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2016.05.30
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カテゴリ: 高論歩事件帳
大空.jpg



 山岸銀蔵をマークせよという指令は高論歩刑事に課せられたままだった。豪邸を離縁した女房に譲り、山岸金蔵が経営していた会社はことごとく社員に譲り、銀行にあった預貯金もすべて引き出されていた。そして、山岸銀蔵は町の安アパートの六畳間に住んでいる。
 どう考えてもオカシイ、何かが匂う、何かがある、というのが警察の見解である。その裏には何か重要なことが隠されている、事件性はないか、あるいはこれから起こるか、不審な動きはないか、それを調査すべく、刑事高論歩は毎日のように山岸銀蔵を尾行していた。

 一方、山岸銀蔵の悩みはいっこうにお金が減らないことである。父金蔵の遺言は「お金を捨てよ!」であったが、町の食堂へいっても、夜、寿司屋へいっても、「銀蔵お坊ちゃま、今日は結構ですよ」とお金を受け取ってくれない。あの十万円の香典返しが効いているのか、町の人は銀蔵さんにいいことをしておけば、またきっと十倍返しだよと姑息な計算をしていた。
 アパートにも、貰い物のおすそ分けだとか、煮物ができたからとか、饅頭を作ったからとか、いろいろなものを持ってきた。譲った会社からも感謝のつもりなのだろうか、いろいろなものが送られてきた。

 そんなことで、銀蔵のお金は減るどころか増えてしまう羽目になっていた。銀蔵は泣きながらお金を減らさなければならなかった。
 三億六千万円というお金は一日一万円づつ使っても、百年近くかかることになりそうだ、これでは、とても銀蔵が幸せへの道である、無一文になるのは気が遠くなりそうであった。

 山岸銀蔵はかって父が小さい頃預けられた養護施設に寄付しようと思いついた。もみの木児童養護施設にタイガーマスクと名乗って、ランドセル20個が届いた。地方紙の隅にその記事が載った。その養護施設の先生方は喜んだが、他の養護施設の園長も、「うらやましい、わが施設にも欲しい」と、テレビで話した。山岸銀蔵は、次々と他の施設にランドセルを送った。地方紙には、共感した人々のタイガーマスクの善意の輪が広がる、という記事が載った。

 町では廃校になった小学校を改造して、特別養護の老人施設を作ろうと議会で決めていたが、予算がなくて、その計画が宙に浮いていた。銀蔵はその事を知り、匿名で現金一億円を寄付することにした。


 次々と起こる善意の輪、町中に助け合い、好意の連鎖が動き出しているようだった。新聞には、人の心が触れ合う素敵な町だと特集もされた。だが、そのすべての寄付は、山岸銀蔵がやったことだった。そして、晴れて、山岸銀蔵は無一文になることができたのである。
 無一文になれば、心を覆っている霞がぱあっと、晴れて、すっきりした気持ちになるだろう、と思っていた。山岸銀蔵は金の山が消えたアパートから、一歩を踏み出そうとしていた。

「チッチッチッ、、、、」高論歩刑事はこの善意の輪に山岸銀蔵が絡んでいると睨んでいた。
 いや、町の人も、もしかしたら、銀蔵さんの仕業だろうかと、疑心暗鬼ながらも、銀蔵を疑っていた。だが、それは犯罪にはならないだろうし、美談にはなっても罪にはならない。高論歩刑事も捜査するというより、銀蔵のやっていることの真意を確かめることぐらいしかできなかった。
「たしか、金を捨てろというのが親父金蔵の遺言といってたな、、、それで、あちこちに寄付をしているのだな、新聞に出ているように善意の輪が広がってきている、というのは本当だろうか、全部銀蔵がやっていることではないのか?」

 高論歩刑事は、今日こそ、銀蔵に直接当たって事の真意をたしかめようと、いつものように、銀蔵のアパートのまえの電信柱に寄り掛かるようにして、煙草をふかしていると、馴染みになった、アパートの一階の端に住む大家の婆さんが、にやにやして銀蔵の傍にやってきた。
「刑事さん、もう、銀蔵さんはいませんよ、どこかへ引っ越しましたよ、だからねえ、もう、タイガーマスクも善意の輪も切れちまって繋がらないよ」
「チッチッチッ、」
 刑事高論歩としては迂闊であった。大失態である。まさか、銀蔵が姿を消すとは思ってもいなかった。それにしても、この婆さんまでタイガーマスクの正体が山岸銀蔵だと知っていたとは、、、俺は何をしていたんだろうか、刑事失格かぁ、、、、

(つづく)

作:朽木一空


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最終更新日  2016.05.31 21:47:37
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