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2014.10.29
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カテゴリ: 小説
シジュウカラ.jpg


「毛饅頭が喰いてえよぅ」と嘆く夜。豆腐のおからみてぃだと、長屋の連中に笑われている。娘のお加代はよろず引き受け、長屋の洗濯、子守、裁縫、雑用で健気に凌いでいる。

 大工の甚八は博打が飯より好きで、女房のおときと、しょっちゅう夫婦喧嘩。長屋中がてんやわんやの大騒ぎになることもあるが、博打だけに、負けているばかりでもない。
「ツキが廻ってきてよ、お天道様も見捨てちゃいねぇってことよ、ほら、喰いねえ、飲みねえ」
 宵越しの銭は持たねえよっ。七輪で鍋を煮て、団扇をバタバタさせて、いい匂いをさせ、長屋の連中に気前よく振舞う。遠慮はいらねえ、ご相伴に預かる。年に一二回のことだったが。

 外から見れば、貧乏で、汚らしくて、気持ちの悪くなるような長屋に見えたが、口喧しく思うこと叶わねばこそ浮世とは、なやまない、くやまない、くさらない、ねたまない、さばさばした明るい絶望を抱えていながら、遠慮もせずに、他人の家にもずかずかと入り込み、なんだかんだと云いながらも、その日暮らしを、結構楽しく暮らしていた。えっ、明日のことかい?『明日ありと、思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは』て、よっ!

 そして、この蛇抜長屋には「草」と呼ばれる、下層の忍者が紛れ込んで住み着いていた。忍者の正体を悟られぬよう隠して、市井の中に埋もれて、普段は庶民と同様の暮らしをしていた。みな偽名である。素性も、生い立ちも全部作りものの嘘で固めている。
 隠しごとのできない長屋暮らしで、仮の姿に化けて溶けこんで暮らしているのが「草」である。本当の自分は殺している。生きているのは自分ではなかった。


 黒田九鬼流斎を始末した水猿こと、鰻捕りの名人鯉兵衛もこの長屋の住民だった。忍者だとはおよそ思えない。いくらか腰の曲がった老人で、動作はゆっくりとしていた。酒の臭いの消えない、鼻の頭を赤くした顔でいつもにこにこ笑っている。
 三十も歳下の十人目の女房、若いお鮒と暮らしている。女癖が悪い訳ではない、草の役目を悟られないよう、怪しまれる前に女房を変えている。悲しい宿命でもあった。
 子の刻になると、長屋が揺れる。お鮒の歓喜の悲鳴が聴こえる。毎晩のことだ。酒好きの助平爺。そうでもしなけりゃ息が続かない、水猿と呼ばれた下忍の仮の姿でもあった。

(つづく)

作:朽木一空

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最終更新日  2014.10.29 15:13:53
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