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小林紀晴『ASIAN JAPANESE 2アジアン・ジャパニーズ』新潮文庫 2005年 2月3日の日記と3月24日の日記に記した、小林紀晴『ASIAN JAPANESE 1アジアン・ジャパニーズ』新潮文庫 2004年 の続編である。 この第2巻は、第1巻と様相が異なる。まず、旅先がパリである。 お気づきの方も多いと思うが、私はフランスかぶれである。自ら、かぶれ度がなかなか高い、と思うこともある。 96年に友人に付き合って行った初の海外旅行先がフランスであった。これが縁の始まりとなり、外国というと一番にフランスを思い浮かべてしまう。数年前、仕事の関係でスウェーデン、ドイツ、イギリスへ団体ツアーで行く機会があったが、残念ながらフランスは旅程に組み込まれていなかった。どうしてもフランスへ行きたかった私は、ロンドンでの自由行動の日に内緒でユーロスターに乗ってパリに行った。今考えれば、貴重な1日のうち4時間も列車の中で過ごしてしまったことがバカバカしいのだが、その時はそうしないと気が済まなかったのである。 私のことはともかくとして、標題の本のことである。 《自分を壊したい、自分を見つめ直したい》と考えアジアを旅する若者たち。これが第1巻の主題である。一方第2巻の主題は、正反対である。《何者かになってやろう、前に進むしかない》と考えパリに在住する若者たちである。 私自身はこのどちらでもなく、ただ何となく今の自分になってしまって、海外に行くチャンスもなくなってしまったおっさんだと思う。正直に言って、第1巻も第2巻も、登場する若者たちに心から共感できる部分はほとんどない。ただ、羨ましいことだけは確かだ。もう少し、お金がたくさんあったならば。もう少し、勇気があったならば。こんな中年になってしまうのだと、少しでも気が付いていたならば・・・。過去に対する反実仮想は、嫉妬の色が濃い。 この第2巻で考えさせられたのは、著者がパリ在住の若い女性に取材したときの記録だ。 その女性はかつてを振り返って、こう話している。 「すごく嫌らしいんですけど、前はこっちに旅行に来たりとか、 語学留学に来ている女の人たちを見ると、私はこういう人たちと は絶対に違うわって思っていたの。電車の中で日本語の本を読ん でいる姿を見るのが腹立たしかったんですよ」 数少ない海外経験の中で、さみしいんだろうなぁ・・・と私を数回つぶやかせたのは、悲しいかな同じ東洋の若い女性たちであった。パリやロンドンのような大都市でそんな彼女たちに出くわしたのだが、いくつか共通の特徴があったと記憶している。 喫茶店やレストラン、電車・地下鉄の中で彼女たちと遭遇すると、絶対に視線を合わせないのだが視界の隅に私の姿をとらえているような、不思議な表情を見る。私がその場にいることを猛烈に意識しているようだ。そこで、顔の筋肉を軽く動かして、少しニコッとしてみる。東京はじめ日本でこういうアクションをすれば、相手は下を向くか、全く関係のないところへ目をそらすか、である。また、ごくまれにやさしい顔を一瞬見せる人もいる。ともかく、何か反応がある。ところがパリやロンドンの彼女たちは、凝り固まった顔が全く動かない。相変わらず、私の存在を牽制するような、それでいて無視するような、複雑な顔のままである。彼女たちのほとんどは、全身に黒をまとっていた。当節の日本では珍しくさえなっている、あの真っ黒な髪。そして、黒いジャケット、黒いスカート、黒い靴。両目の周りも、濃い黒が塗られていることが多かった。 私は、その重々しい表情と黒ばかりの装いに、何か哀れなものをじるようになっていた。海外生活が大きな負担となり、彼女たちは暗いところへ追いやられているのか、とも考えていた。 しかし、そんなことは心配するまでもなかったようである。彼女たちは単に、怒っていたのである。あの不思議な表情は、キョロキョロするオノボリおじさんを《この観光目的のツーリストめが!》と非難するものだったようだ。 ところで、この『アジアン・ジャパニーズ』、旅はベトナムで締めくくられる。フランスの植民地であったハノイには、パリのようなオペラ座があるそうだ。本業はカメラマンである著者が、この建物を正面から撮った写真が最後に載せられている。 重厚さではガルニエ設計の本家には及ばないようだが、一つ星のベトナム国旗が掲げられたオペラ座は、東洋と西洋を渡り歩いた旅の終着地にふさわしい。
2005.03.30
Nous avons annule le jeu. Le vendredi dernier, H. m'a ecrit qu'elle avait mal au rein. Est-ce qu'il y a quelque relation intime entre deux mots "reine" et "rein"… Excuse-moi, je n'ai pas d'intention de me moquer de toi. Daijoubu-desuka? Moi, a cause de la fin d'annee des affaires, j'ai eu beaucoup de choses. Jusqu'a l'apres-midi, devant l'ordinateur chez moi, tres fatiguant. J'en ai eu assez de l’Exel de Microsoft. Pas de ping-pong, tant de travail….Pour me consoler, je suis sorti. A Tower-record de Shinjuku, j'ai achete un disque d'un groupe francais Jim Murple memorial. Et apres cela, une librairie Nadiff d'Omotesando. Dedans, il y a un petit cafe qui s'appelle "Crepsucule". Il est dirige par Brussel et on peut y prendre de la biere, mais je m'en suis passe parce que le soir n'est pas ecore tombe. La serveuse sympatique Mlle S.S. se souvenait de moi et elle m'a presente Mlle T.Y. M. avait fini sa lecon de chant, nous avons dine chez Peter French-dinning. Il est devenu celebre, les tables etaient presque completes. Moi, j'ai choisi un plat de poulet, et pour M. celui de agneau. Nous etions tres contents. Le CD de Jim Murple memocial, son style est du ska ou du rythme & blues jamaicain ou du jazz, tout est melange. Ca m'a interresse, tout de suite j'ai commande en ligne d'autres. Mais c'etait la premiere fois que je l'a fait, le procede a ete tres facile quand meme, j'ai peur que le paquet n'arrive pas.
2005.03.27
2月3日の日記に記した、小林紀晴『ASIAN JAPANESE 1アジアン・ジャパニーズ』新潮文庫 2004年 である。 飽きっぽいせいか、一つの本を続けて読むことができない。もっともこの本は、最初の数十ページ読んだところでM.に取り上げられたのだが、そんなことがあったにしても、一冊で一月半もかかるとは・・・。Subscribe linkに登録している方の中には、必ず毎日一冊紹介される方もいらっしゃる。私からは、超人にしか見えない。 無駄話はともかく、アジアを旅する日本人にスポットを当てたこの本について感想を書くのは少々難しいと感じている。 旅にあまり縁がなく、著者が体験したようなことを一度もしていない私には、エピローグでの次の言葉は、心の底から理解することができない。 「僕は旅をあきらめない。世界を感じ、自分自身を感じるために。」 しかし、そう言いながらも、旅らしい旅を体験したこともなく、著者の気持ちを理解しきれないからこそ、気になってしまう部分も大いにある。 「貧しい、遅れていると言われていた世界で実は、四角い空ばかり 眺め、満員電車に乗っていた僕などより、幸せを感じている人間が いた。」 少なくとも私は、そういう世界をこの目で見ていない。そう考えると、自分の小ささを感じると同時に、旅で自己を見つめる著者のような人物に憧れるようになる。 上掲の話とは全く別のところで、考えさせられることもあった。 所得水準の高い国から低い国へと「旅」を目的として行くことに、どこかモラルに反したものがあるのではないか?日本の若者が、少しだけのアルバイトで稼げる強いジャパン・マネーで、社会参加せずに自分探しの時間を過ごす。逆に、アジア諸国の若者は、日本で効率の良い出稼ぎをするのだが、それは家族を養うためだったりする。こんな現状を見ると、疑問を感ぜずにはいられない。 もちろん、「旅」する日本の若者ひとりひとりが罪を犯しているわけではない。まして、バッグパッカーである彼らは、金にまかせてリゾートホテルで贅沢三昧をするようなタイプではない。ただ、それが「旅」であることには変わりない。彼らも、旅行者としてそこを訪れるだけの時間的・経済的な余裕を有しているのだ。 ここまで来て、今の自分がどうか、考え直した。毎朝、重い気分での出勤。自慢話と叱責だけしかしない人たちとの会話。頻繁に会社から入る携帯電話での指示。費用ばかりかかって、面白くもなんともない人付き合い。高い家賃・・・この状況に耐える代償として、なにもかも忘れ自分を見つめ直せる「旅」は、魅力的ではないか? さて、この『アジアン・ジャパニーズ』は、続編もある。 話の落としどころが見出せなくなったところで、第二巻を読了したらきちんとした感想を書くことにして、逃げることにする。
2005.03.24
この記事を書いた理由: 1. caster5mさんのブログに触発されたため。 2.本日、知人:J.A.さんとメールのやり取りをしている最中、レコード・CDを話題にした記事をこのブログで書いていなかったことに気付いた。私は、音楽を文字に置換することに対して違和感があったのだが、よく考えてみれば数多くの音楽に関する情報を文字から得ているではないか・・・単に自分が音楽について書くのを面倒臭がっているだけではないか、という自己懐疑打破のため。 私は標題のアルバム(CD)を、89年に渋谷のタワーレコードで購入したと思う。その頃お店は今の場所ではなく、東急ハンズの近くにあった。田舎から東京へ移り住んで間もなかった私は、ブルーノートのCDがこんな安く(2,000円程度だったか)買えるのか!と興奮した。当時、国内盤は3,200円が主流であり、また地元では輸入盤を扱う店がほとんどなく、あったとしてもブルーノートは極端に少なかったのである。 ところで、ソニー・クラークはどちらかというと少ない音数でしんみり聴かせる方だと思う。このアルバムでのスタンダード「時さえ忘れて I didn’t know what time it is was」「朝日のように爽やかに Softly as in a mornig sunrise」「4月の思い出 I'll remember April」にはピッタリなピアニストだ。なお、この3曲では思わずウィスキーの氷をカラカラいわせながら飲みたくなる。 ソニー・クラークでブルーノートだと、『クール・ストラッティン』の方が知名度は高いかもしれない。都内のあるアーケード付き商店街に行くと、『クール~』と、コルトレーンの名盤『ブルー・トレイン』『バラード』が流れているのを必ず耳にするくらいだ。 私としては、これまた同じ1500番台でリー・モーガン『キャンディ』を強く推したい。アップ、スローどちらのテンポでもこなす器用さ。モーガンの伴奏であってもソロであっても、存在感のあるピアノ。躍動感と寂寥感の両方を一度に感じさせる音。ここでのクラークが最も冴えていると思う。 さて、標題のブルーノート盤のほかに、タイム盤が知られているが、こちらはずいぶん前に売却してしまって手許にない。残念ながら、どんな内容だったかもすっかり忘れた。
2005.03.23
先日(20日)東京日仏学院で行われたフランコフォニー・パーティーと、Heavy sick zeroでのイベントとでトロトロ・ハッピーに溶けてしまったため、朝から結構疲れ気味であった。 M.と近所のスパゲティ屋さんO.で昼食、ようやく体力も持ち直し、高円寺へ向かう。 前々からとても気になっていた古着屋さん・U.へ行く。昭和30~40年代あたり(60s、70sという表現は避けたい)の婦人服や雑貨が豊富に揃っていて、価格も良心的で感心した。M.が着る水色のテーラーカラーのジャケットを購入。 あやしげな特徴のある中古品のお店・A.に立ち寄り、ポーリーヌ・レアージュ 澁澤龍彦訳『オー嬢の物語』河出書房 1966年(Pauline Réage "L'Histoire d'O")に目がとまる。2月20日の日記に記している、バタイユ『眼球譚』も読み切っていないのにと思ったが、これまた金子國義のエロチックな挿絵に惹かれてしまい、結局購入。しかし、いつ読むのだろう? その後、バー・A.のマスター・K.氏ご夫妻とばったり会った。どうでも良いのだが、ハンチングをかぶったK.氏は太宰治によく似ている・・・。 帰宅し、借り物のフェルナンド・トルエバ監督『Calle 54』のDVDを観る。ラテン・ジャズの映画で、スタジオでの演奏とドキュメンタリータッチの映像とが交互に登場する。ミシェル・カミーロ、ガトー・バルビエリ、チューチョ・バルデス等々、大御所が連続で出てくるので、中南米系音楽好きにはたまらない。 ティト・プエンテがティンバレスだけでなくビブラフォンも叩いており、少し驚く。しかも、デイブ・バランタンがフルートで参加・・・いいものを観て一日を終われそうだ。お貸しくださったF.さんに感謝。
2005.03.21
D'abord, ce matin, il y a eu un grand tremblement de terre a Kyushu.Je souhaite que les habitants n'aient pas de probleme.Atchoum! ( 3 fois )Le pollen m'ennuie…Une reunion minimum de Pongistes. H. et moi.Elle etait en plaine forme, a la fois severe. Meme les plusieurs smashes en revers….Apres le dejeuner a Tori-gin, a cote de Tapas & Tapas, nous sommes alles a Omotesando.La parade de la fete de Saint P. a eu lieu. Une bande de bag-pipes, quelques membres de pubs irlandais, et un groupe de chiens ( irlish setters ) defilaient.Bonne fete, P.. Pardon, un retard de 3 jours. Nous t'offrirons une biere brune quand tu reviendras, mais tu n'aimes pas ca?M., a la sante de tes familles et de tienne. En tant qu'alsacian, tu adores ca, non?
2005.03.20
深夜(18日~19日朝)、下北沢Queで行われたイベントDrink 'em allに行った。その名が示唆するように、来場者がほぼ例外なく飲みまくって楽しんでいた。かなりフレンドリーな雰囲気で、これは次回も是非行きたい。 会場で、セント・パトリック・デイに合わせてギネスがお買い得!と売り出していたが、私には意味がよくわからなかったのでイベント主催者・Shigekiさんに聞いてみた。すると、次のような回答を親切にしてくれた。セント・パトリックとは、アイルランドの守護聖人。3月17日がその祝日。・・・そうか、それでギネスなのか、と納得した。 これがカギになって、3月17日のBerlolさんのブログの中で謎であったManuさんとBerlolさんのやりとりをようやく理解できた。Shigekiさんにはあらためてお礼申し上げたい。
2005.03.19
ピエール・ルイス著 生田耕作訳『女と人形』生田耕作コレクション3 白水社 1988年 原題は "La femme et le pantin"、1898年に刊行された。 ブログで映画の話題を出すと、けっこう反応がある。これまで数本の映画に触れたことがあるが、どれもコメントを頂戴している。 さて、標記の作品は、これまで数回映画化されているそうだ。サーチエンジンで《ピエール・ルイス》で検索してみたところ、次の作品がそれに該当することがわかった。 ジュリアン・デュヴィヴィエ『私の体に悪魔がいる』 ジョゼフ・フォン・スタンバーグ『西班牙狂想曲』 ルイス・ブニュエル『欲望のあいまいな対象』 この記事を読んでいる方々は、いずれかをご覧になったことがあるだろうか。残念ながら、私は未見である。 『女と人形』は、男女恋愛の駆け引きを題材にした、理解しやすいごく単純なストーリー骨格である。その単純さにも関わらず、読者を引きずり込む人物描写・場面設定がルイスの力量なのだろう。章ごとに区切りはあるのだが、新しい出来事が入れ替わり立ち代り起きて、次はいったいどんな展開なのだろう、と読者を期待させる展開となっている。 この本を、東京駅の八重洲地下街で昼に購入したが、午後の出張の途上でバリバリと読み進み、夜には読み終えてしまった。小難しく考えなくても読書は楽しいんだなぁ、ということを再認識できた感じがした。 ところで、しばらく前に『巨人伝』という映画を観たことがある。伊丹万作(伊丹十三の父)が監督した作品だが、この原作はユゴーの『あゝ無情』である。 『女と人形』も、日本の情景の中で映画に仕立てても面白いのではないか、とふと思った。
2005.03.18
ヘミングウェイ著 福田陸太郎訳『移動祝祭日』岩波書店同時代ライブラリー28 1990年 原題は、"A moveable feast"、1964年刊行である。 復活祭が近い。今年2005年は、3月27日(日)だそうだ。 ご存知の方も多いと思うが、Easter(英)Pâques(仏)などと呼ばれるこの祝日は、春分の日以後最初の満月の次に来る日曜日とされており、年によって日付が変わる。 ヘミングウェイはパリにおける若かりし頃の思い出を、この「移動 moveable」に懸けてこう記している。 もしきみが幸運にも 青年時代にパリに住んだとすれば きみが残りの人生をどこで過ごそうとも パリはきみについてまわる なぜならパリは 移動祝祭日だからだ 私は旅行でパリへ行った程度であるが、へミングウェイが住んでいたカルディナル・ルモワンヌ街( Rue du Cardinal Lemoine; カルディナル・ルモワンヌという地下鉄の駅もある)あたり、パリ5区の近辺はとても雰囲気が良かった記憶がある。若い頃こんなところで暮らせば、一生その思い出が染みつくだろう、と実感した。 標記の書『移動祝祭日』に、「シェイクスピア書店 Shakespeare and Company」という部分がある。ここでヘミングウェイは次のような描写をしている。 ・・・それはオデオン街十二番地にあるシルヴィア・ビーチの 貸本屋兼書店であった。冷たい風の吹きさらす通りにあったが、 ここは、あたたかくて、陽気な場所であった。・・・(福田訳) この英語図書の店にはジェイムズ・ジョイスなども訪れており、パリの文学情報拠点となっていたようである。 「ジョイスはいつ来ますか?」と私は聞いた。 「来るときは、午後おそくがふつうです」と彼女《シルヴィア・ ビーチ/筆者注》は言った。「お見かけになったことはない んですか?」(福田訳) ところで、このシェイクスピア書店をモデルにした書店が存在する。欧明社リヴ・ゴーシュである。 この欧明社は、フランス書籍を専門に扱っていることで知名度が高い。支店のひとつである東京日仏学院内のリヴ・ゴーシュは、赤・緑・黄の色彩が鮮やかな外観で、ファッション雑誌の背景に使われることもしばしばである。しかし、そのよりどころを知る人は、ほとんどいない。 もちろん、私もそんな因果関係を全く知らずにリヴ・ゴーシュを利用していた。ある日、店員さんたちとヘミングウェイやシェイクスピア書店についておしゃべりをしていると、偶然居合わせたO社長がこんなコメントを投げかけてくれた。「このお店は、それがモデルですよ。あれ見てください。」店内に飾られた小さな額には、赤・緑・黄が鮮やかなシェイクスピア書店の写真があった。指差しながら話す社長は、とても誇らしげであった。 付記:東京日仏学院の建物は坂倉準三設計であり、日本のモダニズム建築の代表作とされる。ご存知の方も多いと思う。リヴ・ゴーシュは坂倉の設計範囲ではなかったと私は推測するが、いかがだろうか?
2005.03.17
P. s'est fait recouronner a la dentiste. Tennis-boy M. a restaure son vigueur. Reine H. m'a battu completement en souriant. L'alcool de la veille ( a cause de concert de Bonjour ) me restait un peu. J'ai pris deux boutailles de "Dakara". Un homme avait metionne ce boisson dans son blog il y a quelques jours, ca m'a inspire. Mais rien ne s'est ameliore. J'ai perdu contre P.. Pour lui et pour ses jolies etudiantes a Orleans, le meilleur souvenir de Tokyo ! Le lieu ou nous jouons le ping-pong est tres interessant. Il est proche d'une des grandes stations de JR, des gens divers y viennent. De temps en temps, on peut voir des groupes bizarres. Mais qu'est-ce qu'ils font?? Deux femmes qui se sont assis au banc bavardaient sans arret. Un couple jeune, la fille ne bougait pas et le garcon la dessinait sur un tableau blanc avec feutre... H. m'a dit qu'ils ne faisaient pas du Takkyuu( ping-pong ), mais du Dakkyuu( luxation ). Oooh, c'est bien elle. Elle siege la reine de ping-pong, en meme temps celle de dajares ( jeu de mots ).
2005.03.13
IFJTにて、R.先生の講義、第9回+補講分0.5回。 以下の記事、再度ネタバレあり。しかし、『ルネ・レイス』のネタバレはネタバレの意味がない、と思う。その理由は、これから少しずつ説明しよう。 どんでん返しが、またある。話者の「ぼく」は、北京への興味も尽き、《荷物をまとめて》引き下がろうとする。さらに、ルネ・レイスは、毒薬で死んでしまう。あっけない終わり方ではある。 ストーリー展開としてはあまりに淡白だが、終盤のセガレンの文章は興味深い。 R.先生自身のブログでも指摘されているが、終わりを迎えるところで、一周して始点に戻る(= boucler)ようなことが書き連ねられる。例えば、先の《荷物をまとめて》という表現は、 je bouclerai mes malles となっている。 さらに、以下のように記されてもいる。 原稿の最初のページを再読しながら、ぼくは以下の言葉を強調する。「もうこれ以上何も知りえまい・・・・・・引き下がるのだ・・・・・・」(黒川修司訳『セガレン著作集 5 ルネ・レイス』水声社 2001年 より引用) 実際に『ルネ・レイス』の書き出しは、そうなっている。つまり、物語は進行したり、結末を迎えるのではなく、回帰する方向を目指すのである。 そして、最後にはこう記される。 ― ぼくたちの友情が本当は何からできていたか追求するのはもうやめにして・・・もう一度彼を殺してしまう、と言うか、もう一度ぼくたちの友情を殺してしまうといけないから・・・あるいは、― さらに恩知らずなことに ― 自分の疑惑に自分で答えなければならなくなり、最終的にイエスかノーの宣告を下さなければならない羽目に突然おちいるといけないから・・・(黒川訳 上掲書より引用) この、イエスかノーかの選択を忌避しようとする最終の一文。『ルネ・レイス』のネタバレはネタバレの意味がないとする理由は、ここに集約されていると言える。本当か、ウソか。正しいか、間違っているか。ネタバレとは、始まりと終わりが明確な物語の進行を楽しむ読者・視聴者が、この正否二者択一の概念を共有できるところにある、と私は考える。 その点、『ルネ・レイス』は、それと正反対である。著者は、終わりを始まりに繋げようとし、イエス・ノーの境界をはっきりさせない。そもそもこれは、ネタバレがネタバレたりえる環境ではない。 私は未読だが、セガレンの『羈旅 Équipée』は、これ以上に回帰的な性格があるようだ。half_spaceさんのブログで触れられているが、「私」が「私」に出会う場面があるという。一読したいところである。
2005.03.12
朝~昼、IFJTにてR.先生の講義。 その後、神楽坂の Saint Martin にて先生と私たち聴講生とで昼食会。私は、大好きなフライドポテト添えのローストチキンを食べた。おいしくて、ビールにぴったり。 とても楽しい席で、ブログで得たラフカディオ・ハーンの情報などを披露したら、周囲の方々の注目を集めた。alex99さんに感謝。 夜は、Bonjourのライブを見に三茶グレープフルーツムーンへ行く。同行のY.C.さんとN.T.さんと騒いだ。Co1600、Snackutoの各氏とも会い、前から欲しかった Don't stop easy listening のTシャツも購入。ハッピーになって、溶けてしまった・・・ セガレン関係など、詳細はまた後で記入する予定。
2005.03.12
友人のT.君と久しぶりに電話で話した。最近ブログを始めた、という話をした。 このT.君と出会ったのは89年だった。15年以上も前の話になる。同じサークルに所属していた。彼がツェッペリンを好きだ、と言っていたことが長年の付き合いのきっかけだった。 その他、彼とは色々な点で趣向が似ている。そのために、Zep好きの人に会うと、妙に親近感が湧いてしまうようになった。 表題の『Led Zeppelin DVD』は、のべ5時間以上にも及ぶライブ映像を2枚組DVDに集めたもの。2枚目のディスクに収められた『レッド・ツェッペリン 狂熱のライヴ The song remains same』でおなじみのマジソン・スクエア・ガーデンもそれなりに良いが、1枚目のロイヤル・アルバート・ホールの演奏は突出した素晴らしさだ。時期的には、2枚目のアルバムを出した頃だろうか?それにしても、4名全員がルックス的にカッコ良い!英国のバンドというと、知名度からするとまずはビートルズあるいはストーンズなのかもしれないが、視覚的に優れているのは絶対Zepだと、私は信じて疑わない。特に、ジミー・ペイジ(やっぱり、なつかしきNHK教育テレビ『できるかな』のノッポさんに似ている)がリーバイスのジーンズ、ジャック・パーセルらしきスニーカー、チェックのベストでレス・ポールをギャンギャン弾いているのが、たまらなくイイ。 このDVDを見ると、Zepがロック・バンドとして偉大であったことを再認識するが、そのルーツもちらちら見えるので面白い。例えば、先に挙げたロイヤル・アルバート・ホールでは、ストレートなロックン・ロール「カモン・エブリバディ C'mon everybody」「サムシン・エルス Somethig else」を取り上げていたり、アールズ・コートではブリティッシュ・トラディショナルを感じさせる「ザッツ・ザ・ウェイ That's the way」「スノウドニアの小屋 Bron yr aur stomp」などを演奏したり・・・ 余談だが、このDVD、このあいだまで知人のP.さんに貸していた。P.さんがブログでZep好きなのを何度か書いていたので貸したのだが、返ってきたときに妙にうれしかった。もちろん、P.さんを疑っていたわけではない。しかし、いつでも見たいときに見られると思うと、それだけで気分が弾んだのは、確かだ。
2005.03.11
Tennis-boy M. etait absent a cause de rhume. P. avait un probleme aux dents. H. avait mal au dos. Moi? J'etais en forme sauf allergie au pollen.Malgre sa mauvaise condition, H. etait toujours forte. Elle ne perdait aucune manche. Mais P. a lutte bien, jusqu'aux 12-10.Ce jour-ci, nous essayions de nouvelles techniques. J'ai imite le service d'Ai-chan ( Ai Fukuhara ), il a ete efficace surtout contre notre reine. A la table des pates, P. nous a dit que Bikun reviendrait au Japon dans 2 semaines a peu pres, mais il ne restrait que pandent 2 ou 3 jours a Tokyo. Il semble que nous n'aurions pas assez du temps pour jouer au ping-pong. C'est domage.P. qui retounera en France, a un plan secret. J'ai regarde des petites notes sur son agenda.Il part de Narita, mais pas directement a Roissy. Il descend l'avion a Munich. Au siege de l'Office europeen des brevets, il enregistre ses specialites "Nozomi-smash" et "Attaque de cuillere ( Spoon attack )"...
2005.03.06
IFJTにて、R.先生の講義、第8回+補講分0.5回。 以下の記事、ネタバレあり。しかし、セガレンのネタバレで、不愉快に思う人が何人いるだろうか? どんでん返し。なんと、ルネ・レイスが話者の「ぼく」にこれまで話していたことはウソだった!まったく、読者の私まで騙されていたことになる。 もっとも、騙されることがテーマになっていることは、R.先生から知らされていた。 『ルネ・レイス』は、巻頭に「大丙」の二文字が記されている。当該作品は、紫禁城の内部を題材にしているため、「大内(だいだい=大内裏)」が正しいはずである。これは、おかしくないか?漢字の弁別ができないフランス人の誤りでは、と私は思った。日本語版(黒川修司訳『セガレン著作集 5 ルネ・レイス』水声社 2001年)では、「大内」となっている。原書では、大きな間違いをしているではないか。 このことをR.先生に話すと、一週間後、以下のような返答をいただいた。 「大内」=être mis grandement Dedans、これ自体に「騙される・カモにされる」という意味がある。さらに、セガレン直筆の書類には、^(アクサン・シルコンフレクス accent circonflexe)が二重に付いている言葉が登場するなど、各種の言葉遊びが見られる・・・「大内」が「大丙」になると何の意味もない言葉になるが、『ルネ・レイス』自体が幻想 fantasme を題材としており、「大丙」は象徴として意図されたものだ・・・。 この返答を聴いたとき、正直に言って半信半疑であった。しかし、ルネ・レイスのウソが明らかになった今、まさにその通りだ、と何度もつぶやいてしまう。日本語版では気を利かして「大内」に訂正したのかもしれないが、「大丙」のままで良かったのに、とも思う。 他にこの日の講義で感じたことや考えたことを書こう。 R.先生の解説で、《行き来 va-et-vient》の《無意味さ vanité》が非常に興味深く感じられた。 『ルネ・レイス』では、物事がプラス・マイナスの逆転を繰り返しながら進行する。特に、話者「ぼく」のルネ・レイスに対する態度・感覚に、それが表れている。このことは、打ち寄せては引いてゆく《波》の運動《行き来 va-et-vient》に喩えられるだろう。目標達成に向かって物事を進行させない、結果を導こうとしない《無意味さ vanité》。この観念は、近代西欧のそれではなく、恐らく道教 taôismeに影響を受けたものであろう・・・。 私はこの解説を聴き、ミシェル・セール Michel Serresの著書『生成 Genèse』(及川馥訳『生成 概念をこえる試み』法政大学出版会 1983年)を思い出した。セールの本は大変難しく、50ページも読まないうちに投げ出したが、そこまでにR.先生の解説に近いと感じられた部分が多くあったのである。 セールは、「われわれは単一性〔単位〕unitéの魅力によって捕われている。人はだれでもただ単一性こそ合理的であると思うのだ」と記し、この単一性の追求により「われわれは人間を、普遍的な人間だけではなく個別的な人間まで消去してしまった」と悔やむ。そして、その弊害を除去するために、「あるがままの多 le multiple tel quel」そのものを語ろうとする。そこで、「多」のモデルとなるのが、「水 de l’eau」「海 la mer」「潮騒 bruit de mer」である。(訳は前出の及川訳より引用) また、R.先生は、第一次世界大戦の時代を経験したセガレン(1919年没)は、19世紀~20世紀初頭の、進化を絶対的に肯定する気運に疑問を抱いていたと考えられる、とも話していた。人間の幸福を信じて社会主義思想を展開したフーリエ。人間の公正を期して理論を構築したマルクス。さらに種としての人間の進化を説いたダーウィン。彼らが共有した価値観は、夥しい犠牲を出す世界大戦という現実の前に、揺らぎ始めていた・・・。 05年01月29日の日記に、セガレンの「多様性 Diversité」について少し記した。これと、セールの「あるがままの多 le multiple tel quel」とは、かなり近いところに本質があるように私には思われるのである。 残念ながら現在の私には、R.先生の講義で得た印象を下敷きにして、以上のような類推をすることくらいしかできない。しかしセガレン、セールの両者とも、読み進めれば面白い共通点がまだまだ見えてくるような気がしてならない。 余談だが、セールを知る契機になったのも、渡辺諒『フランス現代思想を読む』白水社 1999年 である。これ自体が私には相当難しいのだが、現代の仏語圏の哲学・文学・芸術を案内してくれる好著であり、誰に薦めても恥ずかしくないと思っている。
2005.03.05
笠原和夫『破滅の美学 ヤクザ映画への鎮魂歌』ちくま文庫 2004年『鎧を着ている男たち』徳間書店 1987年 を標記の題に改し幻冬社が1997年に刊行した本の文庫化である。もう一年くらい前だろうか。私がヤクザ映画を好きなのを知って、この本を知人がプレゼントしてくれた。その頃は、都内のある映画館で、2本立て東映映画を月2回くらいのペースで見ていた。フィルムのコマは飛ぶわ、音は切れ切れになるわ、ひどい状態のものが多かったが、それでもずいぶん楽しんだものだ。その映画館も、もうなくなってしまった。著者の笠原氏(1927~2002)は、『仁義なき戦い』のシリーズ、その他ヤクザ映画の脚本家として名高い。この著書では、氏が脚本を書く途上で取材した、さまざまなヤクザに話が及ぶ。この本を読みながら感じたことがあった。鶴田浩二も高倉健も、まだ可愛いもんだ・・・映画はやっぱりドラマだ、本物はもっと強烈だ。この本の中で紹介される、深作作品『仁義なき戦い』の広能の原型である美能幸三氏との初対面の様子は非常に印象的だ。笑顔ひとつ見せない美能氏。映画のための取材は断られ、笠原氏は帰路につく。「呉ははじめてか」美能氏の問いに、笠原氏が海軍時代の経験を話す。彼ら二人は同じ海兵団の先輩・後輩であることがわかり、そこから一転、意気投合。内緒にしておくなら、となり、美能氏のアパートで6時間の取材・・・結局それは内緒にならず、菅原文太の広能が登場することになる。本欄の記事については、orita_yutaka様のブログからアイデアをいただいた。
2005.03.04
過日、「この音楽の歌詞がわからないかな?多分フランス語だと思うんだけど・・・」と、録音されたものを知人から託された。Rhythme commercial というタイトル。ネット上でこのタイトルを検索すると、演奏は Nemours Jean Baptiste(Nemours Jn Baptiste とも表記する)で、ハイチの音楽であることがわかった。しかし、聴いてみたら、肝心の歌詞はさっぱりであった。私の仏語聴き取り能力ではそれも当然か、と気楽に考えていた。そこで、ハイチからはやや離れているが、同じカリブ海・グアドループ出身の方にこの音楽を聴いてもらった。きっとわかるだろう、と思っていた。「これ、私にはわからないわ。」「フランス語じゃないわね。なにか混じっているの。クレオールの音楽って、こうなのよ。」どうしようか?どなたか、この Rhythme commercial の歌詞をご存知ではないだろうか?
2005.03.01
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