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「先生、ちょっと聞きたいんですけど……」喫茶店の窓際でノートを広げていた健太が、向かいに座る達也に声をかけた。「なんだ?」「新NISAって、もう始まってから二年半くらいですよね?」「そうだな」「動画を見ていたら、投資信託の保有期間って二年くらいの人が一番多いって言ってたんです。そんなに短いんですか?」達也はコーヒーを一口飲んだ。「まあ、そういう調査結果はある。ただ、初心者が一番気をつけたほうがいいのは、『含み益が出たから売る』という発想だな」「でも、利益が出たら確定したくなりません?」「なる」「先生も?」「なるよ」「じゃあ売るんですか?」達也は笑った。「そこなんだよ」1 人間は利益が出ると売りたくなる達也はスマートフォンを取り出した。「例えば、100万円積み立てて、それが130万円になったとする」「30万円の利益ですね」「そう。すると初心者はこう考える」達也はホワイトボードに書いた。「30万円も儲かった。いったん売って利益を確定しよう」「これ、ものすごく自然な心理なんだ」「悪くないですよね?」「悪くない。問題は、その後だ」「その後?」「売った30万円をどうする?」「また買えばいいんじゃないですか?」「そうだろ?」達也は笑った。「だったら、最初から売らなければいい」健太は少し考えた。「……確かに」「もちろん、生活費が必要になったとか、資産配分を変更するとか、明確な理由があるなら売ればいい。でも、『含み益が出たから』だけなら、それは投資戦略じゃなくて感情の処理だ」「感情の処理……」「そう。含み益を見ると嬉しい。でも、その嬉しさが怖くなってくる。『せっかく儲かったのに、減ったら嫌だ』となる」「それで利確する」「そういうこと」2 「何のために買ったのか」を忘れない達也は健太のノートを指差した。「ところで、君は何のためにNISAを始めた?」「老後の資産形成です」「だったら質問だ」「はい」「老後のために買った投資信託を、なぜ二年で売る必要がある?」健太は黙った。「そこなんだよ。投資期間を20年、30年と考えて買ったものを、二年程度で利益が出たから売る。目的と行動が一致していない」「でも、二年で50%くらい上がったら……」「売りたくなるよな」「先生はならないんですか?」「なるよ」「なるんだ(笑)」「俺だって人間だからな」達也は自分のスマートフォンを見せた。「俺が2024年から積み立てている日経平均のインデックスを見てみろ」「えっ……」「含み益、53%くらいある」「53%!?」健太が身を乗り出した。「すごいじゃないですか!」「そうだな」「だったら、ちょっと売りたくなりません?」「なるよ」「じゃあ、なんで売らないんです?」達也はスマートフォンをしまった。「何のために積み立てを始めたのかを考えるからだ」3 株を売ったら、現金になる「株を売ったら何になる?」「現金です」「そう。つまり株式を売るということは、株式を現金に変えることだ」「当たり前ですね」「ところが、ここで初心者は一つのことを忘れやすい」「何です?」「現金にもリスクがあるということだ」健太の顔が少し変わった。「現金って安全じゃないんですか?」「額面は安全だよ。銀行に100万円預けていて、突然90万円になることは普通はない」「じゃあ安全じゃないですか」「でもな」達也は指を一本立てた。「100万円で買えたものが、10年後も100万円で買えるとは限らない」「インフレですね」「そう」「物価が3%上がれば、現金の購買力は下がる」「その通り」達也は続けた。「だから株式を持つことには、資産形成だけじゃなく、インフレに対する防衛という側面もある」「なるほど」「企業は商品やサービスの価格を上げることができる。売上や利益が名目ベースで増える可能性がある。だから長期的には株式がインフレに対応しやすい資産の一つになる」「だから現金化しない」「ただし、ここは勘違いするなよ」達也の声が少し低くなった。「『インフレが続けば株は必ず上がり続ける』とまでは言えない。」「え?」「企業が利益を出せなければ株価は下がる。インフレが激しすぎれば金利が上がって株価のバリュエーションが下がることもある」「じゃあ、さっきの話と矛盾しません?」「いや、矛盾しない」達也は笑った。「俺が言いたいのは、『株は絶対に上がる』じゃない。長期の資産形成を目的として株式インデックスを買ったなら、短期の値動きだけで売買しないほうが合理的な場合が多いということだ」「なるほど」「投資では、この違いがものすごく重要だ」4 年間120万円をどう積み立てるか「じゃあ先生は、NISAをどう使っているんですか?」「つみたて投資枠は満額だ」「年間120万円?」「そう」「月10万円?」「正確には、毎月均等なら10万円だが、俺は証券会社の設定上、毎営業日に分散して買っている」「毎営業日?」「そう」「面倒じゃないですか?」「一度設定したら自動だ」達也はノートに書いた。年間120万円↓毎営業日に自動購入↓日経平均インデックス「俺の場合は毎営業日に約4,858円ずつ買っている」「毎日4,858円……」健太は苦笑した。「なんか、地味ですね」「投資なんてそんなものだ」「もっとこう、安いところでドカンと買うとか……」「それができるならな」「できない?」「できると思っている人のほうが危ない」達也は笑った。「相場が下がったときに『まだ下がるかもしれない』と思って買えなくなる。上がったときには『高すぎる』と思って買えない。結局、何も買えない」「だから自動積立」「そう。自分の感情を投資判断から外すための仕組みだ」5 月10万円は誰にでもできるわけじゃない健太は少し考えてから言った。「でも、毎月10万円って結構きつくないですか?」「きついよ」「ですよね」「働いている人ならなおさらだ」「若い人だったら月2万円とか3万円くらいから始めるのが普通ですかね?」「金額は人それぞれだ」「頑張って5万円とか」「それでも十分だ」達也はきっぱり言った。「投資で一番大事なのは、他人の積立額と比較しないことだ」「でもSNSを見ると、毎月30万円とか50万円とか……」「見ないほうがいい」「そんなに?」「他人の資産額を見て、自分の積立額が少ないと思う。それで生活を切り詰めすぎる。これが一番まずい」「じゃあ月1万円でも?」「続けられるなら意味がある」「月3万円なら?」「十分立派だ」「月10万円なら?」「余裕があるなら素晴らしい」「無理して10万円なら?」「やめたほうがいい」6 NISA満額は「普通」ではない「ところで先生」「なんだ?」「NISAを満額積み立てている人って、どのくらいいるんです?」「意外と少ない」「どのくらい?」「2025年の調査では、つみたて投資枠を利用した人のうち、年間120万円を満額投資した人は16%程度だ」「じゃあ6人に1人くらい?」「そう」「思ったより少ないですね」「60代では2024年調査で20.9%だった」「5人に1人」「そう」健太は腕を組んだ。「じゃあ、毎月10万円って、かなり頑張ってるほうなんですね」「少なくとも、全員がやっているようなことではない」「SNSだと普通に見えますけど」「SNSは偏っている」「どういう意味です?」「投資している人は投資について発信する。投資していない人は、そもそも投資の投稿を見ない。だからSNSを見ていると、投資家ばかりいるように感じる」「ああ……」「さらに資産額が大きい人ほど発信したがることもある」「なるほど」「だから、SNSを基準にすると感覚がおかしくなる」7 最後に、先生が教えたこと店を出る時間になった。健太はノートを閉じた。「今日、いろいろ分かりました」「何が?」「NISAって、儲けるための制度というより、長期で資産を作るための仕組みとして使うものなんですね」「その理解でいい」「だから、含み益が50%になったから売る、というのは必ずしも正しくない」「そう」「でも、株が永遠に上がるわけじゃない」「そこも重要」「必要になったら売っていい」「もちろん」「ただ、『儲かったから売る』だけではなくて、最初に決めた目的に照らして考える」達也は頷いた。「それが一番大事だ」「じゃあ先生」「ん?」「先生は、いつ売るんです?」達也は少し考えた。そして笑った。「俺が積み立てを始めた目的がなくなったときだな」「目的がなくなったとき?」「老後資金として使う必要が出たとき。あるいは資産配分を変える必要が出たとき。そういうときは売る」「含み益が100%になっても?」「目的が同じなら、売らないかもしれない」「200%でも?」「分からない」「先生でも分からないんだ」「未来の株価なんて誰にも分からんよ」達也は店のドアを開けた。「だからこそ、分からないものを予想して売買するより、最初に決めたルールを守るほうが強いことがある」健太は頷いた。「じゃあ僕も、まず月3万円から始めてみます」「それでいい」「いつか満額にできるようになったら、10万円にします」「それでいい」「先生みたいに毎営業日、4,858円……」「そこは真似しなくていい」「え?」「投資方法まで真似する必要はない」達也は笑った。「自分の生活を壊さず、自分が続けられる金額で、自分の目的に合わせて続ける。これが一番大事だ」二人は店を出た。健太はスマートフォンを取り出し、証券会社のアプリを開いた。そこには、まだ何も始まっていない自分のNISA口座が表示されていた。「……まずは月3万円か」その横で達也は、今日も何も考えずに積み立てられていく自分のインデックス投信の残高を確認した。含み益は、53%。達也はスマートフォンをポケットにしまった。「さて。明日も買うか」そして二人は、駅へ向かって歩き始めた。
2026.08.26
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「先生、また下がりました……」健太はスマートフォンの画面を見ながら、深いため息をついた。表示されているのは、三か月前に買った株だった。買値は1,500円。現在は1,080円。含み損は、マイナス28%。「どうするんですか?」向かいに座る老人は、コーヒーを一口飲んだ。株式投資歴四十年。現役時代には何度も大相場を経験し、今では悠々自適の生活を送っている。健太は彼を「先生」と呼んでいた。「どうするって?」「売るべきでしょうか。それとも、戻るまで待つべきでしょうか」先生は逆に聞いた。「健太君。君は、なぜその株を買った?」「業績が良くなると思ったからです」「では、今はどうだ?」「……業績は、思ったほど伸びていません」「それなら答えは出ているじゃないか」健太は黙った。「買ったときの投資ストーリーと、今の現実が違っている。ならば、間違いを認める。それが投資だ」「でも……売ったら損が確定します」先生は笑った。「初心者はみんな、それを怖がる」そしてホワイトボードに書いた。含み損=損失「売らなければ損じゃない、というのは間違いだ」「でも、まだ売ってませんよ。」「だから何だ?」先生はペンを置いた。「1,500円で買った株が今1,080円なら、君の資産は1,080円分しかない。『1,500円で買ったから1,500円の価値がある』わけじゃない」健太は画面を見つめた。「損失を確定していないだけで、損失そのものはすでに発生している」「じゃあ、どう判断すればいいんですか?」先生は少し考えてから言った。「心をニュートラルにするんだ」「ニュートラル?」「自分がその株を持っていることを忘れる。そして今、現金1,080円を持っているとする。その1,080円で、もう一度その株を買いたいと思うか?」健太は画面を見た。しばらく考える。「……買わないです」「なら、売ればいい」「そんな簡単に?」「簡単だよ」先生は笑った。「難しくしているのは株じゃない。君の頭の中だ」その日の帰り、健太は株を売った。損失は約42万円。スマートフォンの画面を見ると、赤字の数字が消えた。「うわ……」胸が痛んだ。しかし翌朝。健太は不思議なことに気づいた。ポートフォリオ全体の時価総額を見る。昨日とほとんど変わっていない。「あれ?」先生に電話をかけた。「先生、損切りしたのに、ポートフォリオ全体の金額はそんなに変わってません」「そうだろう」「どういうことですか?」「株を売って現金にしただけだからだ」健太は、しばらく黙った。先生は続けた。「君は今まで、個別銘柄の損益ばかり見ていた。だから、含み損を見るたびに苦しくなった」「はい」「これからは違う。個別銘柄の勝ち負けではなく、ポートフォリオ全体の時価総額を見るんだ」先生は言った。「毎日記録しなさい」健太はその日から、毎朝ポートフォリオの時価総額を記録するようになった。昨日より増えたら喜ぶ。減ったら悔しがる。それだけ。すると、少しずつ感覚が変わっていった。含み損の銘柄を損切りしても、ポートフォリオ全体の時価総額は、売った瞬間に損切り額だけ減るわけではない。何も変わらない。「失敗を切り離しただけなんだ……」そう思えるようになった。むしろ、見るたびに嫌な気分になる銘柄を持ち続ける理由がなくなった。「目障りな失敗銘柄なら、切ったほうが清々するだろ。失敗銘柄は悪い気を持っているからな」先生の言葉が、少しずつ理解できてきた。ところが。ある日、健太は別の悩みを抱えて先生のところへ行った。「先生、今度は逆です」「何が?」「利益が出ています」「いいじゃないか」「でも、売りたくて仕方ないんです」先生は笑った。「それも初心者らしい悩みだな」健太が持っていた株は、買値から35%上昇していた。「30%も上がったんですよ。そろそろ売ったほうがいいですよね?」「なぜ?」「だって、これだけ上がったら、いつ下がるかわからない」「では聞こう」先生はノートを開いた。「君は、なぜその株を買った?」「業績がこれから伸びると思ったからです」「そのストーリーは壊れたか?」「……いえ。むしろ、業績は予想以上です」「なら、なぜ売る?」健太は答えられなかった。「30%上がったから?」「はい」「それは売却理由ではない」先生はきっぱり言った。「株価が30%上がったことと、投資ストーリーが終わったことは別問題だ」健太は黙った。「投資で一番難しいのは買いではない」先生は言った。「売りだ」先生は紙に三つの項目を書いた。①投資ストーリー②現在の事実③売却する根拠「株を買ったとき、必ず投資ストーリーを書いておきなさい」「何を書けばいいんですか?」「なぜこの会社の利益が伸びると思ったのか。何が成長要因なのか。どんな数字を期待しているのか。またどのくらいの時間軸を想定してるのか」そして、その下にこう書いた。『この前提が崩れたら売る』「売るときも同じだ。『怖くなったから』『上がりすぎた気がするから』『30%も儲かったから』ではダメだ」「じゃあ、何ならいいんですか?」「業績予想が崩れた。成長率が明らかに鈍化した。競争優位性が失われた。経営方針が変わった。割高になりすぎて期待リターンが低下した――」先生はペンを走らせた。「客観的なデータで説明できる売却理由を持つんだ」健太は頷いた。「でも、先生。売ったあとに上がったら?」先生は笑った。「上がるだろうな」「え?」「株なんだから、売った後に上がることもある。売った後に下がることもある」「じゃあ、正解は?」「正解なんて、その時点では誰にもわからない。」先生は窓の外を見た。「だからこそ、『あの時点では、あの理由で売るしかなかった』と、後から自分で納得できるくらい、売却理由を考えるんだ。売ったあと株価が上がっても後悔しないか自分に問いかけてみろ。そのぐらい考えれば、売却後に株価が上がってもさほど悔しくないよ。なんとなく感情で売ったら、夜眠れないぐらい悔しいだろうよ」健太はノートに書き込んだ。売った後に上がったかどうかではなく、売った時点で合理的な判断だったか。先生は満足そうに頷いた。「それでいい」数年後。健太の投資スタイルは大きく変わっていた。以前は、含み損を見ると祈った。「いつか戻ってくれ」今は違う。投資ストーリーが崩れれば、淡々と売る。逆に、業績が伸び、投資ストーリーが生きている銘柄は、多少株価が上がったくらいでは売らない。20%上がった。30%上がった。50%上がった。それでも、理由がなければ売らない。ある日、健太は先生に聞いた。「先生。結局、上手な投資家って何が違うんでしょう?」先生は少し考えてから答えた。「損をしない人じゃない」「え?」「間違いを認めるのが早い人だ。損切りするのに躊躇しない人」そして続けた。「もう一つ」「何ですか?」「利が乗った銘柄をとことん引っ張れる人。」健太は笑った。「なるほど……」「投資家は、勝率を自慢するものじゃない」先生は最後にこう言った。「間違ったら小さく負け、正しかったら大きく勝つ。」「そのためには、損切りを恐れず、利益を焦らないことだ」健太はノートを閉じた。昔は、損切りが嫌だった。今は違う。損切りは「負け」ではない。投資判断を修正するための、ただの資本配分だった。そして利益確定も、単に「儲かったから売る」のではない。なぜ売るのか。それを説明できるまで考える。それが、株を買うことよりはるかに難しい「売り」の技術だった。帰り道、健太はスマートフォンを開いた。今日のポートフォリオ時価総額を記録する。昨日より少し増えていた。健太は個別銘柄の損益を見ることなく、画面を閉じた。そして小さく笑った。「今日も、資産全体が増えた」それだけでよかった。
2026.08.25
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人はいつか必ず終わりを迎える。その事実を前にして、多くの人は恐れたり、ためらったり、慎重になったりする。だが、高須克弥という人物は、その“終わり”を見据えたうえで、むしろアクセルを踏み込んで生きているように見える。彼は財産を残すことに執着しない。むしろ「使い切って死ぬ」と公言し、実際にそう生きている。稼いだ金を自分のためだけでなく、困っている人のために惜しみなく使う。災害が起きればすぐに現地へ向かい、寄付をし、医療を提供する。国境を越えた支援にも迷いがない。思い立ったら行動する。そのスピード感は、常識や世間体よりも「自分が正しいと思うこと」を優先しているからこそ生まれるものだ。高須克弥の魅力は、慈善活動そのものよりも、その根底にある“生き方”にある。毎日を全力で使い切る。やりたいことは先延ばしにしない。人の役に立てるなら迷わず手を伸ばす。そして、どんな状況でも前を向く。人生は有限だと知っているからこそ、彼は躊躇しない。行動力とは、勇気の問題ではなく、「時間は限られている」という覚悟から生まれるものなのだと教えてくれる。高須克弥の生き方に触れると、自分の人生の使い方を考えさせられる。何を残すかではなく、どう使うか。何を持つかではなく、どう生きるか。その姿勢こそが、多くの人の心を動かし続けている理由なのだと思う。
2026.08.24
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「金持ちなんて、ろくな人間じゃない」健一は、そう言うのが口癖だった。居酒屋で友人たちと酒を飲んでいると、誰かが投資で儲けた話をする。「株で三百万円儲かった」そんな話を聞くと、健一は鼻で笑う。「そんな簡単に儲かるわけないだろ。誰かが損してるんだよ。金持ちってのは、結局、人から搾り取ってるんだ」みんな黙って頷いた。そこにいる全員が、似たような暮らしをしていた。給料日前になると財布が軽くなり、ボーナスが出れば少し高い酒を飲み、車を買い替えればローンに追われる。そして、金持ちの悪口を言っているときだけ、なぜか気分が良かった。「俺たちは金なんかに振り回されない」それが彼らの誇りだった。健一は真面目な男だった。悪いことはしない。人を騙さない。借金も嫌いだ。だが、四十代になっても貯金はほとんど増えなかった。給料が上がれば生活水準を上げた。残業代が入れば外食した。余った金は「自分へのご褒美」に使った。投資の話をすれば、「株なんてギャンブルだ」株の勉強を勧めれば、「金儲けの勉強なんて、がめつい」副業を勧めれば、「そこまでして金が欲しいのか」と言った。不思議なことに、健一は金が嫌いだと言いながら、いつも金のことで悩んでいた。住宅ローン。教育費。老後資金。車検。病院代。金がないことが、彼の人生のあちこちに影を落としていた。ある日、健一は高校時代の友人、隆司と再会した。隆司は昔から特別優秀だったわけではない。むしろ学校の成績なら健一のほうが上だった。ところが隆司は、四十代になって会社を辞めていた。「今、何してるんだ?」「小さな会社をいくつか持ってる。あとは株と不動産。まあ、遊んで暮らせるくらいにはなったよ」健一は笑った。「お前、昔から金の亡者だったもんな」隆司は笑わなかった。「そうかな」「金なんて、そんなに大事か?」「大事だよ」意外な答えだった。「でも、金そのものが欲しいわけじゃない」「じゃあ何が欲しいんだ?」隆司は少し考えてから言った。「選択肢かな」「選択肢?」「金があれば、嫌な仕事を断れる。親に何かあったとき、すぐ助けられる。好きな場所に住める。誰かを助けることもできる。時間を買うこともできる」そして隆司は続けた。「金は目的じゃない。道具だよ」健一は黙った。隆司はコーヒーを一口飲んだ。「昔のお前は、金持ちになることを悪いことだと思っていたよな」「……今だってそう思ってる」「じゃあ聞くけど、金持ちになることと、悪いことをすることは同じか?」健一は答えられなかった。「人に価値を提供して、その対価として金をもらう。それを積み重ねて金持ちになる人もいる。金持ちが全員善人だとは言わない。でも、金持ちが全員悪人でもない」隆司は笑った。「俺は昔、お前とは逆のことを考えていた」「逆?」「金は汚いものじゃない。金は、人間が生み出した価値を交換するための道具だと思ってた」健一はその言葉を聞きながら、これまでの自分を思い返した。自分は金が嫌いだった。だから金について学ばなかった。金について学ばなかったから、金を増やす方法も知らなかった。知らないから、「自分には無理だ」と思った。そして無理だと思ったから、何もしなかった。何もしないまま年月だけが過ぎた。もしかすると、自分を貧しくしていたのは給料の額ではなかったのかもしれない。自分自身の考え方だったのではないか。その夜、健一は家に帰ってから、妻に言った。「俺、金の勉強をしてみようと思う」妻は驚いた。「どうしたの?」「金持ちになりたいんだ」「急にどうしたのよ」健一は笑った。「今まで俺は、金持ちになれない理由を探してたんだと思う」翌朝から、健一は変わった。投資の本を読み始めた。会社の決算書を見るようになった。自分の家計を細かく調べた。無駄な支出を削った。そして何より、金について話すことを恥ずかしいと思わなくなった。半年後、健一は以前の仲間と飲みに行った。誰かが言った。「最近、健一は金の話ばっかりだな」以前なら、健一は慌てて否定していただろう。だが、その日は違った。「そうだな」健一は笑った。「金の勉強は面白いぞ」一瞬、場が静かになった。「金があれば幸せになるとは限らない。でも、金があれば助けられる人が増える。できることも増える。だから俺は、金を嫌うのをやめた」誰かが笑った。「お前、金の亡者になったな」健一も笑った。「そうかもしれない。でもな」グラスを置いて、健一は続けた。「金があっても、人として大切なものを失わない人間になりたいんだ」その言葉を聞いて、誰も何も言わなかった。健一は初めて理解した。金持ちになるということは、札束を積み上げることではない。「自分には無理だ」と決めつけていた心の壁を壊すこと。金を汚いものとして遠ざけるのではなく、人生を豊かにする道具として正しく扱うこと。そして、金以上に価値のあるものを知ったうえで、それを守るために金を使うこと。金だけを持っている人間は、ただの金持ちかもしれない。だが、金があり、しかも金以上の価値を知っている人間には、確かに魅力がある。健一はそう思いながら、店を出た。夜空を見上げる。昔と同じ街だった。同じ道路。同じ店。同じ月。変わったのは、世界ではなかった。自分の考え方だった。
2026.08.21
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