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先日のアフガニスタンでの伊藤さんの死が気になっていて、「そうだ、天木さんは何と書いているだろう」と、久しぶりに彼のホームページを見た。(本当にご無沙汰でした)そして、とても共感したのでご紹介したい。2008年08月28日「アフガンにおけるNGO邦人射殺事件の衝撃」 アフガンで起きたNGO邦人射殺事件についてコメントを求められる。 しかし私は多くを語らない。 私が語る事はただ一つ。 小泉元首相が世界に胸を張って公言した「米国のテロとの戦いへの協力」の重いツケが、はじめて国民に突きつけられたということだ。 そして、そのツケはこれから雪崩を打つように日本全体に押し寄せてくることになる。 そういうコメントすれば歓迎されない。メディアは腰を引く。そんなコメントは取り上げない。 メディアに流されるコメントは、命をかけたNGO職員の崇高さをたたえ、その命を奪ったテロを許さないとするものだ。それでも日本はテロとの戦いにひるんではいけない、とするものだ。 中東専門家と称する人々が、この種の事件が起きるたびにメディアに担ぎ出され、アフガンの治安状況や犯人の意図などをしたり顔して語る。 メディアはその解説を流して問題の複雑さを強調し、視聴者はそんなものか、大変だ、と分かったような、分からないような気になって、やがて忘れていく。 政治記者はこれを政局と結びつけて、新テロ給油法に与える影響やアフガン復興支援継続についての自公政権の対応について書き、対米協力が語られる時には決まって噴出する民主党の内部対立を騒ぎ立てる。 もはやそのような繰り返しは許されない。 日本はどうすればいいのか真剣に議論しその態度を決める事だ。 政府・与党が自らの間違いを認めるわけがない。メディアもそれを認めないし、野党も追及不足で終わる。 結局は今までどおりになる。 しかし、それは根拠なき選択だ。現状認識が欠如している選択だ。みんな認識不足なのである。 もっと正確に言えば、なるようにしかならない、という無責任さであり、いまさらどうにもならないという無力感である。 日本の正しい選択は一つしかない。 米国のテロとの戦いに無条件で追従してきた誤りを潔く認め、これを好機に、米国とのテロとの戦いからきっぱりと決別宣言を行なう事だ。 平和憲法9条の原点に戻り、紛争を軍事力で解決する事の限界を指摘し、米・ロをはじめとして世界の軍事大国にそれを訴える事だ。 そういう日本の自主、平和外交を、これをきっかけに世界に宣言をすることである。 殺されたNGO職員には多数の射撃傷があったという。 タリバンは犯行声明を出して、外国人が一人残らず撤退するまで殺し続けると言ったという。 それは狂気だ。 しかし、その狂気をもたらしたものこそ戦争である。 米国はテロを一人残らず根絶すると公言して大量殺戮を繰返してきた。世界はそれを放置してきた。 殺されるものが抵抗するのは当たり前だ。殺されるぐらいなら一人でも多くの敵を殺して死ぬ、そう考えるものを我々は非難できるのか。 非難さるべきは戦争である。それを誰よりも繰返してきた米国である。 その米国から決別し、自主、自立した平和外交を取り戻す。 この当たり前の事を本気で言うものが出てこない日本の現状を憂える。 NGO職員が殺された責任は、もとより米国の戦争に加担した自公政権にある。 それを追認したメディアにある。 自公政権の戦争加担を止められなかった野党にある。 それら政治家やメディアを許してきた国民にある。 そして、それはまた、「私を含め、情勢に対する認識が甘かった」と悔やむペシャワール会の中村医師らNGO幹部にもある。 NGO職員の死は日本国民の責任だ。 今からでも遅くない。これをきっかけに、米国のテロとの戦いの誤りを騒ぎ立てるべきだ。 米国の中東政策の誤りを騒ぎ立てるべきだ。 そしてこれ以上米国の戦争に協力していくことの愚かさを、われわれは素直に認めるべきである。 それこそが、それだけが、NGO職員伊藤和也の死に報いる事である。もう一つ、高遠菜穂子さんの「イラク・ホープ・ダイアリー」も見たら、二つの映画が紹介されていた。「アメリカばんざい」と「告発のとき」どちらもいつか見てみたいと思う。
2008年08月30日
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息子とお嫁さんがそれぞれブログを始めたとの連絡が入った。Amebaブログといって、メンバーになった人だけが見ることのできるブログである。息子は、自分のブドウ畑のことを中心に、お嫁さんは二人の子どもの成長の様子などを書いている。それを見たいがためにメンバー登録をしたのだが、色々と登録しているうちに自分のブログも開設されていた。せっかくだからと、そちらは匿名ではなくて、完全に私自身の日常生活のあれこれを書くことにした。つまり、ブログで家族の絆を一層深めているということになる。息子一家とは二週間に一度程度は行ったりきたりしているのでこのようなツールを使わなくても情報交換ができるけれど、文字を通して息子の農業に対する思いや、お嫁さんの子どもに対する考え方なども一層理解でき、これも悪くないなーと思っている。お嫁さんは、遠く離れている実家のご両親に近況を伝えたい意味もあるらしい。「でも、うちの母、一度はパソコンを使おうとしたんですけど、今はやってないんですよ」私より少し年上のお母さんにとっては、パソコンを身近に教えてくれる人がいないので、挫折したらしい。「でも、娘と孫の様子を知ることが出来るとなったら、再チャレンジするかもよ」と話すと「お母さん(←私のこと)は柔軟だし、チャレンジ精神旺盛ですものね」と言われた。ちょっと嬉しい気分・・というわけで、こちらのブログはご無沙汰状態で申し訳ないです。
2008年08月27日
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肩の荷が重かった仕事から解放され気が抜けてしまったのか、その分だけ多種類の雑事のことが気になってきたのか、よくわからないけれど、ブログ更新への意欲がほとんど沸かぬままに日が過ぎている。何事も、毎日続けることで力となってゆくと思っているので、少しでも日々のこと、社会のことあれこれに心を留め、それを文章化することで頭と心の活性化を図りたいとは思っているのだが・・。毎日、とりあえずチェックだけはして、気になるブログを拝見してはいるが、自分のブログの更新は滞っている。それなのに、毎日少なからずこのブログを見てくださっている人がいることに驚く。慶應日吉キャンパスではスクーリングが始まったようだから、通信教育関連の人が身に来てくださっているのだろうか。早いもので、卒業してからもう九年になる。私の体験記は、今でも参考になるのだろうか。昨日、うっかりと包丁で指に軽い傷をつけてしまい、カットパンを張り替える時に自分の手を見て、「あらら・・、私の手も年をとったなあ」と再確認。肌の張りがなくなり、何となくカサついて皺っぽくなりつつある。ちょっと気をつけて手にもクリームを塗りこむことをしようかな。多分、体のあちらこちらの水分が抜けてきていて、脳みそだって例外ではないはず。自分への「水やり」のためにも、ブログをもっと活用しなければとこれを書いている。三日坊主にならないように、無理にでも心がけよう。見に来てくださる方たちに対しては、多分無益・無害のプログでしょうけれど。
2008年08月01日
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知人のブログのお気に入りに入っていたサイト「生きテク」私もお気に入りに入れることにします。自分を殺すことも他人を殺すことも根っこは一緒。ふと、亡き祖母の言葉を思い出す。「自分の命が自分のものだと思ったら大間違いだよ。 あんたの父さんや母さん、ばあちゃんやじいちゃん、おじさんやおばさん、 あんたを心配してくれる人みんなのものだからね」これは、入院中の祖母を見舞った私の息子に言ってくれた言葉だ。その頃祖母は百歳近かった。すでにボケが進んでいて、頭の中も晴れたり曇ったり・・。いや、曇っていることの方が多かったのに、久しぶりに来たひ孫の姿に喜び、そんな名言を語ってくれた。その祖母は、息子の一人(私の叔父)を自殺で亡くしている。
2008年07月23日
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今、アクセス記録を見ると、昨夜26万アクセスを突破していた。260000 2008-07-08 18:09:11 *.yahoo.co.jp 開設日:2003/06/19日記記入率:68.5%日記の件数は、1389件一応、経過記録として書いておこう。それにしても、匿名の名もないおばさんのブログなのに、なんだかすごいなあ。見てくださっている方々に、感謝します。
2008年07月09日
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今日も、秋葉原の事件関連ブログのご紹介。秋葉原の事件を「テロ」と受け止める感性このブログでは、東浩紀氏(批評家・東京工業大学世界文明センター特任教授)がこの事件を「テロ」という言葉で表現していたこと端を発し、私達がこの事件から考えなくてはならないことを指摘している。筆者の秀0430さんは、最初この事件をテロと表現することに違和感があったようだが、私は、どなたかがこの事件発生直後に「テロ」という言葉を使っていたのを読んだ時、(確かにこれは、遭遇した人たちにとってはテロだなあ)と思い、それに対して日本の警備体制は無力なんだと思ったものである。そう思ったのには、理由もある。洞爺湖サミットを控えて、このところ私の住む地域にも全国各地からの警察官が集合していて、もう二ヶ月も前から毎日のように【警戒、検問】の練習を重ねている。雨の日も風の日も「検問(多分練習)」に立つ警察官の人たちには「ご苦労なことで」と思っていたのだが・・。その最中に東京の繁華街であのようなことが起き、事前に携帯ブログに容疑者がこれでもかとしつこく予告をしていたのにも関わらず、警察当局が何の手も打てないのが今の日本なのかと、これまた呆れる気持ちが沸いてきたのだ。これは警察の責任というよりは、様々な情報が錯綜していても、それを効果的につなぐ仕組みがないという意味である。私たち自身も同様である。色々な情報を受け取っても、それを複合的に受け止めて冷静に考える力が不足しているのか、ただ感情的な非難や思い込みでパニックになったり、他者や社会を糾弾するばかりになりがちだ。そんなことを思いながら、このブログをご紹介します。
2008年06月16日
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中古で手に入れた「ニンテンドーDS」の「脳トレ」で時々遊んでいるが、それをしながらふと思った。最近の事業所内での様々なトラブルはの要因は、「相手の気持ちに配慮できない」ということに起因している。つまり、自分に対しての他人の言動に対してはとても敏感で怒ったり傷ついたりするのだが、自分の言動を他人がどのように感じるにかに対しては、気付かないというか、鈍感というか・・。「あなたがそれを言っちゃおしまいでしょ」「自分がそう言われたらどう思うかちょっと考えなさい」そんなことばかりが次々と起きてくるし、その場で説明されたらとりあえずはわかってくれたように思っても、似たような次の状況では応用がきかない人が多すぎる。計算力や記憶力を鍛えるゲームソフトがあるのだから、「相手の気持ちを想像する力」を鍛えるソフトを開発してほしいと切に願います。
2008年04月06日
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ふと、いつからブログを始めたのかなと確認すると、〔2003年06月19日〕からであった。つまり、5年目に入っているわけだ。最初は慶應大学を通信教育で卒業した体験を、後輩達へのエールになればと思って始めたのだけど、今ではその頃(慶應の通信学生時代)のことは、かなり昔のことになってしまった。暇にまかせて毎日とはいかないまでも、80%以上のの記入率で何かを書いていたけれど、最近は忙しさやゆとりのなさで、チェックすることが精一杯。記入率も80%を切ってしまった。ブログ開始時は無職だったけれど、今では一応仕事をしているので、プロフィールの職業を「医療・看護・福祉系」に変更した。来年の今頃はまた無職に戻っているだろうから、ホンの少しのことだけど・・。ところで、せっかく書いてきたこの日記、自分自身の日記として保存しておかなくては、万一パソコンや楽天さんが消滅した時には消えてしまうのか?つまらない日記もあるけれど、1352件もある。これが消えてしまうのは、やっぱり惜しい気がする。そう気がついて、ちょこっと焦っている。まとめて保存するのに、何か良い方法があるのだろうか。もしもご存知の方がいらっしゃったら教えてくださいませんか?
2007年09月16日
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今(12日、10時23分)、このブログのアクセス数を見たら、「222369」になっている。多分、11日(金曜)に、222222番目の人が来てくださったはずだ。どなただったのかなー。数日前には、このカウントを注意しようと思っていたのだけど、何せ在宅していないので仕方がない。日記もあまり更新していないのに、来てくださっている皆さん、ありがとうございます。(12日10時半/記)
2007年05月11日
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連休中は、孫達や実家などを行き来して、バタバタと過ぎた。昨日だけは、夫婦で山菜取りの後で桜や花たちを求めて支笏湖や伊達などをドライブして、「休日」を堪能することができた。さて、ブログ開設以来、暇にまかせてブログ生活を楽しんでいたが、今週からいよいよ仕事が本格的になる。今までのような書き込みは多分できなくなると思うが、隙間時間や携帯からの書き込みで、なるべく更新していきたい。夜は、夫が留守の時以外はパソコンを使わないので、なかなかまとまった文章は書けないのである。リンクしている皆さんの所へも、おじゃまする機会は減ると思います。
2007年05月07日
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日記を書く時に「タグ(3個まで)」という表示はチラッと目にしてはいたが、今まで特に気にもせずに素通りしていた。時々他の人のブログで「タグ」について書かれているのを見ていたような気もするが、私は、自分が関心を持っていないこと、必要としていないことは、あまり目に入らない性格なのだ。それが、なぜか今日は「これは何だ?」と目に留まった。 (遅すぎる?) 目に留まったら、試してみたくなるのも私の傾向性。で、昨日の日記で試してみましたよ。なるほどー、そういうことか。今まで「テーマ」で自分の関心のあることについて書いているブログを探したが、これを使えば別の側面(キーワード)から探せるわけだ。今後は使ってみようと思う。
2007年03月07日
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これならば、以前よりいいですね担当者の方は、利用者の声を受けて必死に頑張られたのだろうとお察しします。この数日は、ユーザーからの批判や注文の嵐に、胃が痛くなるような日々だったと思います。本当にお疲れさまでした。今日はゆっくりとお休みになってください。
2007年01月26日
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市内の小学校の「壁新聞コンクール(A3サイズ)」の参加作品を見る機会があった。最近は、手書きだけではなく「パソコン」を使った作品も多く、小学生でもこのようにパソコンを使いこなす時代なのだなと、感心したり考えさせられたり・・。しかし、ちょっと(いや、とても)気になることもあった。手書きの壁新聞もであるが、特にパソコンを使った作品は、他のホームページから引用したような記事や写真が多かった。情報検索にはインターネットはとても便利だし、それを活用するのも良いことだと思う。しかし、それを利用するには最低限のルール(著作権)があるし、それを教えることがとても重要だと思うのだが、少なくても私が見た範囲では、「出所の明示」がされているものはなかった。一見上手にレイアウトされているようで目を引いても、内容はどこかのパンフレットかポスターのような作品も多い。つまり、「自分の言葉」や「自分の感想」などがどこにもないものもある。ひょっとすると、どこかのHPの画面をそっくり借用して、それに「題字」と「自分の名前」を書いたのではないかとすら勘ぐってしまう。まさかそのようなものを出品しているとは思わないが、少なくても「自分が作った壁新聞」である以上は、生徒自身が色々と情報を探して作ったのだということが、わかるような作品にして欲しいと強く思った。そのことを、傍らにいた教育委員会の人に聞くと、「そういえば、そうですね・・」と言う。あなたがそれでいいのか!?これは、決して子どもの責任ではない。それを指導している教師や大人の責任である。少なくても、わが町の「情報教育」はどうなっているのだと思う。これが、わが町の教師のレベルの問題だけでないことを願う。
2007年01月25日
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先日、「慣れないせいか・・」で新しい管理画面は使いにくいと書いたが、何日か経過した今でも、やっぱり「前の方が良かった!」。これについては批判も多いようなので、そのうちにきっと改善されると思うが、楽天日記にはもう一つお願いがある。私の日記は、もともとは「通信教育」がメインであるし、関心のあることに「教育関係」も多い。昨今は、「教育再生会議」の提言などのこともあるし、「教育関連」でブログを書く人も多いと思うのだが、楽天日記には「教育」というジャンルがない。できれば、ジャンルの中に「教育」という文字が入ってくれれば、テーマを決めるのに大変ありがたいのだけれど・・。楽天さん、ご一考をお願いいたします。
2007年01月25日
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楽天日記の管理画面、きっとあれこれ工夫したのでしょうから、そのうち慣れてくるとは思うのですが・・以前は、日記へのコメントや掲示板の書き込み、メールやトラックバックも一度に確認できたけど、今はできないですよね?私の日記は、それほど書き込みなどは多くないけれど、一応失礼のないように確認しなくてはならないので、私にとっては以前の方が使いやすかった・・。他の方たちも、同じように感じていらっしゃる方が多いようですね。それと、「リンクス」というのがどうもよくわからない。この機能を上手に使っていらっしゃる方、いらっしゃいますか?
2007年01月19日
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ネットが開通して、早速楽天日記を開いてみたら、リンクしているmsk222さんが、昨日の日記にコメントを書いてくださっていた。お返事を書いてからmsk222さんのページに飛んでゆくと、な・な・な、何と私のことが・・。もう、目が点になりましたよ。msk222さんの日記を拝見して、似たような考え方をする人だと共感することが多く、いつか機会があったらお会いしたいものだと思ってはいましたが、あの日記を読んで引いてしまいました。本物の私を見たら、彼が失望することは目に見えているので、気の弱い私は「このままじゃ、絶対に会えないよ」と怖くなった次第です。どうしてこんなことになるのか・・。パソコンを前に、しばし考え込みました。そして、その理由の一端に、私なりに思い至りました。私は、「日記」とはいえ不特定多数の人の目に触れるものですから、できるだけ穏やかな文章を書こうと心がけているわけです。何かに対して批判したりする時にも、可能な限り内心の腹立ちや怒りを抑えるように気をつけているのは、そのような書き方をして、攻撃的な人に揚げ足を取られない予防もあります。また、できるだけ個人的な攻撃の内容は書きたくないとも。というのは、どこで「現実の私」を察知されるかもわからないし、そこから「現実の誰か」を傷つけるこつになるのもイヤだからです。私がこの日記を書いているのは、友人の二人だけは知っています。でも、それ以外は夫はもちろん、誰も知りません。それでも、誰かのことを書けば、本人ならばわかるでしょう。こんな「趣味、道楽」の範疇のブログで、大切な誰かに嫌な思いはさせたくない。そのような配慮が、msk222さんが私を実際以上に想像させる要因だったのかもしれません。嘘を書いてはいませんが、書かないでいることは沢山あります。そう、書かないでいることの方が、書いていることの何倍も何十倍もあるのです。そして、きっと他の人だってそうでしょうしね。誰も、都合の悪いことなんてあえて書きたくないもの・・。まあいいか。もしもお会いしてmsk222さんがガッカリしたとしても、それは私の責任じゃないものね。彼が勝手に想像して勝手にガッカリするだけなのだから、私が心配することじゃなかったな。素直に、思いがけない「お年玉」を貰ったと思って、喜ぶことにいたしましょう。msk222さん、過分なお言葉、ありがとうございました。
2007年01月10日
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朝から、ネットにつながらない。というよりも、つながっているけど、画面表示ができない。プロバイダでもある業者の人に色々調べてもらったが、わからない。夕方にはNTTの人がきて調べてくれることになったが、どうなっているのか?今では、インターネット無しの生活なんて、考えられなくなっている。早く復旧できますように。・・↑以上携帯から・・先ほどNTTから連絡が来て、NTTの方で何か不具合があったらしい。今、インターネットに接続したら、無事に画面が表示された。何はともあれ、良かった良かった。一時は、最悪の事態、つまり我が家のパソコンが壊れたのではないかと心配していた。すっかり「ネットおばさん」になっている自分を再確認してしまった。いいのか悪いのかわからないが、もう後戻りはできそうもない。
2007年01月10日
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現在のアクセス数、199,929。どなたが200,000番目になるのかな。楽天のお仲間だったらいいのにな、と、ひそかに期待したりして・・。気付いた人がいらっしゃったら、お知らせください。何も記念品はでませんけど、感謝の言葉だけでも・・。
2006年12月21日
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11月17日の日記「父親達の星条旗」を見てから、もっともっと戦争を体験した人たちの体験談を知りたいと思っている。そう思っていたら、実は我が家の近所のご主人の父親が、硫黄島で亡くなっていると知った。その方は遺族会の会員だから以前に聞いたことがあったと思うが、戦没地が「硫黄島」であったことは忘れていたのだ。そのご主人も、その弟さんも、父親が戦死した硫黄島に、何度も遺骨収集に行っている。あの島には、まだまだ戦死した人たちの遺骨がそのままになっているのだ。そんなことを思いながら、ネットで見られる「体験記」を探した。今見つけたものを、ご紹介したい。他にもあると思うので、発見次第追加してゆきたいと思う。「祖父の硫黄島戦闘体験記」「サイパン島の怒号」多賀元良氏「戦争回顧」小又一正氏「軍艦敷設艇『立石』の思い出」西端忠夫氏 以上正覚寺(輪島市)HPより沖縄戦体験の証言戦争を語り継ごうリンク集このサイトからは、上記の体験記へもリンクできます。
2006年11月21日
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「イラク・ホープ・ダイアリー」は2004年4月にイラクにボランティアとして入国して拉致され多くの日本人が「自己責任だ!」と冷たい礫を投げつけた高遠菜穂子さんのブログだ。帰国してからも、世間の冷たい批判にさらされて二重に傷ついた彼女は、その後は幸いにも元気を取り戻し、現在も精力的にイラクの現在と事実を伝えつつ、イラクの人たちを支援し続けている。私は「忘れっぽい日本人の一人」であるが、時々は彼女の日記を見て、イラクや高遠さんのことを忘れないようにしている。そんな彼女の日記を見たら、下記の記事があった。緊急嘆願書への署名のご協力をお願いします(7月4日)署名するかしないかはそれぞれの人の考え方なのだが、私はその日記に書かれている次の文章が心に響いた。その部分を転載させていただく。彼らの町ラマディは、今年4月から大規模な米軍の攻撃を受けていました。先月のそれは、2004年のファルージャ大虐殺に匹敵すると言われました。私はこの知らせを聞いて、自分がファルージャで拘束された時を思い出しました。私はあの時、ファルージャ住民の大きな怒りに押し潰されそうになりました。しかし、その怒り狂う彼らの後ろにさらに重くのしかかるものがあることを強く感じていました。それは、イラクの外に住む私たちの無知、無関心、無力感というものでした。この「無」は「負の感情」や「負の行動」を大きくしていきます。暴力や戦争はますます増え、怒りや憎しみが増大していきます。私はあの時、そんな「無」が生み出す「負」に絡めとられた、そう感じたのです。そして今、私は同じことをくり返してしまっていると激しく思っています。その後に続く記事では、イラクで米軍が行っていることが書かれています。今日本は、北朝鮮のミサイル(演習?)に戦々恐々としていますが、イラクでは米軍がイラク市民に対してミサイルを撃っているのです。それを支え、間接的にではあっても支持しているのは、「イラクの外に住む私たちの無知、無関心、無力感」なのです。知りたいと思っても、マスコミや政府発表は次第に統制されてきているようで不気味です。しかし、かつての時代とは違って、今はインターネットを通して「生の声」を見聞きすることができます。しかし、「個人の体験」はどうしても狭い部分に限定されます。それでも、「歪曲されたものではない」という強みがあります。個人的体験と実感がすべての基本だと思います。それはイコール正しいものとは限らないし、個人的感情に流されているという危うさも大いにあるけれど、私たちがそこから気づかされて学ぶことはできるはず。様々なブログを通して、そんなことを痛感することが多いのです。そして、当事者ではないという冷静さと客観性で、自分の考えや判断をしてゆくことが大切なのだろうと思います。私は高遠さんたちが拉致され解放された事件を通して、日本人の無責任さと平和ボケの本質、そして小泉首相の人間的な冷酷さを痛感しました。そして、イラクでの自衛隊の活動の本質が何なのかについても考えるきっかけとなりました。日本のマスコミがいかに無責任で扇動的であるかも、それからのさまざまな事件の報道を通して確信してきました。権力者たちや国家というものに対しても、「眉に唾をつけて」見る癖がついてきました。情報が乱れ飛ぶ時代だからこそ、「眉に唾をつけて」見聞きした上で、自分の頭で考える必要があるし、その上で自分で判断し行動することこそが「自己責任」なのだと思います。高遠さんは「自己責任」を全うしている、すばらしい女性だと思います。あの時も私は彼女たちを誇りに思っていたけれど、今の姿には、同じ女性として道産子として日本人として、さらに誇りに思わずにはいられません。(そういえば、ほかの二人はお元気かな? 今井君と郡山さんでしたね)《参考》彼女たちが解放された時の日記 《イラクのイスラム聖職者協会に感謝!》 (2004年04月16日)《「ありがとう」くらい言ってよ!》 (2004年04月17日)《今井紀明さんの本を読んだ時に書いた日記》「ぼくがイラクへ行った理由(わけ)」今井紀明/著 (2005年07月16日)
2006年07月07日
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パソコンの不調は、ウィルスが入り込んでいたせいらしい。一応駆除していただいて、アンチウィルスソフトを入れてもらった。これを機に、プロバイダもメールアドレスも変更することにした。管理しているHPの、作り直し作業もしなくてはならない。やらなくてはならないことを考えると、それだけで肩が凝ってくるな
2006年06月30日
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知人に見てもらったりしたがやはり無理で、業者にお願いすることになった。久しぶりにパソコンが動き、今は最低限必要なデーターをCDに保存したりしている。いつの間にか色々な文書やデーターが増えていていることに、今更ながら驚いている。どこがどう悪いのか良くわからないが、ちょっと動かしているとものすごく遅くなったり固まったり。健康体になって戻ってきてくれれば良いが。というわけで、またしばらく携帯からの書き込みが続くと思います。
2006年06月28日
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知人に見てもらった結果、何らかのウィルスが入って悪さをしているようだ。近いうちにプロに頼むつもりだが、数年前にはパソコンもインターネットも無縁だったのだから、夫のデジカメの写真がなければ、このままで良いかもと思ってしまう。ただ、関わっている会のHPや、二つの会の会報作成や住所録などの事を考えると、やはり何とかしなくてはならないかな(-_-;)楽天日記も、今までの分がもったいないし。(この日記は、夫には内緒なんだけどね…(~_~;)こう考えると、私もかなりのパソコン依存症候群だ。パソコンやインターネットは本当に便利だが、ダメになると不便この上ない。この機械を自在に使いこなす能力は私にはないし、これからも無理だろう。もっと、身の丈に合ったアナログ生活が必要かもしれない。しかし、便利さは麻薬のようなもので、引き返すのは相当の意志力が必要だろう。私にはそんな力もなさそう。自分の中途半端を痛感する今日この頃です。
2006年06月26日
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一週間ほど前からどうも調子が悪いと思っていたが、いよいよ動いてくれなくなった。メカに強い知り合いに見て貰う事にしたが、しばらくダメかも?少し書き込みが出来ないと思います m(__)m
2006年06月23日
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楽天日記に参加して、丸3年が過ぎた。うーん、よく続いているなあ総アクセス数 167796アクセス (約153アクセス/日) 開設日 2003年06月19日 (開設1097日)日記件数 995件(記入率 84%)リンクしている人 36人リンクしてくださっている人 43人いつも、本当にありがとうございます。皆様のおかげで、こんなに続いていると痛感します。ところが最近、どうもパソコンの調子が悪くて、ちょっとハラハラすることがある。先ほども、昨日の日記を書いていて固まって、クリックしているうちに「消えた!」原稿を書いてから貼り付けることを心がけなくては・・。
2006年06月19日
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昨日は、携帯から書き込みをしてみた。携帯からだから、たいしたことは書いていないのだが、今朝パソコンで見たら、アップされていなかった。携帯電話の送信記録を確認したら、ちゃんと送信されていることになっている。さて、私の昨日の日記はどこに行ってしまったのだろう。まさか、無関係の人の日記に書き込まれているなんてことはないでしょうね。
2006年06月17日
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昨日東京で開催された「イサーム・ラシード氏緊急報告会」について、日記リンクしているヘリオトロープさんが今日の日記で、「地獄よりひどい」とお書きになっている。私も近くに住んでいたら行きたいと思った報告会だったので、他にもこのことについて書いていらっしゃる人がいないかと探してみた。「石油」が知りたい 映像が語るイラク市民の悲劇 イラク人カメラマンは見たイラク人ジャーナリストと会ってザルカウィについて考えた (写真あり)イラク人ジャーナリストの報告会みなさんがブログで書いてくださったお陰で、報告会に参加したような気持ちである。参加者が想像していたより少なくて(50人くらい)意外だったが、今ではイラクへの関心はその程度なのだろうか。それでも、その人数でこれだけの人が書いていらっしゃることに、少し救われた気持ちである。本当にありがとうございます。
2006年06月15日
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日記リンクしているsowonさんの日記で、下記のメッセージを読んだ。一人でも多くの人に読んで頂きたいと、転載する。 ぼくは2人の人間を殺した。AK47と呼ばれる小型武器で。小型武器とは、ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。でも、この武器は僕らの国では作っていない。ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。ぼくらのことをチャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。小型武器を持って戦う兵士だからだ。でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。ぼくはその日から兵士になった。ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。ぼくの目の前で友達が殺されていった。女の子は大人の兵士に乱暴された。怖かった。家に帰りたかった。お母さんに会いたかった。運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに軍隊から逃げ出すことができた。村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ学校ではいじめられた。家族や親戚からも怖がられ前みたいな幸せは戻ってこなかった。悲しかった。寂しかった。あるのは絶望だけだった・・・。ぼくは何度も死のうと思った。そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。ぼくは何のために生まれてきたのか?ぼくはなぜ生きているのか?ぼくは生きる価値がはあるのか?ぼくにできることはあるのか?「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」ぼくはそう思った。ぼくに何ができるか?「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」ぼくはそう思った。ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。ぼくには、ぼくにしかできないことがある。今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。ぼくの夢は学校の先生になること。むずかしいかもしれないけどあきらめずに夢を追っていきたい。「ぼくは13歳 職業、兵士。」の本のウガンダの子ども兵からのメッセージより 何か感じられた方、何か行動に移す人は100人に1人といわれます。転載でも何でも結構です。その1人になってくれますか? [転載ここまで]*******************************◎参考サイト 子ども兵士&小型武器 このHPを見ると、今も30万人の子ども達が兵士として戦っているという。◎シャルドネさんからの情報ネパール:首都カトマンズ、辺境の恐怖を味わう中国の武器輸出非難 アムネスティ報告書
2006年06月12日
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昨日の北海道新聞夕刊の「今日の話題」で、「放電生活者」が取り上げられていた。私は初めて目にする単語だったので、「何だ?」と読んで思わず笑ってしまった。つまり私も放電生活者なんだと知ったからである。「放電生活者」については、下記のサイトで詳しい。博報堂調査、2006年はブログやSNSで自己活性化する“放電生活者”が登場 記事の一部をコピーする。「ブログやSNSへの書き込みもしくはホームページの更新のいずれかを週1回以上」行なっている生活者を「放電生活者」、「今は行なっていないが、上記のいずれかを行ないたい人」を「放電生活者予備軍」、それ以外を「非放電生活者」と分類。これらの比率は、放電生活者が22.1%、放電生活者予備軍が23.7%、非放電生活者が54.1%となり、放電生活者は男性が58.4%で、年齢構成比では20代の35.5%が最も多かったという。私は、ほぼ毎日ブログを書いているし、別のHPの管理もしているから、正真正銘の放電生活者なんだろう。さて、私の今までの「人と放電」のイメージは、静電気で感電して「バシッ!」となってしまうとか、自分の知恵も能力も時間も全開以上に使いきってしまっている状態、つまり「充電することが無くて磨り減った状態」などであった。北海道新聞のコラムを書いた人にもそのイメージがベースにあるのか、最後に次のように書かれていた。「バランスのとれた充電が無ければ、放電も次第に難しくなるはずだ」私は、ブログを通して「本や新聞」以外の情報を得て、自分なりに考えたりする機会が増えた(つまり私にとっての「充電」)と思っていたが、これは錯覚の部分があるかもしれない。「自己活性化」といえば聞こえは良いが、その内実は「情報が自己を通り過ぎているだけ」かもしれない。他人のブログやネット上の情報を引用したりコピーしたりすることが多いということは、ひょっとすると充電不足の証かもしれない。時々は、自分が放電過剰生活者になっていないか検証する必要がありそうだ。
2006年06月09日
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今朝、14日の日記“ミスター文部省”の選択 へのコメントへのお返事を書きながら、彼のことについてもっと知りたくなった。そこで「寺脇研」で検索してみたら、ありましたね。SUN日曜コラム 寺脇研の「学校のここがいけない? じぁあこうしよう!」それから、哲さんが「映画評論家としての寺脇氏の今後にも期待します」とコメントくださったので、そちらも探してみると・・「寺脇研のページ」が。とりあえず、今日はこれまで。内容は後で見ることにしよう。
2006年04月17日
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日記リンクしているシャルドネさんの、「生命活動の敵 」を読んで驚いた。このことは、私も「お気に入り」に入れている「情報紙 ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)」の「社員の家族介護を一切認めない“世界のネスレ”」(04.09)の紹介から始まっている。お気に入りに入れたくせに、最近はちゃんと読んでいなかったこれも、今の日本にとっては重要な問題だと思うので、記事をコピーしておく。社員の家族介護を一切認めない“世界のネスレ” 来る4月14日午後1時15分より、大阪高裁で“ネスレ事件”の判決がある。 ネスレといえば、スイス・ヴェヴェーに本部を置く国際的な食品企業。 本紙では以前、日本法人・ネスレジャパン発売のミネラルウォーターに関する疑惑を取り上げたことがあるが、社員の家族介護でも理不尽としか思えない対応をしているという。 ネスレジャパンの社員は家族を介護する必要があるため、配置転換を見合わせてもらいたいと要望したにも拘わらず、姫路から茨城県の霞ヶ浦工場へと、遠隔地への配置配転を受け入れるか、退職するか、二者択一を迫るなどしたというのだ。 そのため、こうした事情のある2名の社員は、幾度もネスレ側に再考してくれるように要望したが、まったく聞き入れられなかったため、やむなく訴訟提起したという。仮処分、原審の神戸地裁共社員側が勝訴、そして今回の高裁判決を迎える。 ところが、ネスレ側はこの間、わざわざ供託金を支払ってまで、原告社員には賃金を支払わない、また、支援する組合を第2組合、多数の管理職を動員して潰しにかかるなどしているという。 そのため世界のNGOやマスコミからは、「世界で最も倫理性に問題視される企業」などと批判されているという。4月14日の判決が注目される。【関連サイト】家族に要介護者を抱える労働者に対する転勤命令は無効 兵庫民法協ニュース2005年5月20日しかし、ネスレは30年以上も前から、まさに「生命活動の敵」とも言えるような手法の経営をしていたのだった。恥ずかしながら、私はこのことを知らなかった。私も今日から、遅まきではあるがネスレの商品の不買運動に加わろうと思う。詳しくは、シャルドネさんの日記をご覧下さい。【追記】 (4月13日)シャルドネさんから、またまた教えていただいた記事です。こちらも、あわせてお読みください。消費だって投票だい! (シャルドネさんの日記 4月12日)あなたの買い物が、よりよい世界をつくる -アリス・テッパー・マーリ-ンの闘い-
2006年04月12日
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昨日の日記では、ビックリするほどコメントをいただいた。まあ、私の方から同じような日記を書いてくださっている方に、トラックバックしたせいもあるのだけれど・・。それへのお返事を書きながら、私と似たような考えを持っていらっしゃる方が多いことに、心強く感じている。さて、今朝、シャルドネさんの3/27の日記「50年も待て?」を拝見し、とても参考になった。その日記で紹介されている「脱モノリンガル時代の英語教育」は、多くの人に読んで頂きたいと思った。これは、チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)のHPに載っているもので、ここの情報量の多さにはビックリ。素晴らしいサイトを教えてくださったシャルドネさんに、この場をお借りして心から感謝したい。さっそくお気に入りに入れて、順次読んでいきたいと思っている。
2006年03月29日
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慶應通信で大学を卒業してから、多少暇になったこともあり、それまで出会った人達とのネットワークメンテナンスを兼ねて、プライベートなミニコミ紙を発行している。最初は年に二回くらいのペースだったけれど、最初のころの物珍しさもなくなったので、昨年からは年一回の発行と、勝手に決めた。そんな私の道楽めいたミニコミも、今回で記念すべき(?)10号目だ。一月末に、メールやはがきなどで「原稿募集」をして、二月末が締め切りだった。でも、親しい人達という「甘え」がお互いにあるので、締切日に届いた原稿は、たったの三本。その代わり、二月末日には「ごめんね、遅くなる」という電話やメールが、何本か続いた。まあ、それだけでもお互いの近況報告にはなるから、目的は50%ほど達成したと言える。投稿してくれる人たちは、文章を書くことは嫌いではないと思うが、投稿慣れしている人は、一人もいない。だから、自分の文字がたとえ私のパソコン文字であっても、活字になって誰かの目に触れるということには、多少の緊張感や喜びがあるように思える人もいる。もちろん、私への義理というか、「原稿がなくて困ったら可哀想」という心やさしい同情組もあるけれど、それはそれでありがたい。ミニコミには、投稿してくれる人、読むだけの人がいて、合わせて50人くらい。大きく分けて、「子ども時代からの知人」「仕事で出会った人」「慶應通信で出会った人」「現在の仲間」である。だから、広げようと思えばもっと広げることも出来るが、基本的に私がずっとお付き合いしたい人に絞っている。あくまでも目的は、「私自身のネットワークの維持のため」なのだ。そのことは、いつも「編集後記」などで明言している。今回は、今のところ私を含めて12名が参加。あと二人、届く予定の人がいるけれど、もう3月下旬になったので無理かな・・。今日は朝からこの作業をして、届いた原稿については打ち込み終了。今月末か、4月早々にはみんなに送りたいと思う。昨年も、このミニコミ編集中に書いている日記があったはずと探してみた。参考までに・・(私の参考という意味です)☆団塊シッポのつぶやき(ミニコミ編集をしながら)2005年03月15日
2006年03月23日
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このところ、一日に何通も「○藤まどか」さんからメールが届く 何でも、私にどうしても会いたいのだそうだ。どうも、一度は会っているらしいような気配も・・。ご主人にはらしい。メールをいちいち読んではいないのだが、表示される件名から察してである。先ほどのメールでは、「今、私はホテルに入りました」ですって。いやはや、どうなってるんだか 他にも同じ名前から届くものは多いが、このところ、○藤さんからがとても目立つ。一応、「迷惑メールフォルダ」に入っているが、知っている人のが混じってないかとチェックしているのだ。よくわからない世界だ。
2006年03月22日
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今日がこの楽天日記を開設して1000日目ということに、今気付いた。(゜O゜)午後一時半現在、146464アクセス。一日平均、約146アクセス。我ながら、よく続いてるなと思う。いつまで続くかわかりませんが、これからもどうぞよろしくお願いします。m(_ _)m
2006年03月14日
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「また連帯責任か?」で私の方からTBして、コメントをいただいたusigaeruさんの日記「とある高校の話」を読み、とても感動した。その話は、野口嘉則さんのブログで紹介されているものでした。このブログには、他にも下記の記事が紹介されています。●身をもって実行された校長先生の話●少年の心の支えになった担任の先生の話いずれも、「教育とは何だろう」ということや「子どもにとっての先生とは」ということを考えさせられると同時に、日本はまだまだ捨てたものじゃないと思える心温まる話だった。日々生徒と真摯に向き合っている先生達も沢山いらっしゃる。本当に大変なことであろうが、頑張って頂きたいと思う。
2006年03月09日
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私は、二つのメルアドを使っている。迷惑メールが激増した段階で、もう一つのアドレスを使用するようになった。この楽天日記に登録しているものは、後者の「Yahooアドレス」だけれど、こちらの方も最近は迷惑メールが続々と届く。以前に使っていたものも生きてはいるので、パソコンのセキュリティーを上げたり、ウィルスチェックサービスを付加したりしているのだが、やっぱり毎日沢山の迷惑メールが届く。最近は、件名や送信者名で軽く判断して「削除・削除・削除・・」ばかりなのだが、今朝、削除しながら内容を少し見てみると・・。随分私は、ご指名がされているようだ。そればかりか、「先日はどうも」とか、「どうして返事をくれないの」とか、全く心当たりのない私は、思わず吹き出してしまいそうになった。他人のアドレスを使って連絡を取り合うことなんてできるのか?「高額サポ愛人」って、なんのこっちゃ。「愛人謝礼月50万」なんてものもあったけど、そんなにお手軽に愛人になれるもんなの?「私を信じてください。きっとあの日に諦めてしまった何かを思い出させて差し上げる事が出来るはずです」あなたの何を信じろって言うの? 私が何を諦めたって?? バカバカしい・・今の日本は、わけのわからない世界が折り重なっているようだ。
2006年02月21日
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今朝は、日記リンクしているスコット五郎さん日記に、強く同感!「鹿児島の芋焼酎「海童」製造メーカーの工場全焼」については知らなかったけれど、東横インのことも、京大アメフト強姦事件のことも、私の気持ちを代弁してくれているみたい。ほかに付け加えることは何もありません。スコット五郎さん、ありがとうございます。【追記】今、きっこのブログの「諸悪の根源は自民党」を読んで、ム・ム・ム・・・単細胞の私には、理解するのも想像するのもかなりキツイ。でも、ご参考までにご一読を。
2006年01月29日
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あの日から、11年。11年前のこの日は、北海道に住む私にとっても忘れられない日である。そのことについては、一年前の日記で書いている。あの日(阪神淡路大震災)のこと(2005.1.17) 今日は、その日のことについて書いていらっしゃるブログを探し、ここにご紹介させていただこうと思う。11年たっても、私たちは阪神大震災の被災者です。 阪神大震災 阪神大震災から11年 阪神淡路大震災から11年あの大震災から11年・その1(2005年1月17日の日記)毎年、この日は、少し変ですがんばれ神戸の日に・・・忘れられない日震災体験記震災11年目震災11年目の阪神淡路大震災阪神大震災 11年目阪神大震災・・・あれから11年あれから11年。あれから11年・・・1.17 阪神淡路大震災の記憶(その1)※再掲阪神淡路大震災の記憶(その2)※再掲阪神大震災の記憶(つづき)無断でリンクさせていただきましたことを、ご了解いただければ幸いです。
2006年01月17日
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最近時々見ている「きっこのブログ」を見て、驚いた。スポンサーが決める五輪代表(2005.12.27)とある。私は、この世界のことはよくわからない。オリンピックに出場が決定した人たちには男女共に文句はないし、浅田真央が年齢制限で出場できないということにも文句はなく、「これだけレベルの高い人たちが揃っているのだから、真央ちゃんは次まで待ってもいいよね」と思っていた。何よりも、ルールができたのにはそれなりの理由があったのだろうから、そんなに簡単に特例やルール変更することは、あまり良くないと思っていた。しかし、出場選手が早い時点でスポンサーがらみで決まっていたとなれば、それは大変な問題だ。それこそ重大なルール違反であろうし、一喜一憂していたフィギュアファンの人たちを欺いていたわけなのだから。単なる噂話が、現実と合致していただけであることを祈るばかりだ。でも気になって、ニュースサイトを検索してみた。ザッと見たところ、そのようなことを書いているニュースはないような・・。絶不調6位でもトリノ選出…美姫、突貫改造計画2005年12月26日(月) 17時1分 夕刊フジ まさか、↓にも、そんな背景はないだろうねえ。大失態!採点ミスで織田V取り消し、高橋がトリノへ2005年12月25日(日) 8時2分 サンケイスポーツ
2005年12月27日
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土日は息子一家が来ていたので、楽天日記を書くことができなかった。今朝は、パソコンを開くなりメールチェックと日記コメントへのお返事。それが終了してから、リンクしている日記をザザーッと流し読み・・。と、ぼちぼち7203さんの日記を読んで、「エッ?!」あわてて、私もお気に入りに入れている「きっこのブログ」の「イーホームズ社長からのメール」(2005.12.19)に飛んで、「エ・エ・エーッ!!!」インターネットやブログの世界って、私の想像以上にすごい世界だ。もっとも、そこに書かれている内容は、私には一度では理解できないもの。きっこのブログは、随分多くの人たちが見ているサイトのようなので、この日記を読んでから知る人は少ないのかもしれないけれど、やっぱり一人でも多くの人たちに見ていただきたくて紹介させていただく。今では、悪を暴くのは警察やジャーナリズムではなく、庶民のブログになってしまったのかとすら感じる朝である。
2005年12月19日
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いつのまにやら11月も下旬。そろそろ年賀状の準備をしなくてはと、ネットで無料で使える年賀状サイトを検索。あまりにも沢山あるので、選ぶのに一苦労。選択肢が多いということは、ありがたいのか大変なのか・・。数年前までは「プリントゴッコ」で手作り風なものにしていたけれど、この2~3年はパソコンで作成。何と言っても楽なんだもの・・。数日前、ある人と話していた時、「毎年、年賀状を出すか出すまいかと悩む人が何人もいて、 思い切って出さなくても相手から届いたら出してしまうので、 結局枚数が減らない」とぼやいていた。実は私も同様である。しかし、ふと思う。出す枚数を減らそうとしていること自体、とても幸せな証だと。退職し、年老いて行き、地域活動からも遠ざかってゆけば、悩むことなどしなくても、年賀状が届く枚数は減ってゆくに決まっている。たかが一枚の、年に一度のはがきだけれど、人によってはとても楽しみにしている人がいると思う。特に、高齢の方などはそうに違いない。いつか私も、何枚かの年賀状で幸せな気持ちになる日が来ることだろう。ありがたいことに現在は、「あー、また年賀状の季節。面倒くさいなー」という気持ちが勝っている。いつまでこんな気持ちで年賀状準備ができることやら。ありがたい、ありがたい。
2005年11月23日
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お気に入りからリンクしている「天木直人のHP」は、頻繁にチェックしている一つ。今日の「品川正治さんという財界人から勇気をもらった」という記事に、私もとても勇気をいただいた。多くの方に読んでいただきたいので、コピーしておく。「品川正治さんという財界人から勇気をもらった」 11月19日の土曜日、ある集会に参加して品川正治(しながわ まさじ)さんの講演を聞く機会があった。 品川さんは副代表幹事、専務理事を経て、今は経済同友会の終身幹事という肩書きを持った人である。本業は日本興亜損保(旧日本火災海上保険)の社長、会長を歴任された財界人である。 その品川さんに私が関心を抱いたのは、奥田硯経団連会長に象徴される日本の財界トップがこぞって改憲、日米同盟強化礼賛を唱えて右傾化しつつある中で、公然と、反戦、平和憲法の重要性を唱える現役の財界人であるからだ。そして私はその品川さんの話を目の前で聞いて、あらためて深い感動を覚えたのである。 私の欠点は人を誉めることが出来ないことだ。人の話も聞かない。その私が品川さんの口から発せられる言葉の一つ一つをメモに書き綴ったのだ。書きながら体の中からこみ上げる感動を覚えたのだ。81歳の品川さんの声は、その野太い響きと共に小心な私の心の中に圧倒的な迫力でせまってくる。なぜか。私はそこに品川さんの覚悟を感じたからだ。 みずから中国に出兵し、被弾し、今でも足に弾丸が入ったままであるという品川さんの次のような言葉は、その一つ一つが強いメッセージを持って聞くものに伝わってくる。「戦争を始めるのも人間なら、戦争を止めるのも人間だ」「紛争はなくならない。しかしその紛争を戦争にさせないことこそが重要なのだ。これは理想論ではない。それこそが現実の外交努力なのだ。今の日本の外交は戦争に加担する外交をやっている」「憲法9条を持っている国は(コスタリカを除いて)世界にない。世界の殆どの国は軍隊を持ち戦争を肯定している。その意味で憲法9条は特異だ。しかし何故日本がそのような世界に比類なき憲法を持つことが出来たのか。それは300万人の国民の犠牲、3000万人の近隣諸国の国民の犠牲、20万人の原爆の犠牲、そういう体験を経て、日本国民が、再び戦争をしてはならない、武力では平和は来ないと思ったからだ。日本国民が憲法9条を捨ててしまえば、世界に平和憲法は存在しなくなる」「日本の支配政党は、あの憲法が成立して以来、ただの一度も憲法9条を守ろうと努力した事はなかった。それどころか成立した直後から(鳩山一郎のように)改憲しようとしてきた。あの憲法を守ろうとしてきたのは常に国民であった」「憲法9条の旗は今やボロボロにされている。それでも旗竿を握って放さないというのが私を含めた多くの国民である。その旗竿を放せと命ずるのが政府である」「米国は今、目の前で戦争をしている国である。戦争をしている国を舐めてかかってはいけない。戦争をしている国は戦争に勝つ事を全てに優先させる。その国と向かい合っていくには覚悟がいる」「財界人の中には、米国の力に頼って得をしようと考える者がいる。私はそんな人たちを許すことは出来ない。しかし多くの財界人はそこまでの考えはない。おそらく真剣に米国という国を考えていないのではないか。米国を甘く見てはいけない」 品川さんの言葉は、その一つ一つが彼の信念から発せられている。だから迫力があるのだ。そんな彼の言葉のなかで、私が最も共鳴したのが次の言葉である。これこそが私が日本人の一人でも多くの人にわかってもらいたい言葉であるのだ。「憲法9条を変えるなと言えば、なにか消極的な、否定的な響きに聞こえるけれど、それは決してそうではない。それどころか今ここで我々国民が憲法を守り通すことが出来ると、日本の外交が一変せざるを得なくなる。日米軍事同盟をこれ以上推し進めることができなくなる。米国との関係が変わらざるを得なくなる。アジア諸国との関係も変わる。それどころか平和憲法の維持は国際政治の枠組みさえも変えるかもしれない。憲法を守ることは実は日本のあり方、世界のあり方を変える、そういうことなのだ」 その通りだ。そしてその逆の事を考えて見ればよい。ここで平和憲法をあきらめたらどうなるか。日本国内の米軍基地は固定化、強化され、日本は後戻りが出来ない国になってしまう。軍事を優先させ、力で弱者を支配する米国に隷従する、自主性のない国に成り下がってしまう。こんなことを黙って見過ごしてよいはずはないのだ。 品川さんが最後に言った次の一言は、ややもすればくじけそうになる私を限りなく勇気づけてくれた。「私は決して孤立していないのですよ」
2005年11月21日
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毎朝、パソコンチェックが日課になっている。自分が関わっているサイトを確認し、コメントがあればお返事。メールには、可能な限り返信する。その後、リンクしているサイトをできるだけザーッと斜め読み。そんなことをしながら、楽天日記に書くネタを探していたりもする。しかし、リンクしていても全部を見る時間はなく、時々見るものだってもちろんある。今日は、数日振りに「天木直人メディアを創る」を読んだ。そして、「ホントか?」と思ったので、他の人にも読んでいただきたくて転載する。11月3日の「米国CIAの活動を国際社会は放置しておいてよいのか」の、特に下記の二つの記事。 「全貌が知らされていない米軍再編合意」 一体どこまで日本政府は国民を欺こうとしているのか。11月3日の読売新聞が大きなスクープを放った。米軍再編に関する日米交渉の過程で、沖縄海兵隊のグアム移転費用3200億円を米側が日本側に要求し、日本側がこれを前向きに検討することを伝えていたというのだ。 米軍再編合意の報道では、海兵隊7000人が沖縄から撤退することばかりが強調されている。しかしその実態は米国が「米国が単独で行うと20年かかるが、日本が支援してくれれば6年程度で完了できる」と財政負担を求め、小泉首相も「米国に任せていては、なかなか進まないだろう」と周辺に語ってこれを認めているのだ。 中間報告の文言のなかで、「日本政府はグアム移転を実現可能とするための適切な資金的その他の措置の検討を行う」という箇所がある。これは要するに、日本側が経費を負担までして、しかも今すぐにではなくどんなに早くとも6年もかけて、どうぞ海兵隊さん沖縄から出て行ってください、とお願いしているようなものである。これでは、米国はおんぶに抱っこではないか。 そういえばこれに似た事が70年代初めの沖縄返還合意の舞台裏でもなされていた。米国の負担で行われるはずの返還後の沖縄の原状回復経費約400万ドルが、実は日米間の密約により日本が負担することで合意されていたのだ。これをスクープした毎日新聞の西山記者は、外務省女性職員との「情を通じた」機密漏洩罪で逮捕され肝心の密約の存在の追及がぼかされてしまったのだ。 今回の米軍再編の合意の裏には、驚くような日本側の譲歩がもっともっと隠されているに違いない。そこまで国民を欺いて維持しなければならない日米軍事同盟とは何であろうか。実は日本政府も本当のところは答えられないのである。わからないのである。あるのは米国の要求には従わざるを得ないというあきらめである。仕方が無いという敗北主義である。↑については、政治の流れを見たらさもありなんとは思うが、日本はここまでアメリカに迎合しなくてはならないのかと、その数字に驚く。現憲法が占領軍アメリカからの押し付けと感じて反発している方たちは、今現在の押し付けに対してはどのような納得をされているのだろうか。沖縄海兵隊のグアム移転、米が3200億円の負担要請 (2005年11月3日3時1分 読売新聞)「米軍再編の中間報告は「妥当」であると言った前原代表」 11月3日の朝日新聞に一段の小さな記事を見つけた。民主党の前原代表は、2日党本部でニュージーランドのマッカーサー駐日大使と会談したらしい。その席で前原代表は、「普天間飛行場移設を含む在日米軍再編の「中間報告」について、「結論はおおむね妥当な面がある」と述べたというのだ。コンピューターの変換操作の過程で「打倒」という漢字が出てきたが、「打倒」ではなくて「妥当」なのだ。 この前原発言が事実であるならば民主党はその根本において自民党と同じことになる。前原氏はむしろ自民党小泉派に属したほうが彼の為にもよい。このような考え方を持っている前原氏は、政権交代などという夢想にこだわり民主党内の取りまとめに苦労するより、いっそ小泉内閣の防衛庁長官になって、その実力を発揮したほうがよい。それこそ小泉首相が連発してきた適材適所である。それにしてもこのような重要な発言は、ニュージーランド大使との会談の席で行うのでなく、公式な場で、あるいは国会の場で、国民の前で明確に発言して欲しかった。そしてメディアはこの考え方が果たして民主党の党是なのかどうか、今からでも遅くないから追及すべきだ。日米同盟がこれほどまでに進み、憲法改正議論が加速しつつある中で、民主党はこの安保問題に関する立場をいつまでも曖昧にしておくべきではない。それは国民に対する裏切りでもある。この人をトップとする民主党は、野党にはなりたくないのだろう。政権交代をめざすと言うよりは、連立政権をめざしているのかも。もちろん、民主党内には彼ら一派に抵抗する人たちもいるだろうが、そのような人たちはどうして民主党にいるのだろうか。政治家の考えることは、わかりやすいようではあるが共感できない。
2005年11月04日
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先日、新聞で新憲法草案を読んだ簡単な感想を書いたが、ゆっくり考える時間がなかった。今日は、この草案の問題点などを、他のブログなどを読み比べながら考えてみたい。まずは、私が日記リンクしている方々のブログから。秀0430さんの日記は、感想などで終わる私の日記とは正反対で、論理的に問題点を詳しく述べていらっしゃる。 自民党憲法改正草案批判 1(10.30) 自民党憲法改正草案批判 2(10.31) ただ、秀さんが示されている自民党憲法改正草案(たたき台)原文は、私が新聞で読んでいる草案とは違う。ネット上で今検索したら、やはりブログで【速報】 自民党・新憲法草案全文があった。これが、私が新聞で見ているものと同じもののようである。哲0701さんも 許されざるもの 書いていらっしゃる。msk222さんは、国民を舐めとんかな「新憲法草案」 呉雅力さん は、なんで憲法改正なんだろヘリオトロープさんは、さむい自民改憲案 sowonさんは、自民改憲案についての新聞社説を紹介してくださっている。以上は、私が日記リンクしている方々なので、私が共感できる内容ばかりのはず。 (スミマセン、まだ全部をキチンと読んでない・・)自由民主党新憲法草案(現行憲法対照)を見つけた。これが一番正確であろうし、わかりやすいだろう。秀さんが下記の情報を教えて下さいました。自民憲法改正草案・日本国憲法逐条対照【追記】参考になるトラックバックをいただき、感謝している。拝見させていただいて、色々と考えていきたいと思う。
2005年10月31日
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私自身は、自分からトラックバックをすることはあまり多くはない。TBして下さったブログを読んで、共感しかつそこに私の苦手なタイプのTBがない場合には、私からもTBさせていただく。また、TBしていただいても、自分の日記に確たる主張も自信もなく、あまり他の人にお見せしたいと思わない時には、失礼かもしれないがそのまま何もしない。(コメントが書かれている時には、それにレスはする)ネット上のマナーとして、トラックバックに対してはどのように対処するのが適切なのだろう。私には、今ひとつそれがよくわからないでいる。さて、今朝も二つのトラックバックがあった。一つは、昨日書いた「デイ・アフター・トゥモロー」に関することで、kintyreさんにTBをいただいた。ありがたいけれど、私自身の日記にはさして読むべき部分もないので、こちらからTBするのは、ちょっと気が引ける。もう一つは、Johnny style! さんが、私の 10月17日の「小泉首相の靖国参拝」にTBして下さった。早速拝見して、とても冷静でバランスがとれた素晴らしい文章だと嬉しくなった。それに比べて、私の日記はあまりにも説明不足というか、自分の気持ちのみを書いていて恥ずかしくなってしまった。だから、自分の日記をトラックバックするのはどうも気が引ける。しかし、この方の日記は多くの人に読んでいただきたいし、これから私も、時々は拝見させていただきたい。考えた末に、この日記をTBさせていただくことにしたいと思う。
2005年10月27日
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リンクをしている日記やホームページがいつの間にか増えて、全部を毎日見ることが困難になってきたのが最近の悩み。本当は全部チェックしたいところだが、それをしていると「パソコン依存症状態」になってしまう。と、注意はしていても、結構読みふけってしまうことの多い毎日だ。私の視力は、このせいでかなり近視になってしまったと思う。若い頃は「遠視じゃないか?」と言われていたのに・・。今日は、天木直人さんのHPの「 メディアの使命は権力者のウソを暴く事だ 」 に共感した。10月21日の 今朝の「目から鱗」 で、目から鱗は落ちたけど、心には何枚もの鱗が貼り付けられたような気分だったので、まだ現在のジャーナリズムの中にも、使命を忘れてはいない人もいるはずだという希望を抱かせてくれたし・・。冒頭で天木氏は、メディアの大きな使命の一つは、情報から隔てられている一般国民に対して、少しでも多くの真実を知らせる事にある。とくに権力側が意図的に情報操作を行って国民をミスリードしようとしている場合は、このメディアの役割は特に大きい。と書いている。心あるジャーナリストの皆さん、使命感を胸に頑張ってください。【補記】「ジャーナリズム」や「メディア」という言葉を、私はあまり吟味しないで使っていたので、確認のために調べてみた。私の覚書として、書いておく。 (Yahoo!辞書-大辞泉による)ジャーナリズム【journalism】新聞・雑誌・ラジオ・テレビなどにより、時事的な問題の報道・解説・批評などを伝達する活動の総称。また、その機関。メディア【media】媒体。手段。特に、新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどの媒体。「マス―」「マルチ―」
2005年10月24日
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昨日の夜パソコンをチェックした時、一つのトラックバックに気付いた。私は、基本的にはいわゆる「迷惑TB(アダルトサイト系)」や、日記に無関係のトラックバック以外は、可能な限り削除しない方針でいる。私の考え方と違うものがTBされても、別の考え方を示していただくという意味で、そのままにしておくつもりだ。昨日のトラックバックは、私なりの判断基準で言えば、どっちともいえないものだったから迷った。日記に無関係と言えば言えるが、「互いのコミュニケーションや、相手と共感しあうことの大切さ」を書いたつもりだったので、その対極の事例として考えたら、無関係とも言えない。また、その人の言っていることも、私には理解できないものではない。迷った末に、私は今朝、その方に理由をメールで送ってから削除した。実は、そのメールには書かなかった、もう一つの理由がある。私は、相手を挑発するような過激な言葉遣いが苦手だ。人によっては、「強く言わなきゃわからない」という人もいるし、「売り言葉に買い言葉」だってある。それを全く否定するつもりはないが、そのような言葉が飛び交う土俵に上がるつもりは、さらにない。まちがってでも、そのようなタイプの人たちが、私の日記に乱入するのはイヤなのだ。私と意見が異なる人を否定するつもりはない。私には決してできないケンカを堂々としている人には、その勇気と自信に、かすかに尊敬の気持ちさえ抱いてしまう。しかし、私は今のところ、ケンカの行方にもあまり興味はない。
2005年10月24日
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パソコンというものは、このようなことをするのにはとても便利。本日は、各新聞社の社説が、小泉首相の靖国神社参拝をどのように評しているか、読み比べてみようと思う。とりあえず、みつけたものを羅列だけ。読むのは、帰宅してからにする。(午前中は会議に出かけるため)首相靖国参拝*聞く耳を持たぬ危うさ(北海道新聞)靖国参拝 負の遺産が残った (朝日新聞)[首相靖国参拝]「もっと丁寧に内外に説明を」(読売新聞)これが「適切に判断」した結果なのか(日経新聞)靖国参拝 中韓の反発が国益なのか(毎日新聞)首相靖国参拝 例大祭にしたのは適切だ(産経新聞)靖国参拝強行 改革の機運も台無しだ(東京新聞)首相靖国参拝 なぜ摩擦を引き起こす(新潟新報10月18日)
2005年10月19日
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今朝パソコンを開くと、昨日のアクセスが通常の2.5倍。トラックバックも、私の日記の傾向からしたら沢山。首相の靖国参拝について書いたからだろう。みなさん、関心を持っていらっしゃるのですね。関心を持つことは良いことです。そこから、色々な人の考えを見たり聞いたり、様々な視点から資料を見たり読んだりして、自分なりの考えを確かめてゆけば良いわけですから。一番いけないのは、「エライ人が言うのだから」とか、「尊敬している人の意見だから正しいのだろう」、あるいは、「多くの人がそう言うのだから」などと、あまり考えずに「右に倣え」をすること。日本人みんなが「右に倣え」をした結果はどうなるのでしょう。私はそれが心配だ。長いものに巻かれたり、すぐに付和雷同したり、寄らば大樹の陰とうそぶいたり、強い人の腰ぎんちゃくになったり、(似たような意味の言葉が多いということは、日本人の傾向性をあらわしているのかも)それはあまり力を持たない者の悲しい知恵の側面もあるし私自身、それに近い言動だってすることもあるけれど、(いや、現実はとてもそれに近いかも)だからこそ、この日記くらいは、本当に思っていることや感じていることを確かめたくて書いている。だから、私はこの日記を通して議論しようとは思っていない。だいたい、常に共に暮らしている夫でさえ、私とは考え方が違うことが多いし、自分に利害があってどうしても譲れないときには頑張って主張するけれど、それ以外は「譲り合いの精神」と「お互い様」で生きている。ましてや、顔を見ることもできない人とは、議論をするのは疲れるだけだ。自分が絶対に正しいとは思っていないけれど、「今の私はこう思う」と書いているだけ。批判的な意見や、ご自分の主張を書いてくださった人に対して、それをちゃんと読むことはするけれど、異なる意見の人には、基本的に反論はいたしません。昨日、コメント欄に書くことを躊躇してメールを下さった人がいらっしゃいます。政治ネタで書いたり、それに対してコメントを書くと、五月蝿い突っ込みがあったりして迷惑だろうからということでした。エンドレスになるような書き込みがあれば、私だって迷惑です。自分の意見を「日記で書くこと」くらいは、自由にさせていただきたいものです。基本的に、私の日記への意見や関係するトラックバックは削除しません。ただし、「絡まれている」と感じたら、削除することにします。昨日訪れてくださった皆さんは、節度ある方々と思い感謝します。
2005年10月18日
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