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2016.10.31
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カテゴリ: 忍草シリーズ


表だけで生きていける場所
誰だってそんなところを
探してるんじゃありませんか

 北町奉行所の奥座敷で、影武者金三郎が、壺振り金三郎に戻ろうとしていた矢先であった。廊下を荒々しく駈けてきたのは筆頭与力の田崎小三郎であった。
「お奉行、大変でございます、鳥居甲斐守耀蔵様、失脚にございます、、、、、、」
「なんと申した、鳥居耀蔵が失脚?、、、家禄没収、全財産没収のうえ丸亀藩への永のにお預け処分とな、ううむ、これで天保の改革もすべて頓挫したか、、、、」
 天保の改革は厳しすぎ、庶民はおろか、大名や旗本からも反発を買い、わずか二年余りで頓挫してしまったのだ。その責を負って、老中水野忠邦も鳥居耀蔵も失脚したのだった。
「金三郎はやはり、サイコロ人生じゃな、賽の目が丁と出たぞ、鳥井失脚となれば、もう、おぬしを追う者もおらぬだろう。影武者解任じゃ、本所の口入れ屋、萬家十兵衛に挨拶をすれば、大手を振ってお梅のところへ帰れるぞ。帰った早々、青梅に押し倒されぬようにな、はっはっはっ」
 鳥居耀蔵失脚の報は池に投げられた石の波紋のように、あっという間に江戸の町に広がった。

 本所相生町の口入れ屋、萬家十兵衛のもとにその知らせがはいると、間髪をおおかず十兵衛は配下の下忍を集めた。キザル、泥亀の左門、狐目のお龍、番頭の喜助。
「よいか、鳥居耀蔵が失脚した。数日は幽閉されたままであろう、鳥居の下谷の屋敷の地下蔵には貯めこんだ悪銭が行き場を失って泣いている。それを頂く。左門、地下蔵からの抜け穴は掘ってあるのだな」
「へいっ、裏門の下谷練塀小路を隔てた稲荷神社の空井戸に繋がってております」
「よし、急げ、地下蔵の悪銭すべて運び出せ、鳥居が手を打てぬうちだ」
 草と呼ばれた、忍草の出番である。普段は庶民の暮らしをしているが、かれらは下層の忍者なのである。キザル、泥亀の左門、番頭の喜助が下谷の鳥居屋敷についたとき、新屋敷通りの表門辺りは騒然としていた。蛇蝎のように忌み嫌われていた、鳥居耀蔵失脚の報を聞いた庶民が押し寄せ、塀や、屋敷内に石や糞尿の塊を投げ、口々に鳥居に悪口雑言を浴びせた。
「当然の報いだ、鳥居は江戸の恥だ!」「妖怪、蝮、地獄に落ちろ!」「でっちあげ、陰謀家、自業自得だ!」
 だめだめだめよあれもだめ、庶民を苦しめ、取り締まり、そのくせ大奥ではやりたい放題、鬱屈していた江戸庶民の怒りが爆発していた。門番も足軽も中間も恐れをなして逃げ去り、無法状態になっていた。
「こんな糞屋敷、火をつけちまいな!」その騒動を先導し、煽っていたのが、狐目のお龍であった。屋敷から金を運び出すために、表に気を惹きつけておいて、土の下を這う。天動地動の忍術のひとつだ。

 表が騒然とした屋敷内の土の中では、泥亀の左門とキザル、番頭の喜助が鳥居屋敷の地下蔵から土竜のように這いずり回りながら、千両箱を運び出していた。練塀小路を隔てた稲荷神社の空井戸から千両箱を引き上げ、荷車に乗せて、大金は萬家十兵衛の屋敷に運び込まれた。

 本所相生町二丁目、口入れ屋、萬家十兵衛の店に、壺振りの金三郎が訪ねてきていた。
「鳥居甲斐守耀蔵様が失脚し、金三郎の身も追われることなく自由になったところで、遠山様から、影武者はもうよい、家に帰れと言われました。優しいお方でございます」
「うむうむ、金三郎どん、影武者の仕事、ご苦労だったの。先ほど遠山様からも知らせがあった、感謝しておったぞ、楽しいこともあったそうじゃのう、おぬしは今後、裏を捨て表の金三郎として生きていくのだな」
「へいっ、熊五郎親分のところでお世話になろうと思っております」
「よし、分かった。元の鞘に収まるということか、ところで、お前に頼みがある。鬼瓦の熊五郎という男、ただの極道ではないらしいな、大徳院でお救い米という、 貧民救済の施行をしているそうだな。仁侠な男で見上げたもんだ。そこでだ、この金銭、、お救い米の足しとして、熊五郎に届けてほしいのだ。金銭はな、遠山様から、金三郎が見事な影武者だったという御褒美だ。熊五郎に届けてやってほしい」
 十兵衛は鳥居屋敷から盗んだ金のうち、二百両を熊五郎のお救い米の足しにすることにした。
「へいっ、遠山様からの金でございますか、、熊五郎親分に必ず届けます」
 壺振りの金三郎が鬼瓦の熊五郎親分に二百両を届けると、
「しゃれたことをしやがる遠山の金四郎め、だが、おめえの腹は読めてるよ」
 熊五郎は毛むくじゃらの顔で苦笑いをした。あまりの飢餓や弾圧が続くと庶民が暴れだす。暴動がおきる。一揆につながる。
それを恐れて、遠山影元め、飴をなめさせやがったな、、、、

 天保15年師走、大徳院の境内は人込みでまるで祭りのような賑やかさだった。炊き出しには長い列ができていた。浮浪者、物乞い、乞食、貧乏人、無宿人、中には物乞いに身をやつした商家の手代や表店の住民まで混ざっていた。   
鬼瓦の熊五郎のお救い米は毎年の恒例行事であったが、今年は天保の改革も終焉し、服装(なり)は汚ねえが、庶民の表情には明るさが戻ってきていた。「よいしょ!よいしょ!よいしょ!」もろ肌脱いで、桜吹雪を見せながら威勢のいい声で餅をついていたのが壺振りの金三郎であった。
 遠山からの義援金もあり、軍資金は豊富だったので、熊五郎は餅もつき、酒も振る舞った。貧乏人だけじゃねえ、町の者みんなが喜んでいた。

 北町奉行 遠山左衛門尉影元は本所見回り同心の山辺作之進を伴って、大徳院の山門を潜り、深編笠の影から、お救い米に、はしゃぐ人々の様子を見ていた。みな、春が来たかのような明るい顔をしていた。
「お侍さん、お侍さん、おいらだよ、常吉だよ、はいっ、飲んで、、」
 遠山影元の着物の裾をひっぱっり、振る舞い酒を持ってきてくれた、鼻たれ小僧はお梅の家にいた子供だった。子供はちゃんと、表と裏を見分けていやがる。
「おお、常吉か、ありがとうよ、元気でいたか?、おっかさんはどこだ?」
「あっちだよ、ほら、餅つきの世話してるだろう、 かあちゃん、この間のお侍さんだよ!」
 餅をついていた金三郎の手が止まり、遠山影元へ視線を投げた。お梅もはにかみながら会釈した。あの日のことを思い出して、こそばゆくなった、遠山影元は深編笠に手をやって、顔を隠して歩みだした。
「熊五郎という奴、なかなかの江戸の人気者じゃのう、山辺、よい者に十手を預けたの」
「はっ、今年はご改革をやめ、取り締まりがなくなったせいもあり、庶民は浮かれております」
「いや、江戸の町、ほんとに明るくなったわ」
「殿が二百両もの大金を熊五郎に渡して、お救い米を手助けするとは、いやはや、さすがに庶民の味方遠山の金四郎でございますな」
「なにっ?、儂が二百両を熊五郎に渡したと?だれがそんな酔狂なことを申しておるのだ」
「熊五郎本人ですよ、金三郎が届けてくれたと、さすが江戸っ子奉行遠山の金四郎だって、みな、大喜びでござんすよ」
 んんんっ、、、遠山影元はそのからくりが読めなかった。
 だが、十日前、鳥居屋敷の地下蔵から三千両を越す金が消えたという噂がもちきりであった。。もともと表には出せない裏金である、奉行を解任された鳥居耀蔵が奉行所に訴えでもしたらお笑い沙汰になってしまう。
 しかし、確かに盗まれた、そして、その金の行方が分からない。三千両を越す大金である。名のある盗賊にしても手際が良すぎた。地下蔵に大金が眠っていることを知っているのは、ほんの一部の人間だけである。
「そうか、ふっふっふっ、読めたぞ、萬家十兵衛の仕業じゃな、配下に泥亀の左門とかいう穴掘り名人の下忍がいたはずだ」
「山辺、萬家十兵衛の店はどうなっておる」
「はっ、それが、十日前、突然店をたたみ、近所に挨拶もなく、いなくなって、今はもぬけの殻になっています」
「ふっふっふっ、、萬家十兵衛、謀ったな、儂の影武者に金を届けさせるとは、、やられたか、奴は草だったのよ、忍草というやつよ、、、、」
 悔しくはなかった。むしろ、清々した気持であった。
「裏と表と、さて、誰にでもあるようだが、裏がいいのが熊五郎と忍草か、あっはっはっ、、」

 萬家十兵衛は鳥居屋敷から奪った金銭のうち、壺振りの金三郎を通して二百両を熊五郎に届けさせ、残りの三千両を伊賀の里へ運ぶことができることで安堵していた。
 諸国に散り、草として生きている忍草は、、伊賀の曲崖郷の里で暮らしている同胞の一族の面倒をみることが宿命であった。
両親兄弟、親戚、その一族の者、忍者としての役目を果たせなくなった、老人年寄り、激しい戦闘で傷つき、体の不自由な者、
手足のないもの、耳や鼻のないもの、顔に傷のある者、五体満足な者は少なかった。
 彼らは、京の都から隠れるようにして、伊賀の痩せた土地でつつましく、貧しく、静かに、暮らしていたのだ。その場所が、彼らが裏を捨て表で生きていくことのできる唯一の里であった。
 だが、ここにもやはり裏があり、上忍たちは、幕府に見つからぬようにして、密かに、伊賀忍者の血を絶やすまいと、山間の道場で忍者の育成をしていた。そして、彼らの生活を支えるのが、江戸や諸藩に散る忍草からの資金であった。

 ほーっほーっほーっ、子の刻、あたりは墨の世界である、本所相生町二丁目、口入れ屋、萬家十兵衛の家から行商人に化けたの四人の男が出てきた。十兵衛、キザル、泥亀の左門、番頭の喜助である。それぞれが背中に蓆を被せた木箱を背負っている。
木箱の中には三千両が詰まっている。
 萬家の看板を外して懐にしまうと、、さっさっさっ、四人の男は伊賀の郷へ向かって、音を立てずに走り出した。闇に生き、闇に消えた忍草らしく、真っ暗な闇の中へその姿は吸い込まれれ、跡には何も残されていなかった。

(忍草 2 終わり)

作:朽木一空


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最終更新日  2016.10.31 11:10:29
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