こぶたの部屋(別館)& むむりく通信
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先日、神戸で観てきた映画「禁じられた歌声」。 観てからもう四日もたっているのに、ラストを思うとじんわり涙が浮かんでしまいます。 この映画、関西では小さな映画館でしかやっていません。ふた昔前なら、中規模の映画館でやっていた内容です。舞台はマリ共和国のティンブクトゥ。郊外の樹木もまばらに生える丘の斜面にテントを張って暮らす少女トヤの家族。町にはジハーディストたちが機関銃を手に人々を制圧し、歌や人が集まったり、少年たちにサッカーを禁じ、女性たちには手袋や靴下を強要します。トヤの一家は元は遊牧民だったのでしょう。イスラム教徒ではあるけれど郊外に暮らしていたので夜こっそりギターを父親が弾いても兵士たちには見つかりません。街中では集まって演奏していた若者たちが逮捕されてしまいます。郊外に暮らしていたおかげで、町の人よりは恐怖を感じずにいたトヤの一家ですが、飼っていた牛が猟師の網を破ってしまったことがもとで・・・--------------------解説によると、牛飼いの少年イサクは孤児で、トヤの父がひきとっていた設定でした。トヤもイサクも、そのあとどうなったんだろう、と、実際の事件をもとに描かれた映画とはいえ、登場人物は架空のひとたち。でも、その後の人生を考えてしまうくらいリアルなんですよね。あんなに純粋で、両親にいつもべったりとはりついていたトヤが、その後はどうやって生きていくのか。 おそらくは、うしろにあった3つほどのテントの住人たち、(たぶんは同じ部族とか、親類ではないかと)彼らに助けられて生きるんだろうと思います。そう言い切る根拠に、以前テレビで聞いた「イスラム社会には餓死者がいない」という話。現にトヤの父親はイサクをひきとっていたわけで彼らもまた誰かが面倒をみるのでしょう。 映画の中でも、トヤの父親は自分がいなくなったあとの心配するそぶりがないので、不思議に思いました。ですがあのテレビの話を思い出して、やはり今でも本来のイスラム社会なら、他人の子供でも寛容に受け入れているのではないかと思いました。そして、ラストシーン。イサクから知らせを聞いて、必死に駆け出すトヤ。カメラは後ろからではなく、カメラに、向かって走ってくる彼女のアップで終わります。 映画をみた翌々日、あのシーンのことを考えていたら、故淀川長治氏のことを思い出しました。淀川さんは、ラジオでもテレビでも、何度かラストシーンについてお話されていたのですが、その中で、「主人公が画面から向こうに去っていく場合、その人物は不幸になる暗示である。幸福になる人物たちはカメラにむかって歩いてくる」ということをよく仰ってました。だとするとトヤは将来、幸せになるのでしょうか。トヤが幸せになるということは、暴力の支配する世界は終わるだろうということでしょうか。その両方になりますように。
May 6, 2016
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