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たーちゃんの書き込みを改めて読むと、当時がどれだけ悲惨だったか分かると思います。ライブドアショックあたりでは、果敢に買いに向かう人も居ましたが、買っても買っても株価が下がり続けると、退場者が増え徐々に読んでいた投資ブログの更新が止まっていきました。これ年単位の下落ですからね私はというと、完全に現実逃避してました。PFを見る回数が減りました。ただ当時の私はバリュー投資原理主義者だったので、割安な株価は必ず戻ると信じており、半ば諦めにも似た境地で過ごしておりました。それにしても長い忍耐の期間でした。PFは見るに耐えないので含み損はルックスルー利益何年分なのかを計算したりしてました。ただしたーちゃんの文章を読むと、私なんて軽症もいいとこでした。PFが半分以下になった記憶ありませんから。少なくとも株を辞めるなんて気は全くなかったです。そこでこの絶望の期間にどんな記事を書いていたか読み返してみましたが、ブログ主が絶望している雰囲気がぜんぜんありませんね。きっとブログで日常を書くことで、現実逃避してたんでしょうね。今読むと、株以外の記事はそれなりに面白いなと思いました。株関連の内容は・・・素人丸出しじゃないですか!!キャイ~ン!!!
2026.03.08
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株式投資で一番大事なことは、継続すること。ところが短期的に上手く行っている手法を投資の真理だと勘違いして、リスクを取りすぎて退場するひとのなんと多いことか。継続するにはメンタルが折れない事が大事です。勝つことより負けない事を重視した行動こそが生き残る道だと思います。さて現在闘病中の凄腕投資家のたーちゃんが以前Xにポストしていた内容が、凄く教訓に満ちた内容だったので、自戒を込めてメモ帳に保管していたのですが、これはこれから投資を始める人にも大事な示唆になるのではないかと思い、こちらで公開して末永く保存したいと思います。たーちゃんから転載の許可をいただきました。 ーーーーーーーーーー ここからが転載内容 ーーーーーーーーーーーーーーー投資歴が20年以上の人にしか分からない話なんだけど、2003〜2005年は凄く株が上がってボロ儲けした人達が多かったんです。その時はグロース株にレバをかけて買うのが正義みたいなノリがあって、バリュー投資家が年率+50%とかの中でハイレバ勢は+500%とかがザラだった。ピーク時の2005年末は日経平均が16000円、マザーズ指数が3000超えてバリュー投資家が買える株が無くなった。それが2006年のライブドアショックを皮切りに暴落して2008年のリーマンショックまで株は下がり続けた。日経平均は7000円、マザーズ指数は300まで下がった。その中でレバをかけていた人達はひとたまりも無かった。資産10分の1で済めばマシな方で、レバかけて資産を増やして仕事を辞めた専業投資家で破産した人は多く、精神を病んだり給料の安い仕事に再就職したりする人達を沢山見た。その中には本を出したりカリスマ投資家と言われた人も多かった。今で言う井村さんのような個人投資家からファンドを始めたポジションの人でイナトラさんという方がいたのだが、まさかあのカリスマが退場するなんて誰も想像していなかった。彼の残したブログを読んでも非常に内容が濃くて損をするなんて雰囲気は微塵も無かった。どれくらい株の下落率が凄かったかと言うと、ピーク時の株価から100分の1以下になる株が数百銘柄あった。カリスマのokenzumoさんが分析して人気があったフージャースなどは時価総額600億円から3億円まで落ちた。個人投資家に人気があった株が200分の1ってどんだけヤバいのか分かるでしょう。その中でショートすれば儲かるだろうと誰もが考える事ですが、結果からみればそれはほぼ不可能だった。リーマンショック中は毎日ストップ高かストップ安のどちらかが来るので、ショートも殺しに来るんです。 毎回丁半博打を当てられる人なんていない。短期目線の人達はごく一部を除いて死滅した。唯一耐え抜いた投資家達はレバをかけずにひたすら安値を買い増す方針を貫いたバリュー投資家だったと記憶してます。生存率が一番マシだった。私は当時若手勉強会を主催していましたが、その中で残ったのはそれでも10%程度です。今でも勉強会は各地で開催されていますが、メンバーが入れ替わっているリーマンショックを耐え抜いたバリュー投資家達をその後襲ったのが民主党政権下での超円高時代です。外国の株価が戻る中で日本株だけは全く上がらなかった。ボラが極端に低い凪のような相場だった。決算で上方修正が出ても株価が一瞬上がっただけで直ぐに戻り、PERだけが低下していく異常相場です。凪の様な相場で最も効率的に儲かったのはオプションのプット売りだったと記憶しております。とにかく株価が動かないのだから売れば高配当が自動的に貰えるような状態です。オプション勢が我が世の春を謳歌していた時にやって来たのが2011年の東日本大震災でした。プットオプションは青天井で上がり、プット売り勢は破産しました。現物株をしぶとくホールドしていたバリュー投資家達も、信じられない位に低いPERから更に暴落して心が折れた。家族から原発事故で日本は終わったので株を辞めろと言われて実際に辞めた人が多かったです。こうやって世界の株が上昇する中で日本株だけが上がらないのがコンセンサスになり、日本の会社が他国の証券市場で上場する道を探し始めました。日本の証券会社からも株式を担当する営業マンがいなくなり、投資信託しか売れない。日本株というものが誰からも見放されて投資雑誌も廃刊に追い込まれた。そして株式市場が閑散としているのが常態化しているところにいきなりやって来たのが民主党から自民党への政権交代です。野田首相が政権を投げ出して安倍首相にバトンタッチする時に株式市場に初めて光が差したような感覚になったのを今でも私は鮮明に覚えています。 文章 たーちゃん
2026.03.06
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