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もう、二十年以上前、高田渡が56歳で亡くなる数年前のある日、渋谷じゃんじゃんで高田渡のライブがあった。200人くらいしか入らない小劇場のホール内は満杯で、それでもまだ入りきらない客が後ろで立っていると、高田渡は例の調子で、
「ああ、どんどん入りなさい、通路でも、舞台の上でかまいませんから、、どうぞどうぞ、好きなところに座ってください」
高田渡が手招きしたので、客は高田渡を囲むようにステージの上に座り込んだ。なんとも、和やかな雰囲気だ産まれ、一気に高田渡との距離が縮んだ。ベースを利かせた独特のピッキングのギターの音色がホールに響く、
「アイスクリームよ あたしの恋人よ アイスクリームよ あたしの恋人よ あんまりながく ほっておくと お行儀が わるくなる」
「歌なんてえのは長けりゃいいってもんでもないんでね」
と、とぼけたことを言いながら、極端に短い歌が三曲ばかり続いた。
癒される暖かい声だ、泣くでも怒るでも叫ぶでもなく、淡々として感情を吹き出すこともなく、ましてこぶしをまわすなんてことはある筈もなく、ゆったりとした独特のリズムが流れていた。あわてず騒がず、のんびり、穏やか、ゆっくり、のどか、自分の世界のマイペース、その空気感に客は酔っていた。歌と歌の間にはぶつぶついうような独特なトークがはさまれる。
「しょうがないから歌ってるんです」
「うんこ小便のために生きてるんです」
「この頃じゃ、歌いに行くのが面倒くさいんです」
その日、「今そこの居酒屋つぼ八で一杯呑んできたのですよ」
と、ほろ酔いで客に報告する。ライブの初めから、もう高田渡の世界だった。高田渡さんはたまにテレビでもみたけれど、いつだって酔っていた記憶があり、高田渡からは泥の臭いと酒の匂いがして、その混ざった臭いがたまらなく良かった。
酒に溺れていたのかもしれないが、その裏に隠された人生の闇のようなものを感じてしまうのは私だけだろうか、コンサートで、ギタ-を抱えたまま眠ってしまうことがあるそうだ。
「高田渡よ、それはかっこよすぎるな」と、誰かが言っていた。少なくとも前向きに歩くというような人ではなく、後ろを向いて生きているような人だった。70年代のフォークソングブームで活躍したフォークシンガーは大勢いたが、高田渡ほどの個性をもったシンガーは聞いたことがない。
「自衛隊に入ろう」という曲が高田渡を有名にし、社会の渦を辛辣に滑稽に取り上げ、皮肉たっぷりに歌うのが初期には人気があったのですが、私は「自転車に乗って」や「生活の柄」のような、どちらかと言えば、意味のなさそうな言葉を並べて、淡々と、さりげなく歌う、高田渡の世界が好きだ。いつの間にか聞いてることら側も意味もなく高田渡の世界に包まれて、穏やかに優しくなっているのだった。 酒仙歌手とも呼ばれた孤高のフオークシンガー高田渡の「酒心」を聞きながら、今夜は、私も、一杯呑んでます。
雨が降るといっては呑み
晴れれば 晴れたで呑む雪で一杯 紅葉で一杯
夏の夕立後は さわやかに一杯
一年365日呑む
作:朽木一空
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