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2026.03.12
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カテゴリ: ショートショート


 「君はなにを飲む?」
 「レモンティーを、」
 「じゃあ僕はレモンスカッシュを、」
  檸檬が好きだったわけじゃない、苦い珈琲が苦手で、佐代子に合わせただけだ。むしろただ酸っぱいだけの檸檬は苦手だった。その佐代子は22歳で飛行機事故で死んだ

 八百屋のオヤジが声をかけてきた。
 「小豆島レモンだよ、防腐剤不使用だから皮ごと食べられるよ、兄さん食べてみな、人生が変わるかもしれねえよ」
  親父の言葉に乗せられてレモンをガブッと、齧った。
 <酸っぺえ!>
 酸っぱいが、酸っぱさとともに佐代子のことが思い出され、図書館で一緒に読んだ智恵子抄の一節が頭をよぎった。

そんなにもあなたはレモンを待まつてゐた
わたしの手からとつたひとつのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立たつ
       中略
しゃしんの前に挿した桜の花はなかげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
              ~ 智恵子抄 高村光太郎~

 梶井基次郎にも、檸檬という短編があったのを思い出す。

 ~私はひとつのレモンをそこで買う、
 すると、それまで「わたし」にとりついていた不安が鎮まってくる。
わたしはレモンを持って洋書店丸善に入り、画集の積まれた堆積の上にそれを置いて去る、置き去られたレモンは爆弾のように「わたし」に感じられる~

 ~檸檬の冷たさは熱のある身にしみとおっていくように快く、その匂いは「私」の身内に元気を目覚めさせた。「私」は興奮に弾んで歩いた。「私」には檸檬が「全ての善いもの全ての美しいもの」であるように感じた。~

~京都寺町二条角の「八百卯」で買っていた檸檬に心を慰められていた。私の心を慰める悲しい玩具になったのだった。その冷たさを頬におし当て、また爪の痕を入れてしみじみその香を嗅いだりした。~

~純粋なものが分らなくなった、堕落した~梶井基次郎

 梶井基次郎の酒乱の末の乱行は度を超し、堕落し、放蕩の限りを尽くし、借金に追われ、狂気じみた暮らしだったのだが、嫌いにはなれない、むしろ惹かれてしまう。
 堕落者と云われた、織田作之助、田中栄光、坂口安吾,太宰治、 芥川龍之介、葛西善藏、みな堕落論者で酒飲みで自殺者が多く短命だ。梶井基次郎も31歳の若さで没した。

 もう一口、目を瞑って酸っぱい檸檬を齧る。いつかまた佐代子と喫茶店に入ることがあったら迷わずに檸檬ティーを飲もう、そして、梶井基次郎のレモンと爆弾の話をして、二人で智恵子抄を朗読しながら恋の続きをしてみようか、おいっ!酔っぱらいの狸爺の戯言か!佐代子は死んじまってるよ!

~秋雨が  檸檬の枝葉 叩いてる きちがいになりそう ひとり酔う夜~ 拙作

作:朽木一空


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最終更新日  2026.03.12 18:37:11
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