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【第四章】4 「すごい…おばあちゃんね。」 「ああ、オレも知らなかった。」 「何だか、夢みたいよ。聞き取り調査ができるなんて。しかも、お帳面って、何が出てくる のかしら。」 「わかんない。でも楽しみだな。」 居間の柱に掛けられた古い時計が「ボーン、ボーン…」と4回鳴った。 知らない間に、もう2時間近く経っていたことに気付いて、驚く陽介であった。 暫くして、おばあちゃんは現れた。老眼鏡をかけたその顔は、どことなく可愛らしさを感じさせるが、昔教壇に立っていたということを髣髴とさせる凛々しさも漂わせていた。 おばあちゃんは手に2冊の大学ノートを携えていた。 「お恥ずかしィ話じゃがノ…。」 そう言いながらおばあちゃんは再び腰掛けて、かなり黄ばんだその「帳面」をちゃぶ台の上に静かに置いた。 表紙には、少し薄くなってはいるが「雑録」と太く書かれた文字が。そして、その下には鉛筆らしい文字で「民話・昔話等」と記されている。そこには、後から付け足されたことがよく分かる「其ノ壱」という文字。 どちらもかなり黄ばんでいたが、2冊目の方は、幾らか新しい感じもした。 2冊目の表紙は、1冊目とほぼ同じであったが、しっかりと「其ノ弐」と記されていた。 「実は、ワシも昔お嬢さんと同じようなことに興味があってノ。研究ユぅほどノもンじゃあ ないが、書き溜めオったもんがあったんじゃヨ…。すっかり忘れとったが、よう残っとっ たワイ。」 おばあちゃんは嬉しそうに目を細めつつ、そのノートを開いた。そして、その中身たるや、陽介と美耶を驚嘆させるものであった。 ノートの隅から隅まで、ぎっしりと書き込まれた文字、文字、文字。昔、紙というものがどれだけ貴重だったかを思わせる、いや…それだけではない。とにかく、ノートの書けるスペースというスペースの殆どにぎっしりと書き込まれた文字、そして所々にスケッチのように入れられた絵や図。 それはまるで、どこかの有名な民俗学者のフィールドワーク用のノートそのものであった。 目を丸くして息を呑んでいる二人をよそに、おばあちゃんは一枚一枚丁寧にめくっていく。 陽介は、「こちら、見てもいいですか。」と2冊目を手に取った。食い入るように、それに見入る美耶。 「其ノ弐」の方も、1冊目と同様に、ぎっしりと文字が書き込まれていた。 ただ、2冊目は最後の数枚は白紙のままであった。 きっと、祖母はその辺りまでしっかりと彼女なりの「研究活動」を続けていたのであろう。 「もう50年も前じゃケの。それに、聞いた話やなんやラを、書き殴っとるダケじゃ。 …雨ン話も、ナンボか入っとるじゃろウて。ナンか妙な歌のようなモンもあったゾノ。」 おばあちゃんは懐かしそうにその少し黄ばんだノートを眺めている。 「おあばあちゃん、凄いです。」 美耶は目を丸くしながら、その、もの凄い情報量に違いないノートに見入っていた。 ↑そろそろ大詰めですが…
Jul 31, 2008
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【第四章】3 「ところで、話ユぅて、何かノ?」 饅頭を一口頬ばって、ウンウンと頷くようにした後、一口お茶を啜って、おばあちゃんは口を開いた。 「改めて紹介するけど、こちらは楠木美耶さん。この人は、地方の民話や言い伝えなんかを 調べて回ってるんだ。」 陽介がそこまで言うと、美耶は姿勢を正して、 「よろしくお願いします。」とぺこりと頭を下げた。 「おばあちゃんって、この地方の民話とか…そういうものに詳しかったよね。今日は、そう いう話を聞かせて欲しいということで訪ねてきたんだ。」 一度は電話で伝えた話であるが、相手はしっかりしているとは言ってもやはり一〇〇歳近いお年寄りである。まず陽介が丁寧に前置きをし、そこから後は、美耶が続けた。 美耶は、流石によく調べており、上手くツボを心得て、祖母から話を引き出すのだった。 その二人のやりとりを聞きながら、こうして、お年寄りから話を聞く機会というのは、貴重なものだということを痛感する陽介であった。 普通に生活しているだけでは、なかなか聞くことができない話ばかりだった。 祖母は、満96歳…聞けば、生まれはちょうど明治の末年とのことであった。明治の末というと、それほど大昔ではない…が、このおばあちゃんは詳しかった。 というのも、自分自身、そういう民話や伝説などに興味関心があった人で、何かあるごとにそう言った話を聞いたり調べたりして、それをまたよく覚えているのだ。 そういう意味では、このおばあちゃんは美耶が探していた相手としては理想的な人物だった。 そして、陽介自身、このおばあちゃんのそういう側面を今回改めて知ったのだった。 おばあちゃんによれば、この辺りというのは昔から気候が不安定な土地だったそうだった。大雨や洪水のこともあったり、時には日照りで悩まされたりすることもあったという。 流石に昭和に入ってからは、土木技術なども進んでそれほど不便は無くなったけれど、おばあちゃんの、祖父母あたりの頃は、かなり暮らすのが大変だったそうである。 気候が不順だということで、農業はなかなか難しいので、工芸などで身を立てる者が多いというのも、言われてみれば納得である。かくいう陽介の家も、元はといえば、織物などで身をたてていたのである。 初めは色々と周辺的なことを尋ねていた美耶であったが、次第に核心部分へと話が移行した。 「おばあちゃん。雨とか、雨乞いとか、そういうものが出てくるお話しってご存知ありませ んか?」 「そゥじゃノ…」 この土地で行われる火祭りが、もともと雨乞いの祭だったということ。大沼に龍が棲んでいて怒らせると日照りになるという話…、など、幾つかは聞き出すことができたものの、それは美耶が町の図書館で調べたものと、そう変わりはない様子だった。目新しい所と言えば、『雲の子どもを捕まえた話』ぐらいであった。 そして、美耶は自分が調べたい核心の問を祖母に投げかけた。 「おばあちゃん。佐吉という人が出てくる民話か何かありませんか?」 「『佐吉』かノ…」 祖母は、皺だらけの顔を、いっそうくしゃくしゃにしながら暫く考えていたが、饅頭のカケラをもう一つ口に運んでもぐもぐさせた後で口を開いた。 「もう、随分と昔ジャけ、忘れとったガ、昔ワシもそういうお話しが好きでナ。色々聞いた ことヤ何かを、まとめた帳面があったのを思いだしたワィ。 ちょっと待っとってくれェノ。」 そう言うと、おばあちゃんは、陽介と美耶を残して裏の方へと引っ込んでしまった。 陽介は、先程自分が買ってきたばかりの蕎麦饅頭を頬ばって、お茶を一口ゴクリと飲み込んだ。 雨は少し小降りになったようで、遠くの山に靄がかかっているのが見える。 美耶は、陽介の隣で、一生懸命自分のノートに何か書き込んでいる。 陽介はそんな美耶の一生懸命な様子を眺めながら、もう一口お茶を飲んだ。 ↑ちょっと短めでスミマセン
Jul 30, 2008
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【第四章】2 陽介の田舎の家は、彼の祖父が長男で跡取りであった。 今回訪ねていこうとしている祖父の姉は、実家の近くに嫁いでおり、そこで今もそちらの家族と一緒に元気で暮らしているのだった。 陽介の実の祖母は、陽介が生まれる前に亡くなっていたので、彼にとっては、その祖父の姉がまさに「おばあちゃん」であった。 小さな頃から、そこにはよく遊びに行ったものだが、顔を出すと「陽ちゃん、陽ちゃん」と、本当の孫のように可愛がってもらったものである。 急な話ではあったが、事情を話すとおばあちゃんは、「すぐにでもいらっしゃい。」と、逆に大喜びであった。2年ほど会っていなかったが、電話口の声からして、矍鑠とした様子は変わっていなかった。 「若い女の子を連れて行く」と言うと、勝手に「恋人」という話にしてしまっていた。ただ、陽介もそれについては、ちょっと困りはしたが、否定しながらも悪い気はしないのだった。 美耶は日曜日に連絡をしてきた。 そして、陽介が「あちらはいつでもいいそうだ」と伝えると大喜びで、早速すぐ次の土曜日はどうでしょうか、という話になった。 話はとんとん拍子で進み、おばあちゃんにもその旨を連絡し、次の週末に約束をとりつけた。 土曜日。当然のように、朝から雨が降っていた。 陽介の住む街に美耶はやって来た。駅の東口で待ち合わせをし、そこで美耶を拾って車は勢いよく走り出した。 街から車で約1時間30分。2000メートル近い山地が連なる、ちょうどその山への入り口のような所に開けた盆地。そこが陽介の故郷の村だった。 助手席に美耶を乗せて、故郷の道を走る気分は何だか不思議な感じがしたが、陽介にとってはとても喜ばしいことであった。 久し振りに走る道路は、かなり整備されて良くなってはいたが、幹線道路を外れると急に道が悪くなった。 そして、また暫く走ると見慣れた景色が目に入って来た。 その景観は陽介が子どもの頃のままであった。 夏休みにはよくここらに遊びに来たもので、魚釣りをした淵や、クワガタを捕った里山が当時のまま、変わらず残っている。 そこからもう少し山に入った辺りに、ダムが出来るかも知れないということで、「反対」と書かれた立て看板があちこちにあり、景観を台無しにしているが、この辺りに住む人にとっては深刻な問題である。それについては、陽介自身も反対の署名は何度も参加したことがあるのだ。 おばあちゃんは、田圃の畦道に傘を差して立ち、陽介の車が来るのを待っていてくれた。 「おばあちゃん。お久しぶりです。」 車から降りた美耶がぺこりと頭を下げると、おばあちゃんは、 「陽ちゃんよ、よう来たノ。元気かノ。まあ、上がリィや。」 と皺だらけの顔をいっそう、くしゃくしゃにした笑顔で迎えてくれた。そして、陽介の隣で頭を下げる美耶をにこにこしながら見つめて、 「陽ちゃんも、スミにおけんネ。こんなめんこい子を連れて。ファッ、ファッ。ファッ。」 と高笑いするのだった。 とても96歳とは思えない、その元気な様子に、驚嘆の思いも湧く陽介だったが、そんな祖母の様子を見ながら、にっこりと微笑む美耶であった。そんな彼女と肩を並べ、スタスタと歩くおばあちゃんの後を付いて、昔ながらの土間のある古い家へと入って行った。 「今、皆買いモンに街ン方へ行っとるでノ。ワシしかおらんケ、遠慮せんでエエ。上がり、 上がりィ。」 陽介はおばあちゃんの調子のよい話しぶりを久し振りに耳にして、とても嬉しく思いながら三和土を踏み、畳の座敷に上がった。 「ばあちゃん。これ。」と、陽介は用意していた手みやげの饅頭を差し出すと、「まあ、気ィ遣わんでエエがノ」と目を細めながらも、「早速じゃガ、いただくかノ」と言い、「その前にちょいとアゲましてからノ」とぶつぶついいながら、一度仏壇の方へ歩いていくのだった。 仏壇の前まで行くと、一旦それを仏壇に供え、手を合わせると、すぐ下げる。昔からのおばあちゃんのやり方である。陽介はその一連の手慣れた動作をとても懐かしい思いで見つめていた。 おばあちゃんは、すぐにお茶を淹れてくれ、早速その饅頭をお茶請けとして陽介と美耶の方にも進めてくれた。 陽介たちがいる部屋には縁側があり、ちょうどそこから外が見える。物干しや井戸、土塀の様子など、本当に昔と変わっていない。 雨は相変わらずしとしとと降り続いていた。 塀の向こうに、子どもの頃よく登って叱られた柿の木がある。陽介は雨に滲む、そのもの凄く鮮やかな黄緑色にしばらく目を奪われていた。 ↑今日はつなぎの場面です
Jul 29, 2008
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【第四章】1 一週間を、これほど長く待ち遠しいと思ったことは久し振りのようだった。 まさに、指折り数えて陽介は週末を待っていた。 不思議なもので、異性の刺激があると仕事にも精が出た。 陽介は挨拶回りだけではなく、新規開拓にも着手していた。今まで取引のなかった所に「ご挨拶」ということで、何件も顔を出す自分に、「やる気だね」と声を掛けてやりたい、そんな気分であった。 そして、現実に1件の新規取引先を開拓することに成功したのだった。 そして週末が来た。 予想通り、陽介の携帯に、美耶から連絡が入り、予想通り、雨が降り始めていた。 陽介は、「本当に『雨女』なんだなァ…。」と感心しつつ、車を走らせていた。 「感情が昂ぶった時」って言ってたっけ、…それが、オレと逢うことだったらいいんだけど…。と、そんな色めいたことを考えもする陽介だった。 待ち合わせは、地下にある噴水の前にした。 その夜は普通の洋食屋に入った。 少しだけ、と陽介はワインを注文した。今日は自分が誘ったのだから、代金は自分持ちだと陽介は予め決めていた。 美耶は、大学時代に卒業旅行でもしようと、アルバイトをしてせっせと溜め込んでいたそのお金を資金にして、今を暮らしているということであった。 しかし、いくら安い宿やユースホステルを回っているとは言え、そうそうお金が潤沢にあるとは思えない。そこで、できるだけ金銭的な負担は美耶にかけたくないと思う陽介なのであった。 「じゃあ、今日は調査結果の報告会ということで。」 「そんな、大したものはできそうにないけど…。」 取りあえずワインで乾杯して、簡単なコース料理を食べながら、話は進んでいった。 美耶の話は陽介にとってもとても興味深いものであった。 「雨が降ると出てきてイタズラをする『雨降り小僧』とか、雨の日の夜に人魂が飛んだ話と かは、どの地方にも結構あるんですよね。」 「『雨乞い』の話とか、そういうのって地方にはいっぱいありそうだけど。」 「さすがですね。そうなんです、昔、日照りや旱魃で、困った時には、本当に雨乞が各地で 行われていたみたいなんです。土地土地によって、それも様々な形態なんですが、雨乞い の話は大きく分けて二つに分けられるんです。 一つは、お地蔵さまとか氏神様にお願いして、雨を降らせる話。それからもう一つはお坊 さんや行者さんなど、不思議な力を持った人が雨乞いの儀式をするお話。」 「ふうん。それで?」 「民話の多くは、お地蔵様とか行者様が出てくるパターンなんだけど、地方史のレベルまで 入っていくと、行者とか、権威のある人が雨乞いをした例の他に、時々一般の民衆が雨乞 いを行っている例があるの…。 他にも、村に伝わる雨乞いの踊りなんかを集団で行うような形式のものも時々あるのよ ね。それは祭なんかに残っていることが多いんだけど…。」 美耶は一気にそこまで話すと、そこで水を少し口に含んだ。 「それでね、パターンで言うと、二つ目が問題なの。つまり…、雨乞いを行う者が一般の民 衆ってやつね。 …で、調べてみると、どうやらそういう人達は、『雨を降らせる女』とか『雨を降らせる 男』のように、特殊な能力を持っていると考えられて、一般民衆の中から選ばれていると しか思えないのよ。」 そこまで聴いて、陽介は思わず生唾を呑み込んでいた。 「なるほど。それで?」 「今回、こっちに来て調べたいなって思ったのは…。 少し離れた場所のお話なんだけど、ひどい日照りの時に、雨乞いをした者の記録があっ て、…その者はその土地の者ではなく、余所から来た者として、その出身地の記録が残っ ていたの。」 「なるほど、それが飛沼村だってことか…。」 「そうなの。」 「で、ひょっとして、それがオレの先祖だったりするワケ? そして、オレはその血をひい ている『雨男』なんだ」 陽介は少し冗談混じりでそう言ったが、確かに言われてみると、自分の実家は今でこそ街にあるが、それは親父が工場をそこに建てたからであり、元々ある祖父母の家はかなり雰囲気のいい場所にある。古い神社や大木、洞穴、沼なんかがいっぱいある場所…。 「飛沼村…」あの辺りなら、何か残っているかも知れない。 陽介は美耶の話にすっかり引き込まれていた。 「で、調べてみて何か分かったの?」 「うん。色々…。この辺りって、結構民話や伝承が多いんですよね。お祭りも盛んでし ょ。」 「うん。秋には、村を上げての火祭りがあるよ。観光客もかなり来るし、凄いんだよ。」 「ですよね。以前来た時には、それを調べたの。火祭りって、雨乞いの名残だってことが多 いんですよ。」 「へえ。そうなんだ。知らなかったな…。」 「色々興味深いことが分かったんだけど…。」 「どうしたの。」 「で…ね。できれば、今度はそういう村の資料館とかにも寄りたいし、できれば実際に飛沼 村の辺りに行って、お年寄りに話が聞けたらなって思って…。」 要は、美耶は、実地で聞き取り調査がしてみたいということだった。 きょうび、女の子が一人で聞き取り調査なんか難しいだろうな、とかねがね思った陽介は、彼女の気持ちを察した。そして…。 「ぴったりの人がいるんだけど…。」 陽介は、自分の祖父の姉と言う人が、凄く長生きで、今でも相当元気でいることを知っていた。その昔、女学校で先生をしていたというしっかり者。 陽介も子どもの頃、里に遊びに行ってよく可愛がってもらっていたので、よく覚えている。 もう、随分逢っていないような気がするが、確かもう100歳近いと言ってたような気がしていた。 その祖母が、色々な話を知っているということは、陽介自身よく父に聞かされて知っていた。 ここは、そこを訪ねてみるのが一番だという気になった。そして、そのことを美耶に伝えると。美耶は本当に顔を輝かせた。 「本当ですか。私、一度聴き取りやってみたかったんです。最高です。ありがとうございます。」 と、黒目がちな美しい瞳を陽介の方に向け、何度も何度もお礼を言うのだった 「じゃあ、是非一緒に行ってみましょう。」 美耶の嬉しそうな顔を見るのは、陽介自身嬉しかったが、当然自分自身も、話の内容にかなり興味を懐いていた。 陽介は、久し振りに会うおばあちゃんからどんな話が聞けるかということにも楽しみを感じていた。 …そして、何より美耶とまた一緒の時間を過ごせることが嬉しかった。 その夜は、食事をしながら、大いに話に花を咲かせた。もう、すっかりうち解けた二人であった。 外は、まさに今夜の美耶の気持ちを表すかのように雨が激しく降り続いていた。 ↑いつも応援ありがとう
Jul 28, 2008
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【第三章】4 「ねえ。どうしたの?」 美耶に声を掛けられて、我に返った陽介は、「ごめん、ごめん」と言いながら、 今まさに、自分が思い出してた「雨」の話を美耶にも聞かせた。 そして、今度は美耶が「うん、うん」と相づちを打ちながら、陽介の話に耳を傾けることになった。 陽介は、調子に乗って色々な話を思い出しては一つずつ語って聞かせていた。 「…高校の時、漢文の時間にさ、『陽』って字の説明を先生にされたんだ。 先生の…名前は忘れちゃったけど、その先生がさ、『陽動作戦って言葉があるように、陽 の字には、太陽っていう意味以外に、“あざむく”って言う意味があるんだよ。よく、名 前にも使われる漢字なんだけどな…。』なんてさ。 オレ、それを聞いてドキってしちゃったんだぜ。 太陽の『陽』の字を名前に持っているのに、オレはそれを欺いて雨を降らせる『雨男』じ ゃないかってさ。 …忘れてた懐かしい記憶が、今蘇っちゃったよ。」 陽介は半分冗談で話をしていたが、美耶は真剣に聞いていた。そして、 「…よかったら、一緒に『雨』のお話し探しませんか? きっと樋渡さんも何か分かること があるかも知れないわ。」 その誘いに頷きながらも、陽介は自分の『雨男』パワーが知らない間に弱くなっていることにも気付いていた。 …それは何時だったか分からないが、大学時代だったかも知れない。 その当時付き合っていた彼女と海水浴に行った時、雨が降ったことがあった。その時、『陽介といる時はいつもいい天気だったのに、今日は降っちゃったね…。』確か、そんな言葉が彼女の方から出た。 それを聞いて、「はっ」としたことをよく覚えているのだ。 「この間はあんなこと言っちゃったけど、オレ…最近は『雨男』じゃなくなってるような気 がするんだよね。」 「そう。」 美耶の返事はどことなく、少し淋しそうに見えた。 しかし、陽介は何となく、最近またそのパワーのようなものが復活しているような気さえもしていた。…もちろん、美耶が言うことが本当なら、それは美耶の起こしたことかも知れないけれど…。 梅雨に入っているということで、雨がたびたび降ることについては、別段不思議はなかったものの、ただ、言われてみると…それほど気にはかけてはいなかったけれど、確かに陽介が美耶と逢っている時はいつも雨だった。 今日も朝から降ったり止んだりの空模様ではあったが、美耶から電話を貰って待ち合わせの場所に行こうとすると突然強く降り出した…。 そして、今も…。 陽介は、ちらと外の方に目をやった。外は暗く、はっきりと確認はできなかったが、外のガラス窓に水滴がついており、どうやらまだ降り続いているような感じである。 「そう言えば、君と逢う時はなんだか、いつも雨が降っているね」 「うん。」 美耶はそれを、「当然」というような…、嬉しそうでも悲しそうでもないごく普通の表情で聞き、頷いた。 …が、伏せた目を上げると、ちょっと笑顔を見せながら美耶は続けた。 「でも…、私がいても365日ずっと雨ってことはないんですよ。」 「それはそうだろう。それじゃあ、洪水になっちゃうよ。」 陽介もつられて少し笑った。 互いに顔を見合わせ、笑いながら、少し間があった。 そして、また美耶は少し真面目な顔になって、言った。 「自分でも、うまく説明ができないんですけど、さっきも言ったように行事とか、旅行とか、自分の中でモチベーションが上がるって言うか、気持ちが昂ぶってるっていうか、そういう時にはもの凄い確率で雨が降るんです…。」 そして、そこまで言うと、また美耶はちょっと口を噤んだ。 何かに気付いたような、それでいてそれを口にするのを躊躇っているような、そんな美耶だった。それを横目に、陽介は皿の上に残った小さな唐揚げをつまんで、口の中に放り込んだ。そして、それを頬ばりながら言った。 「それ、よく分かる気がするよ。オレもそうだったもの。何か気合いが入ってると必ず降っ ちゃうんだよね。大学入試の時なんか大雨だったし…。」 そう言いながら、陽介は大学入試の頃までは確実に『雨男』だった自分がいたことを思い出していた。 その後も美耶と小一時間話し込んだが、もう「雨」の話題はやめにした。 何となく、美耶がキツそうな風に見えたこともあったし、陽介が出した別な話題に美耶も乗ってきたということもあった。 それはそれで、自然な形であった。 陽介は、美耶の話しぶりから、自分も美耶も現在特別につきあっている恋人はいないということを察していた。 陽介自身も、美耶が「私なんかと…いいんですか?」と、それ風の質問をした時に、「オレ、独り者だから」と軽く答えていた。 少し歳は離れてるけど、こんな素敵な子が彼女だったらな…。 心の中で、そう何度も思う陽介であったが、まだそんなことを切り出すには日が浅すぎた。 事実、美耶に惹かれている自分には気付いていたけれど、そんなにさっさと手を出すようなプレイボーイではない自分というものもよく判っていた。 美耶は、今夜は駅裏の安いビジネスホテルをとっているという。 陽介は、駅前の、サウナとカプセルホテルが一緒になったホテルに泊まると告げ、今夜はここで別れることにした。 陽介は、もっと美耶と話していたかった…というのが正直なところであった。が、今日の所はきっぱりと行動することにした。 代金は、「割り勘」ということにして、陽介は美耶が気付かないように多めに支払った。 商店街の外に出てみると、まだ雨はしとしと降り続いていた。 見上げると、街灯の光の周りだけに雨の白いスジが走っているのが見える。 この降り方では、明日の朝まで止みそうにない感じだった。 「で、今まで調べたことで何か分かったことってあったの?」 陽介の質問に、美耶はあまり表情を変えることなく言った。 「そうですね。雨に関する民話や伝承のたぐいは、全国各地に結構あるってことはよく分か りました。でも、自分のルーツになるような話ってのはなかなかね。」 「…で、どんな話があるの?」 「うーん。いっぱいあるんで、一言じゃ言えないわ。」 「じゃあ、また今度。」 「そうですね。」 「また、連絡してくれる?」 「樋渡さんがよかったら。」 「もちろんだよ。」 そこで、陽介は早速次の約束を取り付けた。次の週末、今度は陽介の住む街で、ということになった。 美耶は、もう少しこの辺りを回ってみて、それから陽介の住む街の方面に行くという。 聞けば、美耶は陽介の故郷の街辺りを学生の頃一度訪れたことがあるようだった。が、何かもう一度調べたいことがあるのだという。 最初は、自分に気を遣っているのかと思った陽介であったが、本当に何か調べたいことがあるようだった。 そして、そのことについても次の機会に詳しく教えてもらうことにした。 雨の中を、暫く一緒に歩いた二人であったが、分かれ道までやって来ると、 「それじゃあ、また今度。」 と、互いに告げると、そこで別れた。 陽介は、美耶の紫色の傘が、人混みに消えていくまで、そっと見送っていた。 そして、見送りながら、彼は今夜の雨を、何か特別な意味を持つもののように感じていた。 ↑応援してね
Jul 27, 2008
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【第三章】3 「あの…。笑われるかも知れないですけど。…実は、私って究極の『雨女』なんです…。」 そこからぽつぽつと話し始めた美耶の話は、陽介にとってはとても興味深いものであった。 「よく、半分冗談で『雨男』とか『雨女』なんて言うことがありますよね。何かある時に、 よく雨に遭う人のことを…。 でも、私の場合、本当に半端じゃなく、『雨』に遭うんです。本当に不思議なぐら い…。」 陽介は、真面目な顔で相づちを打ちながら、耳を傾けていた。 「子供の頃から、私、本当に雨の思い出ばっかりで。…小学校の時の遠足も、バス旅行もい つも雨でした。運動会も勿論雨で、延期か雨の中で強行したかのどちらかでした。それ が、…私が風邪を引いて休んだ5年生の時だけはもの凄くいい天気でした。その辺りから ちょっと自覚し始めたんですけど…。」 「…でも、それって偶然かも知れないよ。」 つい、陽介は美耶を宥めようとして、そんな事を言ったが、美耶は相変わらず真剣そのもだった。 陽介は、レーズンバターの皿に盛られた氷が静かに崩れていくのを眺めながら、次の言葉を聞いていた。 「…私も、最初は自分が原因だなんて思わなかったの。でも、大きくなるとだんだん個人で 行動するようになるでしょ。そうなると、やっぱり私が行く時に雨が降る…って感じが際 立ってきて…。 学校の友達と海水浴に行こうと思っても必ず雨。キャンプも雨。ちょっと街に買い物に行 こうと思っても雨で…。 一番凄かったのは、高校の修学旅行なの…。 夏の北海道だったの。梅雨もない北海道の夏で、三泊四日がずっと雨だったのよ。最後、 帰るときになって飛行機が空港から飛び立つと、急に雲が切れて日が差し始めたのを見た 時は、『どうして』って、私泣いちゃったもの。」 美耶の語る勢いは相当なもので、しかも全くふざけた感じなどなかった。 陽介はただ、圧倒されて、相づちを打つぐらいしかできずにいた。 きっと、それは美耶の必死の告白なのだろう…と、陽介もしっかりと美耶の方を向いて聞いていた。「とにかく、何か私の気持ちが入っている時、何か心を強く持って何かをしようとすると必ず 雨が降るんです…。 小中高の頃は、それでもまだ全体行事が多かったから、私が原因だって誰も思わないし、 『雨女』なんて言われることはなかったですけど、家族旅行とか友達と何処かに行くとか、 そういう時に雨が続くと、やっぱり…ね。 何だか気味が悪いし、最初はとっても嫌だったんだけど、大学に入って色々と本を読んだり 調べたりしているうちに、何だか興味が湧いてきて、それから不思議な話や民話などに惹か れるようになったんです。 …で、『雨』の話ばかり調べるってことになってたんです。」 「なるほどね。凄いルーツなんだ。」 陽介はやっと普通にコメントを入れることができた。美耶もそこまで一気に話すと表情を和らげ、グラスをそっと口にあてた。 そして、また話を続けた。 「…でも、調べてみると雨にまつわる話っていっぱいあるんですよ。」 そこまで聞きながら、今度は陽介自身が、少しぼんやりとしていた。 なぜなら、自分も美耶とよく似た経験があったからである。 自分も、子どもの頃、行事と言えば雨ばかりだったような記憶がある。小学校や中学校の行事も雨の思い出ばかりだった。 そして、家族で旅行をした時、ずっと雨続きだった時に、母親に言われた言葉が記憶に残っている。 「陽介と外出すると良く降るわね。折角『太陽』の『陽』を名前に貰ったのにね。まあ、う ちは傘が商売だから、貢献してくれてるのかも知れないけれど…。」 母は何の気なしに言ったのだろうが、少年だった陽介の心に、その言葉は小さな痣のように残ることになった。 それから、陽介自身、自分と「雨」というものが妙に結びついていることを自覚することが増えた。 高校の時はバドミントンをやっていたので、室内競技だったから「雨に祟られる」ってことはなかった。けれど、とにかく行事は雨が多かったことを覚えている。 3年最後の学園祭は雨の中で応援合戦をした…あれはあれで格好良かったっけ…。 ↑今日は出勤なので…キリが悪いですが
Jul 26, 2008
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【第三章】2 「お待たせ」 雨の中、陽介は美耶の姿に向けて声を発したが、その声までもが濡れてしまうのではないかと思うほどの雨だった。 待ち合わせをしていた駅の北口。今日も朝から降ったり止んだりの天気であったが、ここに来て突然強く降り始めていた。 地方にしては幾らか大きめの駅。人口は7、8万といった街であろうか。 駐車場は少し離れた所だったが、安く停められるられる場所を見つけてそこへ置いた。 普段なら、少々の雨なら傘無しで走ってしまうような距離であったが、さすがにずぶ濡れになりそうなほど降っていたので、陽介は車のトランクにしまってあった自分の傘を取り出した。 彼の車のトランクには、それ以外にもカラフルな見本の傘が何本も入っているが、それは商売用で、自分の傘といったらそれと対照的に地味な紺色のものである。 傘を差すのなんか、結構久し振りだな、とそんな妙な感慨をいだきつつ、駅まで歩いてやってきた陽介だった。 美耶は出口から少し離れた所に立って、陽介を待っていた。 屋根がついている場所なので、あの紫の傘を探していた陽介は少し当てが外れてしまい、少々探してしまった。けれども、無事に美耶の姿を見つけることができた。 傘は、畳んで足もとに置いているのが見えた。 黒っぽいジーンズに薄いピンクのポロシャツという、ごく普通の格好ではあるが、スマートな美耶にはとても良く似合っていた。 近づいていく自分になかなか気付かない美耶。ぼんやりと、軒から落ちる雫を見つめているようだった。その眼差しは少し悲しそうにさえ見えたが、その様子が、また陽介の心を擽るのであった。 声を掛けると、すぐに笑顔に変わった美耶は、口を開いた。 「済みません。無理を言っちゃって…。」 「いやいや、ちょうど好都合だったんだよ。今日訪ねようと思っていた友人が、急に都合が 悪くなっちゃって。」 陽介は、また小さな嘘をついた。が、それは決して心の痛むたぐいのそれではなかった。 「そう…ですか。」 そう言いながら、少し上目遣いで陽介を見上げる美耶は本当に嬉しそうに思えた。 その、美耶の表情、瞳…。陽介は、自分の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えていた。 これは、まるで、つきあい始めた恋人同士の待ち合わせみたいだ。 陽介は決してそれを口にはしなかった。しかし、この状況をとても新鮮に嬉しく思うのだった。 その夜は、「堅苦しい所はやめて居酒屋ぐらいにしませんか」という美耶の申し出に、陽介は意外な感じを受けながらも、「結構庶民的な娘なんだな…」と、喜びつつ、駅前まで一緒に歩いた。 そして、繁華街の入り口付近にある小綺麗な洋風の居酒屋へ入った。 「今日はお金、ちゃんと払いますから。」 と、美耶が初めにきっぱり言うので、 「じゃ、今日は割り勘でいきましょう。」 と、陽介。 ただ、彼はそう言いながらも、最終的には自分が払えばいいや…と、そんなつもりでもあった。 美耶は、その言葉に「ハイ」と微笑みながら小さく返事をした。 その居酒屋は、席がそれぞれに仕切ってあり、落ち着いた雰囲気であった。 二人は、案内された席に向かい合わせに腰を降ろした。 「お飲物は」と、すぐに突き出しのサラダを持った店員が現れた。 陽介は、今夜はどこか適当な所で泊まるから、とお酒を注文した。 美耶は少し迷っていたけれど、「ちょっとだけ」と、飲みやすそうな果実酒のカクテルを頼んだ。 その夜も、二人の会話は弾んだ。 グラタンやサラダ、パスタなど一品料理を少しずつつつきながら、話はあちこちに飛んでいたが、とうとう陽介が切り出した。 「ところで、調べたいことって何?」 色白の美耶の肌は、ほんのりと色づいていた。黒目がちの瞳も少し潤んでいるように見えた…が、陽介がその言葉を発すると、居住まいを正し、真剣な表情になった。 そして少し考えるような風で一口水を口に含んだ。 そして、しっかりした目で陽介の顔を見つめて口を開いた。 「私が調べている民話とか、そういうものってね。『雨』にまつわるものなの。」 美耶の真面目な態度に、自分も失礼にならないようにと、陽介は少し姿勢を正して言った。 「そうなんだ。そうか…ちゃんと、テーマを持ってるんだ。」 先日、喫茶店ではそこまで具体的な話は聞いていなかったので、陽介はそれを聞いて改めて関心を深めた。内容については、勿論陽介も嫌いな話題ではない。 それどころか、自分自身、大変興味をそそられる話であった。 「それは面白そうだ。…で、オレにできることって…何かな?」 美耶は陽介の、その反応にちょっとだけ嬉しそうな表情を見せたが、その眼は真剣だった。 「最近、調べていて分かった事なんですが…。樋渡さんのお宅って、F市でしたよね。」 「そうだよ。」 「実は、他の所で調べていたお話しっていうか、資料の中に、そこの地名が出てきたんで す。で、それが結構何かに繋がってそうな気がして、ひょっとしたらそこに行けば何か分 かるかなって、それで…。 図書館や資料館のような所は自分でも行けるんですが、できれば聞き取り調査なんかでき ないかな…なんて思って。」 「『地名』って、具体的には?」 「『飛沼』…『とびぬま』って読むのかしら…。」 「ああ、『とびぬま』ね、あるよ、うちの実家の近くだよ。」 「そうなんですか。」 美耶は、顔を輝かせた。 陽介が今住んでいるF市は、近年の大合併で、かなり巨大化した市になっているが、元々は小さな町や村が点在する地域だった。そして、自分の実家の辺りに、確かに「飛沼」という地名があった。…昔は「飛沼村」だったように記憶していたが、しかしそんなマイナーな地名が美耶の口から出たことに、陽介は少々驚きながら言った。 「へえ、それは面白そうだね。是非協力させてよ。」 陽介は心からそう言い、続けた。 「…で、それはもちろん『雨』のお話し?」 「はい。そうなんです。」 陽介は、その時になって初めて納得がいった。 「以前自分が「雨男」だと言った時の美耶の反応。あの時彼女が見せた特別な表情。あれは、きっと『雨』というキーワードが心の琴線に触れたってことなのだ…。」 彼は美耶の話を聞いて、色々な事が腑に落ちたわけであるが、そこでまた新たな疑問が生じた。 ただ、それは、特に聞きにくいことではなかったので、陽介はすぐさま口に出して美耶に問うことにした。 「でも、どうして『雨』なの? 何か理由があるのかな。」 美耶はその質問に即答せず、少し遠い眼をして黙っていた。 そして、氷が溶けて水っぽくなった果実酒のグラスを手にとり、小さく一口飲んだ後で、静かに口を開いた。 ↑これから、これから
Jul 25, 2008
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【第三章】1 それは、朝から雨の降っている土曜日の夕方であった。 陽介は驚いた。 まさか、こんなに早く、美耶に再会できるチャンスが来るとは思いもしなかったからである。 しかも、連絡があったのは美耶の方からだったのである。 二人で喫茶店に行ったのが火曜日だったから、まだほんの3日ほどしか経っていなかった。 陽介は、木曜日の晩に一度自宅に戻った。そして、予定を確認したところ、次の挨拶回りは、週明けの月曜日からということであった。そこで、例の如く土日は独身の友人の家を尋ねようかと、車で出かけていた。 陽介が向かっていたのは、確かに友人の住んでいる地域ではあったが、実のところ、そこは美耶が訪れる予定と言っていた辺りであった。 陽介は、あえて友人にはアポをとらずに、微かな期待を胸に車を走らせていた。 そして運転しながらも、道路脇を歩く傘の中に、あの紫が見えはしないかと、きょろきょろと落ち着きがないのだった。 それは、美耶と別れた直後から陽介が知らず知らずにしている行動でもあった。沿道や人混みの中に傘の花が咲いていると、ついあの紫を探してしまう。そして、同時にあの美耶の美しい瞳を思い浮かべるのだった。 ただ、日に日に美耶の顔や声が自分の記憶の中から薄れていくような気がして、彼女の顔を思い浮かべようと努力したり、声を思い出そうとしたり…と、どうしてそこまで初対面の娘に心が惹かれるのか、陽介は自分自身の心に戸惑いすら感じていた。 「まさか、一目惚れなんて」 陽介は、今でこそ恋人はいないが、人並みに恋愛経験はあるつもりだった。そんな自分が、今更一目惚れなんかするだろうかと思ったが、冷静に分析すれば、ほぼそれに近い精神状態にあることは否めなかったのだ。 携帯電話が鳴り、着信画面を見た時、見慣れない番号からであることから、陽介の胸は高鳴った。 「ひょっとしたら。」 そして、耳にあてた電話機から聞こえてきたのは、本当に美耶の声であった。 「あの…。樋渡さんですか。」 「はい。」 「先日、ハンカチのことでお世話になった…」 「ああ、楠木さん…だよね。こんにちは」 陽介はすぐに、それと判る対応をした。 「先日は色々とご迷惑をかけたばかりか、ごちそうにもなっちゃって…。」 「いやいや、いいんですよ。こちらも楽しかったし。」 「…。」 「どうしたんですか? 」 「あの、とっても図々しいお願いがあるんですが。」 「はい、…何でもどうぞ。新品の傘でも何でも…。」 「クスっ。」 久し振りに聞く、あの美耶の笑い声だった。陽介は嬉しくて震えそうだった。 美耶は続けた。 「突然ですが…。樋渡さんのお宅ってF市のあたりっておっしゃってましたよね」 「ああ、そうだよ。」 「…よければ、今度お時間のある時に案内して頂ければって。」 よく聞けば、美耶の調べている内容で、ちょうど自分の住んでいるF市近辺につながりのあることが見つかったということで、できれば図書館だけでなく、フィールドワーク的なこともできれば、と思い立ったというのである。 「で、今はどの辺りにいるの?」と、陽介は期待を込めて聞いた。 そして、美耶の返事は陽介を小躍りさせた。 何と、美耶がいる場所は、今陽介が走っているあたりから、20キロほどの所なのだ。陽介は思わず心の中で「ビンゴ!」と叫んでいた。 「実は、今オレ近くにいるんですよ。」 そこからの話はとんとん拍子であった。 是非とも協力させて欲しい、という陽介の返事。そして、そのためにも美耶の調べている事について、もう少し詳しく知りたいという申し出。 …そこで、今夜夕食でも一緒にどうでしょうか…という話へと展開した。 話が決まると、陽介は道路脇にあった、コンビニエンスストアーの駐車場に車を入れ、彼女の待つ方向へと勢いよく向きを変えた。 雨はまだ降り続いていた。フロントガラスの脇にワイパーで追いやられた水が静かに流れていく。まだ、空は幾らか明るかったが、道路沿いの街灯や看板の色とりどりの光が窓越しにキラキラと滲んで見えた。 ↑話が動き始めます
Jul 24, 2008
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【第二章】4 柱にかかった時計を見ると、店に入ってから約一時間ほど経っていた。 陽介がそれに目をやるのを、美那は見逃さなかった。 「あ、もうこんなに時間が経っちゃいましたね。もう…あまりお引き留めしちゃ悪いですよね。 もう、このぐらいで…。」 そう言う美耶に対して、陽介は「いや、まだ」と言おうとしたが、その前に、もう美耶は少し椅子を後ろに引き、腰を上げようとしていた。 陽介は、実はもっともっと美耶と話をしていたかったが、そうする必然性が状況的に無いことも分かっていた。 何となく空にしたくなくって、カップの底に大切に残していたコーヒーを、最後に陽介は飲み干しながら、さりげなく言った。 「また、どこかでばったり逢うかも知れませんね。」 今は、せいぜいそう口にするのが精一杯であった。 普通なら、ここで携帯電話の番号やメールアドレスを交換するのだろうが、先程からの会話の中で、美耶が携帯電話を持っていないことを陽介は知っていた。 しかし陽介は、もうこのままそれっきりになってしまうのが残念で堪らなかった。 そして、陽介は「ちょっと、いいかな。」と言いながらポケットから手帳とペンを出すと、ページを一枚破り取って、書き付けるのだった。 「これ、オレの携帯の番号。…もし何か困ったことでもあったら、遠慮無く電話して。気軽にさ…。…傘の注文でもいいから。」 最後のセリフは、苦しまぎれの冗談だった。…が、美耶はちゃんとそれを冗談と解してくれ、「クスっ」と笑うと、陽介が破った手帳の切れ端を両手で丁寧に受け取ってくれた。 そのちょっとした礼儀正しさが、また陽介の心をくすぐるのだった。 陽介はテーブルの端に置かれていた注文票をさっと手に取ると、言った。 「ここは、オレが持つから。」 美耶は驚いた様子で、 「え、それはいけませんよ。私が誘ったんだし。」 「いいよ、いいよ。ウチの傘、買って貰ってるし、楽しかったから。」 「でも…。」 「気にしない、気にしない。オレは給料貰ってる身だから。それに、君はまだ学生みたいな ものだし、ね。」 陽介は、そう告げると、困ったような顔の美耶の前に立ってレジへと進んだ。 支払いを済ませる陽介を、美耶は店の出口の所に立ってかしこまって待っていた。 「…却って、申し訳なかったです。すみません。本当に。ごちそうさまでした。」 とても済まなさそうな美耶であったが、「いいの、いいの」と陽介は明るく言いながら木製のドアを押した。「カランカラン」と、ドアの所にある鐘が温かみのある音を響かせた。 外に出ると、まだ雨はしとしとと降り続いていた。 軒下の紫陽花が、独特の、赤とも青とも言えないような絶妙の色彩を雨に滲ませている。 陽介は傘を開きながら、 「これからどうするの? 何だったら、送っていこうか?」 と美耶に告げた。 が、美耶は、 「このすぐ裏辺りに、この街の図書館があるんです。これからそこで調べものをしようと思 って。…もう、ここからすぐの所ですから。」 そう告げると、紫色の傘を開き、敷石の上に出た。 その傘はまだ新しいのか、光沢のある布地の上で雨の水玉が輝きながら踊りはじめた。 先程自分でも「発色がいい」なんてちょっと専門的な言葉を使って、恰好をつけて説明したのだが、こうして見ると先程の紫陽花に負けないほどの、本当に綺麗な紫色の傘である。 …ただ、陽介にとっては、その美しい紫よりも、傘の中で微笑む美耶の可憐な美しさの方が、数倍心惹かれる対象なのであった。 美耶は、陽介の視線を感じたのか、自分の差している傘を改めて見直すように、少し上を向き、柄の部分を握ってクルクル…と少し回転させた。 そして再び陽介の方を見てにっこりと微笑んだ。 そして、 「じゃあ、これで。…本当にお付き合いありがとうございました。」 「うん、じゃあ。…また。」 「『また』だなんて、野暮だったかな…」と思いながら軽く右手を上げ、歩き出した美耶を 見送りながら、陽介はとても爽やかな気分に包まれていた。 美耶はもうそれ以上何も言わなかったが、その優しい口元が「はい。また。」と言っているように陽介には感じられた。 ただ、それと同時に「本当にもう一度この女性と逢えるだろうか」、という妙な期待感と不安感の入り交じった思いも、雨にかかる靄のように陽介の心の中にうっすらと漂っていた。 ↑頑張ります。
Jul 23, 2008
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【第二章】3 「ご実家の商売って何なんですか?」 今度は美耶からの質問であった。 「うーんとね。昔風に言うと、織物。でも、今はそんな機織りって感じじゃなくって、コン ピュータ制御で自動的に機織機が『ガッチャン・ガチャン』ってやってる。色々な布を作 ってるんだ。」 「じゃあ、服なんかの生地なんかですか?」 「服はあまりやってないんだよ。…今、力を入れてるのは、テントとか、傘とかの防水系 の、撥水性の丈夫なやつかな。 傘については布地だけでなく、仕上げまでうちでやってる、力の入った商品なんだ。」 「そうなんですか。」 「…でさ。今日君が差してた傘、多分、うちの製品じゃないかな。柄とか色で大体分かるん だ。」 すると、美耶は凄く驚いたような顔で 「ええーっ。そうなんだ。凄いですね。…あの傘、気に入ってるんですよ。凄い、凄い。」 陽介は、自分はまだ社員としてそれほど関わっていないのに、彼女にあまり「凄い」を連発され、少々困惑してしまった。 が、本当に驚き、無邪気に嬉しそうにしている美耶を見ながら、陽介は、悪い気はしなかった。 「防水性と濡れた時の発色が売りでね。特に、あの紫色が一番色がいいということで人気が あるんだ。…柄の所に『hiwatashi』って刻印があるんだけどな。」 「あっ。」 そこまで言われて、やっと美耶の頭の中で、初めて陽介の名乗った「樋渡」と「hiwatashi」が一致したようだった。そして、いっそう彼女の顔が輝いた。 「そうなんだー。『hiwatashi』って『樋渡』さん、だったんだー。」 美那はとても嬉しそうに、ちらりと入り口の方に目をやった。そこには紫色の傘が、傘立ての中で静かに立っていた。 「まあ、子どもの頃から傘には事欠かなくてね。おかげで、オレってすっかり『雨男』にな っちゃって。よく、降るんだよね…何かあるたびに。」 陽介は話をしながら、自分の発した言葉の「雨男」という部分に美那が微妙に反応するのが分かった。…けれども、それが何なのかは全く分からず、何となく間を取るために、カップにもう少し残っているコーヒーを一口、口に含んだ。 「で、今度はどっちへ行く予定なの?」 陽介は尋ねた。 美那は外の雨を見ながら少しぼんやりしていたのか、ふと我に返ると、 「え? …すみません…今、聞いてませんでした。」 と、すまなさそうな顔で答えた。…その表情がまたとても愛らしく、陽介は逆に済まないような気がしながら告げた。 「いや、これからどっちに向かって行こうと思ってるのかなって…。」 美那はすぐに答えた。 「そうですね。…明日ぐらいまではこの辺りにいて、それからもう少し北の山間部に行こう かなって。ちょうど県境のあたりに小さな町が点在しているから、収穫があるかも知れな いなって。」 陽介は「ふうん」と、相づちを打ちながらそれを聞いていた。 自分も、もう一日はこの辺りにいることになるだろうけれど、その後は西の方へと行く予定であり、もう既に先方にはアポをとってある。 残念ながら、それはこれから彼女の行こうとしている方角とは反対であった。 と、今度は美耶の方から 「樋渡さんは、この後どうされるんですか? まだまだ挨拶回りは続くの?」 陽介は、 「うん。この辺りに取引先がもう2件ほどあるんでね。もう少しこの辺りにいるんだけど、 その後は…気分次第かな。」 ひょっとして、美那と一緒に北の方へ行けたら…という淡い期待が、陽介に小さな嘘をつかせていた。 美耶は、陽介のその言葉に対して「そうですか。」とだけ告げた。 その様子は、特に残念そうでも、嬉しそうでもなかった。そして、その反応に、陽介は何となく残念な気もするのだった。 ↑応援してね。
Jul 22, 2008
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【第二章】1 それにしても、最初に出逢った図書館とは随分離れたこんな場所で、どうして彼女と再会できたのか…陽介はそれが不思議でならなかった。 「再び逢える…」という予感や期待は強かったけれど、実際にはハンカチも、あの日の内に返せなかったらもう無理かもしれな、というのが彼の正直な思いであった。 …その辺りについては、ここで唐突に聞いても、それほど失礼はないだろうと、陽介は早速尋ねることにしたのだった。 美耶は少し微笑んで言った。 「変な女の子だと思ったでしょ。」 彼女の瞳は少し悪戯っぽい色を帯びた。そして、続けた。 「…私、その土地土地に伝わる民話とか伝説みたいなものに興味があって、それを採集して 回っているんです。」 陽介の疑問は、あっさりと解決してしまった。 と、同時に美耶のしていることに凄く興味が湧きもした。 陽介も「文学部に行きたかった」と、先程彼女に言ったのは決して冗談などではなく、本当に以前は真剣に考えていたこともあるぐらいで、日本史や古典の知識はそこそこあるつもりだった。 そして、陽介の口から「柳田国男」の名前などが出されると、美耶の瞳も一段と輝き、そしてまたあれこれと話に花が咲くのだった。 ふと外を見ると、まだ雨は降り続いていた。 窓辺に置かれた観葉植物の、不思議な形の葉の間から、梅雨らしい薄灰色の雲が空を埋め尽くしているのが見える。 「もう、民俗学も、フィールドワークはなかなか難しい時代になっちゃって…。お爺さんや お婆さんに話を聞くって言っても、もうそういう話を語れる人がいなくなってるんですよ ね。 私の大学の先生は、よくそういう聞き取りをして回ったって言われてたけど…。 …30 年程前には、まだまだ明治生まれのお爺さんやお婆さんが沢山元気でいらっしゃったでし ょうからね。」 自分の研究対象の話になり、美耶は少し雄弁になった。 「…だろうね。オレのお爺さんだって、昭和生まれだし。戦争の話なら少しは聞けるけど さ。民話とか言うと、なかなかね。」 「そうなんです。だから…。苦肉の策なんですけど、地方の図書館に、そういうものが『郷 土史』のような形で…民話の採録などがしてあるものがあって…。そういうものを見て回 ってるんです。」 「…じゃあ、まだ学生さんなんだ。」 「ううん。大学は、この春に卒業しちゃいました。」 「大学院生?」 「いいえ。そこまで一生懸命研究活動をしているわけじゃないし…。色々あって、今は『趣 味』ってとこかな。」 陽介は、「なるほど」と思いながらも、彼女の「色々あって」という所に何故か心が引っ掛かっていることに気付いていた。 しかし、だからといって、初対面でそこを追及することはできないのも分かっていた。 「就職…してるの?」 それが今、陽介にできる精一杯の質問であったが、美耶はそれには笑顔で答えてくれた。 「一応、名目は『就職浪人』ってことにしてあるの。だから、そろそろ就職活動しなきゃね って思ってるんだけど、特にやりたいこともなくって。…実は、司書の資格は持っている んで、ひょっとしたらどこか臨時にでも雇ってくれる図書館があればな~って、そんなこ とを考えながら図書館巡りしてるの。…あ、でもそんなに甘くないのは知ってます。」 そう言って微笑む美耶であったが、陽介はその言葉と表情の裏にある「何か」を感じ取っていた。 陽介は言った。 「まあ、オレも似たようなもんだね。都会で仕事してもうだつが上がらないんで、諦めて実 家を継ごうって田舎へ帰ってきたところなんだよ。だから、挨拶回りであっちこっち行っ てるってワケ。取りあえず、夏まではそれだけでいいって言われてるんで、ちょっと静養 も兼ねて、ぶらぶらしてるんだ。」 大学は経済学部に進みながらも、大した勉強もしないまま、卒業するとすぐに就職してしまった陽介には、美耶の立場を、何だか羨ましいような不思議なような、そんな思いで聞いていた。 ひと歳とると改めて「学問」の意味や大切さが分かるものである。陽介自身、そんな彼女に、静かに憧れのようなものも感じていた。 ↑おかげさまで3位です~
Jul 21, 2008
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【第二章】1 見れば、通りを隔てた斜向かいに、とても雰囲気の良いお誂え向きの喫茶店がある。 彼女は、「あそこでもいいですか。」と左手で示しながら微笑んだ。 陽介は余りの展開の早さに少々躊躇いながらも、「もちろん。」と告げると、「じゃあ車を回しますから。」 と、雨の中を車まで小走りに駆けた。 陽介は、車に乗り込みながら昂揚する気分を抑えきれずにいた。「何だか高校生の時の初恋みたいだ…」と、新鮮な力を持って湧き上がる、その気持ちを楽しんでいた。 ログハウス風のその店の横にある駐車場に車を停めると、陽介はすぐに玄関の木製の階段を駆け上がった。 一番上の軒下の所で、傘を畳みながら彼女は待っていた。 「あの。私、楠木美耶って言います。」 「オレ…、樋渡陽介…です。」 お互いに店の入り口に突っ立って、妙にかしこまった自己紹介をした二人。 そして、挨拶をした後で、お互い顔を見合わせて笑いあった。 「まあ、中へ入りましょうよ。」と、陽介は笑顔で言った。 店内は、観葉植物がうまくコーディネートされていて、とても落ち着いた雰囲気であった。二人は一番奥の窓辺の席に座って、コーヒーを二つ注文した。 品のいい薫りのするブレンドのコーヒーカップがテーブルに並ぶ頃には、二人はもうすっかりうち解けていた。 彼女は、陽介が最初に感じた通りの印象だった。聞けば、23歳の学生であった。 ただ、「学生」というのは正確な表現ではなく、実際は世間で言う所の「就職浪人」に当たるような立場であるようだった。 しかし、そう言うには少々失礼な感じがするほど彼女はしっかりしたビジョンを持って、研究活動を行っていた。 「オレも、大学は文学部に行きたかったんだけどね。」 「どうして行かなかったんですか。」 「周りから、『就職が悪いぞ~。』なんて脅されちゃってね。」 「そうですか…。それは残念ですね。」 彼女の言葉は本当に残念そうであり、それにちょっと陽介は戸惑いながら、 「いや、まあかと言って文学部に進んでても、何を専攻するかなんて何も考えてはいなかったし。…あ、でもオレ日本史や古典は得意だったんだよ。」 「クス。」 慌てて取り繕う陽介の様子に、笑い声を漏らした美耶は、少女のように可愛らしかった。 「遠目・夜目・傘の内」とは言うけれど、こうして近くで見ると、その娘…美耶は本当に美しかった。 美人特有の冷たい感じも持ちながらも、どこかに柔和さ、可愛らしさを残している…ちょうど、それは窓の外で雨に濡れながら、鮮やかに咲いている紫陽花を思わせた。 そして、ちょうど少女から大人に変わろうとしている、そんな、ある独特の時期にしか持ち得ない魅力を彼女は静かに湛えていた。 ただ、その美しさに派手さはなく、どちらかというと「地味」な感じの彼女であったから、街ですれ違いざまに振り返るような、そんな美女とは全くタイプが違っていた。 ただ、それだけに、こうして側で見ると改めてその可憐な美しさが際立つのであった。 そして、何より陽介の心を強く揺すぶったのは美耶の瞳であった。 それは、間近で相対峙してみるといっそう強い力を発しているように感じられた。 しかし、それは決して攻撃的なものではなく、何かを相手に静かに訴えかけるような力であった。 世によく言われる、男の勝手な思い込み…、「美しい人に出逢うと、誰でも『運命的なものを感じる』」というあの皮肉なフレーズ。 自分が感じているのも、ひょっとしたらそれかも知れないな、と思うぐらいの冷静さは持ち合わせている陽介ではあった。しかし、そんなブレーキをかけながらも、何か懐かしいような切ないような、特別なものを彼女の瞳から感じずにはいられない陽介だった。 ただ、それをほぼ初対面の状態で告げるほど陽介は野暮な男ではなかった。 ↑今日はちょっと遅くなっちゃって
Jul 20, 2008
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【第一章】3 それから数日間、陽介は挨拶回りを7件ほどし終えて、一旦実家に戻っていた。 父には、「そんなに楽じゃないだろう」と、自分がこれを軽く見ていたことを見透かしたような発言をされてしまったが、自分も社会人一年生ではない身であり、少しはプライドもある。そのまま、父の言葉を鵜呑みにするわけにも行かず、「まあね。」と適当に相づちをうつ。 そんな、父とのやりとりも、「久し振りだな」と陽介を感慨深くさせた。 数えてみると、挨拶回りもちょうど全体の三分の一が終わった所であった。 「無理しなくていいからな。」と、体調を気遣って父は言ってくれるけれど、陽介はこの仕事を全く負担に感じてはいなかった。それどころか、自分の中でどんどんとやる気と情熱が膨らんでいることを感じていた。 それもその筈であろう、自分が今している仕事の、将来性とかやり甲斐ということを考えれば以前とは雲泥の差であった。 モチベーションが上がらないまま都会の人混みの中、営業で外回りをしていたことが実に虚しいものであったと陽介は改めて痛感するのだった。 彼をやる気にさせている要因の多くは、挨拶回りで訪れる、下請けや小売の工場、業者の人達の温かい人柄、そして触れあいであった。 が、それだけではなかった。 陽介を駆り立てる原動力、その一つに「あの紫色の傘を持った娘にもう一度逢えるかも知れない…」そんな想いが、確実なものとして存在した。 実家で作っている傘を持った美少女。そして、彼女が落としたであろうハンカチ。「きっとどこかでまた逢える。」そんな、妙な確信に近い期待をいだいて、陽介は車を走らせていたのだった。 ウイークディには挨拶回り。週末には友人宅を尋ねて学生気分に戻る、というパターン。陽介は次第に塞いでいた気分が解きほぐされていくのを感じていた。 それが、新しい彼の「日常」となりつつある、6月のとある金曜日であった。 陽介は、数件の取引先がまとまってある、隣の県の北部に出向いていた。 小さな地方都市であるが、そこは小京都などと呼ばれることもある、なかなか趣のある街だった。陽介は観光も兼ねて、その日は温泉宿を予約していた。 その日も雨だった。朝からしとしと降っていて、実に梅雨らしい天気であった。 ちょうど変わり際の信号。いつもなら「黄色は加速のサイン」とばかりに、アクセルを踏む陽介であったが、その時は何となくゆったりとした気分で、彼は静かに停止線の少し前で車を停止させた。 ギアをニュートラルに入れて、サイドブレーキを踏む。 と、「ギュイッ、ギュイッ」と目の前のワイパーが突然目に付き始める。 …不思議なものだナ、車を停めた途端にうるさく感じられる…。 そんな愚にもつかないようなことを考えながら、陽介はワイパーもオフにすると、暫く車のフロントガラスを流れる雨水を目で追っていた。 と、ふとその向こうに紫色の傘の花が開くのに気づき、そちらに視線をやった。次第に陽介の視線は雨粒から傘に焦点が合っていった。 「ひょっとして、あの娘だろうか。」 「あの娘だろうか」と思って近づくと、違っていた。…実は、そんなことはあれから何度もあり、陽介は少し慎重になっていた。 しかし、この度は少し違っていた。「傘は間違いなく、ウチのものだ…それに、背格好からして…そうに違いない。」 まだ、確信というには距離があったけれど、陽介はもう慌てて、助手席のダッシュボードの中にあるハンカチを取り出していた。 「これを…渡さなきゃ。」 陽介は車を脇に寄せると、慌ただしく車を降りた。 紫色の傘は、ちょうど上手い具合に自分の方へと歩いてきた。傘の内はまだはっきりと見えなかったが、鮮やかな紫が近づくにつれて、陽介の思いも次第に確信に近づいていった。 「あの。」 陽介は、すれ違いざま遠慮がちに声をかけた。 傘の中はよく見えなかったが、陽介の声で傘のふちがすっと持ち上がる。…と、そこには彼が待ちこがれていた顔があった。 「あ。あの時の。」 彼女も、すぐに自分に気付いてくれた。 陽介は雨に濡れながら、ポケットからハンカチ取り出して差し出した。 「ひょっとして、これ君の…じゃないですか? あの時図書館の前で…」 そこまで言いかけて、彼は言葉を切った。いや、正確には言葉が喉から出なくなってしまったのだ。 ハンカチから視線を上げた途端、陽介の目に飛び込んできたのは、彼を見つめる彼女の黒目がちな瞳だった。 陽介は、吸い込まれそうなその美しい瞳に射竦められてしまったのだ。 「そうなのだ、この感じなのだ。」 同時に陽介は確信していた。 自分を、もう一度彼女に逢いたい、と駆り立てていたのは、この瞳だったのだ。ぞくぞくさせるような、痺れるような、それでいてどこか懐かしいような…瞳。 彼はどぎまぎしながらも続けた。 「あの時、図書館の前に落ちてて…。一応、洗濯はしたんだけど…。」 暫く間があったが、その娘はにっこりと微笑んで「…はい。それ、私のに違いありません。」と言うと、ぺこりと頭をさげた。 「あの時、雨の中を飛び出しちゃって、…結構気に入ってたんで、凄く悔やんでたんですよ。本当にありがとうございます。」 陽介は、何かしら無性にほっとした感じを受けながら、言った。 「図書館に預けておいた方が良かったかも知れなかったんですけど、オレちょっと急いでたんで…。」 と、少々事実と違うことを言ったが、それはとても自然に陽介の口から出た言葉だった。すると、娘は意外な返答をした。 「いいんです。そっちの方が…よかったです。」 それだけ言うと、またあの瞳で陽介を見つめた。陽介はまた、年甲斐もなくどぎまぎしてしまった。 「『よかった』って、何が?」と思いつつも、すぐに自分の手にあったハンカチを差し出した。そして、それを受け取るその娘の指が陽介の指に軽く触れた。陽介の胸はまた強く疼いた。「女の子の手に触れたぐらいで、そんなドキドキしている歳じゃああるまいし。」そんな感慨を懐きながらも、彼は何だかもの凄く新鮮なときめきを感じていた。 と、急に雨が強く降り始めた。 陽介は「じゃあ。これで。車もあんな所に停めっぱなしなんで」と、背を向けようとした。すると後ろから声がした。 「あの…。お礼にお茶でも…御馳走させていただけませんか。」 それは、彼にとって願ってもない申し出であった。 そして、それが二人の出逢いになった。 その娘は、名前を美耶と言った。 ←調子が出て来ました
Jul 19, 2008
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【第一章】2 その日陽介は、多分実家からは一番遠い取引先の一つに向かっていた。そこは、陽介自身も初めて訪れる場所で、全く土地勘が働かなかった。 陽介は「カーナビ」というものが嫌いだったので、車を購入する際にもわざと取り付けずにいた。 理由としては、地図を見ながら旅をするのが好きだということもあるし、カーナビに、手元でああだこうだと喋られるのがどうも気に入らない、というのもあった。 確かに、あると便利なのは分かるけれども、陽介は地図とにらめっこしながらでも、自分で目的地を尋ねることに喜びを感じるタイプだったのである。 「確かこの辺りだと思うんだけどなあ。」 陽介は、少し広くなった道路脇のスペースに車を寄せると、周りを見回しながらひとりごちた。 地図では、ほぼ目的地の「菊池縫製(株)」の辺りにいると思うのだが、どうも道がごちゃごちゃしていて分かりにくい。車一台がやっと通れるような道が何本も交錯しているし、その上、一方通行になっているところが多いのだ。 まさか一方通行を逆走してはいないだろうな、と少々不安になって、陽介は標識を確認した。振り返って車の後方に目をやると、ちょうど近くに進入禁止の標識が見える。 やれやれ、というような顔をしていると、ちょうど後ろから来た原付のおばちゃんが怪訝そうな顔で、彼の方を一瞥して通り過ぎていった。 暫く地図を確認して、再び走り出した陽介であったが、やはり分かりにくく、何度も同じ所を回った挙げ句に、二進も三進もいかなくなった。 「仕方ないな…。」と呟きながら、ここは、一旦広い道路に出て仕切り直すのが得策だと、車を回すことにした。 手持ちの地図は、一軒一軒の家までが記されているようなものではないので、大雑把な場所しか載っていない。しかも、訪問先は番地と電話番号しか分からない。 電話を掛けてもいいのだが、そこは何とか自分の力で辿り着きたいという気持ちもあった。 陽介は、少し広めの通りまで戻ると、そこにあった図書館の駐車場に車を入れさせて貰い、もう一度地図を眺めていた。 ふと目を上げると、フロントガラスに水滴がぽつぽつと小さな模様を描き始めている。 「あ、とうとう降り出したな。」 今日は朝のうちは晴れていたのだけれど、少し前から雲が出て、次第に降り出しそうな気配になっていた。降り出す前に到着したいと思ってはいたのだが、とうとう降り始めたかという感じだった。 と、ちょうど雨粒の向こう、フロントガラス越しに見える図書館の玄関口の所に、一人の女性が立っているのに気付いた。 「地元の図書館を利用している人だから、きっとこの辺りの人に違いない。」と、そう思った陽介は車を降りて雨の中を小走りに図書館の入り口まで駆けた。 自分の方へ駆け寄ってくる陽介の様子を、少し驚いたような様子で見つめていたその女性は、スレンダーな色白の可愛らしい人であった。 綿のパンツに、サマーセーター。下に白いTシャツを合わせた初夏らしい装い。22、3歳ぐらいであろうか。まだ学生のような感じだった。 彼女はちょうど傘を差してこれから雨の中を出て行こうとしていた所だったのだろう。手に紫色の傘を持っていた。それを見た陽介は、「あっ」と思わず声を出しそうになったが、そこは自重してすぐさま本題に入った。 陽介は、地図を取り出すと、 「あの…。ちょっと道をお尋ねしたいんですが。」 と切り出した。 その娘は黒目がちな瞳を真っ直ぐに陽介の方へ向けると、少しはにかむような様子で告げた 「え…。でも、あの…私地元の人間じゃないんで…。」 とても済まなさそうな表情でそう答えられてしまい、陽介は当てが外れたことよりも、彼女の様子に、何だか自分が悪いことをしてしまったかのような気になって、 「あ、それ、は、どう、も…」 と、ちょっと慌ててしまった。 その女性は陽介の慌てた様子が可笑しかったのか、少し口元に笑みを浮かべながら、「ごめんなさいね。」と少し頭をさげた。 その仕草に、何だか陽介は胸がぐっと締め付けられるような感じを受けた。が、今はそんな感情に支配される訳にはいかない。彼はもう一度居住まいを正して、 「そうですか。それは失礼しました。」 と言い、きちんと礼をした。が、どうせここまで来たのだからということで、図書館の中に入って受け付けの人に尋ねてみることにした。 「じゃあ。中で聞いてみます。ありがとう。」 一生懸命、爽やかにそう告げると、彼は図書館の中へ入った。 カウンターの中にいた女性に道を尋ねると、問題はすぐに解決した。 実は、最近新しい道路ができたので、旧道の入り口が分かりにくくなっているだそうであり、それが陽介の迷った原因であった。 陽介の持っている地図は少し古かったのだった。 場所が分かったので、図書館にそれ以上用事があるわけでもなく、陽介はそそくさと立ち去った。 急いで図書館を出た理由には、先程の娘がまだ居はしないか、とちょっぴり期待していたこともあった。しかし、出口の所には、もう人影はなかった。 何となく陽介は残念な気分で、エンジンの掛けっ放しだった車へと走ろうとした。 雨はいっそう強くなっていた。駐車場のアスファルトにはもう小さな水たまりができはじめている。 と、車寄せの石段の所に何かが落ちているのに陽介は気付いた。見れば、ハンカチである。ちょうど、先程あの娘が立っていた所だった。 自分が図書館の中に入っていたのはほんの2、3分であろう。その間に別の人が来てハンカチを落とすとも思えなかった。 濃紺にピンクの模様が織り込んである、上品で丈夫そうなハンカチであった。 陽介は「これはきっとさっきの女性のものに違いない」と思い、雨の降りしきる中、道路を見渡せる所まで出てみたが、それらしい人影も、紫色の傘も見えなかった。 先程、その娘が差そうとしていた傘は、実は自分の所で作っている傘なのだった。 陽介の家は、代々織物の工場を経営しているのだが、特に傘とか幕とか、そういったものの生地を手がけていた。特に傘には最近力を入れており、量産ではなく、一本一本をきちんとした手作業で仕上げていくので、一本1000円ほどの安物とは違い、少々値段も張る。でも、愛用してくれる人や贈答用に求めてくれる人もいる、地元では知る人ぞ知る「樋渡ブランド」なのである。 柄の所に小さく『hiwatashi』と彫り込まれているので、すぐにそれと分かる。大学時代から、実際に時々持っている人を見かけることがあった。すると、やはり嬉しい気分になるもので、「それ、オレンちで作ってンだぜ。」などと自慢することもあった。 まさにその傘を彼女は持っていたのである。 陽介は、どうしようかと迷った挙げ句、そのハンカチをそのまま持って車に乗り込んだ。ひょっとしたら、またこの辺りを車で回っている時にあの娘に逢えるかも知れないと思ったからである。 傘をさして歩いていれば、すぐに分かる自信もあった。 図書館に預けることも考えてみたが、何となくそれはよしてしまった。 そこに全く邪な考えがなかったと言えばウソになるかもしれないが、陽介は、もう一度どうしてもあの娘に会いたいという衝動に駆られていたのである。 それは、単にその娘が美しかったということだけではない、どことなく「何か」を感じた、それが何なのかを確かめたかったのである。 ←がんばります。
Jul 18, 2008
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【第一章】 樋渡陽介は、都会の生活に疲れていた。 彼は、東京の私立大学を卒業した後、特に大した目的もなく、何となく都内で一般就職していた。 ただ、「何となく」とは言っても全くそこに何もなかった訳ではなく、それなりに会社で活躍したいという思いはあった。勿論、就職難のこの時期にそんないい加減では就職できるはずもなかった。 が、いざ職場に入ってみると、期待していた部署にはなかなか配属されず、一定の研修を終えた後はすぐに営業に回され、それからはずっと営業マンとして外回りを続けていた。 陽介は、もともとそれほど社交的ではない性格であったため、営業マンとしての人との接触ははかなりの負担であり、毎月のノルマをこなすことは、当初はかなりキツいものだった。 しかし、習い何とか…というやつで、5年目ともなるとそれなりに業績も上がっていた。ただ、給料の大部分は家賃と生活費にまわっているというのが現状だったのだ。 そして、なにより陽介を苦しめていたのは、半年ほど前から起きていた何をやっても楽しくなく、元気が出ないという一種の精神的なストレス障害のような症状であった。 精神科へ罹るほどではなかったものの、「かなり今の生活に嫌気がさしているのだ」と、自己分析もできている…そんな生活だった。 彼はの出身はというと、東京からは随分はなれた地方であり、実家は工場を経営していた。 父はまだまだ現役であったが、そろそろ跡継ぎも考えなくてはならない時期にきていた。 そして、絶妙のタイミングで一人息子の陽介に声がかかったのだった。 彼自身、二つ返事というわけではなかったが、このまま都会で生活を続けるというイメージは毛頭なく、「そろそろ田舎へ帰るのも手だろうか」と考えていた矢先であり、ここで陽介は心機一転、田舎の工場を継ぐ運びとなったのだ。 ただ、ここ数年働きづめで、都会のストレスが体中に染みついていた陽介は、父と交渉し、ある一つの条件を果たすことで、夏までは自由にさせてもらうことにした。 その「条件」とは、その期間内に取引先すべてに挨拶回りをすること。ただそれだけだった。 陽介の実家の経営している工場の取引先は比較的数多くあるのだが、そこへの顔つなぎをするというのが彼の初仕事であった。 つまり、療養と挨拶をを兼ね、暫くのんびりと旅行気分でぶらぶらするという計画だった。 陽介は5年間勤めた会社に辞職願いを出すと、さっさと東京のアパートを引き払った。そして、実家へ引っ越しをすると、早速実家の「営業車」と言う名目で、退職金と貯金をはたいてステーションワゴンを一台購入した。 こうして陽介は、父のはからいを有り難く思いながら、悠々自適に愛車とともに挨拶回りをして、ここ何日かを暮らしていた。 ただ、取引先は4県にまたがって、約3、40箇所あるので、普通に全部をを回っても、ざっと1ヶ月半ほどはかかるはずだった。 訪問先の件数と場所をざっと把握した陽介は、療養も兼ねているので、当初は約2ヶ月ほどは欲しいと思っていた。しかし、その思いは良い意味で裏切られたのだった。 父の提示した期間は「3ヶ月」であった。 陽介は、その父の言葉を嬉しく受けとめていた。それだけあれば、十分療養もかねてのんびり回ることができるだろう…そう考えていた。 しかし、やはり父は慧眼であった。最初は、「挨拶回り」と軽く考えていたが、それほど甘いものではなく、取引先の事務所や工場を尋ねた陽介を待っていたのは結構な応対であった。 名前しか記されていない名詞、そこには肩書きも何も記されてはいなかった。しかし、それにも関わらず、それを先方に差し出すと、すぐに「息子さんですか。」という話になってしまうのである。 やはり苗字が「樋渡」という珍しいものであるし、名前も父と似ている。それに陽介自身は否定的ではあったが、背格好も「社長の若い頃に瓜二つ。」であるという。 となると、あっさりと挨拶だけというわけにはいかないのである。 それに、実際この挨拶回りは、「顔つなぎ」という意味もあるのだから、単純な、形式的なものとばかりはいかない。先方も、結構その気で今後の取引や契約内容についての話を始めたり、丁寧に接待をされることもあった。 陽介の父が開拓した取引先。そこには父と、先方の関係というものがしっかりと根付いいた。 陽介は自分の考えの甘さを反省するとともに、自分が守っていかなければならないものの大きさを改めて知るのであった。 ということであるから、挨拶回りはよくて一日2件というところであった。時には1件だけで一日が終わることもしばしばであった。 陽介が挨拶回りを始めたのはちょうどゴールデンウイークの直前、4月の下旬からであった。初めの頃は新緑が美しい、爽やかな天気の日も多かった。新車でのドライブも楽しいものだったが、次第に気温も上がり、そろそろ初夏の薫りがし始めていた。 実際にはゴールデンウイークなどを挟んだために、4月と5月の実働期間は短く、あっという間に5月も最後の週になっていた。 陽介は、既に十数件の挨拶回りを終えていた。 そろそろ調子が出始めた頃で、要領も随分と分かってきていた。営業で慣らした経験が、フルに活用できたのは彼にとってとても嬉しいことであった。 そして、週末は大学時代の友人の家に転がり込んで、学生気分に戻る、というパターンの生活ができ始めていた。 陽介のように地方から東京へ出ていた者の何人かは地元に戻っており、その友人を訪ねるのも、この度の陽介の楽しみの一つだった。大学を出てからほぼ5年あまり。仕事も軌道に乗っている者が多く、しかも、それでいて独身のものがほとんどで、まだまだ学生気分にいつでも戻れるような者ばかりであった。 二人の出逢いは、そんな頃であった。←よろしくね。
Jul 17, 2008
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お待たせしました。いよいよ今日からスタートします。ちょっと長くなってしまうかも知れませんが、どうぞお付き合い下さい。今日はプロローグです【プロローグ】 目が覚め、ぼんやりとした頭で起き上がりると、陽介はベッドの脇に腰掛けた。そして、自分一人だけがこの部屋にいることを確認した。 次第にはっきりしてくる意識。彼は昨晩の記憶をもう一度辿ってみた。 まるで、それは夢だった。 彼は、大きく息を吸い込み、ゆっくりと確かめるように吐き出した。 それは深呼吸ともため息ともつかないような、妙なものであった。 期待と不安、そして緊張。相反する感情が微妙に交錯した気分が、改めて自分の全身にのしかかってくる。 このまま終わってしまうのか、束の間の休暇と同時に…。 …いや、そんな訳はない。 …ただ、これからどうなるのだろう。 陽介は自分の心の中にある、確かな気持ちを実感しながらも、具体的にそれを行動に移す手立てを見つけられず、ただ、ただ戸惑っていた。 そして、ふと目をやった先に彼が見たもの。…それは、テーブルの上にある見慣れた自分の茶色いカバン…。と、その横にある2つ折りの紙だった。 「あ、これは昨日の…。」 陽介は手を伸ばし、その紙をそっと手に取った。 綺麗に折り曲げられた白い紙。陽介は静かにそれを開くと、締め切られたカーテンの隙間から僅かに漏れる光の方へと向けてみるのだった。←応援してね。
Jul 16, 2008
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皆さん、参加して下さってありがとうございます。それでは答え合わせをいたします。まず第1問 答えは「あおうま」でした。正解者は残念ながらいませんでした。 「白」がどうして「青」かってのは、なかなか難しい話らしいんですが、 その昔、白は「青」や「灰色」時には「黒」っぽい色をも指していたそうです。 ということで、実際は白い馬なんですが、読みは「あおうま」。 これは、入試でも時々見かけます。続いて第2問。 正解はCの「好きな色の服が着れる」でした。これも全員不正解でした。残念。 「禁色(きんじき)」って聞いたことありませんか? 昔は階位によって、 着られる服の色が決まっていました。しかし、時に特別に自分の階位の色でなかったり、 天皇の着る服の色と紛らわしい色だったりしても、許されることがあったんです。 そういう時に「色許さる」って表現したんですね。「色」には本当に色々な意味があり、 むずかしいですよね。最後に第3問 正解はDの「喪に服す」でした。あれれ、これも正解者なしです~。 昔は、身内などが亡くなると、黒っぽい服装に着替えて喪に服しました。 よく、和歌などに「墨染めの袖」なんていう表現がでてくるのが、これなんです。 ということで、きらびやかな貴族の着物が、がらりと地味になるということなんです。 ということでした。今回はちょっと難しかったですね。 でも、みなさん参加して下さってありがとうございました。 さて、いよいよ明日からキリ番企画の小説の連載がスタートします。 ちょっと間延びしちゃいましたが、頑張って書き下ろしますので、応援してね
Jul 15, 2008
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期末考査でーす。もう、学校によっては終わっているところも。今回もちょっとだけ問題を出してみますね。今日は、古典の色のお話しです。では、読みの問題から。 問1 「白馬」の読みを答えなさい。問2 「色許さる」ってどういうこと? A結婚を許される B顔がほころびる C好きな色の服が着れる D風流人として知られる問3 「色変はる」ってどういうこと? A情愛がさめる B老ける C落胆する D喪に服す ちょっとむずかしかったかな。
Jul 14, 2008
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昨日は、かなりの時間、例の企画小説に時間を使うことができました。おかげさまで、何とか形になりそうです。ムッティさんのご指摘通り、今回は梅雨の時期を描いています。だいたい、過去の作品も季節感をその都度だそうと意識してたもので…で、もう梅雨が明けそうなので(もう明けちゃったところもあるし)焦ってたんですよね~。でも、漸くラストまで構想がまとまりましたので、来週中にはスタートできそうです。あとは苗字だけかな~。みなさん、ご協力よろしくお願いしますね
Jul 13, 2008
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今回の企画小説についてですが、舞台はとある日本の地方都市(北陸とか山陰のイメージかな)。季節は梅雨のまっただ中。今回の主人公の二人、「陽介」と「美耶」は雨の中で出逢います。陽介と美耶の苗字を募集しています。できれば思いつくままに、沢山出して頂けたらと思います。どうぞよろしくお願いします
Jul 12, 2008
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小説の方、なんとかゴールが見えてきました。もちろん、骨子という意味ですけど。これから書き下ろして行くんです。そこで、ヒロイン美耶さんの苗字を決定しなければならなくなりました。そして、主人公の男性「陽介」の苗字も同時に募集したいです。みなさん、もう一度「●●美耶」と「●●陽介」で考えて下さいませ~。もちろん、「美耶」の方は前に考えていただいたものも、ちゃ~んと候補にしてますからね~。よろしく
Jul 11, 2008
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最近、気が付けば夜10時にパソコンに向かって、それから皆さんのコメントを観たり、お邪魔したり。そして自分の更新です。どうも眠くなっちゃって、更新に気合いが入りません。土日は朝ごろごろして、気が付くと夜ってパターン。まあ、のんびり続けるのが大切だと思うので、ちょびちょびやりたいと思います。小説の方は、やっとゴールが見えてきました。変な話になっちゃいそうですが、近日公開です。お楽しみに
Jul 10, 2008
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あっという間に1学期が終了しつつあります。ということで、期末考査なんです。毎回、テスト問題(疑似)を出していたんですが、今回も考えましょうかね。でも、自分の本当の試験がまだできていないんです。まずは、本物から作らなきゃね。今年は古文ばかり教えているので、古文を元にした問題がいいですかね。まあ、気長にお待ち下さいね
Jul 9, 2008
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最近は、高等学校でも冷暖房完備のところがほとんどになってきています。県にもよるのでしょうが、私の県では、私立公立を問わず、かなりの導入率になっています。涼しくていいんですが、中には体調を崩す子もいるし、耐熱訓練ができていないので、体育の時は炎天下でばたばた倒れるし。クーラーの風が直接あたる所の生徒は、寒いからと言う理由で防寒の掛け物やカーディガンをもっているという始末。学校なんか、生徒に我慢させればいいのにって思うのは私だけでしょうか。生徒も育つし、温暖化にもかなり貢献できると思うんですが。如何?
Jul 8, 2008
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今日も暑かったです~。先週の木曜日辺りから、雨っていう予報がでていても、カンカン照りなんです。それからは、もう殆ど雨らしい雨は降ってません。ひょっとしたら、もう梅雨明け?水不足、大丈夫かしら。
Jul 7, 2008
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今日は午前中、地区の掃除がありましたが、昼からはしっかり休養しました。そして、夕食はちょっと外食なんかしちゃいまして、食べ終わって満足な気持ちで外にでると…夕焼け空に月が。心洗われました…。
Jul 6, 2008
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コメントのお返事できなくてごめんなさい。なかなか訪問もできなくてごめんなさい。いつも同じような内容でごめんなさい。3日も連続こんな話でごめんなさい。小説もまだできずにごめんなさい。あやまるばかりでごめんなさい。きれいに並べてごめんなさい。疲れて寝ますごめんなさい。
Jul 5, 2008
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今週は結構ハードでした~。暑くなってきましたしね、体力が要ります。今日も一日暑くって、バテバテです。体調がおかしくて、何か元気が出ません。今日はコメントもお邪魔もできてません。お許しを。明日も学校です~。
Jul 4, 2008
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ふと、思い出したんですが、前回のキリ番企画『桃の花の向こうで』をまだ、トップのフリーページに上げてない…この間、トップの写真の桃の花をカメちゃんに変えた時にも気付きませんでした。なんだか余裕がなくって嫌ですね~。今、構想中の小説もちょっと停滞気味。少し風呂敷を広げすぎたかもしれません。でも、何とか一応終わりの辺りまで行っているので、もう少しだけ待って下さいね
Jul 3, 2008
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なんだか、ヒマ無いんですよね~。いつも、仕事が増えているような気がします。帰りも遅くて、朝は起きられず。夏休みまでこのペースなんでしょうか。小説がストップしてしまってます。最後の詰めのあたりでとまってます。やはりオチは必要でしょうか…。
Jul 2, 2008
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今、目覚めました。時計を見てびっくり、3時50分。一体いつ寝たんでしょう。居間の畳の上で寝てました。全く記憶がありません。やれやれ、またやっちゃいました。取りあえず、更新だけ…。みなさんのコメントへのお返事、みなさんのトコへのお邪魔も、どちらもできてませんごめんなさーい。でも、取りあえずちゃんとベッドで寝直します
Jul 1, 2008
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