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2019.07.05
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カテゴリ: 小説




良寛さん、確かにそうかもしれねえが、
お助け桜はきっとまた咲きますよ、、
桜が散ればなにもなかったてことにしますかね、
夢幻泡影・愚女隠滅、

 捕縛されたおりんは、北町奉行のお白州で吟味与力植村喜八郎の調べを受けていた。何も隠すこともない、おりんは自分がやった悪行を素直に自白したので、取り調べにつきものの、石抱き、釣責め、むち打ちなどの拷問はおりんには必要なかった。北町奉行、遠山左衛門尉影元はじっとおりんの眼を見つめ
「おりん、最後に何か言いたいことはあるか?」
「お奉行様、世は泰平だと浮かれてる陰で、貧窮の苦境の中で飢え、身を売り、虫けらのような生き方をし、死んでいく女がいることを考えたことがおありでしょうか、出自で差別され、自分を生きることなく、翻弄されて死んでいく、そんな女を食い物にし、穢汁を吸って生きてる屑虫に誰も鉄槌を下さない。私は許せなかった。」

 遠山にはどうにもならぬものをどうにかさせようとして、悪の手を借りる気持ちはわかったが、士農工商の身分制度というのは、徳川幕府の仕組みの土台なのであってこれが崩れれば幕府の存在が危うくなるのも事実だった。
「だがよおりん、世の中、そうは簡単にひっくりからねえよ、お前えのお助け桜も所詮は仇花だってことよ」
「ですが、お奉行様、お助け桜は散っても、遠山様の背中に背負ってる桜吹雪の刺青とは違いますよ、散る桜に咲く桜、地べたを這い窟ばるようにしか生きれない者の地獄花はきっと、またどこかで咲きますよ。悪じゃなきゃ救えない者もいるんですよ」
ー冷静な遠山は痛いところを突かれ珍らしく平常心を乱したー
「儂が奉行であるからにはもう穢花は咲かせぬわ、愚かな女よ、、」
 おりんは市中引き廻しの上、小塚原で磔獄門の裁決が下り、一件落着となった。

ー江戸でも、これほど鮮やかな女犯はおるまいてー
 何千人もの罪人を見てきた伝馬町牢屋敷の牢屋奉行石出帯刀は送られてきた女囚おりんの媚びずに凛とした仕草を見て、内心敬畏さえ感じてしてしまっていた。
ー女犯とはいえ、男にもまねのできない、生き方をしたおりん、あっぱれだ、ー
 女牢で一人にさせる特別な待遇にしたおりんに石出帯刀は直接話がしたかった。
「明朝、市中引き廻しの上、小塚原に送られ打ち首獄門となるが、なにか言い残したことはあるか?」
「鼠小僧次郎吉と同じように、薄化粧をして、綺麗な着物を着て、市中引き廻をし、亡骸は千住の回向院に葬っていただきたく存じます。そして、私の隠れ家にあった銭から回向院に供養料として100両を納めとうございます。それで充分です」
「わかった、すぐに準備させる、お助け桜がパッと咲いて散るような市中引き廻しになるようにな、」

 北町奉行遠山影元はおりんが引き回しの途中で逃げるのではないかという不安に襲われ、牢屋奉行石出帯刀から頼まれたおりんの隠し家から没収した800両から供養料100両を出すことに応じた。もしおりんに逃げられでもしたら、遠山は失墜どころか、切腹お家断絶の憂き目にあいかねない。裁きの場で見たおりんの冷笑が目に焼き付いていた。100両は安心料なら安いものだ。それで気持ちよく成仏してくれればいい。

 翌朝、伝馬町牢屋敷の不浄門から馬に縄で縛られ乗せられたおりんの姿があった。北町奉行所の与力2名と同心3名が検視役として罪人を挟み、罪状が書かれた木の捨札や紙で出来た幟、刺股や槍を持って警備する非人身分の者、小者12名が周りを固め、馬の前後にも中間小者を配置した。いつもの三倍以上の人数で固めた豪華ともいえる江戸市中引き廻しの行列であった。
 江戸城の外郭の日本橋、赤坂御門、四谷御門、筋違橋、両国橋を巡り、刑場である小塚原に着く道順であった。要所要所には同心岡っ引きを配置し、不審な者がいないか、厳重に固めさせた。
 『お助け桜』として、遊女を救い、江戸を騒がせたおりんを一目見ようとの市中引き廻しの行列には江戸庶民の野次馬が大挙して押し寄せた。
 見物人の中には特に若い女が多かった。それがみなもと遊女だったとは言い切れないが、堪えきれずに涙を流すもの、嗚咽を漏らすもの、手を合わす者、感謝の眼差しを向ける女がいた。おりんは背筋の寒くなるような妖美で凛とした姿で冷笑を浮かべていた。
 とても獄門が待っている、極悪人の引き回しには見えず、まるで歌舞伎役者のようにさえみえた。見物人から喝采の声が上がる。

「いよっ、日本一のお助け桜!」
 江戸庶民は憂さでも晴らすように、おりんに称賛の声をかけた。芋売り凡平も庶民に紛れ込んで、その妖艶なおりんの姿を見ていた。おりんと目が合った。笑みを知らなかったおりんの冬の月のような冷たい眼差しにやっと微かに笑みが浮かんだように見えた。
「凡平さん、おかげで面白かったよ、後悔なんかしちゃいないよ、」
 おりんがそう言っているように口が動いた。
 その凡平の肩をポンっと叩いた。町人姿で行列を見張っていた遠山の金さんこと、遠山影元であった。
「凡平よ、悪が善をしたところで、所詮は悪なのよ、おりんは、愚かな女だったな」
 凡平は違う違うと首を振った。

「ーやあ~きぃいも~、、、おいもー~ ーほっかほっかのやぁーきぃいもー」
芋売り凡平はおりんに聞こえるように大声で叫んだ。凡平の眼尻からは滝のような涙がこぼれた。遠山の金さんこと遠山影元はじっと馬上のおりんを凝視していた。
 おりんは今、江戸の庶民からやんやの喝采を浴びている、すぐには逃げねえ、逃げるとすれば、小塚原の手前だ、それも人だかりのある場所の方が逃げやすい、おそらく、浅草寺御門か今戸橋あたりであろうよ、遠山影元は浅草御門から今戸橋の間の商家の二階を借りて、槍部隊、鉄砲隊を万一に備え待機させていた。
 甲斐の重蔵と狐目の風葉以下、甲州乱波の末裔「風舞党」の者までを忍ばせてあった。おりんを馬上に乗せた引き回しの行列が今戸橋を過ぎ、吉原の裏手にかかった時、
ーはっはっはっ、穢土に生きた愚女を笑いやがれー
 そう、おりんは叫ぶと、馬を止め、馬上から回向院に預けるつもりの供養料100両の金を空に向かって投げた。
ーチャリンチャリンチャリン小判の雨が降ったー
 人の輪が崩れ、行列が崩れた。与力同心も動揺を隠せない。刺股や槍を持った非人身分の者は必死の形相で金の上に被さる。見物人も一斉に小判に群がる。
 馬上のおりん、きりっとして、薄笑いを浮かべながら、その見物人を見下ろしている。すでに後ろ手に縛られた手は関節を外し縄抜けの術でとっくに縄からぬけていた。とっ、次の瞬間、おりんはを縛っていた縄から手を抜き、馬上に立ち上がり、足の裏で馬の胴を叩いた。
 ヒヒーンと、馬が首を擡げて啼き、次の瞬間怒涛の勢いで馬が走り出した。馬上のおりんも風を切って江戸の町を疾走したかに見えた、だが、その瞬間、道を挟んだ商家から弓が放たれ、鉄砲玉がおりんめがけて雨霰のように飛び、待機していた同心岡っ引き小者が刺股や槍の武器を持ち飛び出してきた。御用だ!御用だ!御用だ!
 剣が峰、絶体絶命、 愚女よ、生きろ!駆けぬけろ!


作:朽木一空


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最終更新日  2019.07.05 12:46:54
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