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予備自衛官の実態
東京在住時は、初回訓練は地方連絡部に1日出頭するだけでした。次回以降の招集訓練は武山駐屯地と朝霞駐屯地に出頭しましたが、当然ですが招集訓練に真面目に取り組む人が多かったと思います。首都圏の招集訓練に出頭している隊員は、除隊したばかりの者が多かったためでしょう。招集訓練も充実した内容で、戦闘訓練を現役自衛官と一緒に行うこともありました。予備自衛官には第1空挺団出身者もいて活気ある訓練でした。また、新型の化学防護服を着用する機会等もあり、予備自衛官の訓練もなかなか良いものだなと思いました。
実家の四国に帰省してからは、善通寺駐屯地(第15普通科連隊担当)の招集訓練に参加しましたが、ここは酷い状況でした。初日の集合時間に理由も無く遅刻する者や、体調不良や持病を理由に訓練に出ず営内で居眠りをしている者が1人や2人でなかったのです。酷い者は仕事を理由に夕方出頭したり、外出して善通寺の街に飲みに出かけて帰隊遅延したりする者もいました。
基本教練は情けないぐらいだらけていて、射撃検定だけ張り切っているような有り様でした。そのような不心得者の予備自衛官に、支援を担当していた15普連の隊員は怒っていたのですが特に注意するでもなく陰で不満を言うだけでした。休日に訓練支援に駆り出されて、予備自のぼんくら相手で心底腹立たしい思いだったことは容易に推察できました。恐らく、予備自隊員とトラブルになると面倒なことになるので我慢していたのでしょう。
ある招集訓練の射撃検定で、訓練支援の3曹が予備自を馬鹿にすることを言って揉め事になり、射撃検定が中断してしまったことがありました。その時は、訓練幹部を巻き込むような騒ぎになりました。実弾を使用する訓練時に揉め事を起こすなど言語道断ですが、予備自衛官の一部の不真面目な連中と支援の隊員との軋轢はしばらく続きました。
職種別訓練では、私は武器科だったのですが予備自に武器科隊員がほとんどおらず、いつも普通科の訓練に入れられていました。善通寺駐屯地では地図判読や64式小銃の分解結合等の新隊員向けの簡単な訓練ばかりで、1時間程で終わった後は営内待機でした。稀に武器科だけの訓練もあったのですが、訓練担当者が普通科隊員ということもあり、何かの教本をコピーした資料を渡されて、それを5分ほど読んで終了しました。この後はどうしたらいいかと尋ねると、「営内に戻って待機していてくれ」と言われて半日も待機することになりました。
また、ある招集訓練の職種別訓練では、後方支援職種の隊員が集められて62式機関銃の展示説明が行われました。その時、予備自衛官では分解結合は無理だろうと小馬鹿ぎみに言うので、私が第4・5段階整備で行う範囲まで機関銃を分解しました。訓練担当の陸曹は元に戻せなくなると相当焦っていましたが、私は無視して分解結合を行いました。様子を見ていた他の予備自衛官から、「あんた、あの陸曹冷や汗かいてたよ」とにやにや薄笑いを浮かべて話し掛けてきました。予備自衛官も現役隊員に少なからず不平不満の感情を持っていたようです。
善通寺駐屯地は、当時第2混成団が駐屯していましたが、当時招集される予備自衛官は30歳以上の者が多く定年近い50歳台も多かったと思います。混成団等を1~2任期で除隊してからかなり年数が経っている者が多かったようで、基本教練の号令を忘れている者、64式小銃の分解結合を忘れている者が多かったです。
私が予備自衛官になってしばらくたった頃、行政改革の一環なのか予備自衛官の訓練が急に厳格になり、招集時間に遅刻したり訓練をサボったりするような予備自衛官がいなくなっていました。即応予備自衛官制度や民間人から選抜される公募予備自衛官制度が創設されたこともあり、規律を守らない予備自衛官には退職を勧奨したのではないかと思われます。形骸化した予備自衛官制度の見直しは、実に正しい判断だと思いました。私は40歳となり、仕事が多忙になったので予備自衛官を退官することにしました。勤続10年の方面総監表彰と予備3等陸曹の階級章が私の退職金でした。
予備自衛官と海外派遣
1992年(平成4)年から始まった自衛隊PKO派遣では、現役隊員ではなく予備自衛官を派遣しようと一時期議論されたことがありました。予備自衛官は現役自衛官ではないほぼ文民なので、憲法にも抵触しにくいだろうという考えだったのではないかと思います。しかし、予備自衛官の任務は、有事に現役隊員が出払った駐屯地の警備や後方支援が任務です。予備自衛官は、退職自衛官が年間5日間の基本的訓練しか受けておらず、海外派遣に必要な語学、医療等の知識がある予備自の隊員は極めて稀だったと思います。したがって、海外派遣などとても不可能でした。
後年、従来の予備自衛官だけでなく、訓練期間が長く練度の高い即応予備自衛官、自衛隊勤務経験のない者から募集する「公募予備自衛官」の制度ができました。また、技能公募予備自衛官補は語学、医療、車両整備等の専門技術者たる予備自衛官になることを目的とされており、随分と制度が整えられているようでPKO派遣での教訓が生かされていると思います。
陸上自衛隊武器補給処十条支処勤務の顛末 … 2024.01.01
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