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新宿西口公園を久しぶり、想い出を探るように散歩しました。
山田君との恋の匂いがどこかに残ってはいないかしら、、そう、山田君とは西口交番の前で待ち合わせして、よく新宿の町を歩きました。
もう、とっくに禁煙しているのだけれど、新宿駅西口の裏通りにある珈琲店「T]珈琲屋の看板を見ると懐かしくなって、コンビニでショートピースを買ってバッグにしのばせて入店しました。
あの頃、山田君はハイライトを美味しそうに吸い込っては煙を口をすぼめて吐いていた。私も悪戯程度に、美味しくもないのに、格好つけてショートピースに火を付けたりしたものです。
昭和の頃だった、、11時前まではモーニングサービスがあって茹卵にトースターがついていたので、よくその時間に入店したのでした。珈琲屋なのに、山田君はいつもレモンスカッシュを頼むのでした。
「この店のレスカおいしいんだよ、」
そう言って照れを隠していたけれど、多分珈琲が好きじゃなかったんだと思う。
座るといつも持っていた詩や短歌、俳句の本を開いて肩を寄せるようにして私に読んでくれました。
中原中也、八木重吉、萩原朔太郎、一茶に良寛、白秋に啄木、特にお気に入りだったのが山頭火に尾崎放哉でした。~咳をしてもひとり~なんて句を~いい句だね~なんて、わかったふりしてましたね。
私はすっかりおばあちゃんになって、頭も白髪混じりだけれど、歳なりに元気です。
特段、お金に不自由するわけでもなく、悠々自適と言えば聞こえがいいけど、たいしてやることもなくなり、感動することもなく、テレビを見たり、散歩したり、ほとんど老後の隠居暮らしに近い生活をしています。
これでは、ますます老けてしまうと、お化粧して、よそ行きの服に着替え、重たい体を動かして新宿まで来て、想い出の場所を歩いてみました。
新宿駅西口の裏通り珈琲店「T]
今でもサイフォンのコーヒー淹れていました。
レンガの壁も太い無垢の柱も煙草の煙ですっかり蒸されて、でもこの渋み、悪くありません、こんな時代でも喫煙できる貴重な店です、煙草の味を知っているマスターの頑固さなのかしら、置かれた灰皿さえ懐かしく見えます。
珈琲とジャスと煙草の煙、こいつは切れないセットですね。店内にはマイルス・デイヴィスの”SO WHAT”が流れています。
~ああ心地いいわ、~
珈琲の匂い、サイフォンから珈琲が落ちていく景色、押さえたマイルスのトランペットの音。ショートピースに火をつける、吸い込む、ああ極上のいい気持だ。
「深田さんじゃないですか?」
「えっ?、えっ?、えっ、?」
なんという偶然、あの山田君が声を掛けてきたのです。こんなことがあるですね。彼も、この店を覚えていたんだ、もしかして私に会えるんじゃないかと期待していたのかしら。
「山田君?ですよね、お元気でしたか?」
「ええ、元気ですよ、毎週二回新宿のこの近くのジムに通って、体を鍛えてるんですよ、今日も二千メートル泳いできました」
「すごいわね、」
「なんだかんだと、忙しいですよ、今は昔の仲間とバンドを結成しましてね、昔のあの頃流行った曲ばかりですけどね、老人ホームや、イベントで演奏してるんですよ、あとは、囲碁の会を主宰しています、まあ老後も、それなりに楽んでますよ」
「随分変わったのね、あの頃の山田君はちょっと内気で引っ込み思案でしたものね」
「そうだったかもしれないですね、この珈琲屋さん、懐かしいですよね、深田さんともよく来ましたね。仲間ともよく来ましたよ。昔の仲間が蘇ってくるようで、新宿に来るとこの店に立ち寄るんですよ、もう煙草は吸いませんが、煙草の臭いは嫌いじゃないんですよね、」
わたしは年甲斐もなく舞い上がって嬉しくて、あの頃のこと色々話したくて、青春が戻ってきたみたい、淡い恋に包まれた気分になって山田君を見つめていた。
山田君は、ゆっくり店内を見回して、昔を思い起こしているかのように、目を瞑ってジャスを聴いていました。マイルス・デイヴィスの”SO WHAT”の曲が終わると、目を開け、
「ああ、いい曲ですね、まだ寄る所がありますんで、失礼します。お元気で、お会いできて今日は嬉しかったですよ、」
久しぶりに会えた山田君、昔の恋人だと思っていた山田君、その山田君が目の前にいたのに。でも、もうあの頃の山田君の匂いは消えていた。別世界の山田君がいたのです。 長い間「恋」だと思って大切にしまっておいた想い出は脆くも崩れ去ったのでした。あらやだ、最初から恋なんてなかったのよね、私の片想いでしたの、おほほほほほのほ、、
作:深田みつ子
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