July 11, 2016
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私が永さんを知ったのは、坂本九さんの「上を向いて歩こう」の作詞者としてではなく、小学6年生の時に「ナショナルクーガ」というラジオを買ってもらい、うれしくて早朝からラジオのスイッチを入れたときに「永六輔!遠藤泰子の!誰かとどこかで!」が、寝ぼけた耳に聞こえてきたのが最初でした。(画像がクーガです。)

決して子供向けの番組ではありませんでしたが、とにかく買ってもらったばかりのラジオを聴くのが楽しかったのと、少しは大人になった様な気にもなり、毎朝の楽しみにしておりました。

当時は早朝HBCラジオでネットされていましたが、その後午前10時くらいからの放送になり、風邪で寝込んだり、夏休みなどで学校が休みではない限りは、リスナーになる事は出来なくなってしまいました。

もっとも中学生になると、帰宅後はビートルズや吉田拓郎などの音楽三昧になり、ラジオは深夜放送だけになっていたのですが。

その後、永さんが本を書いていることを知り、少年ジャンプ・サンデーや、学研の科学や学習とは違う「本」と、いうものに初めて興味をいだいたのでした。

奥様の「昌子」さんにも文才があり、夫婦の共著も多く有り、エッセイというジャンルも、永さんに教えていただきました。

その後、中学生になり、ムツゴロウシリーズから、角川書店推理小説の横溝正史、高木彬光、それからやっと三島由紀夫、森鴎外、夏目漱石などの純文学にも手を出すようになったのですが、現在、趣味と呼べるたった一つの事が読書ですから、私に取って永六輔さんは、恩人であります。(酒が趣味ではございません)

引っ張り出してまいりました。

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もう20年も前に出版された本でありますが、先週、なぜか永さんを思い出して、Amazonで古本を購入しました。

あと数年で人生一回りですから「そろそろ先の事も考えておかないとなぁ…そうだ永さんの大往生を読もう」と、ポチッと注文したのです。

その矢先のまさかの訃報でした。

永さんがパーキンソン病などを患っていたのは知っておりましたが、まだ鬼籍に入るのは先の事だろうと思っておりました。

あの江戸弁の早口で「もうやってられないからさっさと逝く事にしたよ。お前さんもそろそろ歳だから、この本でも読んでおきなさいよ」と、ファンに向かって、AMラジオ波ではなく、最後の霊波を送って下さったと思い、永さんを偲んで、古本で申し訳ないのですが、じっくりと、私の往生際を考えてみる事にします。

心よりご冥福をお祈り致しております。





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Last updated  July 11, 2016 09:46:03 PM


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