "Cowbooks", au bord de la riviere de Meguro-gawa. Son bon choix de livres a plu a H.. Elle en a achete deux et m'a dit qu'elle aimait son atomosphere. Je me suis souvenu que mon ami travaille dans un restaurant a Daikanyama, "Pachon". J'ai salue U., un des serveurs. Il nous a conseille de dejeuner pour la prochaine fois. Le ping-pong et les cuisines francaises luxueses ? Une suite drole, non ?
2005.05.15
IFJTにて、R.先生の講義、第5回。 講義では、人文書院版にもfolio版にも書いていないエピソードが時々紹介されて、とても面白い。 また、青い革で装訂したピエール・ブノワの大当 たりをとった小説『ケーニヒスマルク』、ベージ ュいろの皮(ママ)で装訂し、緋いろの花模様 をつけたポール・ドゥーメの『わが息子たちへ の書』などの豪華本が手際よく並べられている。 (白井浩司訳 p.71 より)1. 上記のP.・ブノワ『ケーニヒスマルク』は、1953年リーヴル・ド・ポッシュの第一号として発刊された(オリジナルは1917年刊)。2. P.・ブノワの小説は、すべての小説が同じページ数。ヒロインの名前が必ずAで始まるという特徴もある。3. P.ドゥーメは、第三共和制の大統領を一年務めた人物。前任の大統領はドゥーメルグといい、同じような綴りが二代続いて面白い( Doumergue - Doumer )。4. P.ドゥーメは、1932年暗殺された。ちなみに、ドゥーメの三人の息子は全員第一次世界大戦で死亡(『わが息子たちへの書』は1906年刊)。5. 『わが息子たちへの書』では、「人間・家族・市民・祖国」のテーマが掲げられる。ドゥーメの大統領任期中に首相だったのが、後のペタン内閣副総理ピエール・ラヴァル。 その他、セリーヌとサルトルとの関係。セリーヌは1948年の『 A l'agite du bocal 』でサルトルに突っかかった・・・などなど。 枝葉の話に喜んでいる間に、R.先生の講義は進む。話題が『嘔吐』そのものに戻ると、実は、眠くなってきたりもする。 そんな中でも、いくつかの部分が印象に残った。 要するにひとつの冒険が私に起きる。そのとき 私は自問して、つぎのことを知るのだ。つまり、 〈私とはまぎれもないこの自分であり、そして、 ここに存在しているという事態が自分に起って いる〉と。暗闇をひき裂いてゆくのはこの〈私〉 だ。 (白井訳 p.p.89~90 より) 文章を飾ることは必要ではない。私はある種の 状況を明瞭にするために筆をとっている。文学 を警戒すべきである。言葉を探すことをせず、 筆の走るままに書くことだ。 (白井訳 p.93 より) これまでの『嘔吐』で、ロカンタンの正体が見えづらかったが、少しずつシッポが出てきたようにも思う。 この人(ロカンタン)にとって、何を《した》のか・何が《あった》のか、あまり重要ではない。常に、何を《する》のか・何が《ある》のか、を意識している。 どうやら、それが《実存》というものらしい。 言いたいことは、何となくだが、わかる。前向きだと思う。 何かにつけて田舎の山々を思い出さずにはいられない私とは、根本的に違うようだ。ロカンタンのような人が身近にいたら、近寄れないかもしれない・・・ 今回は、このあたりで。
2005.05.14
ここ数ヶ月のブログ活動で充実した情報を得られるようになったものとして、《本》がある。皆さんがどんな本を読んでいらっしゃるのか拝見すると、本当に勉強になるし、だいいち、面白い。もともと私は、人がどんな本を読んでいるのか、すごく興味があるのだ。電車などで本を読んでいる人が近くにいると、横目でその本をチェックしないと気が済まない。 こうした覗き趣味の欲望を満たしてくれる、ありがたいブログだが、時として仕事関係の出張などでPCを全く見られなくなることがある。これは結構さみしい。そんな時には雑誌に手が伸びるのだが、《本》の話題については、薄い情報の割に買え買えムードが漂っていていたりして、かえってさみしさが増長されたりする。 そこで、先日は『週刊 読書人』を試しに買ってみた。前々から気になっていた、新聞スタイル。本屋さんのレジで、値段を聞いて少し驚いた。230円。こんなペナペナなのに。しかし、中身を見て納得。特集の康芳夫氏インタビュー(聞き手=坪内祐三氏)に始まり、どの記事も読んでいて飽きない。書評は言うまでもなく充実しているし、連載コラムも種類が豊富だ。 出版系の業界紙かとも思ったが、一般の私が読んでもこれだけ楽しめるところから見ると、そうでもないようだ。 今後も時々買って読んでみよう。 ※当該誌のURL http://www.dokushojin.co.jp/
2005.05.13
Je suis paresseux cette semaine. C'est la premiere fois que je suis en retard jusqu'a vendredi.Pour m'excuser, je vous donne un petit cours de litterature japonaise.Vous connaissez le " Haiku " et le " Senryu " ?Les deux se constituent de 5-7-5 syllabes, mais un peu different. Par exemple….*Vous devez prononcer a la japonaise. Sinon ses rythmes ne sont pas authentiques.Haiku ; Ureshisaya / Kokusa kage motsu / Satsuki bare ( Shiki Masaoka )うれしさや 小草影もつ 五月晴 ( 正岡 子規 )Un bonneur / Des herbes ont ses ombres / par Le beau ciel de mai Senryu ; Pongistes / Lunch ha nazeka / Spaghetti ( koike1970 )ポンジスト ランチはなぜか スパゲッティー ( koike1970 )Je ne sais pas pourquoi / Pongistes mangent les pates / Comme dejeunerVous avez compris ?OK ! A la prochaine fois.
2005.05.08
この日記は、世間の連休ムードもすっかり消滅した5月10日に記入している。 それにしても、昨日・今日(9日・10日)の出勤時の重苦しさはかなりひどい。3日~8日の休日には、勤務先の仕事のことをほぼ100%忘れていた。その反動は、筆舌に尽くしがたい。 最寄駅までの商店街に、立喰いソバ屋がある。店頭で、50代くらいの女性従業員が「当店自慢のおにぎりいかがですか~」と、商魂たくましい叫び声をあげている。カンベンしてくれ。オレはいらないぞ。おにぎり買ったら黙ってくれるか? 電車を降りると、走って改札を目指す人が少なからずいる。そこまでして職場へ行きたいか?カンベンしてくれ。オレはイヤだ。 思わず、吐き気。 よくわからないが、ロカンタンが身近に感じられる朝である。 肝心の5月7日の講義だが・・・ 実を言うと、すっかり息切れ状態であった。前夜、東京ロンドン化計画にて飲むやら騒ぐやら。自宅に帰り、とりあえず歯だけ磨いて、そろそろ布団に入るか、と思うと7:30。1時間だけ寝て、IFJTへ向かって出かけた。 起きていられるわけがない。講義開始とともに目を閉じた。 申し訳程度に一瞬薄目を開くと、R.先生が Mais il faut choisir : vivre ou raconter. という一節を読み上げ、《実存》について解説をしていた。すごく大事な部分だろう、と思いながらも、また目を閉じる・・・ 気が付くと、ジュール・ロマンの話になっていた。面喰った私は、必死でfolio版の本をペラペラめくる。でもそんなことは、どこにも書いていない。どうやら、『嘔吐』の一部が、ロマンの作品の一部によく似ている、という話のようだ。 ついに到着したのだ。ここが木賃宿街だ。私は 同類たちの中に加わりさえすればよい。そうす れば紳士連中が帽子をとって、さかんに挨拶を 交すのが見られるだろう。 (白井浩司訳より) この部分が、『善意の人々』第一巻の冒頭「10月1日」と、かなり近いらしい。ロマンの当該作品は1932年にスタートした大河小説。『嘔吐』は、以前にもここに記したが、38年発。サルトルがネタ本にしたようである。 こんなことを、ノートに書き写したところで講義は終了。 R.先生から、「キミ、寝てただろう」と一言。 すみません。 ところで、これまで何度も『嘔吐』の日本語版から引用を行ってきた。 訳者の白井浩司氏は、昨年11月に亡くなられたそうである。これを知って、真面目に読まねばならない気が、妙にした。居眠りはもう、おしまいだ(本当か?)。
2005.05.07
東京国立近代美術館・本館の「ゴッホ展」を観覧。 友人K氏より、《必見》との進言があった。このK氏は美術館業界に属しており、信頼のおける情報を提供してくれる。彼がそこまで言うなら、という気持で美術館へ向かった。 それにしても、ものすごい量の来館者であった。噂は耳にしていたが、本館の外にまで行列が続いていた。会場へ入っても絵画の前に何重もの人垣ができていて、驚くばかりであった。 繰り返すが、人の量がすさまじい。主催を担っている放送局や新聞社が流す宣伝の影響は相当大きいだろうと思う。貴重な作品・有名な作品が多く、質の高い展覧会である旨がメディアで流れれば、常日頃ゴッホに関心がなくとも興味をそそられるのは、当然と言えば当然だ。それにしても、あれほどまでに、ゴッホに関心のある人がいるとは! その一方で、本館の常設展示や工芸館はいつもとあまり変わらない雰囲気であった。特に後者で開催の「伊砂利彦―型染の美」は、優れたグラフィックデザインとして鑑賞されるものであり、これだけでも足を運ぶ価値あり、と感じた。 あれこれヘソまがりなことを書いていると、「ゴッホ展」の見出しからこのブログへ入って来られた方に申し訳ないので、会場で興味深く感じたことを1点記そう。 一般的に、絵を上手に描く人は字も上手に書く、と言われている。本当にそうだ、ということを強く感じさせる資料を、ここで目にした。ゴッホが使った小さなノート、2点である。これらは開かれて展示してあったのだが、活字のように整った小さな手書き文字が所狭しと並んでいた。 実際にゴッホ展へ行かれる方には、この資料をしっかりとご覧になることを薦める。ちなみに、この部分の人垣はかなり薄かったので、ご安心を・・・
2005.05.06
太宰治『富嶽百景』(『走れメロス』新潮文庫 1967年 所収) もう十年以上前になるが、よくオートバイに乗っていた。用もないのに、あちこち走り回っていた。単純に、オートバイが好きなだけだったと思う。どこへ行くにも目的などは考えず、「オートバイで」という手段にこだわっていたような気がする。九州や北海道も行ったが、記憶している風景は、ヘルメットのスクリーン越しに流れるものばかりだ。静止画の思い出は、ほとんどない。 そんな中でも、カッチリと焼き付けられた風景がある。 山梨県・御坂峠からの富士山である。 入梅間際の晴れ間で、蒸し暑い日だった。国道20号をダラダラと走っているうちに、河口湖の名前を道路標示に見つけ、何気なくその方向へ曲がった。長い長い上り坂が続き、本格的な山道になって、気圧差で耳が何度かツンツンしたあと、トンネルが見えてきた。道はもう、下りになってくれるのだろうか?そんなことを考えながらトンネルをくぐり抜けると、パッと視界が開けた。 おおっ。ヘルメットの中で思わず声をあげた。富士山と麓の湖。見事な眺望である。道路脇には、それに惹かれて集まって来ているのであろう、多くの人が自動車やオートバイを停めていた。私も、停めた。ヘルメットを脱ぐと、少し冷たい空気が心地良かった。 こんなにもいい風景があったのか。私は、美しい富士山が見える峠のことを静岡県生まれの友人に話した。彼は焼津生まれであったが、この場所のことを良く知っており、「御坂峠だ。太宰治の本に出てくる天下茶屋がそこにある。《富士には、月見草がよく似合う》の碑もある。」と教えてくれた。 そこで『富嶽百景』だが、天下茶屋から眺めた富士山に対する太宰の評価は、実はかなり辛口だ。 これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書 割だ。どうにも註文どおりの景色で、私は、恥ず かしくてならなかった。 また碑に刻まれている有名な一節も、一見すると富士山と月見草とを重ね合わせているようであるが、そうではない。 三七七八米の富士の山と、立派に相対峙し、みじんも ゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたい くらい、けなげにすっくと立っていたあの月見草は、 よかった。富士には、月見草がよく似合う。 このように、かなりシニカルな内容になっている。 富士山・河口湖の風景を、私は短絡的に美しいと感じた。太宰はそこに通俗を感じた。この違いは相当大きいと思うが、なぜか太宰に対して親しみを感ぜずにはいられない。おなじ風景を見た者同士の親近感だろうか。 ところで、私が住んでいる街は、C線沿線である。太宰が住んだ三鷹とは、オレンジ色の電車で結ばれている。晴れ上がった日には、車内から富士山が見えることもあり、『富嶽百景』を思い出させる。 太宰もこの富士山を見ていたのだろうか。見ていたとしたら、やはり通俗と感じていたのだろうか? C線の先輩。親しみをこめて、太宰治をこう呼んでみたいが、生意気だろうか。
2005.05.05
この「悪代官シリーズ」は、3度目だ。2月13日に行われた2回目の「悪代官ヴァレンタイン」のことは、このブログにも書いたことがある。 とても楽しいイベントだ。詳しい内容などは、主宰のテッシン氏がダイ氏と組んでいるデュオ、ボガルサのブログをご覧いただくと良いと思う。 内容があまりにも濃かったせいなのか、感じたことがなかなか文章にできない。出演者の演奏、DJのレコードにもスゴイものがたくさんあり過ぎて、全部の感想はとても書き切れないような気がする。 いやいや、実は・・・私はイベントに行くと溶けたようになってしまい、楽しかった感覚だけが記憶に残り、細かいことは忘れてしまっているわけで・・・
2005.05.03
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