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昨週末、お菓子の宣伝販売で久々にイオンの某店(アミューズメント型)を訪れた。イオンはイオンでも、この種の店舗は、仕事以外のプライベートな意味合いから少し気を引き締めていないといけない。食料品メインの当のイオンの他、きらびやかなファッション専門店やおしゃれなカフェ、珍しいものを揃えた雑貨店などが立ち並び、さほど物欲がない私でも、昼休みなどに店内を歩いていると「あ、これ、いいねえ!」と方々に目が行き、つい財布の紐が緩みそうになることがあるからだ(幸か不幸か、今日日はスマホひとつで値段に関係なく大抵のものは買える)。そもそも、アミューズメント型イオンって、来店者にカネを落とさせてしまう仕掛けが施設内のあちらこちらに散りばめられているよねえ。お客様感謝祭やらナントカデイやらのセール日や、バレンタインとかハロウィンとかの季節にちなんだイベントがあった日は尚更だ。つまり、私も含めた現在の人間は、基本的にお金に縛られているのだ。結果、本来ならこちらが管理するはずのお金に反対に管理される、いやそれを通り越して支配されるようになってきている。ところが、その日、仕事をしている最中にふと気付いた。「いま私が宣伝販売しているこのシンプルクッキー。オーブンがあれば、粉と砂糖とバターだけで子どもでも作れるやん」と。さらに、「ほぼ同じ材料でパウンドケーキも作れるやん」と。「だったら、作ってみてもいいんじゃないか」こう思うようになるまで、時間はかからなかった。「たぶん風味も見た目も市販品には及ばないだろうけれど、とにかく作れることは間違いないのだから」。このことは、食べ物以外にも、例えば服や小物、日曜大工にも言えないか。コートやスーツを仕立てるのは無理でもウェストゴムのギャザースカートやイージー・パンツなら、型紙を使わない作り方がネットでも公開されていることだし、不器用でも何とか縫える人は少なくないのでは?日曜大工も、チョイ頑張れば、動画を参考にしながら100円ショップにもある材料で簡単な棚や表札なんかが作れるかも。お金がないから好きな食べ物が買えないんじゃない。お金がないから着たい服が買えないんじゃない。お金がないから家具が買えないんじゃない。出来る範囲で、まずは「自分で作ること」にトライする。お金の呪縛から解放されるには、まずここからだと感じ始めた。もちろん、うまく作れないことも多いだろう。その時は、再トライするなり、自作を諦めて市販品を買うなり、あらためて考えたらよいのだ。それに、作っている最中はどんなふうに完成するかなとワクワクしたり、工程の過程で予想外の展開があって驚かされたりするハプニングもあり、これはこれで一種の体験。とらえかたによっては「お遊び」で、お金では測れないものかも知れない。ともあれ、現状の意識のままでは、私たちは死ぬまでお金に苦しみ、お金に振り回される。写真は最近釣りの楽しさを知った1番下の孫。自分で魚を採ることも、自作につながるわなあ。
2026.10.12
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先の拙ブログで、仕事場にお客さんとして来た、「夜勤明けに飲むビールの1杯に元気をもらう」と語ったおじいさん(と言うか、60代後半の初老の男性)を紹介したが、皆さんはどう感じる?「そんな年になっても夜勤をこなさなければならないなんて気の毒だけれど、結局は自己責任だよ。どうせ気ままに過ごして来て、先のことを考えずに生きてきた結果だよ」なんて、思う?そんなタイプも確かにいるだろうが、大半の人はそうではないと、個人的には思う。いわゆる普通にやってきた、少なくともそうなるべくトライはしてきた人たちなのでは?それが、勤務先の倒産とか事業の失敗とか自分か家族の病気や事故とか災害の遭遇とか、人生のある時期で起こった、運も含めたボタンの掛け違いが尾を引いた。そういうことなのだと思う。ま、「自己責任」と断定してしまえば助かる方々がいるのも事実だよなあ、、、。私としては、おじいさんのあの「今はエエ時代や。レンチンすれば食べられるものがたくさんある」のコトバに少し救われた気がする。
2026.10.08
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先月、久々に冷凍チャーハンのデモンストレーションを承けた。業務内容は、他の冷凍もの同様、既に出来上がったチャーハンをレンジで解凍して試食用小皿に取り分けし、お客様に味をみていただくだけ。ぶっちゃけ、楽な案件だった。ただ、個人的に味付けが少し濃い気がしたし、実際に試食されたお客様にもたびたび指摘された。最初の一口はよいのだ。はっきりとした醤油味で、ほのかなニンニク風味も香ばしい。「美味しい」。理屈抜きでコトバが出る。それが二口目となると舌の上を転がる刺激がきつくなり、三口目となるとはっきりとのどが乾く。水気が欲しくなる。おそらく、具材とご飯を炒めながら調味料を足して作っていく家庭チャーハンとは違い冷凍チャーハンは最初から米粒にまで味が染み込んでいるのと、長期保存のための材料などが入っているから、どうしても塩分が高くなってしまうのだろう。そこで、「濃厚過ぎて、なんか口の中でひっかかってしまうねえ」などとおっしゃるお客様には「とろけるチーズやスクランブルエッグを載せると、マイルドな味わいになりますよ」と、付け加えることにした。売上は、お客様数の割にはまあまあ。年齢的に中高生くらいの子どもがいると推察される主婦を中心に、ガテン系らしい風貌の外国人、学生、週に何日か夜勤があると自ら語ってくれた初老の男性その他の方々が買ってくれた。印象に残ったのが、「今日は休みなんでスーパーに来たら、こうやってタダで食べさせてもらえるイベントがあった。ラッキーやわ」と、ニコニコしながら試食皿を受け取って下さった60代後半(私の想像)のおじさん。聞けば、工場勤めをしていると言う。「人が足りへんさかい、こんなトシヨリでも夜勤があんねん。週に2日ほどやがコタエるなあ、、、。そんでもな、おねえさん、夜勤明けに冷えたビールをキュッと飲んでレンチンするだけで食べられる焼きそばやチャーハンなんかをガッツリ食べると元気出てくんねん」そして、今ははエエ時代やと続けた。「レンジさえあれば食べられるものがぎょうさんあるよってな。ワシみたいなトシヨリの一人暮らしでも困らへん」。身に染みたセリフではあった。塩分以外にもまだまだ栄養面で課題を残す冷凍食品ながら、必要な人には必要で、その需要は少子高齢化の昨今において多くなることはあっても少なくなることはあるまい。だからこそ、メーカーにはますます望みたい。少しでも健康によい冷凍食品を開発して下さいと。
2026.10.05
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先の記事で、POP内容がきっかけで、それまで名前を聞いたこともなければ、まして買ったこともない商品に興味を持った逸話を話した。これと同じような体験が、実はもうひとつある。京都市内で10店舗ほどチェーン展開する、あるスーパーを訪れた時のこと。担当商品をデモンストレーションする場所の近くに豆腐売場があり、そこにずらりと並べられていた豆腐の数々の中で、ひときわ目を引いた豆腐があった。「一乗寺とうふ」一乗寺というネーミングもさることながら(後述するけれど、京都の一乗寺には有名な観光名所が複数あり、麺好きにはラーメン街道と名付けられた嬉しいスポットもある)、添えられてPOPの文面に惹かれたのだ。「一度食べるとやみつきになります」。何の修飾句もひねりもない、失礼ながら至極平凡な一文なのに、いやでも読んだ者の心底にグサリとささるではないか。「やみつきになる。ふむ、そんな豆腐なのか。いったいどのような味、香り、食感なんだろう?」こう想像をふくらませる人は多いと思う。そこの店の豆腐担当者に話を聞くと、毎日10丁も入荷しないし値段も豆腐の割には高い(通常の豆腐の倍以上の価格)が固定ファンがいるので夕方までにはなくなるケースがほとんどとのこと。ますます試してみたくなった。たまたまその業務日は客足が普段より少ない(何せ大雨だったからね)こともあって、仕事終了時に一丁だけ残っている幸運に恵まれ、望みをかなえることが出来た。水切りをして手のひらに載せたところ、ズシリとくる(密度が濃いのだね)。包丁を入れ、冷奴にすれば、一口目から豆本来の美味しさをたっぷり味わえる濃厚な風味が口中に広がり、絹豆腐なのに箸で掴めるしっかり感もあって、大満足。皆さんの中で、今後、圓光寺や詩仙堂などを訪ねられる予定がある方(電車なら叡山電鉄一乗寺駅で下車)され、観光ついでに駅近くにある「一乗寺とうふ」本店にも寄ってみられたい。ちなみに、遠い昔、何かの本に「結婚したら豆腐みたいな夫婦になるのが良い。柔らかい豆腐は器に入れると四方にゆらゆらと揺れたりする。なのに、なかなか壊れないのは、角角がきちんとしているから」と書いてあった。すなわち、ある程度の融通さは認めつつも締めるところは締めておく。こういうことなのだが、けっこう当たっているかも知れない、、、豆腐に限らず石垣でも崩れにくい強固なものを作るには角がポイントだと言うしね。写真は一乗寺とうふ。
2026.10.02
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記録的な猛暑が続いていた2026年8月はじめ。仕事で訪れた店の青果コーナーの片隅で、ふと眼前の棚に置かれていたマクワウリに似た果物に視線が止まった。「チャメ(韓国産)」と、プライスカードに品名と産地、そして価格が書いてある。「チャメなんて、聞いたことのない名前だな」と思っていたら、プライスカードとは別に添えられたPOPに、果実を横に切った断面らしきイラストと共に説明書きがしてあった。「チャメは韓国では夏定番の果物です。タネもワタも美味しく食べられますよ」。にわかに関心を持った。「夏定番」とあるからには、韓国では日本人がスイカに抱くようなイメージで捉えられている果物なのだろう。しかも、タネもワタも食べられるなんて、ゴミとして出る量も少ないわけだから環境にもいいし、後片付けも楽ちん。何より経済的ではないか。一度、買ってみよう。そう決めた。家に帰り、さっそく食べてみた。見た目と同じく、風味もマクワウリっぽい、というか、マクワウリそのもの。水気が多いせいかあっさりしていて、甘味にクセがなく、香りもさわやか。猛暑日には本当に美味しいだろう。さらに、ぬか漬けにしてもイケるのではないだろうかね。そう言えば、ウリはスイカなどとならんで夏場にはよく食べられていたっけな、、、昭和40年代頃までは。映画「砂の器」にも、加害者を追跡すべく真夏の東北地方に出向いた刑事が、休憩時に汗をタラタラ流しながらウリを食べるシーンが、確か出てきたぞ。きっと、水分を多く含むウリ科の作物の性質上、身体を冷やす作用もあるのだろう。チャメは、日本でもっともっと知られて、販売されていい果物だと思うが、扱っている店舗が今のところ限られているのは、残念なことだ。なお、今回のチャメの件ひとつとっても、商品を宣伝することは大事なんだなあと、あらためて感じる。ネットでの動画であれ、紙のPOPであれ、店頭でのデモンストレーションであれ、時代に関係なく宣伝はマーケティングの流れの中で重んじられなくてはならない。写真はチャメを半分に切ったもの。
2026.09.30
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朝夕はもちろん、まだまだ陽射しがきつい日中にすら、吹きぬける風には秋を感じるようになった、今日この頃。だいぶしのぎやすくなったので、プライベートでの散策もしやすくなってきた。ところが、私は11月まで仕事のスケジュールが詰まっているのと、年毎に現場に立つのが肉体的にキツくなってきていてそのリカバリーに手間取るようになってきているため、オフの日もなかなか外出する気にはなれない。食事の支度や洗濯など、生きるために最低限のことを済ませたあとは、昼飲みのグラスを片手に、大好きな活字にふれながら、ひたすら家の片隅でゴロゴロ。至上のひとときである。さらに、気温が下がったおかけでエアコンをつけなくなったことと関係あるのか、夏のあいだ悩まされた夜中から夜明けにかけての咳喘息が嘘のようにおさまりまった。今更ながら、空気の乾燥はのどに大敵なんである。わけても、喘息の治療につきものの吸入剤がだんだん効かなくなってきていたおりでもあり、本当に助かる。この吸入剤。実は喘息持ちの仕事仲間も服用していけれど、やはり私と同じように次第に効き目が薄れてきたと語る。ん? カラダが薬に慣れてしまった?花粉症や便秘薬や頭痛薬を繰り返しているうち効かなくなったという話はよく効くからね。ともあれ、オフ時のゴロゴロは、老体にとっては新たなるエネルギー再生のもとなのだ。写真は、1番上の孫(13歳)と末っ子の孫(7歳)。
2026.09.28
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3ヶ月ぶりに美容院へ行った。ここには、家が2度引っ越した後も、電車やバスなどを利用して10年近く通い続けている。振り返れば、長年親しんだストレートロングの髪をバッサリ切って24年。リストラをきっかけにそれまでのデスクワークから接客業に転職した結果、実際にお客様の前に立つ前の身支度を簡素化したいことが理由だった(肩にかかる長さの髪は引っ詰め状にくくらないといけなかったのだが、これを毎回するのは率直な話、面倒)。切ってみれば、想像以上に快適。髪の重量が減ったぶん身体も軽くなったように感じられ、フットワークも広がったものだ。以来、ショートヘアはすっかり私に馴染んでいる。ところで、私が若い頃、具体的には20代前半だった1970年代後半から80年代初頭にかけては、女性のショートヘアは、ぶっちゃけ人気のある髪型とは言えなかった。「アクティブ」「さわやか」「若く見える」諸々のプラスイメージ以上に、「男の子みたい」「色気がない」「楽している(ロングよりショートの方がヘアケアの手間がかからないことから)」などのマイナスイメージでとらえる人が多かったのだ。ゆえに、「男性受けしない」との見方もあった。現在ではどうだろう。一般に「女らしい」とされるロングヘアと引けを取らないほど「女らしい」ショートヘアは、珍しくないのではないか。ちょうど、女性の7割ほどまでがスカートではなくパンツを身につけるようになっていても、そのスタイルが必ずしも「マニッシュ」ではなく「フェミニン」なものもたくさんあるように。軽やかで、動いたり、しゃべったり笑ったりふくれたりと、顔の表情を変えるたびにチャーミングな揺れを見せるショートヘア。そこには、女性でしかあらわしえない魅力があり、美しさがある。断じて「男の子みたいで、色気がなくて、手入れに楽をしている」のではないのだ。2020年代のショートヘアは、基本的にフェミニンなのである。要は、似合っていれば、髪の長さなんぞどうでもいいんだよね。あの故ダイアナ妃もショートヘアだったけれど、彼女にとてもよくマッチしていたし、女らしさもじゅうぶんだったことは、万人が認めるところである。写真はダイアナ妃(Wikipedia)。
2026.09.17
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一昨日に書いたブログの記事で「我々デモンストレーターの仕事は基本的には寅さん稼業だ」と書いていて、思い出した。かつて現場でよく見かけた、ある同業者のことである。見た目はサッチーこと野村沙知代をひとまわり、いや、ふたまわり個性的にした(=アクを強くした)感じ。声は、地を這うようなダミ声。しかも、マナーの悪いお客さんには「おっさん、何回も(試食に)来んといてや!」などと、バシッとクギを刺す。このおばちゃん。だが、実に販売が上手なのだ。雰囲気といい、物言いといい、けっこうオシが強いのだが、お客さんは嫌がるどころか、ニコニコと笑いながらカゴに商品を入れる。「うまいこと言わはるよなあ、、、。やから、つい買うてまうねん」。おわかりだろうか。お客さんは商品ではなく、おばちゃんのキャラクターも含めた「口上」にお金を出しているのだ。まさに、寅さんの女版だ。
2026.09.16
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今日は近場で仕事。さて。繰り返しになるけれど、我々の仕事である宣伝販売業は、平安時代からある口上芸がルーツで、それから約400年経った江戸時代にはしっかり確立されていたそうだ。口上芸。現在では啖呵売とも呼ばれるこの商法。ひらたく述べれば、何ということのない商品を、面白おかしい表情やノリのよい身振り手振りも加えたクチのうまさやで客を惹きつけ、いい気分にさせて売る方法で、これは、基本的には現在でいうデモンストレーターの販売方法と同じだわなあ。例えば、先月に担当したK社の焼肉のタレ。ぶっちゃけ、業界No. 1のE社の焼肉のタレと、味といい香りといい量といい値段といい、そう極端には違わないと感じたよ。もちろん原材料の産地やそれらの配合具合は異なるだろうが、そのような事柄を考慮に入れても、両者の間に劇的な差はないのでないか。焼肉のタレばかりではない。醤油や白だしや酢だって、一部の高級品や特殊な素材を使ったものでなく一般のメーカーものなら、少なくとも大衆にはどれも似たり寄ったりだよ。こういう類似の商品を、クチと大袈裟な表情、さらには時に芝居ががったアクションで「時間の流れ」(=リズム)を作り、この商品こそが素晴らしいとお客さんが錯覚するよう仕向ける。お客さんの方も、真実はうすうす知りつつ販売手の口上ワザに半ば感心する形もあって、つい財布を開く。まあ、「男は辛いよ」の寅さんの稼業なんだわな。写真は、その寅さん(写真引用はシネマカフェより)。
2026.09.13
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一昨日、「江戸時代の女性の職業」について書いていた時、ふと想った。「当時に宣伝販売の仕事はなかったのだろうか?」と。ネットや図書館での文献で検索をかけたところ、性別を問わなければ、宣伝販売の仕事ないしそれに似た仕事は、販売業の流れの中としてではあったが、あったようである。大根の行商人が、訪問先で大根をすりおろして味をみてもらったり、酒屋の主人が店先で何種類かの酒を試飲用に用意していたり。街頭での甘酒試飲の記録もある。あと、キセルの掃除屋(当時は羅宇屋と呼ばれた)も、その掃除中に煙が出てピィーと音が鳴る(キセルを掃除する器具の蒸気の関係)のでイヤでも目立って人が集まり、結果として集まった人のうちに「俺のぶんもキレイにしてよ」とキセルを差し出さす人が多いことから、現在でいう実演付きの宣伝販売のような見方をされていたらしい。まあ人間、考えたり想像したりする機能を持っている限りは、その存在を初めて知ったものや普通とはちょっと違うものには、ためらいと同時にそれをより知りたいという欲求があるわけで、とすれば、販売がてら試食試飲やたくみなセリフや身振り手振りによるパフォーマンスは、いつの時代にもあったと思う。なお、商品を知ってもらうための実演をともなわず、いわゆる「クチのうまさ」だけで販売する口上売(啖呵売とも言う。「男はつらいよ」の寅さんの売り方だ)は平安時代には既に成立していたそうだ。宣伝販売はけっこう歴史のある仕事なんである。写真は、国産文化センターに保管されている在りし日の羅宇屋の絵。作画は絵本作家のサイモン・スレーデン。
2026.09.04
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こうまで夏の疲れが厳しいと、オフの日はごろんと横になって読書、と言うのが最高の楽しみ。この夏は、平岩弓枝や北原亞以子などの女性作家が書いた時代小説(舞台はほとんどが江戸時代)をたくさん読んだ。ページをめくっていて驚いたのは、女性の行動が令和のこの時代より遥かに狭かったとされるその時代においてさえ、家外でも女性がよく働いていたこと。女性が就ける職種も多かったのだ。おそらく私も含めて大概の現代人は、江戸時代の女性の職業とくれば、思い起こすのは「農民」「販売(店員、行商人)」「宿屋も含む飲食業(女将や仲居、下働き)」「女中」「遊女」くらいで、せいぜいが特殊技能を要する「産婆」が限度ではないか。実際には、「仕立て業(きものをほどいて縫い直すリフォーム含む)」「洗濯屋」「髪結い」「習い事の師匠」「人宿(現在の人材派遣)」「乳母・子守」「易者」「巫女」「傀儡女(くぐつめ。軽技をしたり歌いながら舞ったりする大道芸人)」「和妻」(現在ならマジシャンと呼ばれるか)「養蚕」「機織り」「湯女(三助の女性版)」など、実に多彩。今に劣らず、昔の女性もハタラキモノだったんだなー。写真は、浮世絵師、喜多川歌麿が江戸時代の女性職人を取り上げた「婦人手業拾ニ工」シリーズの中の一枚。髪結いを描いている。
2026.09.02
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みそ汁ネタを続けよう。みそを玉状に丸めたみそ玉なる存在を教えてくれたのは、10年ほど前に仕事で訪れた近畿北部のスーパーに勤める人だったか。昼休憩時。従業員食堂でくつろいでいた私は、昼食のために入ってきた女性従業員の1人が、従業員用冷蔵庫から水筒と弁当包み、あと一つ、ラップにくるまれたチョコレートボールのようなものを取り出すのを見た。女性はテーブルにつくや、それを、恐らくは彼女専用のマグカップに入れ、ジャーのお湯を注ぎ、箸でかき回し始めた。「何なんですか、その茶色いやつは?」尋ねた私に彼女は答えた。「みそ玉。まあ、手作りの即席みそ汁のもとといったところやね」。彼女によれば、みそ玉は、みそにダシときのこやワカメなどの具材を細かく切ったものを加えて一口大の大きさに丸めるだけで作ることが出来る。しかも、冷凍でも冷蔵でも、もちろん数時間なら常温でも保存可能だから持ち歩きにも便利で、お湯さえあればいつでもどこでもみそ汁になるわけだ。「自宅のローンもあるし、塾とか部活とか子ども関連の出費もバカにならないんで、節約のため、うちは夫婦ともども職場にはお弁当を持っていっています。で、米飯にはやはりみそ汁が欲しいじゃないですか。でも、インスタントみそ汁は割高。そこで、子ども時代に山仕事に出かける祖父に祖母がみそ玉を弁当と一緒に持たせていたことを思い出したんです」彼女自身はお休みの日にみそ玉をたくさん作っておいて冷凍しておくそうな。これって、いいねえ。確かに昼食のたびに市販の即席みそ汁を利用するより経済的だし、塩分のコントロールも出来る。それに、弁当用でなくても、例えば衛生面からみそ汁を多く作れない夏場には家庭用に作ってもとても助かる。歴史をひもとけば、戦国時代に陣中食としても重宝されたと伝えられるみそ玉。皆さんもぜひ、試されたらよかろう。
2026.08.13
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「夏にこそみそ汁を飲もう」これが決して私1人の個人的スローガンではない証拠として、夏場でのみそ汁のデモンストレーションは実は少なくないことがある。もちろんそれは味噌を溶かして作る通常のみそ汁の他、携帯式やカップ状になった即席みそ汁も含めた上での回数だけれど。夏場でのみそ汁のデモンストレーションは、大きく2種類に分かれる。ひとつ目は、茄子やトマトをはじめとする夏野菜やしじみなどの季節の海産物とのコラボ。ふたつ目は、お盆を過ぎた頃から始められる夏疲れ対策用のややボリュームのあるみそ汁(豚汁が多い)。どちらのタイプも、デモンストレーション自体は受ける。「へえ! トマトもみそ汁の具になるんや。トマトの酸味がみその塩気とよく合うね」「しじみって、それからもいい出汁が出るね」「日がな一日エアコンが効いた部屋でデスクワークするから、かえってあったかいもんが欲しくなるんやわ」お客様からの評判は、なかなかによろしいのである。ところが、試飲したみそ汁を気に入っても、それを作ったもととなったみそなり即席みそ汁なりを購入するかどうかどうかとなると、微妙。少なくとも、通常のみその売上はイマイチな数字であることが多い。即席みそ汁も、うーん、試飲してもらって返ってきた反応の良さほどには売れないと言うのが、本当のところ。買わない理由で多いものは、前者の場合は「みそがまだ家にある」こと、後者の場合は「便利だけれど割高に感じる」こと、かな。ここいら、我々デモンストレーターもまだまだ販売法を工夫しないといけないし、メーカー側にも商品の質向上も含めて改善を期待したいところだ。
2026.08.10
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昨日の記事で、こう書いた。「仕事をした日数ぶんだけ仕事明けには休まないと身体が持たなくなった」。では、その仕事明けに見舞われる身体症状とは、具体的にどんなものか。幾つかあるが、突出しているものは、「尋常ならざる倦怠感」である。まるで頭に鍋でも被っているみたいな重々しさと、意識と肉体がチグハグに動いているかのような乖離感をともなう怠さ(だるさ)。これが1番強い。特に夏場は顕著にあらわれる。記事中にそうなってしまう原因の推察を「仕事場と外部との温度差による影響」と説明文的に付け加えたけれど、医療関係者である知人の証言もあり、これは100%に近い確率で当たっていることと思う。つまり、過度の寒さと過度の暑さによる寒暖の幅が、交感神経(緊張状態)と副交感神経(リラックス状態)のバランスを崩し、自律神経に異常をもたらしているのだ。自律神経を正常に戻す方法のひとつは、身体を冷やし過ぎないことだとか。暑いからとエアコンの効いた部屋に居続けたり、冷たい飲料をガブ飲みするなどとんでもないというわけだ。ここでご登場願うのが味噌汁。汗で失われる塩分を補給してくれるし、汁の中に入れる具材次第では栄養素も申し分ない。何より、汁物の特性で、とかく食欲が落ちがちな夏でもスッとハラにおさまりやすい。時期柄、冷やしたタイプの冷やし味噌汁も悪くないが、下手をすればまたもや身体を冷やしてしまうことになりかねないので、ここは通常の味噌汁と同じく温かいうちか、せいぜい冷めかけのぬるい状態か。もっとも個人的に感じるのだ。夏に温かい味噌汁を飲んだ時にかく汗と暑さって、不思議とそんなに不快なものではないと。そんな時、真夏でも熱いラーメンやうどんをフーフーと息を吐きかけながら、汗だくになりながらも美味しそうに食べる人の気持ちがわかる気がする。
2026.08.09
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いつの頃からか。仕事をした日数ぶんだけ仕事明けには休まないと、どうにも身体が持たなくなった。すなわち、1日だけ働けば1日、2日連続で働けば2日、休日とする必要があるわけだ(2日以上続けて働くのは2年ほど前からもう無理)。休日の日は、起き抜けからゴロゴロ。ソファで牛のように寝そべったり、朝風呂に入ったり、好きな音楽に耳を傾けたりしながらウトウトしたり。ただ、仕事をこちらに発注するメーカーによっては「業務終了後は必ず翌日午前中までに業務の報告書ならびに経費精算書をファクスかメールすること」と義務付けているところが少なくないし、食事の準備および片付けや洗濯など、毎日こなさなければ日常が止まってしまう野暮用もあるため、完全なるゴロゴロというわけにはいかないのが実際のところ。要は、まあ、「予定を入れない」ということだな。特に夏場は休日の過ごし方いかんで疲労回復度が違ってくるため、ひいては肝心の仕事日でのパフォーマンス効率すらも違ってくる。これは、おそらく仕事場と外部との温度差による影響が大きいかも。察しておられる方も多いだろうけれど、スーパーなどの店舗内は鮮度面を重視するあまり、つい過剰冷房になりがち。ものの20分もいれば何か羽織るものが欲しくなるし、そのままそこに居続けると指先の感覚がなくなってしまうほどの冷気に襲われるケースもしばしば。なのに、ひとたび店外に出るや、今度はサウナ風呂に入っているような熱気が全身を包み込む。この寒暖の幅からくる身体へのダメージ。加齢と共に明らかに回復しにくくなっている。ちなみに、娯楽が少なかった(と現在では想像される)テ江戸時代、庶民は休日には、銭湯でくつろいだり季節の花や鳥を愛でたりや茶屋で甘いものを食べたりして、近場でささやかな楽しみを見つけてリラックスしていたらしい。夏場ではなくても参考にしたい。
2026.08.08
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桃をデモンストレーションする案件が入ってきた。デモンストレーター歴22年。果物に限っても、キウイをはじめ、パイナップル、りんご、ブドウなどなど、数々の品種を扱ってきたが、桃は初めてだ。桃で思い出す。イギリス中世にジョンという王様がいた。失地王とも呼ばれ、失政と味方にすら不誠実なキャラクターから甚だ(はなはだ)評判が芳しくなく、その不人気ぶりは、イギリス国王史上最悪とされているほど。この王様。実は大の桃好きで、一説によると、それがもとで命を失ったとか。何でもジョン王。あるとき家来に命じて桃をたくさん持ってこさせ、パカパカ食べた結果、胃腸障害をおこしてそのまま昇天したそうな。ホンマかいな、桃くらいで。確かに桃って傷みやすいし、その前に身体を冷やすから、食べすぎるとお腹にくることはあるものの、、、と勝手に疑っていたら、実際に食べ過ぎたら胃腸にダメージを与えるケースはあると、ネット上の医療記事に書いていた。はあ、嘘ではなかったんや。もっとも、ジョン王が生きた頃は、医学が現在と比べるとエエ加減だったろうから、もしかすると桃アレルギーによるアナキラーショックだった可能性もある(幼児が他の身体症状をあらわしていても一様に「ポンポン(おなか)が痛い」と訴えることが多いように、当時は痺れも麻痺も痒みも「胃腸障害」とひっくるめていたのではないかな)。プラス、時代的に水の質は良くなかったと想像されるので、桃を洗う時の水に問題があったとかね。デモンストレーション案件をきっかけに、思いがけぬ想像と推理をめぐらすことができたのも、楽しいことだった。
2026.08.02
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"The Whole Truth"(Written by Nancy Pickard, Translated by Akiko Usagawa)邦題「狂った真実」(原作:ナンシー・ピガード、 翻訳:宇佐川晶子)我が日本でもここ十数年来、親や教師など、子どもにとっては「権力を持つ者」からの性的虐待が表沙汰になって取り上げられるケースが増えてきたが、欧米に比べるとまだまだ甘いかな(だから、かのジャニーズ問題も見て見ぬふりをされてきたのだ)。その意味で、この本はもっともっと知られて欲しいし、舞台を日本に移したリメイク・ドラマも検討してもらいたい。子ども時代に受けた傷は、かくも深いのだ。(あらすじ)青空のもと、陽光眩しい、アメリカのフロリダ。レイ・レイントゥリーは、6歳の少女を誘拐して殺害した罪で起訴された。レイは文盲で、過去のことはほとんど語らないか、語っても嘘八百を並べたて周りを煙にまく正体不明の青年。だが、本編の主人公である作家(ルポライター)のマリーは、留置場で取材したレイが単なる犯罪人ではなくギターの名手でもあることに気付く。実際、マリーの前で、レイはいくつかのコードやアルペジオを見事に披露したあと、「ディキシー」だの「スターダスト」だの聞かせ、最後に「イエスタデイ」を物悲しく奏でたのだ。やがて、そのことが彼の辛い過去と結びついていることがわかってきて、、、。レイの「過去」の酷さと、その環境のもとで成長して犯した所業のグロテスクさ。それでも、そんな彼をもフロリダの太陽は照らしつづけ、その対比がまことに悲しいのだ。もちろん、「イエスタデイ」の甘美なメロディも。
2026.07.16
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「私は貝になりたい」(岡本愛彦 演出、1958年、日本、写真はYouTubeより)昭和33年(1958年)。まだまだ庶民層にとっては高嶺の花だったテレビでの単発ドラマとして作られた、ヒューマンもの。無実でありながら、そのことを証明出来ないばかりに戦犯として処刑された元二等兵の悲劇をえがき、後々、幾度か映画やテレビドラマにリメイクされた。(あらすじ)第二次世界大戦中。地方都市で妻と2人、小さな散髪屋を営む清水豊松のもとに召集令状である赤紙が届く。内地での陸軍で訓練に励む豊松。ある日、上官に捕獲したアメリカ兵捕虜を銃剣で刺殺するよう命じられるが、人を殺す恐怖に怯えた豊松は実際には右腕を負傷させただけに終わる。戦後、除隊した豊松はまた元の生活に戻り、店を大きくしようとささやかな希望に燃えていたが、、、。戦犯にはA級、B級、C級とあり、A級には戦中の東條英機内閣入閣者で後の日本国首相となる岸信介もいた。なぜ岸は無罪釈放され、軍隊の最下層にいた豊松はそれがかなえられなかったのか?真相は謎。ただ、これだけは言える。いつの世にも、そしてどこの地でも、オカミの暴走や愚行のツケを真っ先に受けるのは、「善良であるがゆえに従順」な名もなき庶民なのだ。
2026.07.15
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6月は、夫に突然おそいかかった、原因不明の関節異変に振り回され続けた。右足の股関節あたりに生じた痛みが徐々にひどくなり、足を上げることが辛くなったのだ。結果、階段の上がり降りにも不自由するようになったばかりか、歩く時も片足を引きずるように。総合病院の整形外科を受診し、もちろんレントゲンも撮ってもらったが、異常なし。としたら、この尋常ならざる痛みは何?ここで、我々の脳裏の片隅に浮かんだのは、3年半前に手術した大腸がんと併発して発症した前立腺がんからの股関節への転移。「前立腺がんは患部周辺の骨部分にがん細胞が飛ぶケースが珍しくない」ということを、以前に聞いていたからだ。当然ながら、手術を受けた病院に連絡を取り、早急に診察を受けてCTスキャンの予約をする。ところが、その翌日、ホンマのホンマ、歩けなくなってしまった!仕方なく緊急枠を使って、半ば強引にCTスキャンと血液検査。結果は、、、転移はみとめられない。なのに、痛みはそのまま。これって、何かね?(続く)
2026.07.08
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14日の三河地方行きの疲れもまだ残っていた火曜日。夫の体調が急に悪化。振り回され、疲れ切った数日だった。3年8ヶ月前に手術を受けた病院で、定期検診を前倒しして診てもらったら、CTスキャンを撮る必要があるがそれが出来るのは最短で七夕の日、さらに結果がわかるのはその1週間後だとか。そんな悠長なことを言っていられる状態ではないのに。例えば、がんが転移している場合は日を争う。1日経てば経ったぶん、がん細胞は広がり、組織を侵食し、養分を吸い取っていくからねえ。年齢が若ければ若いだけ、進行は早い。現に、私の知人は検査を待っている半月の間にがんが花咲状態になるまでに進行し、他臓器にも転移して、大変に苦しんだ。ところが、皆さんご存知の通り、大病院はねえ、、、。ここいらの日程調整や変更。もう少し融通がきかんもんか。今回は病院側で緊急枠を適用して下さり(だって1人では歩けなくなっていたから)、その日に検査と結果報告。幸い、悪症状は転移によるものではなく、原因は別のところにあったのだけれど、痛みは相変わらず。ホンマ、幸せの基本は「快食・快眠・快便」だわ。これが出来ていれば、人間、あとのことは何とかなる!写真は3人の孫。
2026.06.20
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再び連続仕事。今日は吹田市(大阪府)、明日は豊川市(愛知県)。今年80歳の同業者に言われた。「この仕事は身体も脳も感情も使うから、ボケ防止にはピッタリなんや」。まあ、とらえ方によってはそうかも。実際、私は携帯にカロリー消費量付き歩数アプリを入れているのでわかるのだけれど、自治会などが主催して参加するウォーキング会での歩数は、現場に入った日の歩数とそんなに変わらないのだ。つまり、仕事に出ると、それだけ何やかにやで動いているわけで、ウォーキングとかジムでのトレーニングとか特別なことをしなくても、じゅうぶん運動が出来ている。70歳で引退する予定が、昨今の異様な物価高のもとでは無理だと、つくづく感じる。きっと身体が動く限りは働かないといけないのだろう。だとしたら、ホンマ、ボケ防止のつもりでボチボチやった方が、気持ちの上で幸せかも。ちなみに、年金からあらかじめ引かれている介護保険料の高いこと! 低年金の我が家ですらこの額だから、皆さん、もっともっと払っているのだろうなあ。これと関連あるのか。日本は、高齢者の就労率が世界有数なのだそうな。写真は、3人の孫。
2026.06.13
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三河地方(愛知県)の某スーパーでの仕事が入ってきた(京都から新幹線で名古屋まで行き、そこから在来線)。友人は「ええやん。ちょっとした旅行やん。三河は稲荷寿司が有名やから本場のを食べてきたら」なんて言うが、こちらはビジネスで行くんだからね! 当たり前のことながら時間厳守が鉄則だから、初めて行く現場は、近場であろうと遠方であろうと、まずここの点で不安にさらされる、、、乗る電車を間違えないか、到着駅を過ぎてしまわないか、乗り換えのさい次に乗る電車のホームはわかりやすいか、など。着いたら着いたで、今度は担当者が気難しくないだろうか、ゴミの捨て方その他の細かいところにその店独自のルールがあるのではなかろうか、送り込み資材の置き場はどこか、返送手続きにこれまたローカルな決まりがあるのではなかろうか、、、エトセトラ、エトセトラ。つまり、お初の現場は、ある意味でストレス満載なのだ。もっとも、それだからこの仕事は脳の活性化につながると話した同業者もいる。うーん、どうなのだろう?以前、三重県で仕事をした時、そこの店にテナントとして入っていたうどん屋で食べた伊勢うどんの味を覚えていて、数年後に再び三重県の現場を振られた時、二つ返事で行くと答えた体験があるが、今回もそういう思い出が作れたらいいな。写真は、二度目に三重県を訪れた時に食べたご当地ハンバーガー。これも美味しいよ。
2026.06.08
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繰り返しになってしまうが、先月に苦しんだ、咳喘息の咳き込みとアトピー性皮膚炎の痒みによる不眠。喘息もアトピーも症状に波があり、何より様々な人にもらったアドバイスも参考にしつつ、「喘息もアトピーも、どんな時にいかなる症状があらわれるか」を手帳を繰り繰り確認し、自分なりに分析して対策を立てたら、かなり症状が治った。まあまあ普通に眠れるだけの条件が整ったのだ。検索してみたら、喘息もアトピーも、即効性をうたう付け焼き刀的な療法やサプリ、あるねえ、、、ちょうど「これを飲むだけで、運動なしで◯ヶ月に△キロ体重が落ちます」「この下着をつけて歩けばウェストが自然とほっそりしてきます」などと強烈にアピールするダイエット関連の製品みたいに。それだけ悩む人が多いということなのだろうし、人間は誰しも楽をしたいから、そういう療法や製品やサプリは商売にもなるのだろう。しかしですね、いろいろと調べ、尋ねているうち、喘息もアトピーも、高血圧などの生活習慣病のひとつ、少なくともそれに近いものではないかという気がしてきた。例えば、アトピー。夏場以外に症状があらわれる時は、決まって忙しくて身体が休めない時やストレスにさらされている時。つまり、身体の中のどこかがバランスをくずし、痒みをともなう湿疹という形で肌上に出てくる?だとしたら、いくらステロイドを服薬してもねえ、、、根本解決にはならない。科学教育に力を入れているパプリックな中高一貫校で写真部に入って学校生活をエンジョイしている1番上の孫(写真)の誕生日を機会に、いろいろと考えたことである。
2026.06.05
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さて。再び、「眠れない夜」の話題に戻ろう。今度は仕事に紐付けず、純粋にプライベートな話として。先月、特に半ばから後半にかけては、アレルギー咳喘息とアトピー性皮膚炎のダブルパンチで睡眠障害が続いた。もう半端なく喉がイガイガして苦しい(咳って辛いものだ)、掻きむしっても掻きむしっても足りないくらいに痒い。皮肉にも、症状は昼間より夜間の方により強く出る(かかりつけ薬剤師の話では、これは自律神経が関与している可能性が高いとか)。だから、昼間に行う仕事や家事には特に支障は出ていないのだが、、、。咳き込みと痒みで眠れない夜。がまんできないから、起き出し、軽い書物を開いたり、昔観た名映画を鑑賞し直したりしている。こうしていると、少しは落ち着くのだ。まあ、もともと睡眠に関しては、入眠は問題なくても中途で覚醒しやすいタイプではあるのだけれどね。睡眠不足が続くと、弊害は血圧の数値に如実にあらわれる。胃腸にも関係してくる。まさに、寝る子が育つように寝る大人も育つ。様々な思いをSNS上のあるサイトで訴えたら、たくさんのアドバイスをいただいた。それらも参考にしつつ、今後は時に薬の力も借りつつ、病気とうまく付き合っていこう。こんなシチュエーションは、今後は増えるのだろうな。写真は、今日13歳の誕生日を迎える、1番上の孫
2026.06.04
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繰り返しになるが、「機能性表示食品」は薬品ではない。あくまで、胃腸や血圧などの特定保険分野において健康維持や増進が望めるとされる「食品」である。食品であるぶん、医療関係者以外の「一般人」にもとっつきやすく、実際に自分の身体で試してみる行為にいたるまでのハードルは低い。このことも関連しているのか。前の記事で取り上げた「睡眠の質をあげるための乳酸菌飲料」以外にも、「血圧の安定が見込める」だの「おなかの具合が改善される菌が生きて腸まで届く」だのうたう「機能性表示食品」は、おおむね発売当時は大きな注目を浴び、売上もその注目度に比例する。それだけ、消費者の期待度が高いあらわれでもあろう。宣伝販売するこちらとしては、嬉しいのは嬉しいですよ、、、期待してくれるのは。ただ、それが過度になると、何と申しますか、いらぬトラブルが降りかかってきたりして迷惑を被ることもあるにはあるんですよねえ。もう20年以上も前の出来事だから明かしてもよかろう。近畿圏北部にあるスーパーで、某社(一応A社とする)製造販売の健康酢(希釈タイプ)を宣伝販売していて、中年の女性客にこう詰め寄られたことがある。「オタクの会社の酢、飲んだら痩せて肌もキレイになるちゅうてるけれど、ホンマやの? デタラメやないの? だって私、毎日、原液でコップ一杯飲んでいるけれど、全然痩せへんし、吹き出物もおんなじやで」。そこからよくよく聞き出せば、とある雑誌のページで、映画やドラマに引っ張りだこの人気女優がA社の健康酢を紹介しており、その記事でくだんの女優は「この酢を飲み始めて、体重は3ヶ月で◯キロ減り、肌がツルツルになりました。お通じもよくなって、毎日が快適です」と語っていたそうな。つまり、「快適」を手に入れた彼女に比べて自分は、、、と言うわけである。ははあ、なるほど。そりゃ、お客さんは理不尽に感じるだろう。ただ、かの女優とお客さんとでは、身長も体重も生活状態も、さらに恐らくは体質も異なるからなあ、、、薬でも個々によって効果のほどはバラバラなのに、食品ではなおのこと差があるのは仕方のないことよ。その前に、希釈タイプの酢を原液で飲むなんて、滅茶苦茶。下手すれば胃腸障害をおこす。まあ、健康酢でなく青汁や乳酸菌でも、効果を焦るあまりに、過度に使用する人はけっこういるんだけれどね(特にダイエットや腸活に関しては)。「機能性表示食品」は、健康をゲットするための打ち出の小槌ではないし、まして医薬品ではないのだから効能自体にも期待し過ぎない方がいい。でないと、健康にはプラスどころかかえってマイナスになる。写真は、娘と真ん中の孫と1番下の孫。この娘も、独身時代には、ダイエット目的の機能性表示食品をよく摂っていたね。
2026.06.03
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写真は、大阪は泉佐野市にある、日根神社(公式ホームページより)。ここは、枕と寝床を守護する神様を祀っていることから、縁起をかついで不眠や不眠からくる病に悩む人が多く訪れるとか。
2026.06.02
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過去、「睡眠の質を高める乳酸菌飲料」とうたう商品の宣伝販売を何度か担当した。これは、簡単に述べれば、「乳酸菌にもいろいろなタイプ(株)があり、中には自律神経に働きかけ、リラックス作用をもたらす株もある。なので、このような株を多く含む乳酸菌飲料を飲めば、眠りが深くなり、起床時にスッキリ感が味わえることが期待できる」と言うもの。位置付けは、医薬品とは別の「機能性表示食品」(「おなかの調子を整えます」など、特定の保険分野において健康維持や増進が望めるとされる食品)。セクハラだのパワハラだのヌメハラだの、さまざまなハラスメントに囲まれ、老後の不安や物価高による経済苦、家庭不和、さらには随所で着々とデジタル化していく世の変化に馴染めない層も多く存在する現在、睡眠障害に悩んでいる人は少なくないのか?正直、そこそこ値の張る商品であるにもかかわらず、売上はほとんどの店舗で上々。もしかして一億総不眠症候群時代? そんな印象も受けるほどだ。まあ、悩み事や困り事、考え事、興奮、過度の疲労その他で眠れない体験は、ほぼすべての人が持っているはずで、私自身も、アレルギー性の咳喘息の咳き込みとアトピー性皮膚炎の痒みで、幾度も不眠に苦しんだ。夜に眠れないのは真実ツラいね。それを知っていればこそ、こういう機能性表示食品に手が出るのもよくわかる。ただ、ひとつ注意しなければいけない。機能性表示食品は、使い方を誤れば健康にプラスどころかマイナス作用を及ぼすこと。次回の投稿では、実際の我がデモンストレーションを例にあげ、そのことを具体的に紹介したい。
2026.06.02
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数は多くないけれど、デモンストレーションを依頼するメーカーの中には、「前日挨拶電話」なるタスクを義務付けているところがある。これは、当のデモンストレーションを実施する日の前日、デモンストレター自らが「明日、〇〇社発売の△△という商品を、そちらのお店様にて宣伝販売させていただきますので、よろしくお願いいたします」と、実施店舗に電話をするもので、電話ついでに販売商品の納入、および案件の性質によっては派遣会社やエージェンシーから送り込まれることになっている資材の到着を確認する意味合いもあり、したがって重要なタスクなのだが、実はこれがどうにも苦手なデモンストレーターがいる。私もその1人である。皆さんは不思議に思われるかも知れない。「デモンストレーターの人って、ぶっちゃけ、商品についてお客さんに話すことがメインの仕事よね。だったら、オハナシは得意なんじゃなくて? 少なくとも好きな部類には入るのではないかな」。まあ、高確率で当たってはいますねえ。ただ、微妙に違うんだな。人間相手に直接オハナシをするのと、電話という「キカイ」を通して間接にオハナシするのとでは。なぜって、オハナシする相手が目の前にいれば、その人の全体の雰囲気も含めて顔の表情や身体の何気ない仕草から「人となり」や「背景」が割と容易にうかがえるのに、電話はそんなわけにはいかないからだ。受話器の向こう側から響いてくる声のトーンや口ぶりやオハナシのスピード、すなわち「見えないものもの」から推察するしかない。これって、けっこうしんどい作業よねえ、、、。こんな私でも、時給の高さに惹かれて電話セールスのアルバイトをしたことが、実は一度だけある。一種の健康食品の案内で、アルバイト業務に入る前に受けた研修で、トレーナーにこう言われた。「単に商品をPRしてお薦めするだけでなく、電話応対しつつ、言葉の端々から電話を受けたお客様の性格や生活状況、大げさに言えば人生そのものも想像すること。なかなか難しいことだけれど、これが出来るようになったら(セールスの)結果は自然とついてくる」。確かに。宣伝販売の仕事に就いて、この言葉の重みをしかと知った。けっきょく、販売する基本は、根っこで同じ。対面も、電話も、ね。接客態度の前に、イマジネーションと共感が求められるのだ。そして、このことこそが、電話苦手症を克服するヒントにもつながるのだろう。写真は、夕暮れのくずはモール(大阪府)。
2026.04.14
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たびたび書いてきたように、路線バスの廃線や減便があいついでいる現在、今後は我々デモンストレーターも自家用車を運転して現場へ行ける人が優遇されてくると思う。とは言え、どうなのだろう?仮に先だって訪れた亀岡市にある店に私が行くとなると、自宅がある京都から車を走らせるわけだが、ガソリン代だけならともかく他の料金もかかってくるとなると、うーん、電車などの公共交通機関を利用した場合と、どちらがお得なのかな。私は車を運転しない(できない)のでわからない部分も多いのだけれど、調べてみたら、ざっくりと「京都駅〜亀岡駅」までは21キロ。時間24分とある。ただし、ご注意!これは、走行途中で沓掛インターチェンジを経て高速道路に入り、そこを利用した上での数字である。高速道路。ただでは使わせてくれないよね?それとも、近頃はフリーWi-Fiみたいに「無料でもオッケイよ」の高速道路もあるのかしら?高速道路を使わず、一般道を走って京都駅から亀岡駅まで行くのなら、まあガソリン代だけですむのだろう。でも、その場合、時間はどれほどかかるのかな?それに、現場の店に着いても、そこの社員用の駐車場に車をとめられたらよいが、そうでなかったらどこかへ預けないといけないから、そのぶんの費用もかかるわなあ、、、。何より、自家用車で移動中に起こりうるイレギュラー事態、具体的には交通事故。我々デモンストレーターの身分は、ほとんどは日雇いか業務委託ゆえ、ここいらも交通費を支給する側にとってはややこしい問題となりかねないため、やはりデモンストレーターの自家用車勤務は難しい面があるのだろう。写真は京都市内。
2026.04.08
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4月1日。新しい年度の始まりである。それを契機に、あらためて痛感。路線バスの便、また減ったね。3月度最後の仕事(3月度最終土曜日である3月28日に実施されたサイダーの試飲)現場は、JR京都駅から一駅北寄り、すなわち、隣県の滋賀方面に上がっただけの山科にあるスーパー。山科は、ぶっちゃけ、京都という大きな市の一部で、ある意味「まち」なのに、、、駅に着くや、バスの減便に驚き。特に土日のダイヤが以前にも増してスカスカ。それでも、行きはヨイヨイ。困るのは、帰りの便。大げさでなく、本当に帰りは怖いのだよ。店の最寄り駅からは遠いし(仮に店のホームページに徒歩10分とあったら、初めて行く人は5割増しの15分と考えてよい。更に調理器具を詰めたカートを引いていたらその倍の時間がかかる)、今日日のことでタクシーをよんでもなかなか来てくれないし、仕事を終えたら我々デモンストレーターはどうして帰ったらよいのだね?こんな状態では、デモンストレーターも、自家用車を持つ人しか引き受けられない案件が、今後は増える気がする、、、車なしでは買い物に行けない「交通弱者」と同じだ。写真は、京都市営バス。この便も、路線によって違いはあるけれど、全般に少なくなったね。
2026.04.04
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先日は、京都府中西部にある静かな市(まち)、亀岡市の大型スーパーで仕事。予定通り18時に仕事を終え、帰宅すべくスーパーの最寄りバス停に駆けつけるや、停留ポールに貼られた時刻表の数字に唖然。「えっ? まだ夕方の6時台なのに最終バスが出てしまったの?」残念なことに、そうだったのである。バスのダイヤがいつのまにか変わっていたのだ。ううむ、、、。この店にはデモンストレーター歴22年の間に何度も来ていて、いつも帰りはそこを夕方6時34分発の便に乗っていた(一昨年の9月に塩麹の宣伝販売で訪れた時もそうだった)のだが、、、はぁ、、、ついにここも、なのね。数年前より感じていた、鉄道が通らない地方に住む人たちの足であったバスの運行回数が減ってきていると。1時間に3本が2本になったり、土日祝日は休みになったり、今回のように最終便が早くなったり、ジワジワと、でも確実に。原因は複数あるだろうけれど、1番は、地方の人口減による乗客数減か。乗る人が少なければ収支のバランスにひずみが出るから、バス会社は経営を圧迫される。プラス、バスだけではなくトラックやタクシーにも通じるドライバー不足。この問題。いわゆる「交通弱者」と呼ばれる人をますます増やしているだけでなく、落ちゆく日本の一断面を如実にあらわしている。写真は、亀岡市で仕事をする時はよく買う「保津川あられ」。湿度が高い亀岡は米どころでもあり、こんな美味しい米菓子も出来るのだ。もっとも、今後は、記事に述べた事情で亀岡に行けるかどうかも微妙なので、保津川あられを買うのも今回が最後かも知れない。
2026.03.13
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繰り返す。令和7年度(2025年)の確定申告は、3月3日に済ませた。確定申告は主に個人事業主が行い、私もそこに含まれるのだが、私の「事業」は販売業の業務委託で、商品を抱えてもいないし機械や事務機器なども必要ない。したがってそれに関する項目(棚卸関連や減価償却の費用)の記入は不用で、まさにシンプルそのものの、ぶっちゃけ家計簿に毛が生えた程度の申告書を書くだけである。なのに、生来の計算嫌いゆえか、ややもすれば後回しにしがち。こんな私でも、今年と去年の申告の数字を比較して見えてきたものがあるのだ。それは、ズバリ、食品をはじめとする生活必需品価格の上昇。昨年の秋。派遣会社Aより業務委託された「寄せ鍋」のデモンストレーションを例にとろう。日当〇〇円と荷物手当△△円、事情によれは遠方手当や煩雑手当などの◇◇円も加わった額が収入。寄せ鍋を作るための食品材料費、業務を遂行するにあたって不可欠な備品(キッチンペーパーなど)、通信費、現場への行き帰りの交通費は経費(これらは、たいがいは業務実施日にこちらでいったん立て替えとなり、収入と共に支払われて清算となる。もっとも、メーカーによっては備品や通信費の一部を立て替えてくれないところもあり、そんな場合はこちらで購入することとなるので、あらたに「消耗品費」なり「雑費」なり勘定項目を作る)。で、今回気づいたわけだ。経費のうちの、特に「試食準備費」が昨年よりグンと多くなっているとね。実際、食用油も乳製品も粉類も値上げ幅のスゴイことよ!トマトやレトルトご飯もね!本当、値引きシールを探す人の気持ちがわかる。
2026.03.08
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一昨日のひな祭りの日、令和7年(2025年)度の確定申告書の提出を終えた。本当は2月中に済ませたかったのだけれど、いためた腰の症状が落ち着いた2月後半、今度は風邪をひいて、そこから持病の喘息が悪化して夜も寝られぬほどの咳き込みに襲われるようになり、またその咳き込みのたびにせっかくよくなりかけた腰にも響いたため、仕事自体も無理してこなす日々だったから、プライベートでは申告準備どころではなかった。ひな祭り日の早朝、やっと書類をまとめたので、午後から申告会場へ。そう! イヤなことは少しでも早くすませろ! の精神なのだ。申告も、毎月毎月こまめに収支を計算していたらそんなに大変ではないのだろうが、数字をにらむことはどちらかと言えば好きではないことと関係あるのか、いつも申告シーズンになって重い腰をあげる。もっとも、いざ出来上がってみれば、数字と数字の狭間から見えてくるもの、確かにあるなー。ほら、企業のホームページで公開されている財務諸表みたいに。やはり、ほとんどの人間は、数字とはほどよくお付き合いせねばならぬのだ、、、数字ばかりが人生ではないが、数字が教えてくれるものもあるからね。
2026.03.05
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昨日の「思いがけない人に再会」ネタの続き。仕事で訪れた大阪府中部の某スーパーで、お客さんとして来店した元同業者と久方ぶりに会ったことは述べた。さらに、彼女の口から、これまた思いがけなく共通の知人であるBさんの話題が出たことも。話を進める前に、このBさんを少し紹介しておこう。私がBさんに会ったのは、デモンストレーターになって2年目。大阪府内の某町にあった大手スーパー(Cストアとする)の系列のA店に仕事で赴いた時のことだった。Bさんは当時、そこの一部門の責任者(チーフ)。仕事には熱心に取り組むものの無表情で口数が少なく、たまにしゃべってもどこか愛想のないものの言いようをする、正直、あまり良い印象は持てなかった人だった。まあ、全体的にはおとなしいタイプではあったと思う、、、上司らしき人にきつく当たられてもただ黙って聞いていることが多かったから。もっとも、それだけに、と表すべきかどうか。私には、Bさんの全身から、諦念にも似た、こんな雰囲気が漂っている気がしてならなかった。「Cストアにいる限り、オレは社会保障も退職金も保障されているもんね」。そのBさん。再会した元仕事仲間によると、60歳でCストアを定年退職。再就職はせず、奥さんの自営を手伝ったり、同居している長男一家の子どもたち、つまり孫たちの面倒をみる生活に入った。「すっかり育じいになっていたわ。現役時代と比べると、物腰も柔らかくなっていて。あの人、真面目やけど、性格があんなさかい、上からは小馬鹿にされて都合よう使われていたところがあったわな。けっこうストレスかかえていたんとちゃうかな」。Bさんの変貌ぶりは他にもあった。何と、ピアノを始めたと、彼女に打ち明けたのだ。「はぁ、、、。Bさんがピアノ、ですか?」驚く私に、「びっくりくりっくりやろ? およそピアノなんてガラじゃないもんな、Bさんは。聞いたら、孫の1人が通うピアノ教室の送り迎えをしているうちに、先生にうまくおだてられたみたいで。おじいちゃんも習ってみませんか、なんて感じで。で、今度、孫のピアノ発表会では自分も演奏するんで、よかったら来て下さいと」。発表会当日。彼女は自分の孫を連れて会場へ。Bさんの出番は最後の方。パリッとしたスーツ姿でステージに現れたBさんは、観客に一礼して椅子に座り、おもむろに鍵盤へ指を走らせた。残念なるかな。演奏は、別の教室でピアノを習っている彼女の孫が、「あのおじちゃんよりワタシの方が上手」と彼女に耳打ちしたレベル。事実、会場の一部ではクスクス笑いも。それでも、曲が進むに連れ、不思議な感動が皆の間に広がり始めたそうだ。「Bさんがニコニコニコニコと、本当に楽しそうにしてんねん。孫が可愛くて可愛くてしゃーない。その可愛い孫が好きなピアノを自分も弾いて、孫と一緒に発表会にも出て、嬉しくて嬉しくてしゃーない。そんな気持ちが伝わってくんねん」彼女は心より感じたとか。「Bさん、いい人生を送っているなあ」。「いい人生」とは何だろう?もし、自分の内部(なか)から湧き起こる「楽しい」「嬉しい」を、自然体で自分にも他人にも見せることが出来る人生が「いい人生」なら、人は幾つになっても「いい人生」を得ることが可能だね、、、今までが冴えなくてもね。ついでに。これは私の勝手な想像ながら、Bさんは出世などとは無縁でも敵は作らなかったのではないか。これも「いい人生」だよ。
2026.02.24
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(注)2月22日に書いた記事。今日は大阪府内中部にある某スーパーで仕事。何度も行っている店だし、担当商品の資料も読み込んでいるし、デモンストレーションの予行演習もバッチリしているし、でもデモ開始時に一抹の不安感と緊張をぬぐいえないのは、業務の性質上しかたないか。いつものことだ。 結果?大成功とは言わないまでも、そこそこの売上。少なくとも実施店舗には満足していただけた数字。さてさて。今日行ったこの店で、コロナ前、思いがけない人に再会したことがある。まだまだデモンストレーター駆け出しだった20年ほど前、やはり大阪府内の別のスーパー(A店と称す)で、ちょこちょこ出会っていた他社の同業者(彼女は当時はA店の専属として常駐していた)。お客さんで訪れた彼女。私のことは「声。声であんたとわかった」と語った。聞けば、彼女は2010年代初めにご主人を失い、一人暮らしとなったが、嫁いだ娘さんとそのご主人が心配して声をかけてくれ、「うちは共働きだから育児のフォローもして欲しいし」ということで同居とあいなり、この町に引っ越してきたそうな。しばらくぶりなので昼食を一緒にと提案され、昼休憩が始まった13時に店内のビュッフェで待ち合わせ。四方山話に花を咲かせるうち、またまた思いがけない人物が彼女の口から飛び出した。「な、Bさんを覚えている?」「Bさん? A店で〇〇部門のチーフだった人? 2回か3回かな、Bさんのもとで仕事をしたけれど、何か恐い人でしたね。いつもムスッとしていて」「いやいや、それはあの人が職人気質で人間関係に不器用やからそんなふうに感じられるだけで。ホンマは真面目で飾り気のないエエ人やよ」と彼女。ついで、「実はな、あんた、私、ここへ越してきて、意外や、孫の保育園の行事でBさんにバタリと会って」と続く。「うちの孫娘とBさんの孫娘が、保育園で同じ組やってん。Bさんと久方ぶりに話して、つくづく思うたわ。人生は楽しんだもの勝ちだってね」人生は楽しんだもの勝ち?ん? それって、何のこと?これまでの投稿記事で少しでも関心を抱いた方は、明日にアップする続編をお楽しみに(8時間の立ち仕事をした後のせいか、けっこう疲れている)。、
2026.02.24
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(注)2月20日に書いた記事。プロの治療師が使う温熱マットと温熱コルセットのおかげで、腰の具合は95%まで回復した。ところが、腰がほぼ治りかけるのと入れ違いに風邪。しばらくおとなしくしていた持病の喘息が再びアタマをもたげ、夜も眠れぬほどの激しい咳に苦しめられている。結果、腰が完治するための残りの5%の要素が埋まらない。なぜなら、強い咳は腰に響くからだ。それでも、1日中何もせず、ゆっくりと休む日が続けば違うのだろうけれど、仕事はしなくてはいけないし、仕事がない日もあれやこれや野暮用が押し寄せてきて、つまりはチョコチョコと動かざるを得ない。どこまでも中途半端なのだ。もっとも、こういうケース、特に女性には体験したことがある人は多いのではないか。娘が小さい頃、娘が通う保育園の中に「昨夜は下の子がひどい熱を出してうなされ、一晩中看病。でも勤務シフトが組まれているし、その前に人手不足なんでたやすく欠勤は出来ない。病院は実家の母に1時間かけて来てもらって連れていってもらった。明日と明後日は私は休暇日だけれど、旦那は土日がかき入れ時の業界にいるし時期柄いそがしいシーズンだから出勤。私は溜まった家事を片付けないといけないし、もちろん子どもたちの面倒もみないといけないし、クタクタに疲れていても一息つくことも出来ないな。母? パートながら働いているのよ。いつもいつも頼れるわけじゃない」と嘆いていた人がいたけれど、この嘆きがわかる女性はとても多いのではないか。いや、家事育児に専念している専業主婦でも、病を得た時、自身の体調は二の次にして家族の面倒を優先する人は少なくないはずだ。ここいらの事情を明確にして、対策を立てないと、いつまで経っても、そして、どんなに金銭や特典をばら撒きしたところで、少子化は変わらないと思う。写真は今日の現場、大阪は京橋近く。
2026.02.24
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「よっ」の掛け声と共にグリル鍋などの仕事道具一式が入ったカートを、仕事先の店舗の建築構造上からやむを得なかったとは言え持ち上げたばかりにいためた腰の具合は、少しずつよくなってきた。嬉しいことだ。わけても徒歩に関しては、今はほとんど異常なし。ただ、未だに右足がじゅうぶんに上がらない状態にあっては、やはりいつもの徒歩ではない。歩き続けていると、右足首がだるくなってくる。まして、階段の上がりではまだまだ痛みが消えない。もっとも、我が家はうちは旦那が東洋医学の治療院をしており、診察室においてある温熱ベッドの上に横たわり、かつ、温熱コルセットを巻いてじっとしていたら、明らかによくなる。で、そのまま休んでいたら早く骨もくっつくのだろうけれど仕事に出るから(この仕事、業務の性質上、よほどのことがないと休めない。私も過去、38度台の熱を解熱剤で封じ込めたり喉から出血しても痛みをこらえて現場に立ったことがある)中途半端になって、また痛み出す。困るのは、カラダというものは一つの部位で綻びが生じると、連携して他の部位の働きもうまくいかなくなることがあることだ。一部分であってもどこかしらに支障があると、免疫力を削いでしまう現れだろう。そこに加齢が加わる。医療関係者に聞いたところでは、免疫力は個人差もあるけれど、おおよそ20歳を境に下がり始め、70歳を過ぎると全盛期の10%程度しか残っていないのだそうだ。たったひとつのマイ・ボディ。真実たいせつに労わりたいもの。ここで、気になる、あるお説がある。免疫力をアップさせる最強の方法は「笑い」。笑うこと。とにかく笑う。笑って、笑って、笑い倒す。ううむ?確かに、心からの笑いなら、免疫力はつくだろうと感じる(作り笑いはどうかな?)。写真は、近所にある神社、白峯神宮にある笑い龍。
2026.02.14
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どうやら腰部を圧迫骨折したようだ。いや、歩けるのは歩けるのだ。2月3日の節分の日も、自治会主催のウォーキング・ツァーに無理なく参加出来たほどだからね。ところが、階段を上がる時や、座っている姿勢から立ち上がる時、右足がじゅうぶんに上がらない。右の腰に刺すような痛みが走るのだ。最初は昨今の寒気、すなわち冷えからきているのかなと思い、お風呂に入ったり整体師である夫に治療してもらったりしたが、一向によくならない。夫は、「こんなに長引くということは、患部を圧迫骨折しているんとちゃうか」と語る。実際に、いくら施術しても回復しない患者さんが過去にいて、圧迫骨折を疑った夫がその患者さんに「一度、整形外科でレントゲンをとってもらっては?」と薦め、患者さんがそのようにしたところ当たっていた、ということがあったのだそうだ。圧迫骨折。思い当たる節はあるんだな。1月の最終日だった。京都市内の某大型店を鍋物関連の仕事で訪れた朝。従業員出入り口をくぐって受付にまわるべく、2段ある階段を登った(スロープタイプになっている店もあるけれど、階段タイプの店もまだまだ多い)。この時だったっけ。グリル鍋や調理器具一式が入っているカートを「よっ」の掛け声と共に持ち上げたら、なんか腰のあたりにグッときたのは。もっとも、違和感はその瞬間だけ。以後は普段と同じ。ところが、翌日から違和感が広がり、痛みが始まり、どんどん増していった。たった一度の「よっ」で圧迫骨折なんて!デモンストレーター歴22年の中で、「よっ」なんて、数えきれないほど体験している。1000回? いや、もっと多いはず。そもそも、バスで移動する時は必ず「よっ」と持ち上げないと乗れないのだからね。今まで何ともなかったのにここにきてこんなことになったということは、加齢による骨の老化か。歩けるし、降りれても、片方の足が自由にならない状態は、不便なことこの上なし。日常生活の営みに、立ったり座ったりは不可欠だ。写真は、節分の日に参加した自治会ウォーキングの途中で見かけた桜の木。この蕾があと2ヶ月もすれば花開き、ピンク色の壮観を見せてくれるのだ。
2026.02.10
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短期間のうちにいろいろな出来事があり、少しブログをお休みしてしまった。最大の出来事は、やはり1番上の孫の中学受験が吉と出たことだろう。幼い頃から、科学関連、特に動物や植物などの生物分野に強い関心を抱いていた孫。それは、小学校入学後に一段と顕著になり、学科では理科が得意。学校の授業以外にも自分でトマトや茄子などをプランター栽培し、カメ、カエル、カナヘビ、イモリ、ヤモリなどの爬虫類・両生類を飼って観察するようになった。そんな孫を、母親である娘は、虫さえ苦手ということもあり、プランターの件はともかく小動物の飼育の方はひどく嫌がっていたが、それでも教師としての職業眼が働いたのだろう。「そんなにまで動植物が好きなら、中学は全生徒一律で学ぶ地元校より科学教育に力を入れている地元校以外の学校で学んだ方がこの子のためにもなるのではないか」と思いはじめ、広範囲に資料を集めた上で、公立ではあるけれど中学と高校が一体になっているA校をピックアップ。孫に受験を薦めた。かくして、小学校4年生になるや進学塾通い。もっとも、昨年の夏に志望校を見学するまで勉強には全く熱心ではなく、ぶっちゃけ、イヤイヤ机に向かっていたようだ。ところが実際に志望校を見学に行ってみれば、科学重視のこの学校に絶対に入りたいと思ったみたいで、それまでとは打って変わって勉強に打ち込み、他の生徒に追い付き、追い越し、合格を手に入れた。将来は生物関連を活かせるコース、例えば農学部などに進みたいと望む反面、理科以外に国語や歴史も好きなので「博物館の職員になりたい」と、娘に話したこともあったそうだ。まだ12歳。夢は無限に広がるね。写真は、その孫。
2026.02.10
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前々から「うーん」と首を傾げていたこと。スーパーなどで買い物をしている時、お店の従業員の方が商品を出していると、「ジャマや。どけ!」なんて怒鳴るお客さん、いるよね? あれ、どうかと感じるね。と言うのは、その店の建築的構造上、どんなに配慮してもお客さんの進行を妨げてしまうケースはあるのだ。ここいら、品出しなるものを体験した方、また目の当たりにした方なら、わかっていただけると思う。それを、何やねん。従業員が商品を出していると(品出しと言う)、「ジャマや。どけ!」なんて!従業員が顧客が求める商品を売場に持って来て出すから、消費者は欲しいものが買えるのだ。このことを考えたら、「ジャマや、どけ!」のセリフは出てこないのでは?少なくとも、もう少し違う言い方をするんじゃないかな。やっと、カスハラ規定が出来たこの国。でも、根本は変わらないね。「お客様は神様です」。売る側も買う側も、この意識があるからこそ、こんな現象がまだ起きるのだ。
2026.01.31
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カレーの宣伝販売ネタを続けよう。22年間のデモンストレーター歴において、レトルトやドライカレーのタイプも含めたら、カレーの宣伝販売は数限りなくこなしてきた私。その私が、ここ数年、つとに感じるのは、レトルトカレーの全体的な向上である。まず、品質は本当によくなった。レトルトカレーとくれば、ある時期までは男性の単身者や1人暮らしの老人専用のように扱われ、味もイマイチ(少なくとも世間一般にカレーと呼ばれるルゥ型よりは明らかに落ちた)だったものだが、現在ではどうして。カレー専門店にもひけをとらないほどの香りと美味をほこるレトルトカレーは、決して珍しくない。次にレトルトカレーに対する社会的な見方の変化。お湯で温めるだけで具材もろともすぐにご飯にかけて食べられるという便利さゆえ、どこか「手抜き」的な安易感が否めなかったレトルトカレーは、しかし、メーカー側が打ち出した「ご当地もの」とか「銘店もの」とか「キャラクターもの」などの企画がつぎつぎ当たったことにより、そのイメージは完全に逸することが出来た。何せ、天下の郵便局までが、「全国カレー祭り」と称してご当地のレトルトカレーを販売しているご時世なのだ。こうした情勢を背景に、店によっては、従来のルゥ型カレーよりレトルト型カレーの売場の方が広いところも出てきた。消費者の方々にも「うちはじいさん(ご主人のこと)と2人きりだから、レトルトの方が(カレーを)食べ切れてええねん」「夜食や1人の昼食にホンマ助かる」「忙しいと、料理をするのが億劫で。レトルトなら、ご飯さえあればメインが出来るからねえ」などなど、熱くレトルト愛を語る人が増えてきた。この数は、レトルトカレーが電子レンジに対応するようになってからというもの、より多くなっている。レトルトカレーは、今後、どのような変化を見せるのか?写真は、レトルトカレーの元祖、大塚のボンカレー。小学校6年生の1番上の孫も、昼食や軽食に、1人でレトルトカレーを作って食べている。
2026.01.30
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22年間のデモンストレーター生活を振り返れば、あらためて、今や国民食の1つであるカレー(レトルトやドライカレー用も含む)の宣伝販売をたくさんたくさん請け負ったことに気づく。いわゆる「普通」のカレーライスを作るカレー・ルゥを扱った場合、カレーライスの中身にどんな具材を使うかによって売上が違うことを知ったのは、いつだったかな?ぶっちゃけ。オーソドックスな「肉・ジャガイモ・にんじん・玉ねぎ」のカレーと、いわゆる変わりカレー(きのこカレー、トマトカレー、サバカレー、カボチャカレー、さつまいもカレーなど)とでは、試食されるお客様の反応からして、違う。素材の好みが明確にあらわれるのだ。例えばきのこカレー。きのこがお好きな方は「きのこのシコシコ感が美味しいね」と言ってくださる。反面、きのこが苦手な方は、そこにこそ違和感を持ち、食べる気が失せるとおっしゃる。他の変わりカレーも然り(しかり)。とは言え、変わりカレーを好む方もいらして、、、。皆さんがお好きなカレーの具材は何ですか?写真は我が家で作ったオーソドックスカレー。ただし、ライス部分は、小豆入り玄米である。
2026.01.28
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大寒波が日本列島を叩いている。一昨日の25日は、こちら近畿方面でも記録的な冷気に襲われ、雪景色となったところもあった。ヨーグルトの宣伝販売で出向いた滋賀県彦根市もそうだった。それでも、現場であったスーパーの裏庭に除雪車がとまっていなかったぶん、ご当地的にはまだマシだったのだろうか。そう思わせる根拠に、速度の速い特急や新快速は取り止めになっていたけれど、他は普通に動いていたことがある。もっとも、雪や寒さと同じくらいに、その日の最大の辛さは腹痛だった。そっ、冷えからくる、あの独特の痛み。激痛や疝痛では決してないものの、痛みの波の程度によっては顔面が攣ってしまうほどの、けっこうこたえる痛み。「これから7時間、ひんやりした冷蔵食品売場でヨーグルトの宣伝販売せにゃならんのに、困ったことだ。仕事に差し支えるわい。お腹にカイロでも貼って応急対策しようか」と考えつつ入店手続きを済ませ、いつもそうしているように、店の担当者への挨拶、デモ場所の確認、試食台のセッティングと一通りの準備作業をこなした。ふと時計を見上げれば、開店=デモ開始スタートまでまだ15分ある。「従業員食堂にある自動販売機で何か温かい飲み物でも買ってリラックスしよう」。結果的にこれがよかったのだ。適度に甘味が効いたホット・ミルクコーヒー(カフェオレではない。コーヒーよりミルク風味がまさった、かつてはミルクコーヒーと呼ばれていた飲み物)は、痛みを持つ下腹部のみならず全身にやさしく作用し、不快感を大いに軽減した。ほどなく痛みも治った。腹痛ばかりではない。冷えからくる様々な症状には、身体をうちから温ためる対策を!写真は、当日の琵琶湖線沿線(JR)。この路線は、滋賀県中部にある近江八幡を過ぎると一度に雪国となってしまう。
2026.01.27
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YouTubeを見ていると、主に東欧系の山脈の村で一人暮らしをしている80代90代の女性が、よく紹介されている。動画を見ていると、ああいう方は、生活自体が「仕事」ということがうかがえ、ゆえに老け込む暇がないのだと思う。それにしても、8090になって腰も曲がらず、畑を耕し、家畜の世話もし、自分一人だけのぶんではあっても家事をこなしているのは、単純にすごい。まあ、われわれ都会生活に慣れている身のように「ちょっと〇〇を切らしたからコンビニへ」などというわけにはいかないから、野菜も自分で作り、ミルクも飼っている牛の乳を絞るんだろうし、火を炊くための焚き木も集めるんだろうけれど。11月に訪れた京都市山科区に仕事で来ていた85歳の現役デモンストレーターも、足腰はシャン。仕事がない日は家庭菜園をしている(メロンも作るそうだ)ことからも、その健脚ぶりがわかろうというもの。足腰。自分で歩けることを感謝したい。
2026.01.18
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昨年の11月だったか。京都市山科区(京都市を構成する区の1つ。京都府の北東部に位置する滋賀県とは1番近い)にあるローカル・スーパーに、米を使った郷土料理の宣伝販売で訪れた時、鍋ものの宣伝販売のため大阪中南部のまちから来ていた85歳の同業者に会って昼食を共にし、雑談ついでに「あんたも私みたいになり」と言われた。彼女の住むまちからそこのスーパーまでは、利用する交通機関にもよるが、片道ざっと2時間かかる。そんな距離を、グリル鍋をはじめとする調理器具を詰めたカートを引きつつ、電車とバスで移動するのだ。現在68歳の私ですら、脳裏にイメージするだけでゾッとする。まして、85歳の身で、、、。とてもとても自信がない。しかも、仕事が休みの日は家庭菜園をしているとかで、どこまで体力があるのかと、素直に驚嘆する。85歳で現役。この仕事を始めたばかりの2004年、それに近い同業者がいて(当時の彼女は84歳。居住する大阪北部のまちから滋賀県北部の大型スーパーに毎週一度、冷凍食品のデモンストレーションで来ていた)、そのパワーに圧倒され、憧れたものだけれど、、、デモンストレーターの仕事が肉体的に辛くなってきた2年前から、そのことがどんなにすごいことか、辛くなったのが肉体なぶん、身に染みた。「この仕事、70歳で一区切りしよう」と思い始めた主なる理由ともなった。その流れで、仕事をメインとする生活そのものを縮少する準備をすすめていたおり、この「85歳現役」さんに直に会い、また、他にも理由があって、さまざまな思惑が入り乱れる今日この頃なのだ。繰り返す。歩きながら、考えよう。写真は、廬山寺で咲いていた梅の花。
2026.01.14
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1月11日は、歩いた、歩いた、歩いた、現在の我が居住地、上京(かみぎよう。京都市の中心部に位置する区域の1つ)のまち。コースは、上京区内のゆうちょ銀行に置いてあった「京都 上京を歩く〜上京区散策マップ」の「京都御苑周辺を歩くプラン」が参考。京都考古資料館をスタートに、白峯神宮、室町幕府址碑、護王神社、菅原院天満宮へ。そこから、京都御苑を抜けて、清浄華院、廬山寺、梨木神社、おのおのを経たのち、ゴールの京都市歴史資料館まで、とにもかくにも歩いた。昼食は、京都御苑内のベンチにて、持参した紅くるり大根のおにぎりを2個。この時点で粉雪がちらついてきたが、あまり寒さを感じなかったのは、ウォーキングで身体が温まっていたから?プランを終了したあとは、丸太町通りまで出て右折。当日おこなわれた女子駅伝の影響で大会のボランティア・スタッフやら警官やらが大勢いる中、堀川通りに向かった。またまた歩いたわけだ。歩きながら、目と耳に入ってくる諸々を見、聞き、考えた。今までのこと。これからのこと。丸太町通りと堀川通りが交差する場所に建つスーパーで、ぜんざいを作るための小豆と砂糖を買って帰路に着く。堀川通りを登るのだ。4たび歩く。やはり、歩きながら、見て、聞いて、考えた。課題の答は出ない。ただ、これだけは確か。しばらくのあいだ、私は、歩きながら考えようと。少なくとも、座ってじっと考えるより、よほど建設的な展開が期待できそうな気が、直感としてある。写真は、白峯神宮にて。ここには、鞠の神様もいるだけに、こんな球技関連のスポーツをしている人がお詣りによく訪れる。
2026.01.13
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1月9日金曜日は初仕事。担当商品は、麺つゆとしても鍋つゆとしても、また煮物やら炊き込みご飯やらの味付けにも使える、いわゆる汎用性のある液体出汁で、それだけ聞くと「アラァ、応用が効くから、よく売れるでしょう? 販売、ラクでしょう?」と捉えられがちなのだが、どうして。現実はそう簡単なものではない。なぜなら、汎用性があるぶん取り扱いのある店舗数も多いうえ、その商品がセールの対象とされている時には「買い溜め」している人が多いからだ。これは、やはり万能調味料としても使える「焼肉のたれ」も同じ。折しもこの物価高。消費者の財布の紐はどこまでも固いのである。午年の今年。馬のように、颯爽と前を向いて走りたいところだが、なかなかそうはいかない。とりあえずは、このあと、まち散策といこう。目の前に横たわるさまざまな課題。歩きながら考えるのだ。写真は、真ん中の孫と1番下の孫。
2026.01.11
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生活上の事情から、年末年始に関係なく年中無休で働き続けた数年間があることは、既に述べた。その生活上の事情がひとまず落ち着きを見せてからは、世間一般通りに正月休みを取るようになったが、それでもしばらくの間は一足先に正月気分を抜け出したい気持ちもあって、3日には仕事を再開していたものだ。折よく、3日は「3日とろろ」の宣伝販売の仕事が必ずあった。3日とろろ。日本の一部の地域(主に北関東や中部地方)に残る風習の1つ。正月の3日(中部地方では2日)に、だしで伸ばしたとろろ(山芋のすりおろし)をかけた麦飯を食べるのだ。栄養豊富な山芋はよく伸び、また麦飯は食物繊維が豊富でビタミンも期待出来るところから、健康と縁起の良さを祈願する、とされている。残念ながら、私が住む関西では知る人が少ない3日とろろ。それでも、試食を提供すると、素朴に美味しい上、お節をはじめとする豪華な正月料理に疲弊した胃にやさしく働きかけるから、毎年、好評だった。もちろん、販売商品(とろろを伸ばすための白だしであったり、とろろの原材料である山芋だったり、麦を含んだ雑穀米であったり、その年によって変わる)の売れ行きも上々。我々デモンストレーにとっては、人気な部類に入る案件ではあった。2010年も半ばに入った頃から、徐々に宣伝販売しなくなったのは、何でだろうね?ぜひ、また復活して欲しいものだ。写真は3日とろろの日に食べられる、麦飯にとろろ汁をかけたもの(Wikipedia)。
2026.01.07
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1番上の孫の中学受験対策のため、昨年に続いて今年の正月も娘一家の我が家への帰省はなし。ただ、学問の神様を祀っている北野天満宮(京都市)への参拝ついでに、ほんの2時間だけ顔を見せてくれた。文の前に掲載した2つの写真を見比べて欲しい。どちらもも、いま話題になっている1番上の孫である。2013年の9月。生後3ヶ月の孫と、2024年6月。12歳の孫。あらためて、時間(とき)というものは前に進むもの、いや、前にしか進めないものだということが、よくわかる。これは、誰にも当てはまる、残酷な真実。美容研究家の故佐伯チズ氏が自伝エッセイに書いていた 「60歳を過ぎたら優等生もそうでない人も同じ。70歳を過ぎたら美人もそうでない人も同じ。80歳を過ぎたら金持ちもそうでない人も同じ」の比喩に通じるものがある。そのことを踏まえ、今年のデモンストレーションは「量より質」を心がけたい。現場に入る回数やそこでの売上高へのこだわりから、さらにワンステップ上がりたいのだ。
2026.01.05
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2026年の正月が終わった。昨年に続き、今年も1番上の孫の受験の関係で、恒例となっていた娘一家の帰宅はなし。老夫婦2人だけの、静かな年の始めとなった。元旦は京都御苑の散策と下鴨神社への初詣。2日目は二条城見学。そして3日目の今日は自宅でまったり。まあ、いい正月だったのではないか。写真は、暮れにパン作りを楽しむ3人の孫。
2026.01.03
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