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にほんブログ村 高見彰七の観音菩薩像新発見のお報せがあり、現地確認しました。今回は「ふじわら」さんから、「小嶋独観」さんを通じてご連絡を頂きました。ふじわらさんは小嶋独観さんのH.P.の読者さんです。【小嶋独観@珍寺大道場さん】 「珍寺大道場」場所は愛知県豊田市大林町12-1-2です。センターラインはありませんが交通量が多い道路沿いにあります。この地域に詳しい方しか発見できない場所。ご連絡に感謝します。大きさは等身大。直立形の観音像です。高見彰七作品リンク集に登録させて頂きます。(No.18) ・所在地: 愛知県豊田市大林町 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 直立形,高さ164cm,胸部幅40cm,裾幅58cm 胸部厚さ25cm,裾厚さ40cm ・発見者: ふじわらさん,小嶋独観さんふじわらさん,小嶋独観さん、ありがとうございました。また、今回は別の新発見の報告も兼ねての現地調査でした。そのため電車・バス・徒歩で移動しました。大林町へは名鉄土橋駅から、片道3km歩きました。その公共機関での移動が幸いして、私も思わぬ新発見をすることになります。次々回以降で、私の新発見とご連絡頂いた別の新発見を御紹介したいと思います。その前に、次回は今回の新発見の高見観音をもう少し詳しくご紹介します。【 執事 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.05.20
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にほんブログ村 高見彰七のコンクリート像(モルタル像)「観世音菩薩像」編。第2集「観音菩薩」編、更新しました。(2024年5月18日)●(No.1)【高浜市 吉浜人形本店前】 「吉浜人形本店前 観世音菩薩」 ・所在地: 愛知県高浜市吉浜 吉浜人形前 ・製作年月: 昭和38年「花のとう」に合わせて開眼 ・作家銘: 「高見彰七」在銘 ・特徴: 「尼宮慈母観世音菩薩」 他2体 (半流れ形1,直立形1,流れ形1)●(No.2)【刈谷市 寿永山 昌福寺】 「昌福寺 観世音菩薩」 ・所在地: 愛知県 刈谷市野田町 寿永山 昌福寺 ・製作年月: 昭和46年8月8日 ・作家銘: 「豊田市 高見彰七」在銘 ・特徴: 「交通守護聖観世音菩薩」, 高さ3m前後 (直立形)●(No.3)【豊田市 古瀬間御嶽神社】 「古瀬間御嶽神社 交通安全観音」 ・所在地: 愛知県 豊田市古瀬間町 古瀬間御嶽神社 ・製作年月: 昭和40年7月16日建立 ・作家銘: 「宮口 高見彰七」在銘 ・特徴: 「交通安全観音」 (流れ形)●(No.4)【みよし市 森下交差点】 「みよし市 森下交差点 観音像」 ・所在地: 愛知県 みよし市三好町 森下交差点 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 白色塗装 (直立形),2022年11月頃妙楽寺に移設 ・発見者: @oimokotaroさん●(No.5)【岡崎市 真福寺仁王門前】 「真福寺仁王門前 家内安全観音」 ・所在地: 愛知県 岡崎市真福寺町 真福寺仁王門前 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 白色塗装剥離 (直立形)●(No.6)【高浜市 吉浜善光寺本坊柳池院】 「吉浜善光寺本坊柳池院 観音像」 ・所在地: 愛知県高浜市吉浜 吉浜善光寺本坊柳池院 ・製作年月: 昭和36年入佛 ・作家銘: 銘板はあるが無銘 ・特徴: 象嵌,銘板埋め込み。初期作? (直立形)●(No.7)【豊田市 中町】 「豊田市中町 子安観音像」 ・所在地: 愛知県豊田市中町 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 前後型接合部に割目あり (直立形) ・発見者: @oimokotaroさん●(No.8)【愛知郡東郷町 愛知池展望台】 「愛知池 観音像」 ・所在地: 愛知県愛知郡東郷町 愛知池 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘, 鹿島建設施工 ・特徴: 大型・塗装剥離 (半流れ形) ・発見者: @FDG_official01 さん●(No.9)【豊田市 高林寺 裏】 「豊田市 高林寺1」 「豊田市 高林寺2」 ・所在地: 愛知県豊田市 高林寺 裏 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 2体 (流れ形2) 大型:高さ160cm,最大幅40cm,最大厚さ40cm 小型:高さ 76cm,最大幅20cm,最大厚さ20cm ・発見者: @FDG_official01 さん●(No.10)【長野県飯田市 来迎寺】 「長野県飯田市 来迎寺」 ・所在地: 長野県飯田市 来迎寺 ・製作年月: 昭和35年4月 ・作家銘: 高見彰七 ・特徴: 奉納者 今泉氏 (流れ形) ・確認者: MR2 さん●(No.11)【刈谷市 野田八幡宮近傍】 「野田八幡宮近傍」 ・所在地: 愛知県刈谷市 野田八幡宮近傍 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 流れ形 ・発見者: @FDG_official01 さん<●(No.12)【豊田市 浄法寺近傍】 「豊田市 浄法寺近傍1」 「豊田市 浄法寺近傍3」 ・所在地: 愛知県豊田市 浄法寺近傍 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 流れ形, 前後型に不整合あり ・発見者: @FDG_official01 さん●(No.13)【豊田市 浄法寺弘法堂】 「豊田市 浄法寺弘法堂」 ・所在地: 愛知県豊田市 浄法寺弘法堂 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 直立形 ・発見者: @FDG_official01 さん ・ kopanda06●(No.14)【豊田市 割目池】 「豊田市 割目池1」 「豊田市 割目池2」 「豊田市 割目池3」 ・所在地: 愛知県豊田市 割目池 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 直立形 観音菩薩1,地蔵菩薩1 ・発見者: @FDG_official01 さん●(No.15)【豊田市 心学院】 「豊田市 心学院1」 「豊田市 心学院 2」 ・所在地: 愛知県豊田市 心学院 ・製作年月: 不明, 他所より移設? ・作家銘: 無銘 ・特徴: 台座に石臼流用, 流れ形 ・発見者: @FDG_official01 さん●(No.16)【豊田市 野見御嶽神社】 「豊田市 野見御嶽神社1」 「豊田市 野見御嶽神社2」 ・所在地: 愛知県豊田市 野見御嶽神社 ・製作年月: 不明, 昭和62年3月松光院より移設 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 「しあわせ観音」, 流れ形 ・発見者: @FDG_official01 さん●(No.17)【豊田市 恩真寺 (鈴木正三遺跡)】 「豊田市 恩真寺 (鈴木正三遺跡)」 ・所在地: 愛知県豊田市 恩真寺 (鈴木正三遺跡) ・製作年月: 昭和40年10月18日 ・作家銘: 高見彰七 作 ・特徴: 流れ形 ・発見者: @FDG_official01 さん●(No.18)【豊田市 大林町】 「豊田市 大林町1」 「豊田市 大林町2」 ・所在地: 愛知県豊田市大林町 ・製作年月: 不明 ・作家銘: 無銘 ・特徴: 直立形,高さ164cm,胸部幅40cm,裾幅58cm 胸部厚さ25cm,裾厚さ40cm ・発見者: ふじわらさん,小嶋独観さん◆◆◆ さらに新発見&確認済みの3件から順次公開予定 ◆◆◆・・・・・・・・・・ リンク集 ・・・・・・・・・・●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【リンク集4「妙楽寺の石仏群」編】 「妙楽寺」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」【 すべり台にゃんこ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.05.18
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にほんブログ村 高見観音のヒビ割れの原因について推察します。ヒビ割れの原因は下記が大きいと思われます。1.塗装の剥離 塗装の剥離により、防水性が失われます。 その結果、モルタルが直接、風雨に晒され劣化します。2.ノロによる補修 接合部はノロ(セメント+水)で補修したと考えられます。 ノロの耐水性は低いので、補修箇所は劣化しやすくなります。 この結果、ノロを使った箇所から割れが発生します。 妙楽寺の大型観音にも、補修痕とヒビ割れが見られます。3.浸透水の影響 接合部から浸透した水は、冬季に凍結して膨張します。 そしてヒビ割れが起きます。高見彰七氏は観音像の定期的な塗り替えを望んでいたでしょう。しかし塗装が剥がれたモルタル像は、石像に似ています。そのため、塗装が剥がれたモルタル像に違和感が感じられません。この石像に似たモルタル像の姿が再塗装の必要性を忘れさせ、劣化していくモルタル像の悲劇を生んでいるように思います。【前の記事 1】 「高見観音の製作方法 1」【前の記事 2】 「高見観音の製作方法 2」【 すべてがおしまいになったカエル 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.05.16
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にほんブログ村 高見観音の製作手順について推察します。専門家の指導を受けていますが、私からの情報を基にした推定です。今後、まだ見直しがあるかもしれません。また型枠を使ったモルタル像の作成は難しいこともわかりました。1.型枠原型像 型枠の型取りをするためには、観音像の原型像が必要です。 原型像は粘土などの造形が容易な素材で作ったと推定されます。2.分割型枠の使用 小像を除く、高さ80cm以上の観音像では2分割型枠を使っています。 その型枠は組み立ててモルタルを流し込むのではなく、 観音像前半身、後半身別の型枠にモルタルを入れて固めたようです。 モルタル像の取り出しを考慮し、型枠には離型剤を塗ります。3.補強材の使用 モルタル像の補強は金網が使われます。 しかし高見彰七氏は、大型化を意識して鉄筋を使ったようです。4.メートル法の採用 高見彰七氏はメートル法で観音像を製作しています。 これは尺貫法を使う仏像の慣例からは異例です。5.前後の接合 前後別々に製作したモルタル像は、接合しなくてはなりません。 前半身像と後半身像は、 接合面に専用接着剤かセメントを塗り、接着します。6.前後接合面の処理 この工法では前後の接合部が明瞭に残ります。 その接合面を埋めるためには、「ノロ」を使います。 ノロとはセメントを水で希釈したパテ状のものです。 ノロを接合面に塗ることで、接合面は綺麗に継ぎ目なく仕上がります。7.塗装 モルタル像で塗装は必須です。 防水し耐久性を保つためと、ノロなどでの補修箇所を隠すためです。 残念ながら、高見観音の多くは塗装が剥離しています。 「妙楽寺の大型観音」 この観音像も前後接合面でヒビ割れ次回はなぜ、この結果接合面がひび割れたかを説明します。【前の記事】 「高見観音の製作方法 1」【 合掌 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.05.14
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にほんブログ村 高見観音の製法について考察します。● 型枠の使用について 浄法寺の高見観音の足元側面からの写真です。 像の前後で着物の裾の造形に段差ができています。 (浄法寺) 型作成のミスと思われますが、 同時に型を使った証拠でもあるでしょう。● ヒビ割れについて 高さ1mを超える高見観音の多くに、 型の接合部に相当する箇所にヒビ割れが見られます。 特に多くの大型作品が並ぶ妙楽寺では、 大半の像に同様のヒビ割れが観察されます。 (妙楽寺)● ヒビ割れの理由 「型の接合部だから割れる」という表現は正しくはありません。 それには製作法が関わっています。 (妙楽寺)●前後の材質の違い モルタル(セメント+砂)での作像には、流動性の良いモルタルを 型に流しこまなければ、型通りのモルタル像はできません。 また細かい砂を含めたモルタルでなければ、大粒の砂や小石が 顔に出ると失敗作になります。 後部背面も同じモルタルで良さそうですが、高見彰七氏は特に 背面にはコンクリートに近い粗いモルタルを使ったようです。 強度を高めるねらいかもしれませんが、 劣化の結果、背面が粗材に見えているのかもしれません。 ただし、今日の工芸などに使われているモルタルに比べて、 高見彰七氏が使ったモルタルは粗く、コンクリートに近いものです。 (心学院) 次回、専門家の意見を参考に、 製作手順から、ひび割れの理由等について説明します。【 虚無・猫 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.05.12
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にほんブログ村 愛知県豊田市 高林寺の高見彰七作品、現地確認の続きです。「型枠の使用」高見観音の多くは、最低前後2個の型枠を使って作られています。そのため、浄法寺の高見観音には、前後の型造形にズレまでありました。(浄法寺 高見観音像の前後型ズレ)「接合部のひび割れ」また高見観音像に多く見られる接合部のひび割れが、高林寺の観音像でも見られます。大型観音像の衣装の裾には、補強用金具の露出まであります。ひび割れは、特に高林寺では小型観音像でひどい状態です。小型観音像の頭部を上から見ると、穴が開いているようにも見えます。なぜひび割れが出るのかなど、独学では知識不足がありました。そこで建築関係の専門家に質問し、かなり理由が明確になりました。それに関しては高見観音像の製作について触れなくてはなりません。次回、専門家のご指導も得て、その製作方法について述べます。皆さんからもご指摘があった、多くの理由が明らかになると思います。【 おちょこけし 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.05.10
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にほんブログ村 現地確認ができていなかった愛知県豊田市 高林寺の高見彰七作品。ようやく、この高見観音の現地確認ができました。こちらは以前、「FDG公式さん」が発見された観音像です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」現地確認の目的はいくつかありましたが、まずは下記から。●観音像の寸法測定 悪評高い私の高見観音像の寸法測定。 この曖昧な計測を反省し、今回は巻き尺で寸法測定しました。 ・大型観音像: 高さ160cm × 最大幅40cm × 最大厚さ40cm ・小型観音像: 高さ 76cm × 最大幅20cm × 最大厚さ20cm小型観音像は足元が土に埋もれていますので、全高は80cm程度と思われます。この計測から、下記がわかりました。 ・高見彰七氏は観音像を尺貫法ではなく、メートル法で作成 ・大型観音像は、小型観音像の2倍の大きさの相似形 ・観音像は整数の寸法比で製作。 高さ:幅:厚さ=4:1:1特に仏像は尺貫法での製作例が多く、メートル法の採用は意外でした。計測すると気づきもあります。この現地調査の結果も踏まえて、高見観音の製作方法を考察します。【 鬼滅の刃 日輪刀 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.05.07
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にほんブログ村 高見彰七のコンクリート像について考察する前に、コンクリートに関する私の知識不足が問題です。少しコンクリートの基本を整理しましょう。まずは基本用語から。セメント,モルタル,コンクリートの違いは何でしょうか。〇セメント: 硬化前の粉体。主成分は石灰石〇セメントペースト: セメント+水〇モルタル: セメント+水+砂〇コンクリート: セメント+水+砂+砂利建築では、砂利とは約20mm以上の大きさの石を指すようです。高見彰七作品には大きな砂利は使われていない様に思います。高見彰七作品はコンクリート像かモルタル像と呼ぶのが正しいでしょうか。また、コンクリートは次の2つに分類されます。〇生コン: 工場で混ぜ合わされ運搬される硬化前のコンクリート〇現場練りコンクリート: 現場で混ぜ合わされるコンクリート私は硬化前のコンクリートは全て生コンと思っていました。工場で砂や砂利と混ぜたものだけが生コンでした。これらの用語を確認しつつ、次は高見彰七作品の製法を考察します。【 ソフビコレクション 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.04.25
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にほんブログ村 驚きの高見彰七作品(高見観音)が発見されました。発見者は今回も「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」場所は愛知県豊田市の恩真寺(鈴木正三遺跡)です。住所は愛知県豊田市山中町曝田100。豊田市東部の山間部にあるため、私は自身の体調を考慮して現地確認を自粛しました。写真はFDG公式さんから、許可を得てお借りしました。お顔がやや他の高見観音とは異なる印象を受けます。しかしこの観音像は高見彰七の在銘です。銘は観音像の背面に直接刻まれています。昭和40年10月18日寄附者 〇〇〇〇高見彰七作吉浜善光寺本坊柳池院(リンク集2 No.6)も観音像に直接銘板が取り付けられています。ただし銘板に作家銘はありません。今回の高見観音は、像自体に作家銘が刻まれた初の発見例となります。FDG公式さん、ありがとうございます。高見彰七作品リンク集2に、No.17として登録させて頂く予定です。(リンク集) 「リンク集」年表にも追記しました。FDG公式さん、いつもありがとうございます。私もかなり知名度が低い神社仏閣にまで訪問していますが、その比ではない日頃の探索ぶりです。さすが地域で埋もれつつある文化財や歴史を探索する、FDG(フィールドディスカバリーゲーム)の活動だと思います。お陰様で様々な情報整理も進みました。近くご紹介致します。【 ジェラート 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.04.15
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にほんブログ村 高見彰七のコンクリート像 リンク集2「観世音菩薩像」更新しました。観音像はNo.15まで追記しましたが、後半は写真がまだ掲載できていません。新情報のご提供、ありがとうございました。これからも情報をよろしくお願いします。●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【妙楽寺の仏像群】 「妙楽寺」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」【 桜アイス 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.31
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にほんブログ村 豊田市 野見御嶽神社の高見観音(無銘)の続きです。【前の記事】「野見御嶽神社の観音菩薩像(高見彰七 作品候補)1」【前の記事2】「野見御嶽神社の観音菩薩像(高見彰七 作品候補)2」この高見観音には、ひとつの謎があります。それは、この観音像の横に建てられた銘板です。名板には「しあわせ観音」とあります。さらに「昭和62年正月」とあります。2024年3月現在、昭和46年以降は在銘の高見彰七作品は見つかっていません。最新の高見彰七作品でしょうか?その答えは、やはり銘板にあります。銘板には「寄贈 松光院 石川宗法」とあります。つまり昭和62年に松光院から野見御嶽神社に移設されたわけです。当然、このしあわせ観音の製作年はそれ以前になります。近くの心学院も、庭松山 心学院でした。この付近には寺名に「松」が付く寺院は多くあります。松平家と所縁がある地域だからでしょう。しかし調べても、付近に松光院は見つかりません。おそらく松光院は廃寺になり、その際にこの高見観音は移設されたのだと推定されます。廃却されることがなく、本当に良かったと思います。【 訳ありバウムクーヘン 切り落とし1kg 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.27
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にほんブログ村 それでは、豊田市 野見御嶽神社の観音菩薩像の検討をします。【前の記事】 「野見御嶽神社の観音菩薩像(高見彰七 作品候補) その1」●全身の比較 身体を大きくねじる姿「流れ形」の観音像。 高見観音の特徴ですが、等身大・在銘の観音像は限られます。 その例として、豊田市 古瀬間御嶽神社の高見観音があります。 左:野見御嶽神社, 右:古瀬間御嶽神社 いかがでしょうか。 開いた胸元、肩口からの着物のライン、合掌の表現、 着物の裾までのライン、足元の表現などそっくりです。●お顔の表現 古瀬間御嶽神社の高見観音は高い台座の上にあります。 そのためお顔を見上げる形となり、比較が困難です。 そこでお顔は、半流れ形ですが在銘の 高浜市 吉浜人形前の高見観音と比較します。 左:野見御嶽神社, 右:吉浜人形前 野見御嶽神社は少し面長です。 それ以外、眉、鼻、目、口の表現は似ています。 着物の胸元の表現の違いは、流れ形と半流れ形の違いです。以上から、野見御嶽神社の観音像も高見彰七作品だと私は思います。高見観音初の多色塗装例となります。(ただし白一色の塗装例はあります)FDG公式さん、ご報告ありがとうございました。そしてブログへコメント下さった皆さん、ありがとうございました。大半の皆さんが「これも高見観音」とコメントされていました。もはや私の画像での検討は蛇足でした。さて、この野見御嶽神社の高見観音には、まだ面白い点があります。それについては次回、ご報告します。【 銀座 千疋屋 フルーツクーヘン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.25
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にほんブログ村 当ブログへ訪問頂いている皆さんも、すっかり高見彰七作品に精通されておられます。一目で高見観音の判別が可能なご様子で驚くばかりです。その皆さんへ、最高難度の高見彰七作品候補の登場です。発見者は今回も「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」場所は先回ご紹介した高見観音(無銘)がある愛知県豊田市の心学院から徒歩圏内です。少し山を登った野見御嶽神社にそれはあります。写真の右側ですが、いかがでしょうか。スタイルは「流れ形」。等身大の大きな像です。彩色されているために、判別が難しい。しかもお顔も傷付いています。まずは皆さんで、高見観音か否かをご検討ください。もし高見観音であれば、初の彩色された高見観音の発見例となります。次回は私もこの観音像を検討します。【 三色だんご 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.23
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にほんブログ村 豊田市野見町の心学院には不動明王像もあります。これもセメント製です。【前の記事1】 「心学院の高見観音 その1」【前の記事2】 「心学院の高見観音 その2」彩色された不動明王像です。お顔はかなりラフな造り。背後から見ると、セメントが新しそうです。屋根で守られていたからかもしれません。高見彰七作品に類例がないレリーフ作品。新しく見えるセメント。以上から、この不動明王像が高見彰七作品か否か、判定ができません。みなさんは如何思われますか?【 冷凍:中華ごま団子(桜あん) 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.21
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にほんブログ村 豊田市 庭松山 心学院(こころがくいん)の推定高見観音の特徴をご紹介します。【前の記事】 「心学院の観音菩薩像 その1」●高見観音の台座について 写真をご覧ください。 台座が何かおわかりでしょうか? 側面しか見えませんが、おそらく「石臼」だと思います。 庭の飛び石などでの石臼の流用はよくあります。 しかし観音像の台座に当初から石臼を予定するとは考え難く、 (1)他の寺院から移設された、 (2)高見氏が観音像を持ち込み、設置を依頼された、 の上記のどちらかと思われます。 (2)の例は高浜市の吉浜人形前にありますが、 しっかりとした台座があります。 従いまして推定ですが、この観音像は(1)移設だと思います。●観音像製作時の型枠の使用について 観音像の前後の接合部らしき箇所が経年劣化しています。 特に頭部から上半身には、明瞭な接合線がある様に見えます。 前後でセメントの材質が違う様にも見えます。 顔を繊細に造形するため、前面にはきめ細かいセメントを使い、 後部は強度を重視して骨材が多いセメントを使ったかもしれません。 ただそれでは、前後で乾燥時の収縮率が異なり、 接合部が割れやすくなりますが。 下半身にも接合線らしい線はあります。 ただし衣装の裾にも、前後の造形の不整合はありません。いずれも推定ですが、現地で見ると様々なことがわかります。【 バウムクーヘン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.19
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にほんブログ村 高見彰七作品の新発見のお報せを頂きました。発見者は今回も「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」場所は愛知県豊田市の心学院です。スタイルは「流れ形」、丸みのあるお顔立ち。検証するまでもなく、高見観音でしょう。やや眉が上がり、何かご不満があるかの様な表情です。台座を除いても、高さ120~130cmはあるでしょう。FDG公式さん、いつもありがとうございます。心学院のこちらの観音像も高見観音として登録させていただきます。次回は、この心学院の高見観音の特徴についてご紹介します。【 とろける生大福 さくら 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.17
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にほんブログ村 高見彰七作品候補発見の連絡を頂き、現地確認と検証を終えています。記事の準備を進めていますので、お待ちください。【 桜もなか 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.16
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にほんブログ村 現在確認済みの高見彰七の作品数を整理しました。無銘の推定作品、撤去された作品も含みます。●神馬: 6体 (宮口神社の神馬は撤去)●観音菩薩像: 17体 (割目池の地蔵菩薩も含む) (三好 森下交差点の観音像は妙楽寺に移設。 こちらに含めず、妙楽寺でカウント)●その他: 4体 (大狐,霊神像,釈迦如来像など)●妙楽寺の仏像群: 57体 (三好 森下交差点から移設の1体含む)◇◇◇ 合計 84体 ◇◇◇現状で84体とかなりの数になります。また大狐や大型観音像など、浅野祥雲にはない大型の作品もあります。一部の作品を除いては無塗装で劣化が見られること。知名度が低く、作品が安易に撤去されやすいこと。これらから、破損あるいは撤去された高見彰七作品も多いと思われます。廃棄、未発見の作品を含めると、高見彰七作品は100体を超えるのではないでしょうか。下記のリンクも、整理・登録を進めます。【リンク集】 「高見彰七作品」【 桜餅だんご 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.07
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にほんブログ村 続いて、割目池の地蔵菩薩像の検討です。【前の記事1】 「割目池の観音菩薩と地蔵菩薩 その1」【前の記事2】 「割目池の観音菩薩と地蔵菩薩 その2」観音菩薩像とよく似た技法です。今回も比較として妙楽寺のコンクリート像群を参照します。妙楽寺には珍しい地蔵菩薩像があります。左は割目池、右は妙楽寺の地蔵菩薩像です。観音菩薩像と同様の共通点があります。加えて、服の襟の表現も似ています。一方で相違点は下記の通り。『相違点』 1)割目池の像は目が微笑んでいない 2)割目池の像は顔に丸み(下膨れ)がない 3)妙楽寺の像は耳が大きい妙楽寺には耳を大きく表現した像が幾つかあります。参拝者の願いを聴くという意味でしょうか。私は割目池の地蔵菩薩像も高見彰七作品と思います。おそらく初期の作品ではないでしょうか。【 ねこってる 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.03
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にほんブログ村 豊田市 割目池の検討、続きです。【前の記事】 「割目池の観音菩薩と地蔵菩薩 その1」まずは割目池の観音像の検討から始めます。比較として妙楽寺のコンクリート像群を参照します。これらは高見彰七作品と考えて良い仏像群です。「妙楽寺のコンクリート像」この仏像群は、それぞれが違う様で似ていると感じます。似ていると感じるのは、共通した特徴があるからです。では検証しましょう。左は割目池、右は妙楽寺の観音像です。まずは共通点を洗い出します。『共通点』 1)前髪の造形 2)円弧を描く眉 3)眉から鼻ㇸつながるライン 4)三角形の鼻 5)一本線で彫られた目 6)唇の造形 7)目、口、鼻、眉などの配置や大きさ 8)2重に珠状に表現された首飾り『相違点』 1)割目池の像は目が微笑んでいない 2)割目池の像は顔に丸み(下膨れ)がない つまり割目池の観音像は微笑んでおらず、凛々しいお顔をされています。この凛々しさは、初期の高見観音の特徴と私は考えています。造作を重ねるうちに、穏やかな表情に変わったのでしょう。これらから、私は割目池の観音像も高見彰七作品で間違いないと判定しました。如何でしょうか。【 福々ねこ煎餅 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.03.01
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にほんブログ村 再び、高見彰七作品候補についてのお報せがありました。今回も「FDG公式さん」からです。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」場所は先日の愛知県豊田市の浄法寺の南方です。浄法寺から離れて割目池(われめいけ)という大きな池があります。その池のさらに南側、池の裏手に当たる住宅街に2体のコンクリート像があります。まずは皆さんもご覧ください。高見彰七作品か否か、判別の難しい作品です。観音菩薩像。頭の帽子からは地域の信仰がうかがわれます。こちらは地蔵菩薩像。高見彰七作品であれば珍しい作品例です。いかがでしょうか。次回以降で私も高見彰七作品か検証します。FDG公式さん、ありがとうございました。この場所は、私では確実に見付けることはできないでしょう。検証いたしますのでお待ちください。【 クッキー イラストプリント 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.02.28
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にほんブログ村 ネットで高見彰七情報を検索していました。すると1年ほど前から、Youtubeで高見彰七作品の動画を掲載されている方がおられるのに気づきました。「ひでぽん」さんという御方で、高見彰七作品も取り上げられています。動画は周囲の様子もよくわかりますのご紹介させて頂きます。【(1)愛知池など】 【(2)吉浜人形など】 【(3)福田神明社など】 【(4)三好稲荷閣など】 特に動画(1)「愛知池など」には、下記の貴重な情報がありました。「以前、宮口神社近くの旧153号線沿いの民家に、 たくさんの動物や人物の置物がならべてあった。 それが高見さんのお宅だったのかも? TVでも取り上げられていた。今はその家ももうない。」高見彰七氏のご親族が今は宮口におられないとすれば、宮口神社の神馬(高見彰七作品)があっさりと撤去された理由も納得できます。高見彰七作の謎に迫る重要な情報です。「ひでぽん」さんは私のブログもご覧頂いているご様子。上記の動画のコメントが何年頃だったか知りたいと思います。こちらのブログは、楽天ブログユーザーしかコメントできません。「ひでぽん」の動画か、X(旧Twitter)からコメント頂けるとありがたいのですが。【 ひなまつりのケーキ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.02.20
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にほんブログ村 豊田市本新町の浄法寺の高見観音からは興味深いことがわかりました。【前の記事1】 「浄法寺の高見観音 その1」【前の記事2】 「浄法寺の高見観音 その2」浄法寺の高見観音を見て気づいたのは、その製法についてです。大型の高見観音については、最低でも前後2個の型枠を使って製作されたらしいことは以前に考察しました。【大型像の製法】 「豊田市中町の子安観音像」小型の観音像については未検討でしたが、浄法寺の高見観音にはわかりやすい特徴がありました。●浄法寺入り口 路傍の観音像この観音像には、前後中心線で縦に合わせ目があります。ただ、前半分を型枠で作り、後ろ半分を手作業で肉盛りした可能性もあります。しかし、この像の足元付近をご覧ください。裾の模様が前後で合っていないことがわかります。前後とも型枠を使わなければ、こうはならないでしょう。●浄法寺 四国八十八箇所周遊並びの観音像この観音像にも前後の合わせ目の様な痕があります。ただし、前半分を型で作り、後を手作業肉盛りした可能性もあります。仮に型を使って製作しても、つなぎ目は生乾きの段階で手作業で修正するのが普通でしょう。着物の模様がずれたままというのも不思議です。セメントが完全に乾燥するまで型に入れていたのでしょうか。前後とも型、あるいは前のみ型枠使用。いずれにしても、小型の高見観音でも型枠が使われた可能性があると推定しました。皆さんは如何思いますか?【 薄皮鯛焼き 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.02.18
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にほんブログ村 豊田市本新町の浄法寺の調査、続きです。【前の記事】 「浄法寺の高見観音 その1」FDG公式さん新発見の高見観音を確認でき大満足。ついでにと、高見観音像背後の石像を見ることにしました。ここにあるのは珍しく四国八十八ヶ所ミニ周遊です。三河地区に多い西国三十三観音ミニ周遊ではありません。ですので、観音像ではなく、弘法大師の座像が並んでいます。しかしよく見ると、その中に一体の立像があります。しかもそれはセメント製、コンクリート像です。風化はしていますが、こちらも高見彰七作品でしょう。高さ70~80cmと、浄法寺のもう一体の高見観音より小振りです。野ざらしではないためか色白な観音様。正面にまっすぐ立つ「直立型」です。こちらも無銘ですが、推定 高見観音として登録です。次回、浄法寺の高見観音について考察したいと思います。【 信玄桃 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.02.15
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にほんブログ村 再び、高見彰七の観音菩薩像新発見のお報せがありました。今回も「FDG公式さん」の新発見です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」場所は愛知県豊田市の浄法寺です。住所は豊田市本新町4丁目。浄法寺はこじんまりとした見つけ難いお寺です。入り口もわかり難く、お寺の東側が入り口。観音像も東側の細い道沿いにあります。Google mapでも付近を「寺」で検索しても浄法寺は出てきません。「浄法寺」と検索すると見つかります。観音像は身体をねじった「流れ型」。高見彰七作品の典型的な姿です。高さは120~130cm程度。下膨れのお顔立ちも特徴的。ただお顔にヒビが入り、このままでは破損の恐れがあります。無銘ですが、今回の観音像も高見彰七作品とみなせると思います。高見彰七作品リンク集に登録させて頂きます。FDG公式さん、ありがとうございました。また、さらに新発見がありますし、考察もしたいと思います。次回以降で御紹介したいと思います。【 陶器の雛人形 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.02.13
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にほんブログ村 久しぶりに、高見彰七の観音菩薩像に新発見のニュースがありました。今回の情報も「FDG公式さん」から頂きました。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」新発見の観音像は、愛知県刈谷市の野田八幡宮近傍にありました。野田八幡宮の駐車場端に忠魂碑があり、その傍に地蔵堂があります。観音像はその地蔵堂の裏に隠れる様にしてありました。写真でも地蔵堂の後に、観音像が小さく見えています。今も信仰の対象らしく、観音像には花が供えられています。作家銘はありませんが、典型的な高見観音の容姿です。高見彰七作品らしいお顔立ちです。ただ、かなり風化しています。小さな観音像ですが、見下ろすような前のめりの姿勢です。野田八幡宮はこの地区では最大級の神社。私も訪れていましたが、完全に見逃していました。観音像の場所は刈谷市南部生涯学習センター「たんぽぽ」の前、野田八幡宮駐車場から赤い鳥居を潜らず、左に行くとあります。この場所はまだ野田八幡宮の境内なのかもしれません。鳥居前、駐車場脇でもあり見逃していました。ごく近くに、昌福寺の高見観音(リンク集第2集「観音菩薩」編 No.2)もあります。昌福寺の高見観音は作家名在銘です。【昌福寺の高見観音】 「観音菩薩編 No.2」今回の観音像も高見彰七作品とみなして良いでしょう。高見彰七作品リンク集に登録させて頂きます。FDG公式さん、ありがとうございました。【 観音菩薩像 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2024.02.04
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にほんブログ村 長野県飯田市の来迎寺にある高見観音(聖観世音)。こちらの製作年が年表に反映できていませんでした。製作年は、昭和35年4月。奉納は、今泉許太郎氏。驚くことに、愛知池の高見観音と同一年の製作です。愛知池の高見観音は、現在、最大級・最古としていたものです。愛知池の高見観音は、高見彰七が原型、製作は鹿島建設。この愛知池と来迎寺の高見観音の間には、深い関連がある様に思えます。両者のフォルムに違いはありますが。その辺りは新情報と考察も含めて、また別途書きます。【 長野の御菓子 栗のふく福餅 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.10.02
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にほんブログ村 愛知県豊田市本地町 八幡社。ここにあるコンクリート製の神馬の製作年を訂正します。高見彰七の作家銘がある神馬ですが、基台の製作年を私は「昭和20年10月」と読んでいました。しかし昭和34年以降の作でなければつじつまが合わない。そう考え、ブログでも違和感があると書いてきました。なぜなら八幡社は、1959年(昭和34年)に伊勢湾台風の被害を受け、多くの施設が建て替えられたためです。新情報では製作年は「昭和40年10月」。つまり「四」を「二」と読み間違えたわけです。たしかに私が以前に掲載した写真でも、横に長い形の「四」と読めます。年表も訂正しました。高見彰七の製作年が昭和31年から昭和46年にまとまりました。高見彰七の活動期間が15年間に集約されました。今回の情報の訂正は、「小嶋独観」さんのH.P.情報によるものです。小嶋独観さん、ありがとうございました。【小嶋独観さんのH.P.】 「珍寺大道場」【 ハロウィンも意識する季節 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.09.18
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にほんブログ村 ひさしく停止していました「高見彰七のコンクリート像」の話題、再開したいと思います。話題は新情報の追加や、古い情報の訂正です。とはいえ、他の話題の間に織り込む予定。ゆっくりと、みなさんに飽きが来ない頻度ですので、気長にお付き合いください。【きんつば】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.09.14
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にほんブログ村 連休中ですが、ブログ更新します。「長野県飯田市 来迎寺の高見観音」、確認が取れました。来迎寺も再びMR2さんが確認下さいました。私は確認情報に気付き遅れましたが、LimeGreenさんが教えて下さいました。MR2さん、LimeGreenさん、ありがとうございます。。●【MR2さん】 「MR2さんのフォト蔵」●【LimeGreenさん】 「LimeGreenさんのブログ」なお、小嶋独観さんからもGoogle mapで高見観音の確認が取れたので、機会が取れたら確認に行かれる予定と連絡を頂いていました。●【小嶋独観さんのサイト】 「珍寺大道場」以下、来迎寺の記事です。写真はMR2さんから御提供頂きました。【来迎寺(長野県飯田市伝馬町1-54)の高見観音】来迎寺の高見観音は、道路沿い、駐車場傍にあります。流れる様なフォルムが美しい、比較的大きな観音像です。銘板には作家・高見彰七の名前があります。昭和35年4月の作品とわかります。奉納者は近隣の専照寺と同じ今泉氏です。聖観世音です。西三河から離れた飯田市に高見彰七作品があるのは、この今泉氏との関連と思われます。LimeGreenさん、MR2さん、ありがとうございました。この来迎寺の高見観音の製作年からは、新たな疑問が呼び起されます。少し落ち着きましたら、その考察記事も書きます。【 陶器製 観音像 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.05.04
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にほんブログ村 愛知県みよし市の三好稲荷。この本殿に向かって左手には、御嶽神社があります。こちらの御嶽神社にも、一体の霊神像があります。下記がその霊神像です。高見彰七作品の特徴を持つ霊神像です。シンプルですが、やさしい表情です。台座には「明水霊神」とあります。奉納者らしき人物名もありますが、作家名はありません。背面が簡素なのも、高見彰七作品の特徴です。横から見ると、凛々しい御姿。無銘の作品で、リンク集への登録を躊躇していました。しかし他の作品との類似性から、この霊神像も高見彰七作品とみなして良いと思います。この霊神像の類似性や持つ意味などは、また別の機会に書くことにします。【 瀬戸・赤津焼 陶磁器製 風鈴 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.05.01
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にほんブログ村 先日の行方不明の高見観音。所在地は善勝寺ではなく、来迎寺との情報訂正を頂きました。●来迎寺 (長野県飯田市伝馬町1-54)(画像出典: 4travel.jp)引き続き情報を募集しています。【 招き猫 陶器の振り子時計 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.04.19
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にほんブログ村 先日の高見彰七作品の情報募集。善勝寺にあるという高見観音が見つからないという声が挙がっています。2)善勝寺 (長野県飯田市伝馬町2-31) 高見彰七の観音像あり。 (画像出典: 4 travel.jp)ここで善勝寺の高見観音を紹介されたブログがあります。その運営者の「MARUKADOさん」に交渉して、ブログのリンク許可を頂きました。高見観音の写真は掲載できませんのて、リンク先をご覧ください。【善勝寺の高見観音情報】 「MARUKADOさんのブログ」善勝寺の高見観音は撤去されたのか?単にわかり難い場所にあるのか?引き続き情報を募集したいと思います。【 瀬戸 陶器製の時計 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.04.17
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にほんブログ村 高見彰七のコンクリート像 第3集「その他」編、更新しました。専照寺 釈迦如来像を追記しました。ご協力頂いた「LimeGreenさん」、「MR2さん」、ありがとうございました。●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」今日のこちらは雨と黄砂の残念な日でした。みなさんは、ゴールデンウイークの予定は、もう立てられましたか?(画像出典: MR2さん)【 江戸風鈴 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.04.15
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にほんブログ村 先日募集していました「長野県飯田市 専照寺の高見彰七作品」。新情報を頂きました。その経緯からお話しします。私のブログの募集を見て、LimeGreenさんがネットで呼びかけて下さいました。●【LimeGreenさん】 「LimeGreenさんのブログ」そのおかげで、MR2さんが専照寺まで調査に行って下さいました。MR2さんはフォト蔵を運営されています。●【MR2さん】 「MR2さんのフォト蔵」なんとMR2さんは専照寺まで自動車で2時間半かけて行かれたそうです。その貴重な写真を許可を得て掲載させて頂いています。【専照寺 (長野県飯田市伝馬町2丁目)】桜も綺麗です。表情もよくわかります。座像は「釈迦如来」です。この座像は、桜に守られて幸せですね。LimeGreenさん、MR2さん、ありがとうございました。おかげでリストの整備が進みました。【 切子 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.04.09
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にほんブログ村 長野県 専照寺の座像は、製作年が判明しています。高見彰七の作品年表に加えました。少しずつ整備が進んでいます。【 ガラス製フィギュア 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.04.05
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にほんブログ村 何年も前から、高見彰七の作品があると知りつつ、いまだに確認できていない情報があります。この際、ネットを通じて、情報や写真の提供をお願いしたいと思います。提供頂いた写真などは、高見彰七のリンク集の作成に使いたい。希望する情報は下記の2箇所。1)専照寺 (長野県飯田市伝馬町2丁目) 昭和36年 高見彰七作の仏像(座像)あり。 仏像のみではなく、台座の銘板の写真も希望。 写真中央の座像が高見彰七の作品。 (画像出典: じゃらんNet)2)善勝寺 (長野県飯田市伝馬町2-31) 高見彰七の観音像あり。 同じく観音像と銘板の写真を希望。 (画像出典: 4 travel.jp)ぜひ情報提供をお願いします。【 たち吉 ハローキティ & 鳥獣戯画 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.31
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にほんブログ村 愛知池の観音像の製作年が判明したことで、新たな疑問が湧いてきました。それは、高見彰七の創作活動の年表を見るとわかります。年表では、高見彰七は突然に愛知池の観音像の作家になります。無名の作家が、突然に最大級の観音像の作家になれるものでしょうか?実績がなければ、施工元の大手企業が作家を任せるとは思えません。私はこの高見彰七の空白期、つまり高見彰七のミッシングリンクを埋めるのが、妙楽寺の57体の作品群ではないかと推察しています。妙楽寺の作品群の造形には、技能や作風に経時的な変化が見られます。これらの作品群は、以前は道路沿いに並べられていました。初めは交通事故の被害者の供養のために観音像が建てられ、それから次々と交通安全を願い作品が並べられたのではないでしょうか?その間に高見彰七の技能も向上し、作風も安定したのでしょう。そしてこれらの実績から、大手企業から作家を任せられたのではないでしょうか。高見彰七の作品の原点は、妙楽寺の作品群の中にある。私はあらためて、そう思い始めています。高見彰七の観音像は、交通安全祈願のものが大半です。そしてその願いの強さは。尋常ではありません。高見彰七が供養したかった、初めの交通事故の被害者は、彼にとって、とても大切な人だったのかもしれない。あえて想像が許されるなら、そう考えることによって、彼が残した作品の本当の意味が、真に理解できてくるように思えるのです。【 有田焼 豆皿 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.29
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にほんブログ村 新情報です。「リンク集No.2‐8」の観音像の解説が水資源機構のH.P.にありました。●【水資源機構】 「愛知池の観音像」そのH.P.には下記が記されています。「東郷調整池の観音像」 形 体: コンクリート製立像 作 者: 豊田市宮口町在住の彫刻家(詳細不明) 施工者:鹿島建設(株) 所有者:水資源機構 管理者:恵日山清峯院観音寺住職作者不明となっていますが、作家は高見彰七で確定です。また施工者や管理者もわかりました。さらに製作年を水資源機構愛知用水総合管理所に問い合わせました。丁寧に御対応頂き、下記が判明しました。 ・愛知池の整備時に、池の小島に祠があった ・小島は展望台の目前にある、鳥の巣になっている小島 ・祠を展望台に移し、観音像を建てた ・観音像は昭和35年の建立であるこの情報から、年表を見直しました。この愛知池の観音像が、最も古い観音像となりました。また一歩前進しました。【 九谷焼 豆皿 33種コレクション 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.26
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にほんブログ村 静岡県の八幡野観音は高見観音か?検証編です。高見観音に雰囲気が似た八幡野観音。ただ違和感もあります。その疑問点を考察してみます。1)静岡県に高見彰七作品はあるか 高見彰七作品は西三河・尾張地域の多くあります。 しかし静岡県であれば、十分可能性があるでしょう。2)昭和57年開眼。高見彰七の活動時期か 在銘で最新の高見観音は昭和46年製で 刈谷市の昌福寺にあります。 八幡野観音が高見観音であれば、 さらに11年活動時期が広がりますが……。 3)造形の違い 雰囲気は似ているが造形が異なる。 ブログでもそういうコメントが多くあります。 最も製作年が近い昌福寺の観音像と比べても違いがあります。「昌福寺の高見観音」●【リンク集 2‐2】 「昌福寺 観世音菩薩」4)高さ12メートル,重量60トンの像をひとりで作り得たか それについては情報があります。 基本、八幡野観音像の後ろには立ち入れない様子です。 しかし観音像後部を確認できた頃もあり、 そこには下記を記した銘板があったそうです。 (銘板) 群馬県前橋市下細井町 設計施工 関東緑土工業株式会社 荒井 桓輔 協賛者 井出 高徳 さすがにこの大きさとなると、一人では作れません。 また協賛者も書かれているのに、作家名がありません。 となると、作家は群馬県の会社の「設計者」と考えるのが 自然かもしれません。考察は以上です。集めた情報からは、高見彰七作品と断定するのは難しい状況でした。ただ「設計者」が高見彰七の影響を受けた可能性は十分にあります。今回は、力不足ですみませんでした。これに懲りずこれからも、高見彰七作品の情報提供をお待ちしています。よろしくお願いします。【前の日記】 「八幡野観音は高見観音か?(その1)」【 萬古焼 魚焼き 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.25
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にほんブログ村 高見彰七作品に似た観音像がある。その情報を「猫碑さん」から頂きました。。【猫碑さん】 「猫碑さんのブログ」情報は、静岡県の「八幡野観音」です。「やわたのかんのん」、通称「赤沢観音」です。画像出典: 「タビオモ!」たしかに高見観音に似た雰囲気があります。一方で、細部には違いがあります。ヒントとして、八幡野観音には、次の説明書きがあります。「大江院 住職」による説明書きです。全高 12メートル重量 60トン開眼 昭和57年2月18日建立者 明治35年12月19日生 明和ゴム工業株式会社 会長 坪井賢次 氏高見観音であれば。今までで最大級の観音像。次回、高見観音であるか否か、検証します。ぜひ皆さんもご考察ください。【 信楽焼 花瓶 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.23
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にほんブログ村 妙楽寺の推定・高見彰七作品について、情報を頂きました。情報は「じぇりねこさん」からです。【じぇりねこさん】 「じゃりねこさんのブログ」情報は下記のニュースです。妙楽寺の推定・高見観音は、交通事故供養のための像ではないかというものでした。【朝日新聞デジタル】 「墓石の墓:縮まる社会を映し出す 山にびっしり2万基 2019年3月16日」記事には、「交通事故で亡くした子どもを供養したコンクリート製の観音像」という記述があります。たしかに在銘の下記の高見観音は、明確に「交通安全祈願」とされています。【リンク集No.2-2 刈谷市 寿永山 昌福寺】 「昌福寺 観世音菩薩」【リンク集No.2-3 豊田市 古瀬間御嶽神社】 「古瀬間御嶽神社 交通安全観音」他の無銘の推定・高見観音も多くは道路沿いにあります。妙楽寺の推定・高見観音も以前は道路沿いにあったと伝わります。妙楽寺の推定・高見観音が、朝日新聞の記事の観音像と考えて良いでしょう。じぇりねこさん、情報ありがとうございます。【 伊賀焼 香合 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.21
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にほんブログ村 高見彰七の観音菩薩像に新発見のニュースがありました。連絡は「FDG公式さん」から頂きました。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」FDG公式さんからは、愛知池の大観音菩薩像に続き2度目のご連絡です。愛知県の隠れた文化財にお詳しく、とてもアクティブな方ですから、当然の新発見かもしれません。新しく見つかったのは、愛知県豊田市の高林寺の裏手。2体の推定・高見観音がありました。今回の写真もFDG公式さんからご提供頂いています。如何にも見つけ難そうな場所にあります。身を捩るようなスタイル、典型的な高見観音の特徴です。表情は稚拙とも言える造形。典型的な高見観音のお顔立ちではありません。それでもこれを高見観音とみなすのは、妙楽寺の推定・高見彰七作品群の子安観音に類例があるからです。「妙楽寺の子安観音」私はこれを、高見彰七の初期作と推定しています。今回の高林寺裏の観音菩薩像も高見彰七作品とみなして良いでしょう。高見彰七作品リンク集に登録させて頂きます。FDG公式さん、ありがとうございました。【 瀬戸 馬の目皿 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.18
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にほんブログ村 妙楽寺の推定・高見彰七作品、続きです。④龍を背負った観音(後列右から1番目)⑤大仏(後列右から2番目)⑥多肢の仏像(後第2列右から1番目)⑦子安観音(後第2列右から2番目)⑧十一面観音(後第2列右から3番目)【 犬山焼 色絵雲錦手茶碗 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.16
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にほんブログ村 妙楽寺にある57体の推定・高見彰七作品。(うち1体は、愛知県みよし市森下交差点から2023年10月頃移設)高見観音と呼んでいますが、観音像ばかりではありません。他にはない特徴的な作品をご紹介します。①妙楽寺最大の観音像②天女(一対)➂地蔵? 手前に子供?【 織部 掛花入 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2023.03.14
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にほんブログ村 高見彰七のコンクリート像 「妙楽寺の仏像群」を追加しました。●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【妙楽寺の仏像群】 「妙楽寺」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」皆様のおかげで、リンク集が充実してきました。これからも情報をよろしくお願いします。【 おやすみライト 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2022.12.16
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にほんブログ村 ネットからの新情報です。「FDG公式さん」から、高見彰七作品風の観音像があるとの情報を頂きました。●【FDG公式さんのツィート】 「高見観音の情報」場所は、愛知県愛知郡東郷町の愛知池。その像は、愛知池の展望台の高台にあります。高さ4mほどの巨大なコンクリート像。まぎれもない高見観音です。塗装は落ちていますが、状態も良い観音像です。高見観音では最大級でしょう。しっかりした台座はありますが、作家銘などはありません。製作年を示す銘板もありません。FDG公式さん、貴重な情報、ありがとうございました。さて、知名度が高い愛知池ですが、私はアクセスで戸惑いました。初め私は愛知池運動公園に行きました。そこから愛知池に行こうとしましたが、柵があって行けません。管理室で尋ねると、愛知池と愛知池運動公園は別管理とのこと。愛知池の駐車場を教えて頂き、愛知池に行きました。愛知池の駐車場は満車でしたが、タイミング良く駐車できました。愛知池では、ちょうど池周囲を走って、一旦休憩中の女性の姿が。その女性に展望台の場所を教えて頂きました。しかし、愛知池の大きさを侮っていました。愛知池は一周7.4kmの大きな池。展望台までも片道1.5km、往復で3kmあります。仕方なく、水鳥を眺めながら、展望台目指して歩きました。しばらく歩くと、先程の女性が「がんばってください」と声をかけながら追い越して走って行きました。途中で気づきましたが、展望台近くにも駐車場はありました。しかしこちらも駐車場外まで車があふれる満車でした。愛知池の駐車場は、土日は慢性的に満車の様です。愛知池へのアクセスではご注意ください。それにしても、1周7.4kmの愛知池を何周も走るなんて、ただひたすら敬服するばかりです。【 半年ほど前に購入しました 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2022.12.14
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にほんブログ村 高見彰七の大型像の謎(解明編)、続きです。1.型枠を使う難しさ以前、常滑焼の原型師のお宅にお邪魔して、お話を伺いました。型枠を作るには、その元になる「原型」が必要です。その原型となる像を作るのが「原型師」です。水分を含む像は、乾燥時に収縮し小さくなります。そのため、その収縮率を考慮して、原型は最終的な像より大きく作らなくてはなりません。その見極めは材料に応じた、原型師の勘と経験に依ります。型枠も抜きを考慮すると、2分割では済みません。また型抜きした像も、作家が再度、手作業で仕上げ加工するのが通例。型枠の使用は、むしろ手間と高い技術が必要です。それにも関わらず型抜きのイメージを悪くしているのは、同一型で多量生産し、仕上げ加工もしない、一部の粗悪品の存在です。2.左官の存在「まさん」から、鋭いご指摘を頂いていました。●【まさん】 「まさんのツィッター」その御指摘は、私が見逃していた「左官」の存在です。たしかに下記の2点には、銘板に左官の名前があります。「三好稲荷閣の大狐」「御立座施工者 坂下 小野田金太郎」とあります。こちらは台座の施工者でしょう。「古瀬間御嶽神社の高見観音」「左官 月見 島村鈴夫」とあります。「月見」は地名です。この左官は、像の製作に関与したかもしれません。型枠の原型師は高見彰七でしょう。そこに左官が如何に関わったのか、私にはわかりません。この左官の役割は重要です。関わり方次第では、大型像での作風の変化の理由もわかります。左官の関わりで知見をお持ちの方は、ぜひコメントください。・・・・・・・・・・ リンク集 ・・・・・・・・・・●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」【 クリスマス用 御菓子ギフト 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2022.11.28
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にほんブログ村 高見彰七の大型像の謎への多くのコメント、ありがとうございました。1.大型像の特徴: 型枠の使用について大型のコンクリート像の製法の違い、型枠の使用をコメント下さった方を発表します。以下の表記はコメント順です。●【家族で眼鏡さん】 「家族で眼鏡さんのブログ」●【じぇりねこさん】 「じぇりねこさんのブログ」●【LimeGreenさん】 「LimeGreenさんのブログ」●【ヴェルデ0205さん】 「ヴェルデ0205さんのブログ」写真を見ただけで判別された観察力は素晴らしいと思います。コメント、ありがとうございました。ところで、しばしば”型を使った作品は技術が劣る”と思われている方がおられますが、これは大きな誤解です。その点も次回にお話します。2.大型像の特徴: 視点の違い大型像の造形の違いについて、「 いわどん0193さん」から素晴らしいコメントを頂きました。●【いわどん0193さん】 「いわどん0193さんのブログ」それは、「大型像の顔がしもぶくれではないのは、下から見上げる参拝者の視点の違いを意識してではないか?」というものでした。その通りだと思います。大型像は、通常、下から見上げるように作られています。例えば、古瀬間御嶽神社の高見観音像も、御顔は下を向いて作られています。高見彰七の大型作品でも、見る人の視点を考慮されて作られています。大型像のセオリーを、私は見逃していました。皆さん、貴重なコメント、ありがとうございました。コメントが多く、掲載抜けやミスがあればお詫びします。次回は大型像の製法の違いによる、重要な点に触れます。これもSNSからのコメントがきっかけの気づきでした。・・・・・・・・・・ リンク集 ・・・・・・・・・・●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」【 モロゾフ クリスマスチョコ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2022.11.26
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にほんブログ村 高見彰七の大型像の謎、解明編です。豊田市中町の子安観音像の写真をよくご覧ください。像の中央を縦に2分するラインがあるのがお分かりでしょう。これは、前後で分割した型の合わせ目です。つまり大型のコンクリート像は、型枠を使って製作されています。陶器ブログの管理者の私には、型の合わせ目は見慣れたものです。大事なことですから、もう一度言います。私は「陶器ブログの管理者」です。そして、しばしばこの合わせ目には、あるものが生じます。中町の子安観音像にもありました。ヒビ割れです。この合わせ目とヒビ割れは、古瀬間御嶽神社の高見観音(リンク集2 No.3)にもありました。合わせ目は背面寄りで、斜めに走ります。衣装下方のヒビ割れが目印です。型の合わせは、古瀬間御嶽神社の高見観音の方が巧みです。高見彰七の大型作品では、型枠が使われたと推定されます。そしてこのことは、新たな事実の解明につながります。そこでは、以前頂いたある方のコメントが参考になりました。その話の前に、型枠の仕様を見抜かれた方を、次回、リンクでご紹介したく思います。リンクNGの方はコメント欄からご連絡ください。また次回は、プラスアルファのお話もします。・・・・・・・・・・ リンク集 ・・・・・・・・・・●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」【 こわれ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2022.11.24
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